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虫ん坊2015年6月号 特集2:第19回 手塚治虫文化賞 授賞式レポート!

第19回手塚治虫文化賞

 朝日新聞社が主催し、すぐれた漫画作品に贈られる手塚治虫文化賞。今年で19回となりました。
 毎年恒例となりましたが、今年も授賞式のレポートをお送りします!

 今年の受賞作品は、以下の通り。

  • マンガ大賞 ほしよりこさん 「逢沢りく」
  • 新生賞 大今良時さん 「聲の形」
  • 短編賞 吉田戦車さん
  •  
  • 特別賞 みつはしちかこさん 「小さな恋のものがたり」


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★来賓より★

第19回手塚治虫文化賞

● 手塚眞

 今、日本では星の数ほど漫画作品があります。おそらく世界でこんなにも多くのマンガ作品が出版されている国もないかと思います。このたくさんの漫画の中から、今年を代表する、あるいは時代を代表する作品を選んで、授賞いただくというのは、まことに大変なことだと思います。審査員、選考委員の皆さま方には大変お疲れ様でございました。編集事務局の皆さまもお疲れ様でした。たくさんの候補作の中から受賞作を選ぶというのは骨が折れる作業だと思います。
 もうすぐ20回になる受賞作は、毎年面白く読ませていただいていますが、また、別の驚きもございます。こんな漫画もあったのか、あるいは、こういう表現もあったのか、と驚かされることも多々ございまして、それがまたこの手塚治虫文化賞の面白いところではないか、と思っております。
 こうやって、いろいろな漫画を読んでいますと、1作1作が面白いというだけではなく、漫画とはいったい何なのだろうか、素晴らしいマンガとは、いったいどういうものなのだろうか、という思いも頭をよぎります。
 もちろん、これは答えがある問いではありません。一人一人の心の中に、それぞれの答えがあるものだと思います。しかし、やはり漫画がある意味を考えざるを得なくなってくるのです。
 手塚治虫はかつて、本人が新人時代、先輩の漫画家に自分の作品を見せたところ、こう言われた、と書いていました。
「君の漫画は、邪道だ。君のような漫画が世の中に流行ってしまったら困る。こんな漫画は君だけにしてほしい」
 事実かどうかはわかりませんが、もし本当にそんなことがあったのであれば、とても興味深いことだと思います。私はその方が先見の明がなかった、ということを申し上げるつもりはなく、もしかしたら、その方こそが正しかったのかもしれません。
 しかし、世の中というものは面白いもので、事実というのは個人の思いを超えていくものです。邪道、といわれた手塚治虫の漫画が、瞬く間に増えていき、いつしかそれが漫画の主流となっていきました。それを思うと、邪道とはいったい何なのか、漫画としての新しい表現とはどういうものなのか、を常に考えさせられます。

 今回の受賞作品は、1つ1つの作品がむろん力作で、それぞれ独特の作風ですが、4つの作品を並べて読んでみると、日本の漫画の未来がいったいこの後どうなっていくのだろうか、それぞれの作家、作品は今後どうなっていくのか、ということに思いをはせてしまいます。
 個人の思いを超えて、作品は一人歩きをします。今回の受賞作もこれからまた、一人歩きしていって、さらにたくさんの人たちに読まれることになり、それがまた日本の漫画の1つのスタイルとなっていくのだなあ、と思うと、またいっそうにこの賞の意義を感じます。
 今回もまた大変にユニークな作品がそろったことを大変うれしく思っています。また、こういう挑戦的な漫画が、広く世の中に発表されていくことは非常によいことであると思っております。


