2015年夏、大好評のうちに幕を閉じたオペラ、歌劇『ブラック・ジャック』。
2016年9月に浜松にて再公演が行われた本作がふたたび、2017年2月に米子市公会堂にて公演されます。
再公演版では規模こそ縮小されたものの、「音」「言葉」「命」をテーマに原作をアレンジした3部構成はそのまま、作曲担当の宮川彬良さんが自らピアノ演奏を行い、初公演から振付に携わった長谷川寧さんが今回初めてオペラの構成・演出を手掛けることで新たな顔を持つ作品へと変貌を遂げています。
虫ん坊では、企画を立ち上げた公益財団法人浜松市文化振興財団 現クリエート浜松館長の村木啓純さんと、気鋭の作家・演出家・振付家である長谷川寧さんにお話を伺い、歌劇『ブラック・ジャック』の魅力に迫ります!
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2015年8月に歌劇『ブラック・ジャック』の最初の公演が上演されたわけですが、はじめて長谷川さんに振付のお話が来たときはどう思われましたか?
長谷川 寧さん :
(以下、長谷川)
初演の演出担当である田尾下哲さんからご紹介いただいたんですけど、正直、『ブラック・ジャック』でオペラ?! と驚きました。そもそもオペラの振付なんて、僕、お話をいただく機会もなかったですし。
ここ最近の自分は、違うジャンルの人と仕事をして作品を作ることに積極的で、今回は正にそういった現場だったからこそお引き受けしました。
僕自身、実際、マンガ家になりたかったくらいマンガがすごく好きで、小学校のときってクラスにひとりふたり絵ばかり描いている子って絶対いたと思うんですけど、それだったんですよ。中学生になって、圧倒的に配色をするのが苦手なことに気付き、マンガ家は無理だと思ってやめましたけど。
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いままでと違う環境のなか、演者の方々にはどのようなアプローチをされたのでしょうか。
長谷川 :
演者のみんなはオペラ歌手だったので、あまり無理して踊らなくていいよ、というと、逆にみんな頑張ってくれました(笑)。
普段ダンサーさんと仕事をする場合、ワークショップをしながらいろいろ試してみんなでアイディアを持ち寄って形にしていくことが多いんですが、オペラ歌手の皆さんにもあえてそういう手法に挑戦していただきました。意見を出してもらったりもしたし、普段やらないことが逆に新鮮だったようで、皆さんの意見を取り入れながら作り上げて行きましたね。
村木 啓純さん :
(以下、村木)
寧さんは、すごく丁寧でしつこいというか、妥協をしないんですよね。
長谷川 :
演出の方より、ダメ出しが長いというね(笑)。
村木 :
初演の時ですが、ゲネプロが終わって、明日本番という日に、宮川さん含め皆さん、ロビーに集まってその日の反省会をしていたんです。みんな早めに切り上げようとなっているところ、3時間以上長引いて……(長谷川さんをみる)。
妥協せず向き合う演者の姿勢がお客さんにも伝わったんだと思います。
長谷川 :
歌い手は歌い手で喉をケアする時間が必要だということが最近わかりました(笑)。
村木 :
こういうスタンスで関わっているので。
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(笑)。
長谷川 :
今回、振付だけではなく、初めてオペラの構成・演出を担当するにあたって、再演のときのオーディションでは、身体を動かすワークショップも取り入れて、追加キャストを決めました。例えば、BOØWYを流しながら、BOØWYのエアバンドを今から演じてみてってお願いをしたり。
もっと、ふざけていいから、氷室をくれって(笑)。
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なぜ、BOØWYの曲を(笑)。
長谷川 :
やっぱり、普段のキャリアからはみ出すことができる人が欲しかったんですよね。
変な話かもしれないですけど、基本的な僕のスタンスとしては、歌を歌うときもずっと巧みに歌う必要はなくて、メリハリをつけて歌えばいいんじゃないかと思うんです。実際には振付がつくし、お芝居も入ってくるものだし、コンサートとは違う意味で、もっと、自分のエネルギーを“拡散する感覚”を持っていた方がいいんじゃないかと。
村木 :
今まで見てきたことのない手法でした。もちろん、宮川彬良さんには歌も確認していただいてますからね(笑)。
長谷川 :
すでに初公演を観た人は同じものを観たくないだろうし、規模が小さくなったからこそ良くなったという形にもっていきたくて、台本以外は前作の感覚をベースに再解釈して、ガラッと変えさせてもらいました。
オペラって、鑑賞するときにお客さんとの壁がすごくある感じがするんです。その距離をなくすために、僕が演者(MC)として登場して、連載当時の時代背景を伝えることで補足して深めようと思いました。お客さんと演者を媒介する役がしたかったんですね。
僕の役は『ブラック・ジャック』では、死をつかさどるイメージなんです。「命」がテーマである以上、死も切実に扱いたかったから、お客さんが具体的に体感できるよう、演出でメトロノームを使ったり、全体的に刻まれている「時間」をすごく意識しましたね。
