手塚治虫のライフワーク、といえばやっぱり、『火の鳥』でしょう。
この作品のルーツはどこから来たのか? そんな疑問の一つの答えが、エッセイとして残っています。
「昭和二十九年に『漫画少年』に連載していた「ジャングル大帝」が無事に完結して、そのあとどういうものを描いたらよいのか迷っていたときでした。
ぼくはある劇場で、ストラビンスキーの有名なバレエ「火の鳥」を観ました。バレエそのものももちろんでしたが、なかでプリマバレリーナとして踊まくる火の鳥の精の魅力にすっかりまいってしまいました。」
——“「火の鳥」と私” 『火の鳥 黎明編』虫プロ商事 1969年12月発行 より
この、『火の鳥』は、2013年11月にも、新国立劇場で披露されました。そのとき、「火の鳥」を踊った米沢唯さんは、自らの『火の鳥』の解釈に、手塚治虫のマンガ『火の鳥』を参考にされたとか。
そんなご縁から、『ダンスマガジン』で米沢唯さんと手塚るみ子の対談が実現! 今月の虫ん坊では、その現場に潜入、対談後のこぼれ話として、米沢さんの「物語愛」や「手塚作品との出会い」についてのエピソードをうかがいました!
☆米沢唯さん プロフィール
愛知県出身、塚本洋子バレエスタジオで学ぶ。国内外の数多くのコンクールに入賞し、2006年に渡米、サンノゼバレエ団に入団。
2010年、契約ソリストとして新国立劇場バレエ団に入団。ビントレー『パゴダの王子』で初主役、『白鳥の湖』『くるみ割り人形』『ドン・キホーテ』『ジゼル』他数々の作品で主役を踊る。2013年、同バレエ団プリンシパルに昇格。2014年中川鋭之助賞受賞。
http://www.nntt.jac.go.jp/ballet/nbj/dancer/list/yonezawa_yui.html
『火の鳥』のエピソードがきっかけで、米沢唯さんと手塚るみ子との対談が、新書館発行の『ダンスマガジン』で実現しました! ご自身が踊るバレエ『火の鳥』に手塚治虫の『火の鳥』が大いに参考になったお話、手塚マンガに見られるバレエシーンのお話などなど… いろんな話がつぎつぎに登場する、とても楽しい対談になりました。
記事は、『ダンスマガジン』2014年12月号に掲載予定! そちらもあわせてご覧ください。
http://www.shinshokan.co.jp/mag/mag_new.html?SRC_CAT_S_ID=2010010
——本を読むのが大好き、と伺いましたが、マンガは実はあまり読まれていなかったそうですね。
米沢唯さん(以下、米沢):
そうなんです。小学生の頃に、ひょっとしたら、『日本の歴史』とかそういう、歴史マンガは読んでいたかも知れませんが、それ以外はあまり…。
——初めて出会われた手塚マンガは何だったのでしょうか?
米沢:
『どろろ』です。中学生の頃、学校の図書室が閉鎖される、ということで、好きに読めるように開放されていたんですね。その中にあったのが『どろろ』でした。
もう、誰も行かないような薄暗い図書室で、閉鎖の直前ということもあり、中の本は自由に持って帰ってもいい、と言われていましたが、私はそこに放課後に入り浸って、『どろろ』を読みふけっていました。
——小さい頃、あまりマンガに親しんでいらっしゃらなかったのはどうしてでしょう?
米沢:
両親から禁止された、という記憶はないんです。ただ、家にあまりなかったものなので、家に持ち込むのもどうかな、というのはありました。『どろろ』は、初めて接したマンガ、ということではなかったかも知れませんが、とにかく絵に強烈なインパクトを感じたんです。
——他には、どんな手塚作品を読んでこられましたか?
