——『ヤング ブラック・ジャック』という原作はいつ読みましたか?
加瀬充子監督(以下、加瀬):サンライズで仕事をしていた時に、別の演出のスタッフに、単行本を見せてもらったのが初めです。ちょうど単行本の1巻が出たころ、「こんなのがあるんですよ」と貸してもらいました。まさか、その作品の監督をすることになるとはぜんぜん思っていませんでしたね。
——初めに読んだ時の印象は、どのようなものでしたか?
加瀬:『ヤング ブラック・ジャック』は、その原作とは別物だ、という意識を皆さんが持っていてくれればうれしいな、と思っているんです。そういうふうに考えないとつじつまが合わないところ、整合性の取れないところが出てきてしまいますので。
原作の『ブラック・ジャック』って、出崎統監督のOVA版と、手塚眞監督のテレビシリーズがありましたが、どちらもとてもかっこいいんだけど、やっぱり男性が描くB・Jというのは、手塚先生の原作も含めて生々しさがあるというか、そういうところが魅力だと思っていました。やっぱり、どんなヒーローにも、人間味というものがあって初めて、共感できるものですよね。
でも、『ヤング ブラック・ジャック』の間黒男って、そうじゃない。もう、一分の隙もない! アイドルというか、「理想のヒーロー」みたいな感じですよね。
——生活感をあまり感じさせない。
加瀬:そうそう! たとえば出崎監督のブラック・ジャックのかっこよさは、今回求められている隙のないかっこよさとはまた別ものですよね。カメラの外ではお尻を掻いてたりしてるかもしれない(笑)。もちろんそんな描写はないんですけれども、そういう生々しさがあるんです。でも、今回の間黒男は、そういう隙は全くない、というふうに描かなくちゃならない。そこが私には難しい部分でした。
私が考えていた人間らしい『間黒男』とは違うんですよね。そこの軌道修正は、今でも探りながらやっています。
もちろん、ブラック・ジャックという人は、大変に優れた医師ですから、青年時代からその片鱗は見えていて、医療に対するセンスというか、勉強に対する一途さはあると思うんですが、たとえばカレーうどんなんか食べても、ちょっとはシャツに撥ねを作っちゃうし、それを気にしなさそう。そういうことは別に、ブラック・ジャックらしさを損なわないですから。もちろん外科医のたまごですから、身の回りが清潔になっているかどうかは気にするし、整理整頓はちゃんとしてると思いますが、もっと人間的にはダメなところもあったと思う。それが、歳を重ねて、多少まともになった(笑)のがB・Jです。ピノコもいてくれるし。
ところが、『ヤング ブラック・ジャック』の間黒男は、もう完璧、っていう感じですね。カレーうどんも一滴も撥ねこぼさない!(笑)
——『ヤング ブラック・ジャック』は、青年誌である『ヤングチャンピオン』での連載ですが、女性人気も高いそうですね。いわゆる、「腐女子」人気も高いとか……。
加瀬:私自身は初め、そんなことは知らなかったのですが、そのお話は方々でよく言われます。
もちろん、いろんなファンの方がいていいし、そういう読み方もあっていいとは思います。『ヤング ブラック・ジャック』は先ほども言ったように、あくまで別の作品ですから。でも、かれは最終的にはやっぱり、ブラック・ジャックになる人なんです。そういう点では、やはりブラック・ジャックというキャラクターを大切にしながら作らなくちゃいけないと思っています。
——お仕事上では合体ロボットものなどの少年向けの作品を得意とされている監督ですが、どのようなアニメーションがお好きですか? どの作品が、アニメ作家になられるきっかけをつくったのでしょうか。
加瀬:もともと私は、アニメの制作会社というものがこの世界にあることを知らなかったんです。オープニングテロップや、エンディングテロップを見たって、理解できない年齢のころなどは、絵のほうばかり見ていました。でも、虫プロという会社があることは昔から知っていました。手塚先生は私にとっては神なので!
虫プロって、漫画を作っている会社だと思っていたんです。まだそのころは現場のことなんて知らないから、アニメはテレビ局が作っているんだろうな、と考えていました。その後、兄弟がアニメ会社に勤めている、という人と友達になってから、アニメをどのように作っているのかを知って、とても驚きました。お話を聞いているうちに、漫画よりアニメを作ってみたい! と思うようになって、そちらの道に進む決心をしました。
専門学校に入って、紹介で小さなアニメ制作会社に入っていろいろと教わりながら、会社見学などもたくさんしました。サンライズは、一番そこの作品をたくさん見ていて、一番好きな作品を作っていたので、行きたいな、と。
そのころには、高橋良輔監督が作っていらした合体ロボもののシリーズが始まっていました。私が入ったころには、『勇者ライディーン』を作っていました。『ライディーン』の途中から動画として参加しだして、いつのまにか動画のリテイクなどを担当させていただいて、半ばアルバイトみたいな感じで手伝っていたのですが、「このままやる?」となって、入社しました。
サンライズって、虫プロダクションともつながりがありますよね。だから、フィルムで「こういうのが見たいね」というと、企画室にいる方が紹介してくださって、虫プロダクションから借りて、勉強会を兼ねた上映会をやったりもしました。パイロットフィルム版の『ノーマン』などの、普通なら見られないような作品も見させてもらいました。もう感動しましたよ!