★選考経過報告★

第19回手塚治虫文化賞

● 中条省平さん

 まずは漫画大賞ですが、新聞での報道のとおり、第1次選考のノミネート作品としては、大今良時さん「聲の形」、島本和彦さんの「アオイホノオ」、荒川弘さん「銀の匙」、岸本斉史さん「NARUTO」、ほしよりこさん「逢沢りく」、漫画・近藤ようこさん原作・津原泰水さん「五色の舟」、コージィ城倉さん「チェイサー」、松井優征さん「暗殺教室」、洞田創さん「平成うろ覺え草紙」という9作品が並びました。例年になく多いのですが、いずれもすぐれたもので、現代日本の漫画を代表する作品です。
 議論が一巡したところで、まずは大今さんの「聲の形」ですが、これは障碍者といじめというとても衝撃的なテーマを扱っていながら、とても確かなデッサンで、障碍者のドラマだけではなく、それを取り巻く人々による群像劇として、きわめて見事に結晶されているという点が評価されました。
 島本さんの「アオイホノオ」は、80年代、おたく文化の黎明期に、非常に熱い青春を送った人々のドキュメントという意味で、記録的な価値もあり、独特のユーモアのセンスがさえているというところが高く評価されました。
 「銀の匙」については、青春漫画の中で、いかに生きていくべきか、未来は豊かなものでありうるのか、という、きわめてまっとうな問いを投げかけながら、それぞれの高校生の登場人物の青春をきわめてドラマティックに描き出しているというところが、きわめてすぐれたものであるということを考えます。
 「逢沢りく」は、きわめて感受性が強く、ほとんど世界を拒否しているか、とすら思われるような女の子が主人公です。選考委員の中には、この少女が、ドストエフスキーが「罪と罰」で描き出したラスコーリニコフに匹敵する人間造形である、ということを述べた方もいるぐらい、高く評価されました。
 この4作が、第1巡の議論を経た後で、とびぬけていて、第2巡の議論の俎上に載せられました。
 中で、「アオイホノオ」は、すでにこの作者は自伝的な作品を描いておりまして、その作品のほうが衝撃的だったのではないか、という指摘がなされました。「銀の匙」に関しては、この作者はすでに手塚治虫文化賞の大賞候補となっておりまして、そのたびに高い評価を得るのですが、今この時点で「銀の匙」を評価しなくてはならない特別な理由がないのではないか、という疑念が出され、この2作が選外になりました。
 最後に残ったのが「聲の形」と「逢沢りく」です。「聲の形」は第1作目の衝撃というのが非常に強かったのですが、映画作りの話などが出てきていささか失速する、従来の学園ドラマの定型に接近してしまったのではないか、という指摘がなされ、また「逢沢りく」についても大阪人の楽天性が人を救う、というのはあまりにもありきたりな設定なのではないか、また最後に病身の少年が出てきますが、それも少し安易なのではないか、という批判もありました。しかし、最終的に「逢沢りく」の一人の少女の感性のふるえをここまで繊細に描き上げた力、それから、今までの漫画にない独特の、多義性を含んだやわらかいペンタッチが、人間に本来備わるあいまいな部分に呼応するところではないか、そのペンタッチの革新性が今回の手塚治虫文化賞のマンガ大賞にふさわしいのではないか、という点で議論の一致をみて、最終的に「逢沢りく」がマンガ大賞に決定しました。

 なお、この過程の議論で、「聲の形」の評価は高く、また作者が弱冠二六歳であること、デビュー第1作であることなどを鑑み、このまま選外とせずに新生賞にスライドする形で候補に残してはどうか、という議論がなされ、その流れを引き継ぐ形で、新生賞では「聲の形」が高く支持されました。
 「聲の形」と競る形で、田島列島さんの「子供はわかってあげない」という、また違ったタイプのほのぼのとした恋愛マンガであり、やわらかい人間たちが絡み合う群像ドラマで、ユーモラスな感覚がある作品ですが、この作品も高い支持を集めました。
 この作品も「聲の形」と互角ともいえる支持を得たのですが、最終的には投票ということで、「聲の形」を新生賞に選び、もちろんほかの委員もこれに賛同しました。

 短編賞に関しては、吉田戦車さんの作品が二人の選考委員から推薦されておりました。新生賞と短編賞の推薦については、重なるということはほとんどなく、それぞれの選考委員が独自の候補を立てるということがよくありますので、二人の選考委員が重なったということは、かなり珍しい例です。
 近作の「おかゆネコ」「まんが親」という作品が優れていることは間違いないのですが、一部の委員からは吉田戦車の実力はこんなものではない、あの、吉田戦車の破壊的なギャグの実力を知るものにとっては、近作はかなり普通の漫画に近づいてしまったのではないかという意見も出ました。
 また、別の委員からは、「吉田戦車さんは25年間の蓄積を通じて、日本のギャグ漫画という、非常に厳しい土壌で戦い続けてきた人であって、吉田戦車さんという人そのものに賞を上げる、ということではどうだろうか」という提案がなされ、これには全委員が賛成して、全業績に対して短編賞を差し上げることになりました。