村木 :
最初、寧さんが演出で使うのに、粉とビニールシートを持ってきたときは一体なにに使うんだろうと思いました。オペラに粉って(笑)。
長谷川 :
血糊も結構使いました(笑)。他にも、稽古の最初にマンガと台本、両方の読み合わせをしたり。
マンガってやっぱり、演出上のヒントが描いてあるし、セリフのタイミングや動きをどういうふうに見せているのかなど、ものすごい情報量があるんですよ。
村木 :
オペラの稽古ではふつう、読み合わせはしないですよね。もともとは楽譜で作品の解釈をするものだから。
長谷川 :
『ブラック・ジャック』ってすごく生々しい話だったはずのに、いまは過去のいい話と取られることが多い気がして。
再演で演出をやることになってから、『ヤング ブラック・ジャック』を読んだんですよ。連載当時の時代背景と現在を照らし合わせるアプローチがすごくアリだなって。僕なりに作品から感じるメッセージを掘り起こし、現在の解釈をお客さんと共有したいと考えました。
手塚さんって業績を考えればあたりまえなんだけど、あまり世代的にリアルタイムではない僕からみたら、神格化されすぎちゃっていると思うんです。そこを恐縮ではありますが、対等にお話させてもらうために自分も舞台に立つなど工夫した感じがします。作り手である手塚さん本人も自分のマンガによく出てくるでしょ。
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作り手側の長谷川さんが今回、演者としても舞台に立つことと、手塚治虫自身がマンガに登場することがうまくリンクしているような気がしますね。
長谷川 :
皆がアクセスし易い、顔が判る作り手というポジションでいようとはしたかも知れない。
村木 :
どちらかというと大衆寄りだよね。手塚先生もそうだけど、大先生として扱われるよりは皆さんと一緒に、という方が好きなイメージがありますよね。
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『ブラック・ジャック』をオペラにしようと思ったきっかけはなんだったのでしょうか。
村木 :
どこの自治体でも市民が参加する事業の一環としてオペラを手掛けていて、全国でもだいたい100ホールくらいオペラが公演できる会館が設立されているんですね。
浜松市もオペラ事業を手掛けていて、最初は街の一大イベントだ、って盛り上がっていたんですが、敷居が高く感じる人も多くて、2009年頃には入場数も右肩下がりになりつつありました。
僕がアクトシティ浜松でオペラ事業を担当していたときに、その現状をなんとかしたいという考えがありまして、いままでのように既存の作品ではなく、オペラに取っ掛かりを持ってもらえて、全国に発信できるような話題性もある新しい創作オペラを作りたいと思ったんです。
そこで、まっさきに作曲として思い浮かんだのが、以前、市制記念式典イベントで仕事をご一緒した作曲家の宮川彬良さんでした。
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歌劇『ブラック・ジャック』の音楽を作曲された宮川さんとはもともと繋がりがあったんですね。
村木 :
そのとき地元の吹奏楽部で選抜バンドを組んで、“吹奏楽のためのソナタ「ブラック・ジャック」”という作品を演奏したんですが、この曲をベースにオペラを作れないかなというのがそもそものスタートでした。
プロじゃなきゃ演奏できない曲を書ける人はたくさんいますが、宮川さんはアマチュア向けのシンプルで分かりやすく素敵な音楽が書ける天才作曲家なのでご依頼しました。
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そこから、『ブラック・ジャック』をオペラにしようと始まったわけですが、実際、どのように作られていったのでしょうか。
村木 :
始めは宮川さんと一緒に舞台に詳しい方と打ち合わせをしながら、プロットになるようなイメージを出しあい、1年掛かりで土台を作っていきました。
その後、脚本と歌詞を書いてくださった響敏也さんが本格的に加わり、彼から、テーマに沿った3話別々のお話を原作から選んで再構築したものを上演しようというアイディアをいただきました。ひとまず、3つの物語を取り上げるというところでは全員一致したんですけど……。
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じゃあ、どのエピソードにしようかってなりますね。
村木 :
『ブラック・ジャック』はどの話も素晴らしいですからね。
もう一度、原作を全巻購入して読みなおし、同じカテゴリーにならないように内容を整理してピックアップしていきました。選別した資料をもとに10作品にしぼり、次に5作品にしぼられて、最終的に「あるスターの死」「ミユキとベン」「おばあちゃん」の3作品が選ばれました。
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長谷川さんは『ブラック・ジャック』はもともと読んでいましたか?