手塚アニメも大好きで、虫プロダクションの『ジャングル大帝』や『W3』を一生懸命見ていましたね。学校の行事やなんかで放送時間に遅れそうになると主題歌を歌いながら走って帰ったりしました。
小学校のころに、小学校体育連盟の走り高跳びの選手候補に選ばれて、課外時間に練習をするんですよ。帰りが遅くなるんですよね。そうすると『ジャングル大帝』の放送時間に間に合わなくて、1回見逃したんですよ。『W3』の最終回の時には、次の日が小学校の重要なテストで。父親から、「勉強が終わらないと見ちゃいけません!」と言われて、泣く泣く勉強していましたね。それで最終回を見逃しました。お茶の間からは音が聞こえてくるんですよ(笑)。口惜しかったですね…!
——ご出身はどのあたりなんですか?
加瀬:福島です。東日本大震災の時には大変な地域だったのですが、高台のほうにある家なので幸いに津波の被害は少なかったのが幸いでした。でも、子どもの頃はそのせいかテレビの電波は来にくかったのを覚えています。すぐ隣の友達の家では映るチャンネルが見られなかったりね。
——ローカルチャンネルにはよくありがちですよね!
加瀬:そうなんです。だからそれほど数は見られませんでした。上京してアニメーターになった後、先ほどの社内の上映会とか、アニドウ(編注:アニメ制作会社に在籍するアニメーターたちのための研究・交流機関)が主催する上映会とかで、見る機会がありましたが。当時はビデオなんかもなかったですからね。
——では、手塚治虫のマンガもよく読まれていましたか?
加瀬:それはもういろいろ、読んでいますよ!
——どのような作品がお好きですか?
加瀬:『フライングベン』が好きです! 動物漫画が大好きなんですよ。あとは、『ノーマン』とか、『0マン』も好きです。子供の時には、動物漫画が描きたいな、とか、動物を治療する獣医さんになって、アフリカに行くんだとか、そういうことを考えていましたね。
——手塚治虫を初めて読むきっかけとなった作品は何でしたか?
加瀬:はじめて買った単行本は『火の鳥』でした。漫画を自分で買ったのもそれが初めてです。当時700円くらいの、箱に入っていて、豪華な装丁の本でした。弟とおこずかいを出しあって買いました。「黎明編」「未来編」「ヤマト編」が出ていたと思います。
——虫プロ商事から出ていたハードカバー愛蔵版ですね。
加瀬:弟はあまり漫画を読んだりするタイプじゃなかったですが、手塚作品については私の影響で読んでいましたね。私は几帳面なタイプなので、『週刊少年チャンピオン』も、雑誌をばらして、『ブラック・ジャック』だけ切り出して、ファイルにしていました。
——それは貴重なコレクションですね! ファンのみならず、読んでみたいという人は多いと思います!
加瀬:でも、ある時お友達に貸したら、それっきりになっちゃって。
——えー! それは悲しいですね…!
加瀬:本当、泣いちゃいますよ(笑)! ……いとこも男子が多かったせいか、少年誌が大好きだったので、そういうものばかり読んでいました。漫画というと、男っぽい、男臭い作品が好きで、そういうのがかっこいいなあ、とずっと思っていました。少女漫画とは割と早い段階から外れてました。女の子の絵を描いたりするのは好きでしたけど、お手本は松本零次(晟)さんとかでしたね。
——先日先行上映された『ヤング ブラック・ジャック』の第1話も、間黒男の男性的なかっこよさが目立った作品でした。先日のTBSアニメフェスタでも、男性視聴者も熱心にご覧になっていたようです。
加瀬:普通のテレビアニメシリーズの主人公として間黒男くんを出したいので、彼のキャラクターが立ってくれないと困るんですよね。
ふつう、アニメーションの場合、主人公は何もしなくても一番立ってくれるものなのですが、『ヤング ブラック・ジャック』って、意外と主人公が立たなくて、ドラマの中でメインというよりは、ゲストのキャラクターが出張ってくるようなお話が多いじゃないですか。
スーパーバイザー・シリーズ構成の高橋良輔さんにも「とにかく主人公である間黒男を立てるように」という方針で12話を作っていきましょう、と言われていて、通常の、「主人公は何もしなくても目立つから、脇役を固めないと!」というセオリーではなく、「脇役が目立つような逆転現象が起きないように、主役を立てていこう」というようないつもとは反対の作り方になっています。
——脇役にも手塚キャラを使ったりと、ともすれば脇役が目立っている原作を、ある意味正統派なアニメ作品12本として、主軸を間黒男にしていく、ということですね。
加瀬:やっぱり、主人公である間黒男を魅力的に描くのが大切だと思っていますので! 作品内キャラクター人気投票をやったらちゃんと彼が一位になるようでないと、悲しいですからね(笑)。
——第2話以降で、「間黒男」を描くにあたって、気を付けていくべき点はどんなところですか?