米沢:
高校生の時に、『アドルフに告ぐ』に出会いました。父が、私が小さい頃、ユダヤ人の迫害の歴史についての本を読んでくれました。旧約聖書も。『あのころはフリードリヒがいた』という小説が、私がはじめて読んだユダヤ人の物語だったのですが、それ以降、ユダヤ人やホロコーストの悲劇を扱った物語に縁がありました。ですので、『アドルフに告ぐ』で描かれているお話にも、すんなり入り込むことが出来ました。
マンガでああいう、シリアスな、社会的なテーマを描いている作品に出会ったのは、『アドルフに告ぐ』が初めてだったので、マンガにもこういう作品があるんだ、ということには驚きを感じました。
『火の鳥』もそうですが、『ジャングル大帝』や『リボンの騎士』などの作品は、とてもファンタジックです。そういう中に、現実の厳しさや、ちょっとビターな面が入ってくるのが手塚作品だと思っていたのですが、事件に巻き込まれた人が容赦なく殺されてしまったり、虐待や拷問のシーンが出てくるような作品は初めてだったので、とても驚きました。怖いんだけど、物語には異様にひきつけられて…。
内容もそうなのですが、タイトルのひびきにも強烈な印象が残っています。
——学生のころから、勉強とバレエのレッスンを両立するなど、忙しい毎日を送られていたと思うのですが、どんなことで息抜きをされていましたか?
米沢:
実は私、日常生活が一番辛いんです。もしかしたら、どんな方でも大なり小なりそうなのかも知れませんが、日常から離れたい、という気持ちが常にあるんです。
バレエをやっていれば、現実とは別の場所にいられる、というか。すごく集中したとき、自分が、その対象のなかにしかいない状態になれるのですが、そういう瞬間が一番幸せなんです。だから、絵を描くにしても、踊るにしても、自分が何かに没頭している瞬間が一番好きで。息抜き、というか、バレエで私は、精神的なバランスをとっているのではないかな、と思います。
日常生活をしていると、「どうしようもないこと」ってありませんか? 別に、不幸せではないけれど、孤独だったり、生きていくうえでの苦しさのような…、生活をしていくうちにたまってゆく、澱のようなものが小さい頃から一番苦しかったんです。
悩み、というほどたいしたことでもなくて、たとえばちょっとしたことで友達と上手くいかないことがあったりすると、「生きていてもしょうがない」と思ってしまったり…。そういうことって、別にものすごく落ち込んだりしなくても、ちょっとずつ誰しもあると思うんです。強いていえば存在の悲しみのようなもの。それを忘れられる。みんなもそういうものにいろいろな方法で折り合いをつけて暮らしていると思います。おいしいものを食べたりとか、眠って忘れようとしたりとか…。その手段がたまたま、私の場合は踊ることだったんです。
音楽と一体になって身体を動かしたり、このシークエンスが踊れないからどうしようか、と考えて考えて、舞台に立って、ということが、私にとって、日常のやるせなさを解消する唯一の手段なんです。
——物語が好き、というのも、バレエを踊ることの延長にあるのでしょうか?
米沢:
うーん…、むしろ、物語が好き、ということの延長にバレエがあるのだと思います。
私は少女漫画も大好きなのですが、少女漫画の中に入れる唯一の手段がバレエなんですね。大冒険をするとか、世紀の大恋愛をしたりとか、そういうことが出来てしまうところが、バレエの素敵なところです。その人になって生きたことで、自分の人生の経験に転位できたりとか。
バレエを踊るということは、「私がここに生きている」ということを叫ぶ手段だと思っています。
——物語が好きになったのは、どんな本の影響だったのでしょうか?
米沢:
父が読みきかせをよくしてくれたのですが、『ナルニア国物語』とか、『借りぐらしのアリエッティ』の原作の『床下の小人たち』『メアリー・ポピンズ』などを本が擦り切れるまで何度も読んでもらいました。日本のものだと、コロポックルをテーマにした『だれも知らない小さな国』とか。本当に、ファンタジーが大好きですね。今でもそうですけど。
岩波少年文庫とか、そういう、児童向けのファンタジックな物語が沢山入っているシリーズが大好きでした。
——ちなみに、手塚作品でまだ読めてないけど、気になっている作品はありますか?
米沢:
『リボンの騎士』は途中までしか読めていないので、絶対全部読みたい、と思っているのと、『鉄腕アトム』も全部読んでみたいです。
——今のところ、一番好きな手塚作品は何ですか?
米沢:
『ジャングル大帝』が一番好きです。キャラクターがとっても可愛くて。それなのにとても壮大な物語です。
——ありがとうございました!
物語愛が豊かな表現力につながっているんだなあ…と感じさせる米沢さんのお話、いかがでしたでしょうか!? 中高生時代に物語が好きだったことが、きっと今のバレエでの表現につながっていらっしゃるのでしょうね。
手塚ファンの皆さんにもなにかのヒントになるお話だったのではないでしょうか??
『ダンスマガジン』12月号もあわせて、ぜひ読んでみてください!