今まで発行された『ブッダ』の単行本では長らく読めなかった、雑誌掲載時のバージョンそのままの『ブッダ』を復刻した単行本・全10巻が、現在、復刊ドットコムから刊行中です!
その名も『ブッダ《オリジナル版》復刻大全集』(以下、『ブッダ《オリジナル版》』)。手塚治虫は雑誌に連載していた自らの作品を単行本に収録する際に、大幅な編集や描き換えを加えることは徐々に有名な話になりつつありますが、『ブッダ』についてもその例に漏れず、今回の『ブッダ《オリジナル版》』の復刻にあたり、実に多くの発見があったとか。
そこで今月の虫ん坊では、『ブッダ《オリジナル版》』の企画編集担当・復刊ドットコム 森遊机さんと、監修・解説を担当する手塚プロダクション資料室 森晴路に、今回の『ブッダ』復刊について話してもらいました。
プレゼント!:
この記事をご覧になっている読者の方1名さまに、『ブッダ《オリジナル版》復刻大全集』1巻、5名さまに復刻大全集発売記念「ブッダ」カラー色紙復刻版(手塚治虫・画/非売品)をプレゼントします!
ご希望の方は、メールにて、「1、お名前 2、サイトに登録しているニックネーム、3、メールアドレス、3、希望のプレゼント」をお知らせください。
締め切り:2014年2月28日(金)
応募先メールアドレス:tezukaosamu-net-guide@tezuka.co.jp
※ 当選者には、折り返しメールでご連絡します。
——では、月並みなご質問ではありますが、『火の鳥』『ブラック・ジャック』に引き続き、『ブッダ』をやろう、というところを改めて教えてください。
手塚プロダクション 森晴路(以下、手塚森):
まあ、一番の理由は、『ブッダ』ってカットされたページがものすごく多いんですよね。それを今回改めて収録して、読者に見せることに意味があるのではないか、というのがあります。
復刊ドットコム 森遊机(以下、復刊森):
『ブラック・ジャック大全集』の作業を手がけているころから、ちょくちょく、「次は『ブッダ』で」という話は出ていました。せっかくB5の大判で復刻するのだから、巻数が10巻以上とある程度まとまった数で、改変箇所が多いものがいい、という発想はありました。さらにはもちろん、熱心なファンが多くついている作品がいいですよね。
これまで復刻を手がけてきた『ブラック・ジャック』『火の鳥』『鉄腕アトム』などと比べても、『ブッダ』は改変がかなり多いですよね。今回実際に作業してみて、「こんなところも描き換えられているのか!」という発見がたくさんあったように思います。
手塚森:
最近は『ブッダ』がほかの手塚作品と比べても、昔より若い読者に読まれるようになってきている、という背景もあります。『ブラック・ジャック』などの根強い人気と比べても、伸び率というところで言えばダントツです。
復刊森:
確かに、最近『ブッダ』の人気が上昇している、という実感はありますね。描かれてから約30年以上も経って、アメリカのアイズナー賞で、最優秀国際作品に2004年・2005年と連続で選ばれるなど、国際的な評価も高まっていますし、国内でも、アニメ映画の大作2作品目がこの2月に公開されたり、手塚版ブッダに影響を受けたと作者の中村光さんが語る漫画『聖☆おにいさん』も、若い層に向けて大ヒットしています。
手塚森:
よく言われる、「時代が追いついてきた」というか、そういうものを求める気風があるのでしょうね。
復刊森:
スピリチュアルブーム、みたいなところもありますし、わかりやすい哲学書として捉えることもできるかもしれません。
『ブッダ』がほかの手塚作品と違うな、と思うところは、たとえば『ブラック・ジャック』などはキャラクターの外見や性格が途中で変わったりすることはあまりないですよね。ブラック・ジャック先生は登場してから最後まで、ああいうキャラクターで。ところがブッダはそれこそ、赤ん坊のころから入滅まで、心身の成長を描かれていますよね。一人の人間の、長い人生そのものというか、ビルドゥングス・ロマン的な要素があるじゃないですか。そういう点も、いい意味で啓蒙的なところだと思います。
登場人物もたくさん出てきて、その多彩さは群を抜いていますよね。個性的な登場人物がそれぞれの人生を歩み、それが交錯してゆく、というエンターテインメント性豊かな大河ドラマで、そこがすごく魅力的で。
——『ブッダ』のような大河ドラマに手塚治虫が挑んだきっかけは何だったのでしょうか?