加瀬:高橋良輔さんが重視されているのは、「間黒男は、あくまで医学生である」という点です。22歳の医学部4年生なんですよ。1968年当時の日本の医学生としての間黒男だということを、もっと意識してつくろう、ということです。
後の天才医師・ブラック・ジャックも、まだここでは天才の片鱗が見え始めてきている段階にすぎません。隠れて手術をいろいろやっちゃいますが、本当はやってはいけないんです。彼は、ちゃんとした医者になりたくて、一生懸命勉強しているわけです。どこかの段階で、「もう医師免許なんていらない」と決断するわけですが、今回の作品はそこに至る前なんです。才能がある、まじめな一人の医大生が、いかにして無免許の医師となってしまったのか、その過程を見せる作品なんですよ。だからこそ、彼はまだ免許を持っておらず、医学生なんだ、というところは強調していかなければならないと思います。
一方で、彼は緻密な3次元を脳内に描くイメージトレーニングで、常にいろいろな手術の手順を訓練しているんです。書物や実験で得た知識から、実践経験はなくともトレーニングを積んでいます。そういうことに日常のすべてを割いているような人物ですよね。だからこそ、いきなり実際の外科手術を実践しなくてはならなくなっても、スムーズにできる、という説得力になるんです。
——全12話では、どれぐらいの時間スパンが描かれるのでしょうか。
加瀬:1968年から始まって、71年ごろまで、3年間ぐらいを描く予定です。その間に、医学生の間黒男は、本来は執刀をしてはならない自分が手術をせざるを得ない事件に巻き込まれたり、優れた医師に出会ったり、間の技術を見込んで、手術を強要するような人間に遭遇したりもします。
医療従事者の問題意識などもずいぶん勉強しました。意外と難しかったのが、1968年当時の医療機器を調べることですね。
——現在とは全く違うのでしょうか?
加瀬:かなり違っていますね。現在の現場の様子なら、取材に行けば分かるのですが、機械などもかなり変わってしまっているようで、機械の資料は手に入っても、どのように動くのかがわからないんです。動き方がわからないとアニメで描けないので。
橋本プロデューサーにはいろんな資料を取り寄せてもらいました。一番近いのは『白い巨塔』(編注:1966年映画、1967年テレビドラマなど、当時のドラマ化作品もあり)なので、あの作品は我々のバイブルです!
美術設定もかなりこだわりましたね。手術室のどこに何があって、というのはきっちり決め込んで描いています。もちろん、本編ではカメラが動いたり、寄ったり引いたり、というような絵になるので、解りにくいとは思いますが…。もちろん、外科手術を描くといっても気持ち悪い描写はしないようにしているので、苦手な人でも大丈夫だと思います! 医療ドラマでもあるのでそのあたりは描きたい面もありますので、その点もジレンマではあるのですが…。
——第1話でも、手術が成功した後、かえって緊張で震えている、というような描写が印象的でした。
加瀬:ああいうシーンで、一人の男としての間黒男という一面を表現できたかなと思っています。心理的プレッシャーや、手術に対する緊張感などは、丁寧に描写していきたいです。さまざまな事件に出会って、彼も人間的に成長していくんですよね。
やっぱり、医療の役割って、どんなことがあっても命を救おうとするところだと思うんです。また、患者に対しても生きていきたい、という気持ちを与えるようとします。もちろん、ドクター・キリコのような、尊厳死という考え方もあるかもしれませんし、死というのは、患者個人の問題ではなく、その人を取り巻く家族や社会全体の問題ですから。
命を救うというのは時に困難なことですが、それを大切なことだ、と改めて認識するのは、今こそ必要なことだと思います。
——最後に、これからの放送を楽しみにしている方々に何かメッセージがありましたらお願いします。
加瀬:そうですね…。この作品のテーマである、間黒男君の苦悩を感じて頂ければうれしいですね。
——ありがとうございました!