8月といえばお盆! そして夏といえば怪談ですが、今月の虫ん坊では、とある「快」談をひとつ、ご紹介します。
手塚治虫が「東海道四谷怪談」ヒントに少年向けの漫画として発表した「四谷快談」を講談師・神田織音さんがさらに翻案。8月23日、お江戸日本橋亭の「第66回講談 土曜特選会〜女講談師、平和を謳う〜」にて初演されます。
暑い夏に背筋がゾクゾクする原作「東海道四谷怪談」とはまたがらりと趣を変えた心が温かくなるコメディ「四谷快談」をどう語るのか? 神田織音さんにお話を伺いました。
・2012年11月号 特集1 講談師 神田織音さん インタビュー!
第66回 講談 土曜特選会 〜女講談師、平和を謳う〜
日時:8月23日(土) 午後1時開演
場所:お江戸日本橋亭
木戸:2,500円
——『鉄腕アトム』の講談では、近未来を舞台にしたお話でしたが、今回は戦後まもなくの日本が舞台ですね。手塚治虫が四谷に居を構えていたころに見聞きしたお話、という体裁ですが、またなぜ、「四谷快談」を原作に選ばれたのでしょうか?
神田織音さん(以下、織音):
『鉄腕アトム』の後、また私の手塚原作を聞きたいです、と言っていただいたことがすごくうれしくて、手塚作品でなにか出来ないかな、とずっと思っていて、ことあるごとにいろいろな人にそんなお話をしていたんです。会食にお招きいただいた際に同席されていた方に、「だったら『雨ふり小僧』なんてどうですか?」とおっしゃっていただいて、すぐに原作を読んでみようと、『雨ふり小僧』が入っている単行本を買いましたところ、その中に『四谷快談』が入っていて。出会ってしまった、という感じでした。
——『雨ふり小僧』も民話風のお話で、ファンが多い作品なんですよね。アニメにもなっていたり。
織音:
あちらもとても心が温まる素敵な作品だな、と思ったのですが、主な登場人物が二人とも男の子ですよね。やはり女性が語るとなると、女性が出てくる作品のほうがやりやすいかな、と思ったのです。それに、もとのネタになった『四谷怪談』はご存知のとおり、講談でもとっても有名な作品ですし、講談を聞きにいらっしゃるお客さんにもなじみやすいだろうし、一文字変えてもじってあるタイトルもしゃれているな、と思いました。
——短編作品を選ばれたのは、どうしてですか?
織音:
現在では寄席も毎日開かれるわけでもないし、新作ではなるべく1回で語り尽くせるお話に収めるようにしています。昔は毎日寄席が開かれ、連続物の物語を毎日語っていったそうですが、現在ではお客さんも皆さんお忙しいし、毎日聞きに来られることもなくなったため、伝統的な演目でも、「抜き読み」と言って有名な回のみを語るのが一般的です。
「東海道四谷怪談」ももともとはとても長いお話で、田宮家の来歴からお岩の半生、伊右衛門がどういう経緯で婿入りしてきたのか、などが語られるのですが、今ではもっとも盛り上がるところのみ抜き読みするのが普通ですね。
——原作の「四谷怪談」を語られることはありますか?
織音:
実は私は、怪談が苦手で…。聞くのも、語るのも得意ではないんです。四谷怪談がらみのお話と言えば、「講談師と行く 怪談ツアー」のようなものがはとバスの企画であって、それで四谷のお岩稲荷に参拝したことはあります。他にも、将門の首塚とか、番町皿屋敷の舞台だとかの回るんです。
——「四谷快談」の中にも、「『四谷怪談』を演じる役者は、お岩稲荷に参拝する」というようなジンクスが紹介されていました。今回演じるに当たって、お岩稲荷に参拝に行かれたりしたのでしょうか?