手塚森:
第1巻の解説にも書きましたが、アメリカ映画の『十戒』や『ベン・ハー』の影響を色濃く受けていますよね。
『ベン・ハー』って、主人公はユダヤ人の貴族のベン・ハーなんですけど、裏にキリスト誕生の話が入っているんですよ。『ブッダ』でのチャプラとシッダルタの関係にちょっと似てますし、キリストが生まれるときにぱーっと光が射す、みたいな表現についても、シッダルタの生誕シーンにその影響を感じますね。
余談ですが、『どろろ』のオープニングも『十戒』をかなり意識しています。百鬼丸がたらいに入れられて川に流されるシーンなど、まんま『十戒』のモーゼですよね。
復刊森:
手塚先生もそういう往年の名作に影響を受けたりされるんですね。1970年代ごろまでは、今と違って、映画にもスタンダード作品というものが高い価値を持って受け入れられていましたよね。新作がヒットしなかった場合などに、急遽、『ベン・ハー』などの古典作品をリバイバル上映して、映画館が急場をしのいだりしていた。『ベン・ハー』自体は1959年の旧作ですけれども。
手塚森:
だから、日本の初公開年がかなり前の作品でも、一般的に馴染み深い作品だったりしました。
復刊森:
でも、『ブッダ』を読んでいると、決してガチガチの宗教作品として描くのではなく、わかりやすく、漫画として面白くしよう、という手塚先生の意気込みが感じられますよね。スペクタクル史劇映画にヒントを求めたのも、そういう工夫のひとつなのではないでしょうか。先生の“引き出し”の多さを表していると思います。
手塚森:
『ブッダ』は特に、シッダルタが悟りを開くまでの描写のところに、かなりの描き換えがあります。カットももちろんですが、描き換えや描き足しも多いんですよ。
復刊森:
『火の鳥』よりもずっと多いんですよね(笑)。『鉄腕アトム』とでは、どっちが多いだろうな……? 『アトム』もかなり描き換えが多いですが、あれはまた各話ごとに別々のエピソードだから、長編の『ブッダ』とは、またケースがちょっと違いますよね。
手塚森:
基本的なストーリーの流れはそれほど変わっていないんですが、連載時にくねくね曲がっていたところが、単行本化に当たって、すっと整理された、という感じだと思います。
復刊森:
見ごたえのある良いシーンが、惜しげもなく、結構バサバサ切られているんですよね。
今回の復刊に当たって、僕と森さんで、どの巻が一番描き換えやカットが多いか、という洗い出しを行ったんです。そうしたら、2巻と5巻が特に多かった。それで2巻と5巻から該当シーンをピックアップして、マスコミや読者に紹介するための資料をまとめていたんですが、今ちょうど3巻の編集をしているため、改めて3巻の描き換えシーンに付箋を貼ってみたところ、今回初収録のページが、なんと70ページほどもある!
だから、どの巻を手に取ってみても、読んだ方はきっとびっくりすると思います。絵やストーリーが今ひとつだとかいうことは全然ない、名シーンばかりなんですよ。そこを惜しげもなく切っていて、大胆だな、すごいなあと思います。
——キャラクターごといなくなっている、という人はいますか?
