「身の丈135センチメートルの小柄な身体に、黒い短パン着なして…」
手塚治虫の『鉄腕アトム』を原作に、ちょっとレトロな、それでいて新しい響きの講談が登場です!
口演されるのは講談師の神田織音さん。NHK第1放送の愛聴者なら、「日曜バラエティー」などでお馴染みの声かも知れません。今月10日午後7時20分から8時55分まで、NHK第1放送で放送予定の特別番組「ラジオでよみがえる鉄腕アトム」で新作の『鉄腕アトム』講談を披露してくださいます。
今月の虫ん坊では、その収録現場におじゃまし、神田織音さんにインタビューしてきました!
番組ではNHKきっての手塚ファンで、4年前に『描きかえられた『鉄腕アトム』』
という本まで書いた小野卓司アナウンサーが司会をつとめ、スタジオゲストに手塚眞さん、また神田織音さんも登場し、『アトム』にまつわるよもやま話も繰り広げられるそうですから、こちらも聞き逃せません!
ラジオとあわせてお楽しみください!
——今回は『鉄腕アトム』を演じられましたが、『アトム』にはなにか思い出はありますか?
神田織音さん(以下、織):
実は世代としてはリアルタイムではなかったもので、個人的な思い出はないのですが、もちろん、日本を代表するマンガでもありますし、キャラクターはよく知っていましたし、とても存在感の大きな作品だということはよく承知しておりました。
——アトムを講談で語るにあたって、講談の世界との共通点などを感じられたりしましたか?
織:
描かれる世界は未来の世界で、講談の古典と言えばやはり明治時代以前、——江戸時代や、戦国時代ものが中心ですから、世界観としてはあまり『アトム』の世界との共通点はないと思います。しかし、講談にするにあたって意外にも悩まなかったところは、手塚先生は落語などもよくご覧になっていた、ということからなのか、話の展開や、セリフの中の話口調などは、それほど手を加えなくても、講談として成り立つな、とは感じました。
講談というものは、語りの題材というよりも、その語り口こそが講談、というような部分もありますし、究極的には講談師が語れば講談である、ということにも成るのかもしれません。
ですから、特に今回はセリフをなるべく活かす形で、なるべくそのまま、手塚先生が描かれたままにしています。そうすることでマンガの持ち味も残せると考えました。
一方で、ほとんどはセリフとコマの中の絵で展開していきますが、今回の講談では、セリフとセリフの間の状況描写を語りで申し上げるところで、講談らしさを出していきました。
そうすることで、手塚作品の持ち味と、講談の持ち味の両方を残すことができたのでは、と思っています。
——ラジオだと絵は見られませんが、アトムの姿形を描写するところはおもわずワクワクする名調子でした。
織:
手塚先生のアトムって、やっぱりまずは、このキャラクターありき、だと思うんですよ! この絵、っていう一番の武器を、ラジオでは使えないわけじゃないですか。もちろん、アトムだけじゃなくって、お茶の水博士やヒゲオヤジ先生にしても、絵で見て実に愛らしいキャラクターがあるわけですが、それを見せられないわけですから、そこが非常に歯がゆく、辛いところではあったわけです。
とはいえ、全部のお話の全てにいちいちアトムの描写を入れるわけにも行かないですから、「赤いネコ」1作だけには、いでたちの描写を入れてみました。
実はこの部分は、はじめの原稿には入っていなかったんですよ。でも、これはどんなお話もそうかもしれませんが、講談は特に、「いつ」「どこで」「だれが」というところから始まって、聞き手の皆さんの頭の中で、その状況を思い浮かべていただいた上で、登場人物がお話を進めていく、というのがスタンダードな形なんです。
その登場人物のいでたちについては、講談では非常に事細かく語られるんですよ。「六尺豊かの大男」とか、「何尺何寸の刀を対して」といった描写を元に、聞き手の方は想像をふくらませるわけで、それを今回もやっぱりどこかに入れなきゃいけないだろう、ということで、アトムのいでたちもちょっと入れてみたんです。
——ヒーローの姿形についての語りは、聞いているほうも気持ちが盛り上がるところですよね。
織:
聞いている方になるべく想像しやすいように、講談師はよりオーバーに表現をするようにしていますね。
——でも、例えば叫び声とかは、本当に大きな声を出すんじゃないんですね。一定のトーンを保って、大声の雰囲気をだすのは、難しいんじゃないでしょうか?