長谷川 :
読んではいましたけど、断片的にですね。自分の親が貸本屋さんによく行っていたんです。ギリギリ貸本屋を知っている最後の世代だと思うんですけど、そこで僕も連れていってもらって、『三つ目がとおる』を貸りていた思い出があります。
ちょうど、子どもの頃にアニメがやっていたんですよ。呪文も覚えましたもんね。アブドルダムラルオムニスノムニス…って(笑)。
村木さんは最初に読んだり観たりした手塚作品ってなんですか?
村木 :
『ブラック・ジャック』です。
長谷川 :
あ、最初がそうなんですね。
村木 :
中学校のときに単行本で『ブラック・ジャック』を読んでいました。『ブラック・ジャック』の影響で医者になろうか、学校の先生になろうかと悩んだくらい好きだったんですよ。まさかその舞台の企画に携わるようになるとは思ってもみなかったです。
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今回の再公演は浜松市のみではなく、米子市でも上演されますが、経緯を教えてください。
村木 :
実は、2015年8月の公演が終わったあと、いろんな自治体さんから、うちでもやれませんかという声が掛かったんです。その中でも、より具体的だったのが、(公財)鳥取県文化振興財団さんからのお話でした。
いざ、米子市で公演しようと動きはじめたんですが、予算や会場の都合上、前回の半分の規模に再編成するにあたって、どこかで一度同じ規模でやらないといきなり本番では成立しないんじゃないかという話になり、まず浜松で公演することになったんです。
単純にボリュームを少なくするのではなくて、濃縮還元でギュッと詰め込んだものが作れるんだったら、米子市はもちろん、同じような規模でやりたい他の街でも公演できることが立証されるよい機会だと思いました。
長谷川 :
字幕をマンガのふきだし調にしたり、舞台上の空間を埋めていく作業でも、なるべくコンサートホールに見えないように工夫して作り上げています。
村木 :
再演に関しては、浜松のみではなく、他のいろいろな地方に持っていっても公演できるような作品をつくりたいと思っていたんです。コンサートホールバージョンと普通のホールバージョンができたことでどこの会館でも上演可能になりました。
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最後に、米子公演に向けての意気込みをお聞かせください!
長谷川 :
僕は更新し続ける場であるということを重要視したいですね。
手塚治虫さんというと、僕、『ネオ・ファウスト』がすごく好きで、あれって未完の作品で最後はラフ画で終わっているんですね。ご本人は不本意かもしれないけど、手触りがまだ残った状態で終わっているという感覚が伝わってきて、ああいうドキュメンタリーのような生の感覚を舞台上に持ってこれたらいいなと思うし、そこを見せたいなって思いますね。
村木 :
手塚先生の原作に宿っているエネルギーを感受した宮川さんが立体感があって奥行きのある曲を全力で作り上げて下さいました。
舞台上でご本人がピアノの生演奏をされますし、その熱量に応えるように役者の方々も情熱をもって挑んでいます。そういう栄養のあるエネルギーが融合した舞台をご覧いただくことで、舞台を飛び出して伝わるなにかがあるんじゃないかと思います。
初公演のときにオペラの評論家の方にどういう評価になるのか気になって、観にきていただいたんです。その方からこれは新しいオペラだと言われたんですよね。米子公演では更に洗練されていると思うので、是非、新しい日本のオペラを観に来て欲しいなと思います。
歌劇『BLACK JACK』
2016年9月18日(日)
静岡県 アクトシティ浜松 中ホール
2017年2月26日(日)
鳥取県 米子市公会堂
原作:手塚治虫
音楽監督・ピアノ:宮川彬良
脚本:響敏也
構成・演出・振付:長谷川寧
監修:田尾下哲
出演:大山大輔、鷲尾麻衣、水船桂太郎、吉田裕太、髙畠伸吾、今井学、鈴木玲奈、今野沙知恵、加藤宏隆、中島実紀、田上知穂、趙知奈