織音:
手塚先生がああしてご紹介されているのは確かに本当で、実際、お岩稲荷に参拝してみると講談師や噺家、役者の方などの奉納された玉垣がたくさん建っていますね。
実は今回は、お参りには行きませんでした。そういうジンクスを信じてしまうと、必要以上に気にしてしまうような気がしますし、もし何かうまくいかなかったりした時に、自分の芸のせいだったとしてもこころのどこかでそういう、迷信のせいにしてしまうのも潔くないですし。それに、この作品はお岩さんのイメージ向上につながるような内容なので、きっと許してくれるんじゃないかな、と。手塚先生も作中でお岩さんに「わざとドギツくしたんです!」って言わせていらっしゃいますが、私もそうなんだろうな、と思います。本当のお岩さんは賢い女性だった、という資料も残っているそうです。
——「四谷快談」は原作も、語り物のような構造になっていますね。手塚治虫が平公から聞いた話として、お岩さんと平公の不思議な「同居生活」を語る、というような構図です。講談に翻案していくときに、この構造はかえってやりにくかったのではないでしょうか?
織音:
手塚先生をどういうふうに登場させるか、は確かに少し悩みました。原作を読み込んでみると、先生のキャラクターはとてもユニークで、立っているんですよね。短い時間で、絵のないお話として語る場合には、キャラクターとしての手塚先生は思い切って外してしまったほうがいいんじゃないか、と。平公とお岩さんのやりとりや、関係性にフォーカスして語ることにしました。
——主人公の平公、ヒロインのお岩さんですが、それぞれどういうところに魅力を感じますか?
織音:
お岩さんと平公って、2人とも社会的な弱者で、戦争だったり、権力者の陰謀だったり、自分ではどうしようもないことに巻き込まれてしまった被害者、という点では、お互いに境遇が似ていますよね。だから2人は惹かれあったんじゃないか、と思うんです。
2人の素敵なところは、被害者でありながら逞しく生き抜いていたり、復讐を果たしたりしているところです。とてもけなげだな、と思いますし、そういう2人だからこそ、「可哀想なお話」にはしたくない。原作の2人が、いかにも楽しそうにどたばたやっているところも大好きですし、あの明るさは生かしたいな、と考えました。
一方で、彼らを苦しめた権力については思い切ってあくどく演じたいです。平公をいつも捕まえる警察とか、お金持ちの病院の院長なんかは、悪役として表現しようと思っています。
——マンガとしての「四谷快談」を講談にしようとしたときに難しかったところはどこですか?
織音:
マンガは絵を見ながら読んでいけますし、分からなくなったらすこし前にもどって確認もできますが、講談は音だけの表現ですから、耳で聞いたものだけが全てですよね。聞いている方がすんなりと分かって、なおかつ頭の中にありありと映像が浮かぶように、あまり情報を入れすぎず、すっと通るように語る必要があります。
先ほどお話に出た、手塚先生の出番を思い切って全部削ったのも、そういう事情がありまして…。お話の筋はなるべく単純にしておいたほうが、お客さんにも分かりやすいと思うんです。
キャラクターの外見や、今回で言えば平公の眼の症状など、絵があれば一コマの説得力ですぐ分かるような描写も、言葉ですべて説明しなくてはなりません。平公の眼についても、地の語りで説明してもいいのですが、今回はお岩さんに、「あら片目に眼帯なんかして、どうしたのかい、私と同じね」というようなセリフで言わせてみました。
あと、マンガの説得力はすごいな、と思ったのは、平公が病院で診てもらうシーンです。「こんにちは」と2人が病院の入り口に立っているコマのすぐ次で、レントゲン写真を片手に「いけませんなー」とお医者が言っていますよね。たったの1コマで診察が終わってしまっていて、さらには、このガメツいお医者もきちんと診察したんだな、ということが分かります(笑)。もちろん、診察をして、レントゲンを撮って、というようなことをしているはずなので、そこは言葉で説明しています。
——たとえば時代物のチャンバラのシーンみたいな、いわゆる名調子といわれるような、言葉の心地よさでするすると情景が入ってくるというシーンもありますよね。
