今月のオススメデゴンスでご紹介するのは『ガラスの脳』。
タイトルだけではイメージしづらいかもしれませんが、少年・雄一がヒロイン・由美へささげた深い愛や、生命の神秘を感じさせる奥深い作品です。
2月といえばバレンタインデー。ちょっとかわった、こんなラブストーリーはいかがでしょう?
(手塚治虫 講談社刊 手塚治虫漫画全集『タイガーブックス』8巻 あとがき より)
「タイガーブックス」というシリーズは、ぼくの作品の中にはありません。短編を集めるために、かりにつけた全集用の名前です。このタイトルは「ライオンブックス」になぞらえてつけました。
(中略)
「0次元の丘」(第4巻)「ガラスの脳」(第3巻)「原人イシの物語」(第2巻)などは、「少年サンデー」に不定期に載った読み切り。虫プロのごたごたがおさまった'70年代の中頃にかいたもので、従来の手塚流SFから一歩ぬけ出した作品をかこうと努力した時期の作品。
(中略)
いろいろ好きな作品がありますが、ぼくが「タイガーブックス」中に、特に自信作といえば、「悪右衛門」「ロロの旅路」「雨ふり小僧」「カノン」「るんは風の中」「ガラスの脳」などでしょうか。短編は、長編とちがってテーマを強烈に出しやすく、読みかえすと比較的に中身のしまった作品になっているものが多いのです。
『ガラスの脳』というタイトルそれ自体、かなり奇妙で、いったいどんな話だろう? と思わず手にとって見たくなってしまうようなふしぎな魅力を秘めていますが、いったいなぜ、『ガラスの脳』などというタイトルがついたのか、——それはこの作品をラストまで読んでみれば分かるのですが——それが分かったときの感動もまた、このタイトルが色々な謎を思わせる奇妙なものであるからこそ、ひとしおであるともいえます。
〝むしろ神が作りそこねたままに この世へ送って すぐひきあげた妖精のよう〟——
そんなふうに作中で語られる由美という少女の不思議な生涯を、『ガラスの脳』という不思議なタイトルは、実によく言い表しています。
まるで眠り姫のように、原因も分からないまま、昏々と眠ったまま、目を覚まさないヒロイン・由美。生まれてからずっと眠り続けているのですから、眠り姫よりも薄幸かもしれないこの少女を、たまたま同じ病院に入院したことから好きになり、やがて真剣に愛するようになる少年・雄一。
SFの雄・手塚治虫らしい、少し不思議で、ちょっと怖くなるほどの深い人間の生命の神秘と言えそうなものを感じさせる優れた短編に仕上がっているこのストーリー。何はともあれ、バレンタインデーに相応しい、一つの究極のラブストーリーであるという保障はいたします。