小説家・美倉洋介がある日駅で見つけた少女・ばるぼら。彼女が美倉の家にいついてからというもの、美倉のインスピレーションが冴えわたり…。悪魔か、ミューズか。ふしぎな少女ばるぼらを巡る不可思議な物語。『ばるぼら』は、小学館『ビッグコミック』に1973年7月から翌74年5月まで連載された作品です。ばるぼら、という名前のフーテンの少女と出会った作家、美倉洋介が、芸術家としての悩みを抱えながら、成功し、名声を得、それを失い、破滅するというのが大筋ですが、こっそりはさまれたビアズレーの線画のような耽美的なカットや、古代の女神像のようなムネーモシュネー、ヴェルレーヌの詩、主に西洋の哲学者や作家の名言、それに退廃的な芸術論が盛り込まれ、随所に文学好きや芸術好きの心をくすぐる仕掛けが施されています。ばるぼらは、美倉にとっては詩をつかさどる女神ミューズのような存在です。彼女に気に入られた芸術家は決まってよい作品を作り、名声を得るが、見捨てられれば必ず落ちぶれる、ということですが、本人は気まぐれでのんべえで不真面目、いつも薄汚れていて、何日もどこかに行っていたり、ある日ふいと戻ってきたり、徹底して自由で、虚飾も規律もないといえば聞こえはいいものの、まるで乞食のよう。なのに、とても魅力的。そういえば同じく手塚作品の「がちゃぼい一代記」に出てくる「マンガの神様」もまた、乞食同然のオジサンでした。芸術の神様は、ギリシャ神話の美の女神みたいなきれいなものじゃなくて、貧乏神の向こうを張れるぐらいみすぼらしい、少し素っ頓狂な神様なんじゃないか…?というのが、手塚治虫の芸術観なのかもしれません。物語の才に恵まれ、詩の女神ミューズとも、かなり仲良しだったと思われる手塚治虫。その手塚治虫による芸術論なら、是非一度、拝聴したい。この『ばるぼら』はそんな望みを少しだけ叶えてくれる作品です。
1973/07/10-1974/05/25 「ビッグコミック」(小学館) 連載