織音:
今回の「四谷快談」では、平公が白いヘビをトラックから救うシーンに、そんな雰囲気を入れました。「アッ、ヘビが轢かれる!」という緊迫感を、勢いよく近づいてくるトラックだったり、平公がヘビに気づいて「何だ! 空襲か!?」と考える心の中の描写だったり、パチンコ玉をすばやく投げてガラスを割るシーンだったりを細かく語り込むことで表現してみました。ごく一瞬のできごとのスピード感を、かえってスローモーションのように、詳しく語ることで、強い印象を持っていただけると思います。
ちょうど、野球やサッカーのファインプレーをスローモーション映像で振り返るような、あんな感じかもしれませんね。
——マンガの中でも、トラックのスピード感を表すために、このシーンでは効果線がたくさん使われていますね。
織音:
あ、本当ですね! あの緊迫感を、細かい語りで表現する感じです。
——原作の結末はかなり意外な展開ですよね。
織音:
なぜ平公がパチンコを練習しているのか、の伏線があれでさりげなく種明かしされているのですが、今回はやっぱり、お岩さんと平公の交流に重点をおきたかったことから、あの展開も削りました。
——では、講談を聞いて原作を知った方も、二度おいしいですね。
織音:
あと実は私には、平公のラストのセリフがちょっとピンとこなかったんですよね。お岩さんのことはお母さんとか、お姉さんを慕うようにして好きだったんだ、と思うんです。ところどころに色っぽいシーンもあるにはありますが、そういうのはあえて入れていません(笑)。
逆に、やっぱり平公にとっては空襲で亡くなったお母さんが一番大切な人だったんじゃないかな、と、クライマックスのシーンでそういうシーンを入れてみました。
——今回、この「四谷快談」は「女講談師、平和を謳う」というサブタイトルがついた特選会でご披露されます。原作を読んだ限りでは反戦がテーマ、というふうには思っていなかったのですが…
織音:
平公は戦争の空襲で家族を失った戦災孤児なんですよね。
——あ、確かにそうですね!
織音:
でも、いわゆる悲惨だとか、可哀想ばかりにはフォーカスしたくなくて、明るく出来るものを探していまして。
じつはこれは師匠の神田香織の影響でもあるのですが、師匠からは以前から、反戦もののネタをひとつ、持っておくといいよ、と言われていまして。どんなものがいいかな、とずっと気にかけていたんです。師匠は今回、「はだしのゲン」を披露しますが、ゲンも悲惨な状況の中で逞しく明るく生きていますよね。そんな、ゲンみたいなキャラクターを私も探していたんです。
お岩さんも悪人に企まれて殺されてしまった人ですが、可哀想、という感じには描きたくなかったです。平公のところにさっと現代風の服に着替えてやってきたり、お家を幽霊屋敷風に作り変えてしまうお茶目なところはちゃんと語りたいです。
お岩さんについては、原作にも登場する「平凡な女の亡霊よ」というセリフがすべてですね。あのセリフはそのままお借りしました。とにかくやさしくて明るい、普通の女性として語ろうと思います。
平公もあくまでけなげで、元気な少年ですよね。平公は空襲の想い出をお岩さんに語りますが、語り方は淡々としていて強気な感じです。自分が失明しそうだ、ということも気丈に語りますよね。ああいう平公の逞しさが、ただのかわいそうな被害者じゃなくて、明るく自分の人生を生きています。立派に手塚作品のヒーローを努められる強さを感じます。
——このマンガの平公は確かに、主人公らしいかっこよさがありますよね。
織音:
このお話はまさにタイトルどおり、「快談」だと思います。「痛快」の快、ですよね。お岩さんも、平公も自分にひどいことをした何かに立ち向かっています。そういう、痛快な部分を味わっていただけるような語りが出来ればいいな、と思っています。
また、講談ではメジャーな演目である「四谷怪談」のパロディ、ということで、常連のお客様にはそこでクスリとしていただけるようなところも盛り込んでいますので、ぜひ楽しんで聞いていただければ、と思っています。
——ありがとうございました!