織:
実は、逆に声を出さないことで、大声を出す雰囲気が生きたりするんですよね。飲み込むように、というか、下腹、武道なんかで言われる「丹田」にためる感じ、というか……。
——丹田に気合をためる、なんて言いますよね。
——演じてみた感想を率直におきかせください。
織:
やはり私自身が女性なので、男性の演技は難しいところではあります。今回は登場人物がみんな男性ですし。アトムは少年なので比較的出しやすくはあるのですが、そのあたりでできるだけ聞いている方を裏切らないようにしなきゃな…というのはありましたね。
——アトムの可愛らしさは、女性ならではだと思いました。
織:
アニメのアトムも、ずっと女性が演じていた、と伺っていたので、その点は心強かったです。
——お茶ノ水博士や、ヒゲオヤジ先生も登場しました。
織:
アトムとお茶ノ水博士はなんとなく立ち位置やキャラクターが分かるんですが、実は、ヒゲオヤジ先生という人は私にはどうもつかめなくって。先生の本当の職業って、何なのでしょう??
——アトムの小学校の先生でもあり、探偵でもあり…
織:
うーん、どの話を読んでもあまり、先生、という感じがしなくて。どういうふうに演じればいいのかな、というのが……。
——得体のしれない人物、という。
織: そうですねえ。ヒゲオヤジ先生には随分悩まされました。
——原作のイメージより、ダンディな感じがしました。
織: そうですか?(笑) どうもつかみにくくて苦労しました。
——今回の演目は、どなたのチョイスなのでしょうか?
織: 企画の初期の段階で、「『アトム』の初期の作品から」というお話までは伺っていましたが、作品を選んだのは小野アナウンサーか、担当ディレクターの山崎さんだと思います。
私も独自でアトム世代の方々に「心に残るお話は何でしたか?」というリサーチをしてみました。
今回の番組のテーマに『未来へのメッセージ』というところがありましたので、やはり「赤いネコ」は出てきていました。今でも通じるテーマというか、よく60年も昔にこのお話を想像なさったなあ、と思います。
——もう少し、こうしたら良かったな、というところはありますか?
織: そうですね、『アトム』にかぎらず、手塚先生の作品には、ところどころに細かいギャグが入っていて、それが楽しいところじゃないですか。それを拾えなかったのが残念でした。
今回はストーリーを追うのが精一杯で、そういう遊びが入れられなかったんですよ。それでも少しずつはいれたつもりではあるのですが、本来の手塚先生の味わいは生かしきれなかったかなあ、というところは、心残りですね。
——上方のほうでは、旭堂南半球さんという方が、ガンダム講談、というものをやられて、人気もあるとのことですが、今後も漫画の講談を手がけてみたいな、という思いはありますか?
織:
マンガって、とっても講談にしやすいと思うんですよ。セリフはキマっていますし、物語は面白い。でも、著作権という問題もありますから、やりたい、と思った作品を全部やれるというわけではないので。
——古典では、どんな演目がお好きですか?
織:
そうですね……女であるので、やはり女性や子どもが出てくるとやりやすいというところもありますので、親孝行ものだったり……。
——では、次に手塚マンガを手がけるのであれば、たとえば『リボンの騎士』とかでしょうか??
