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虫ん坊 2016年12月号 オススメデゴンス!:『ぬし』

はじめに:

 今年も残り僅かとなりました。
今回のオススメデゴンス! では、『ぬし』をご紹介致します! 
  2016年、話題をさらったNHK大河ドラマ『真田丸』に登場した名将・福島政則……のもとで関ヶ原で戦い、いくさをすてた浪人と水生恐竜の生き残り(not 擬人化)との恋の物語です。
 

虫ん坊 2016年12月号 オススメデゴンス!:『ぬし』
『ぬし』のロゴ。いまにも動きだしそうな力強さがあります。

 

解説:

(手塚治虫 講談社刊 手塚治虫漫画全集『タイガーブックス8』あとがき より抜粋)

 「タイガーブックス」というシリーズは、ぼくの作品の中にはありません。短編を集めるために、かりにつけた全集用の名前です。このタイトルは「ライオンブックス」になぞらえてつけました。  この短編集にふくまれたものは、おもに集英社の「少年ジャンプ」を中心にした読み切りですが、小学館や旺文社その他のものも雑然とはいっています。主として人情劇というか、センチメンタルな内容のものが多く、動物を扱ったファンタスティックな作品が主体になりました。また、一連の民話のバリエーションもありますが、これはあまりにSFものがつづいたための肩ほぐしにかいて、けっこうたのしかったのでつづけているのです。そして、手塚にもこんな一面があったのかと評価してくだされば幸いです。
(中略)
 「山太郎かえる」(第6巻)「ころすけの橋」(第3巻)「ぬし」(第2巻)等の一連の動物ものは、「ロロの旅路」が成功したための連作です。これらはみんな悲劇的な動物――人間の少年という図式になっていて、自然破壊批判をにおわせてあります。
(後略)


マンガwiki作品紹介:

キャラクターなど詳しい情報はこちらから



読みどころ:

 「ぬし」は江戸時代のはじめを舞台にした、ちょっと変わった動物ものです。
 関が原の戦いから十年、天下をとった徳川家康がいよいよ大坂城をねらい、諸大名もぴりぴり、落ち着かない日々を過ごしていた時勢、慌しく駆けていく早馬を尻目に、浪人が一人、霧深い庄助沼のほとりで、のんびり釣りをしています。早馬に踏みつぶされた弁当の握り飯を沼に投げ込んだところ、「さしわたし三丈(九メートル)」もあるおおきな竜が姿を現します。

虫ん坊 2016年12月号 オススメデゴンス!:『ぬし』

 腕に覚えはあるが、戦に嫌気がさして浪人をしている飄然とした若者と、竜という取り合わせは、昔話にでも出てきそうな雰囲気ですが、この竜の描写を見てみると、どうもネス湖のネッシーのような、恐竜の生き残りを思わせる姿かたちをしているのです。しかもちゃんとまつげが生えていて、目つきがちょっと色っぽく、どうやら女性(雌?)であることがうかがい知れます。

虫ん坊 2016年12月号 オススメデゴンス!:『ぬし』

 『ブラック・ジャック』の「シャチの詩」を取り上げるまでもなく、手塚マンガには孤独な人間と動物の交流を描いた作品が数多くあります。「シャチの詩」ではB・Jとトリトンは友人関係のようですが、「ぬし」のおぬしはどうも浪人の天十郎に恋をしてしまったらしく、結婚指輪まで渡しています。しかし、心優しいおぬしは、藩のお偉方に狙われ、おぬしの恋は悲恋に終わります。

虫ん坊 2016年12月号 オススメデゴンス!:『ぬし』

 民話ならば、沼のぬしの竜神と若者の悲しい恋の物語、とでもなりそうなプロット。それをSFの名手でもあり、さらには超科学などにも大いに興味を持っていた手塚治虫が、持ち前の知識やアイディアで味付けしたのがこの「ぬし」。科学的な説明もくわえられ、現代風の、よりリアリティに富んだ設定に変更されたことでより一層、人間のエゴイズムに翻弄されるおぬしと天十郎の悲しさを際立たせた、まさに佳作と言える一編です。

虫ん坊 2016年12月号 オススメデゴンス!:『ぬし』

虫ん坊 2016年12月号 オススメデゴンス!:『ぬし』


注目の一コマ:

虫ん坊 2016年12月号 オススメデゴンス!:『ぬし』

 お似合いとはいい難いですが、天十郎とおぬしのベストイチャコラシーンということで、このコマを推奨したいと思います。
 これはもう、完全にプロポーズですね。
 天十郎がつくるにぎりめしのお礼にと、ときには家にまで押し掛け、沼の魚を大量に届けていたおぬしに対し、もうさかなをあんなに持ってこなくたっておまえにもたっぷりめしを食わせてやるよ⇒もう働かなくていい、養ってやるといっているわけです。
 そりゃ、おぬしも気持ちに応えようと指輪を用意しちゃうわけです。(読みどころ参照)
 おぬしの外見が美少女キャラじゃないのもポイント。見た目で判断せず、ありのままを受け入れる天十郎におぬしが惹かれたのも分かる気がします。


作中の名セリフ:

虫ん坊 2016年12月号 オススメデゴンス!:『ぬし』

「おれがほんとにおまえといっしょになるのはおれが水の中へはいってもいいといったときだ……
わかったな」

 このセリフが回収されるシーンがこの後訪れるのですが、一度最後までストーリーを読んでから、またこのセリフを思い返すと、ありえない恋とはいえ、切なさに身悶えします。幸せそうなおぬしの表情がまたなんともいえない気持ちにさせるのです。
 





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