手塚森:
手塚先生も文章に書いていますが、いろいろなタイプの悪魔が出てくるのですが、それは全部切ってますね。
連載時は、マーラ以外にもいろいろな悪魔が出てくるんですよ。それがわかりにくいから、全部カットされています。
復刊森:
『ブッダ』の連載について、もともとは潮出版社さんから『火の鳥』の続編をという依頼があったことにも関係するのか、手塚先生が『火の鳥』で描いたような転生輪廻の生命観とか、コスモゾーン的な宇宙観にシッダルタが気づくような壮大なシーンが雑誌掲載時にはちょくちょく出てくるのですが、そういう点も全部カットされています。ピッパラの樹の下で悟りを開くシーンに集約させて、わかりやすくさせたのではないか、というのが森晴路さんの説です。
連載時には毎号のヤマ場をつくらなくてはいけないけれども、単行本ではそういう必要はない、というところも、改変の理由のひとつかもしれません。
——潮出版社としても、雑誌の方向性の転換が何度かあったんですよね。雑誌の名前が『希望の友』から『少年ワールド』『コミックトム』と変わったり、と。そういう点で『ブッダ』の連載になにか影響を感じるところはありましたか?
手塚森:
アナンダが登場するあたりのシーンがちょうど境目ですね。『希望の友』はちょうどいいところで終わっているんですよね。ですから、『少年ワールド』では、アナンダの話を心機一転で始めることができたようです。『少年ワールド』から『コミックトム』に変わる際には、とくにそういう区切り感はなく、そのまま続いていますが。『少年ワールド』自体が大変短い期間の雑誌だったので。1年半ぐらいでしょうか。
——単行本版での描き足しや編集は、どのような形で行われているのでしょうか?
手塚森:
『アドルフに告ぐ』のことについてお話した以前の号(虫ん坊2012年11月号 特集2 「手塚治虫のしごと術 ~『アドルフに告ぐ』単行本編集の場合〜)でもお話しましたが、簡単にいうと、揃えた原稿の描き足し予定のところに白い原稿用紙をはさんでいくわけです。手塚先生の描き足しは、プロローグとエピローグが多いです。さらに、まるごとエピソードが加えられることもありますし、ページとページのあいだとかにも追加されます。『ブッダ』についても基本的には例に漏れません。ほんとうに、どんな頭の構造をされていたのか、連載時の作品でも、特に何の支障もなく読めるのですが、さらにそこに思わぬ形での描き足しがあるんですよね。
——さらに描写を細かくする、みたいな感じでしょうか。
復刊森:
『ブラック・ジャック大全集』の時から始めたのですが、今回も森晴路さんによる巻末の図説を毎号入れることにしたんですよ。連載版と単行本版の違いを、図版を見せながら解説する。これがあることで、いちいち3000ページ以上を追っていかなくても、どこがどう変わっているのかがわかるようにしたのですが、これが読者にも好評でした。今回の『ブッダ』大全集でも、「柱コピー」の再録と共に、ひとつの売りになっています。
『ブラック・ジャック』はそれほど変わっていなかったので、『ブッダ』のこの図説のほうが、はるかに見ごたえがあると思いますよ。
少しだけ紹介すると、たとえば「鹿野苑」のエピソードの掲載位置が、単行本と連載とではまったく違うところに入っているんですよね。あと、バンダカがカピラバストウの王になる話なんかも、ぜんぜん別の場所に挿入されていたりします。
手塚森:
時系列の改変は結構ありますよね。特に、ダイバダッタの初登場シーンなどはぜんぜん変わっちゃっていますから。
——連載版と単行本版を読み比べてみて、どちらがどう、というのはありますか?
手塚森:
読みやすさで言えば、単行本のほうが読みやすいとは思いますね。雑誌の連載は、これもよく言われることですが、手塚先生はたたき台と認識していたようで、アイディアやエピソードをあれこれ出していった連載時の原稿を、単行本化に当たってきれいに整理するのが先生の醍醐味ですから。
復刊森:
この「オリジナル版復刻シリーズ」では、全部扉絵を入れているのですが、僕は、
扉絵があって、前回のあらすじが紹介されて……といったような、連載時ならではのリズムが結構好きなんですよ。単行本もまた良いのですが、毎号毎号をわくわく楽しみに読んでいた気持ちを思い出させるあの臨場感は、雑誌連載バージョンならではですよね。
そうした雑誌連載独特の“ページアクション”って、つなげてしまうと損なわれちゃうんですよね。そういうものをもう一度味わえるようにするのが、こういう復刊の目的のひとつです。
——ちょっとだけ、具体的にどこがどう変わっているのかをご紹介いただけますか?