 すでに短編賞の時点で、みつはしちかこさんの「小さな恋のものがたり」は、推薦がなされておりました。「吉田戦車が25年なら、みつはしちかこは半世紀だぞ」という声もあがりまして、そりゃそうだ、比べものにならない…といっては失礼ですが、みつはしさんがすごい、ということ、つまり50年かけて一つの世界を築き上げ、それがきわめて純粋な恋愛ファンタジーであり、日本人の感性にきわめて高く呼応するという例はまれである、ということで、みつはしさんの貢献というものは、今年の手塚治虫文化賞というよりは、むしろ日本の戦後漫画に対する貢献であり、国民的なものではないか、というふうにだいぶみんなが傾いていきまして、それでは、去年の藤子不二雄A先生と同じように、特別賞を差し上げるのがよいのではないか、ということで、意見が一致しました。
 以上のような経過を経まして、今回の手塚治虫文化賞が決定した次第です。
 大変議論はエキサイトして、どうなるかという局面もありましたが、それぞれの委員がポジティブに自分の良いと思う作品を上げる議論でしたので、熱くなる面もありましたが、私どもにとって極めて有意義であり、終わって、これで万々歳、と開放的な気分になる、よい選考会でありました。


★大賞:ほしよりこさん★

第19回手塚治虫文化賞


 ほんとうにありがとうございます。
 ちょっと緊張してしまって、何も言えなくて…。
 ほんとうに、ありがとうございます。


★新生賞:大今良時さん★

第19回手塚治虫文化賞

 このたびは、すごい賞をありがとうございます。私にとって、相当大きなご褒美で、この大きなご褒美に似合うような漫画をこれから描いていけたら、と思います。

 手塚先生は、私が生まれたときにはいらっしゃらなかったんですが、小学校の図書室に『ブッダ』が置いてあって、心底感動しまして、すごく夢中で読んでいた覚えがあります。私も自分がいなくなっても手塚先生のようにのこる漫画を描いていきたいです。難しいですけど、これから頑張っていきたいです。
 ありがとうございました。


第19回手塚治虫文化賞

第19回手塚治虫文化賞

★短編賞:吉田戦車さん★

第19回手塚治虫文化賞

 このたびはまことにありがとうございました。
 雑誌の片隅で4コマやイラストを描き始めて、今年で30周年になるんですけれども、こういう節目の年に、このような賞をいただけたことを本当にありがたく思っております。

 手塚先生の漫画は、僕はリアルタイムで、小学校の時に『ブラック・ジャック』や『三つ目がとおる』に出会うことができまして、漫画家になって何度も思うことですけれども、そのころの自分に、今のことを教えてやりたいな、と、今回ほど強く思ったことはありません。マンガというジャンルと雑誌という文化に、心から感謝したいと思います。  ありがとうございました。

第19回手塚治虫文化賞

★特別賞:みつはしちかこさん★

第19回手塚治虫文化賞

 初めて、「小さな恋のものがたり」を見て頂いたのは、手塚治虫先生でした。先生には褒めて頂いて、それを勇気と元気にして、出版社に持ち込みました。そうすると、出版社の編集長が、「この漫画のどこが面白いの」と言って、突き返されました。
 でも、その時通りかかった人が、「この漫画面白いから、来月から連載にしよう」と言ってくださって、連載デビューすることができました。
 この賞で、お礼を言いたい方がいます。これまで編集してくださった、山崎園子さん、ありがとうございます。これからも、大好きな漫画に片思いし続けたいと思います。


◆      ◆      ◆



第19回手塚治虫文化賞

 贈呈式の後には、今回で、夫婦ともに手塚治虫文化賞短編賞受賞となった、吉田戦車さん、伊藤理沙さんのトークショー「祝・夫婦で短編賞作家に!」記念対談が行われました。

 ご家庭の食卓さながら!? のトークショーのもようは、朝日新聞dot.で掲載される予定です!

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