11月3日は手塚治虫の誕生日! 今月の虫ん坊では、手塚治虫が自ら出演する『どついたれ』をご紹介します。
第2次世界大戦直後、焼け野原の大阪でたくましく生きてゆく主人公たちの中の一人として登場する少年の顔は、名前こそ「高塚修」ですが、まさに手塚治虫!
他にも、戦後の混乱に乗じて食い逃げ、ケンカ、アヤシイ鍋料理などで図太く稼ぐトモやんとヒロやん、マッカーサー暗殺の野望を抱く哲、キャラクターグッズを作ることを夢見る健二……。
さまざまな魅力的な主人公たちが戦後の大阪をところせましと暴れまわる群像劇は、絶筆が惜しい名作でもあります! ぜひ読んでみてください。
『どついたれ』は第一部を『ヤングジャンプ』昭和 54 年 6 月 7 日号〜昭和 54 年 12 月 20 日号、第二部を同誌昭和 55 年 6 月 19 日号から昭和 55 年 11 月 20 日号に掲載されました。
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この作品は、隠れた手塚治虫の自伝的作品です。
稀代のストーリー・テラー手塚治虫は、たくさんのフィクションを生み出す一方で、折に触れて自分の半生をマンガにしています。『紙の砦』や『ゴッドファーザーの息子』など、明らかに自伝とわかる作品もあれば、『モンモン山が泣いてるよ』のように、フィクションとない交ぜになったもの、また『マコとルミとチイ』のような、日常を描いたエッセイ風のマンガもあったりします。
作者本人もしばしば断っているように、これらの自伝的作品は、事実そのままのものではないのですが、これらの作品の中で活躍している、あわてんぼうでおっちょこちょいながら、どこか根性の座った青年、手塚治虫というキャラクター(ときによりしばしば、高塚修とか、大寒鉄郎とか、名前を変える)はとてもリアルで、私達読者はやっぱり、作者本人とおのずとイメージを重ねてしまいます。
この『どついたれ』では、戦中戦後の荒廃した大阪を舞台にたくましく生きてゆく男達の姿が描かれています。主人公の戦災孤児で、アメリカに復讐してやろうと心を燃やす哲、葛城製作所の若旦那の健二、転んでもただではおきないタフなチンピラのヒロやんにトモやん。それにわれらが高塚修こと手塚治虫。
ヒロやんたちや哲、健二のドラマティックな物語の合間に、高塚修という作者の分身の視線がはさまれます。
大阪から郊外まで 5 時間以上を歩きとおした末に、農家にお米を恵んでもらう話、焼け跡のお菓子工場からチョコレートを拾い食いして、こっぴどくしかられる話。ここに描かれた大阪の様子には、つかまっては DDT を吹きかけられる孤児達の体臭や、闇市の人いきれが、今にもコマの間からにおってきそうなリアリティの迫力があります。
大変残念なことに、この『どついたれ』はごく序盤で打ち切りとなっており、今後漫画家・高塚修と葛城健二らがどう組んで、どう成功してゆくのか、ヒロやんやトモやんたちがどう絡んでくるのかは描かれておりません。
しかし、きっと手塚治虫の人生と重ねあわせるようにして、戦後の大阪が持ち前の輝かしい生命力で、生き生きと復活してゆくさまが、虚実を織り交ぜ、ドキドキワクワクするようなストーリーに仕上げられていたに違いない、と思うのです。