織:
良いですねェ! 田舎に帰った時に、叔父が好きだったようで、読んだことがあります。もし出来れば、やってみたいですね。
——「成年後見制度」についての講談が評判と聞きました。難しい制度を分かりやすくご説明なさるということですが。
織:
制度自体は確かに難しいですよね! 専門家の方がそういうお話をなさると、一般の人向けではちょっとわかりにくいところも出てきてしまいますよね。
でも、一番聞き手のお客様が知りたいところって、やっぱり、どんな方が、どういうところで、どんな時に使って、役に立ったのか、ということだと思うんです。
そういういろいろなシーンを講談で語らせていただいて、理解の入り口としていただいた上で、制度については専門家の方に語っていただいています。
講談って、どこかでメッセージ性がある、というか。手塚先生のマンガにも通じるところになると思うのですが、ただドタバタのお笑いだけのものではなく、何か心に残ったり、伝えたいものがあったり、という要素があります。
ですから、福祉制度の説明にしても、仕組みそのものを伝えるのではなく、こういうことに役立つんですよ、というメッセージを伝えるようにすれば、制度そのものの理解にもつながるのではないか、と思って、取り組んでいます。
——ちなみに、台本はご自身で書かれることが多いのでしょうか?
織:
いいえ、こちらは頼んで書いて貰いました。私の場合は、連れ合いが書くことが多いです。
——ご夫婦でタッグを組まれているんですね!
織:
一般的には、自分で書く方がほとんどだと思います。あとは、脚本家の方に頼んだり、ですとか。
でも、どうしても自分なりに言い換えたくなるところが出てきてしまうんですよね。人様に頼んだものですとそういうときにちょっと、遠慮してしまったりするんですよね。せっかく自分ならではの新作を、と思っているのにそういうことがあるともどかしいので、最終的には自分でお書きになる、という方が多いのだと思います。
——その点、ご夫婦で、となると心強いですね!
織:
そうですね。気に入らないところは遠慮なく指摘していますね(笑)。
——講談師それぞれがどのように個性を出していかれているでしょうか? 講談に限らず、伝統的な芸能には、ある「型」があると思うのですが。
織:
小説のように書かれた作品を、私自身が持っている講談の語りの「ひな形」のようなものに落としこんでいくところはあります。その部分で私の個性といえるようなものが出てくるのかも知れません。
あまり自分の「個性」をあえてだそう、というところは意識していないのかも知れません。ただ、自分が言いやすいように語っていくと、いつしか色になっていく、という…。
同じ講談でも、語り手によってニュアンスが変わってくる、ということはあると思います。その人が普段、どんなことを考え、どのような暮らしをしているのか、ということが、高座にはにじみ出てくると思うんですよね。そういうところでの、違いなんじゃないかな、と。
声ひとつでも、あるセリフにはピタリとはまって、あるシーンにはあまり向かない、ということもあるでしょうし、叩くのも「どこで叩く」というのは決まってないものですから、叩くタイミングとか、そんなことですべてが変わってくるんだと思います。
同じ演目を演じるのでも、その時々で少しずつ、変わっていくものでもありますね。
——ところで、高座では基本的にはすべて暗記して挑まれるんでしょうか?
織:
実は昔は、台本を目の前において読んでいたんですね。ですからシメの言葉は「これにて、読み終わりとさせていただきます」となるわけです。
今でも、「世話物」といって、こういう、『鉄腕アトム』のような話であれば、持って上がらないんですけれども、「修羅場調子」といって、戦の様子を語るような、ちょっとお坊さんのお経でも読むような演目もあるんですよ。その場合は、置いてもいいことになっています。私達にとっては、入門編のようなものです。
——「修羅場調子」は覚えにくいんでしょうか?
織:
いろいろな場合がありますよね。覚えない、という方もいますし、逆に、そういう場合でも前に置かないほうが腹が座っちゃう、というのもあります。
どうしても間違えちゃいけないセリフがあるものであれば、もう堂々と前に置いて演じます。そうすれば、お客様もそういうものだと思われますし。
——どちらのほうが演じやすいですか?
