今月ご紹介する作品は、「夜明け城」です。
今月の虫さんぽでも、会津ゆかりの作品として紹介されているこの作品ですが、新しく開発される特別なお城を巡る陰謀劇。「イケメンは善玉」的なお約束を二転三転と裏切ってくれるプロットに、魅力的な登場人物たち。さくっと読める適度な短さが魅力の作品です。
解説
(手塚治虫 講談社刊 手塚治虫漫画全集『夜明け城』あとがき より)
学習研究社は、昭和二十年代のおわりごろにはまだ木造二階建ての、こういってはなんですが、どうもパッとしないつくりのちいさな出版社でした。
(中略)
何十万部もの部数をきそう市販誌とちがって、振興のムードにもえた学研は、ことに漫画に関しては(あまり漫画の事情を知らないせいもあったのでしょうが)、わりと自由に、すきなようにうでをふるえる場がありました。
その学研の中学生むけ月刊誌に、たてつづけにかいたのが「アリと巨人」「フィルムは生きている」であり、この「夜明け城」です。
「夜明け城」は、ぼくの時代ものとしては、ほとんど人の目にふれずに地味におわってしまった作品ですが、ぼくのすきなもののひとつです。わりとまとまっているし、戦国小大名の悲願と、挫折のムードが出ていて、バタくさいところもあり、なによりもかきやすかったところもあります。当時は、戦後の第一次時代劇ブームが去り、「赤胴鈴之助」時代もおわり、つぎの劇画ふう忍者ものにうつる端境期にあったころで、こういった作品はふつうの月刊誌だと、およそ企画にものぼらなかったはずです。
(後略)
<Amazon: 夜明け城 (小学館文庫)>
手塚漫画の魅力というと、かわいい絵にそぐわない深いテーマとか、どんなにカッコいいヒーローも秘めた悩みを持っているリアリティとか、人によってさまざまに挙げられると思いますが、その共通項の一つに、作品の持つ多重性が挙げられると思います。
この『夜明け城』には、そんな手塚漫画の魅力が、ある究極の形として凝縮されています。アトムの持つ、ヒーローなのに一人ぼっちの悲しみとか、サファイヤがひた隠しにした女の子の心だとか、ブラック・ジャックがふと見せる優しさなんかの、手塚漫画の主人公達が共通して持っている二重性が、この漫画の場合、ほとんど全ての登場人物に見られるのです。
それは日本人がよく言われる、ホンネとタテマエが違うとか、裏表があって信用ならないとかということではなく、一筋縄ではいかない、とか、奥ゆかしいとでもいいたい深みがあり、戦争が絶えず、隣国同士でだましあう安土桃山時代という時代の雰囲気をよりリアルに感じさせてくれます。
主人公の緑丸、その父親に家老の藪蛇、夜明け城の監督を務める紫藤之介、それに二人のヒロイン、藪蛇の娘の弥生にお妙など、主要登場人物たちがそれぞれに持つ裏の顔については、作品の筋に関わってきますので、ここでおいそれとご紹介するわけには行きません。ぜひ作品を実際に読んであれこれ、考えてみて楽しんでほしいと思います。