復刊森:
まずは、カラーの扉絵ですよね。これは当然、単行本化の時には、いっさい見られなくなってしまう。
それから、こんなこともわかります。連載第1回の表紙と、第100回の表紙はいずれもカラーだったんですが、大河ストーリーの中のどのあたりが連載第100回目だったのかというのが、これでわかるでしょう? そういうことをチェックするのも面白いです。これもカラーで収録するからこそ、臨場感がでます。
それからこのような、ブッダが誕生するシーンも、美しいカラーで表現されているのですが、コマの運びも含めて単行本とは違っています。重厚で、すばらしいシーンですが、単行本化の際には思い切ってカットされてしまっています。
あと、『火の鳥』を思わせるようなシーンもそうですね。シッダルタが悟りを得るまでにこういう感じで生命の神秘について気づいてゆくようなところが存在した。こうしてみると、『ブッダ』では、『火の鳥』とかなり近いテーマが語られていたことがわかります。
それから、これは女盗賊のミゲーラとシッダルタが再会を果たすシーンなのですが、このあたりはエピソードごとばっさりカットされています。ドラマの流れ上、そうしたのでしょうが、キャラクターたちの意外な一面が見られて、面白いと思います。このエピソードではっきり、タッタとミゲーラが結婚していたことが語られているのですが、単行本だとそれがはっきりわかるのって、けっこう後ですよね。
さらに面白いところでは、シッダルタが一瞬現代にタイムスリップする、というような、まるで『火の鳥 太陽編』のようなシーンもあることです。1970年のヴェトナム戦争最前線にシッダルタがタイムスリップするというSF的なシーンは、衝撃的です。
また、単行本化の際にはギャグっぽいところも結構省かれていて、たとえばこの、タッタがミュージカルよろしく歌いだすシーンとか、『キング・コング』のパロディとか。時事問題や当時の流行を取り入れるところがなんとも手塚先生らしいですよね。
魔神ガロンなどをゲストでちょっと出してみたり。こういうのは物語のシリアスなテーマにそぐわないと考えられて、削られちゃったんでしょうね。
——手塚治虫は単行本化の描き換えが普通、ということですが、なぜまた『ブッダ』はこれほど描き換えが多いのでしょうか。『火の鳥』と比べても多い、というのは驚きです。
手塚森:
やはり手塚先生もどのようにして主人公を悟りに至らせるのか、ということをかなり悩んだんだと思います。自分なりの腹案はあったでしょうが、いろいろな試行錯誤があったんでしょう。
復刊森:
先生ご本人も、それこそシッダルタとともに悩みながら悟りのシーンまでを描いておられたんだろうと思いますね。悟りのシーンを漫画として描くことに、かなり苦悩したのではないでしょうか。それだけの大きなテーマですから。
——社会的な問題とか、宗教を描くことの確執、ということではない、ということでしょうか?
手塚森:
社会的・宗教的な問題、というのはことブッダについてはまったくありませんでした。手塚先生の場合はそういうケースよりも、もっぱら作品としての完成度を追求するため描き換えた場合のほうが圧倒的に多いですから。
手塚先生はしばしば、「作品が長すぎる」と思うことがあったのかな、というところがありますね。『火の鳥 望郷編』での大幅なカットもそうですし、これはアニメですが、『火の鳥2772』なども、のちに、なんと30分も尺をカットしているんですよね。多くの人に楽しんでもらうためには、どんな工夫もいとわない、というところがありましたから。
——なぜ手塚作品が多くの人に長く支持されるのか、の一端がわかったような気がします。今日はありがとうございました!
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