織:
やはり、寄席などでは置かずに演じることが多いので、置かないほうが良いです。ただそのためには相当お稽古をしなくてはならないですね。
——覚えるためのコツのようなものはあるのでしょうか?
織:
それはもう、延々、繰り返すことですね。寝言で出てくるぐらいにならないと、高座には上げられないです。
——場所と時を選ばず、ただ繰り返し練習する、と。
織:
ええ、それこそ四六時中繰り返すだけ、です。
——講談師を目指すきっかけは何でしたか?
織:
高校時代から演劇をやっていましたが、正直なところを申し上げると、お芝居のほうでは行き詰ってしまった、というのが一つの理由です。でも、好きだったので、演じることを何かの形では続けたくて、さてどうしようか、と思っていたところに、師匠の神田香織に出会ったのがきっかけで、講談というものに初めて触れることになりました。
師匠が演じるのを見ていると、一人芝居を見ているように感じたんです。この世界であれば、今までお芝居で勉強してきたことが生かせるんじゃないか、ということと、師匠も女性であることから、女性でも続けていける世界なんだ、と思ったことが大きかったです。
——話芸の世界には、他にも落語など、いろいろなものがあると思いますが、その中で講談を選ばれたのは、やはり性別の点が大きかったのですか?
織:
そうですね。もともとは男社会だった講談師も今や半分が女性になっていて、落語などに比べると女性が進出しているんです。
女性の真打が弟子を取った、というのは師匠の香織が初めてで、その初弟子が私なんです。つまり、師匠・弟子ともに女性、というのは、400年も続く講談の世界で、私と師匠が初めてなんですよ。
——今後は女流一門もどんどん多くなってきそうですね。
織:
はい。今や神田香織に続いて女性真打で弟子をお取りの方も多くいらっしゃるようになりました。
——ところで、落語と同じように、講談にも江戸と上方があるようですが、何か違いはあるんでしょうか?
織:
もちろん、両方共似たような話はしますが、江戸講談は徳川びいき、上方講談は太閤秀吉びいきですから、例えば上方では家康が悪役で登場したり、その逆もあったり、というような違いがあります。
今では東西の交流も盛んで、交流会などの催しもあります。あえて東西の違いを目玉にして、江戸ふうに語る演目を大阪の方に聞いていただいたりして、違いを楽しんでいただくこともあります。
どこか地方への遠征をする場合も、その土地が舞台のお話を語ったり、その土地の出身の方の偉人伝だったりを演じるようにしていますね。
——今、課題とされていることは何かありますか?
織:
今年はじめて、長谷川伸(大正時代から昭和にかけて活躍した劇作家・小説家)先生の作品を初めて講談にさせていただいたのですが、長谷川伸作品をもっと手がけたい、というのが今私の目標になっています。
長谷川先生といえば『瞼の母』とか『沓掛時次郎』といったところがおなじみですが、それとはまた別の趣のお話を見つけたので、「私が掘り出したぞ!」っていうのが、嬉しかったんですね。そういうのを見つけて、紹介していけるのも面白いですし、もちろんお馴染みの演目も演じられたら、と思っています。
——手塚作品は今まだ読み始め、ということですが、ご自身で読んでいくうちに、講談にして面白そうな作品があったらまた演じてみたいでしょうか?
織:
手塚先生はなんだか恐れ多い感じはしますが……機会があれば、他の作品も挑戦してみたいです!
——楽しみにしています! 本日はありがとうございました。
番組では講談版『気体人間の巻』『赤いネコの巻』『ミドロが沼の巻』の全編が聞けるのはもちろん、神田織音さんもスタジオゲストとして登場します。お楽しみに!
NHKラジオ第一 「ラジオでよみがえる鉄腕アトム」
URL:http://www.nhk.or.jp/radiosp/atom/