春は出会いと別れの季節です。
今回のオススメデゴンス!では、壮絶な出会いと別れを繰り返し描いた愛と性と生命の物語、『アポロの歌』を紹介します。
愛し合っているものへの激しい憎悪を抱えながら、愛とは何かを追い求める主人公、近石昭吾。
どんなに傷つき、理不尽で辛い思いをしても、繰り返す時代の中で男女のめぐり会いを重ねながら、必死に命懸けで真正面から過酷な運命に立ち向かって行きます。
当時、神奈川県で有害図書に指定された問題作でもありますが、そこに流れているのは愛の讃歌(by美●明宏)なのです。
★今月から「オススメデゴンス!」に新しい項目が加わりました!より、作品を深く掘りさげ、ガンガンパワープッシュして行きたいと思います!
よろしくお願い致します!!
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(手塚治虫 講談社刊 手塚治虫漫画全集『アポロの歌』あとがき より)
昭和四十二、三年頃、いちじ、「子どもの性教育」について、いろいろさわがれた時期があります。
NHKなんかでも、その特集がくまれるし、雑誌ではにぎやかに、その論争がくりかえされました。
すこしまえに、永井豪さんがれいの「ハレンチ学園」で、少年漫画にお色気をもりこみました。ある程度のセクシーな画は、おとながどういおうと、子どもたちはもうあたりまえにうけつけるようになってきていました。いや、むしろ、大学生や高校生が、そういうものをもとめて少年週刊誌を読むという、おかしな時代になってきていました。
「アポロの歌」は、そんな時期にかかれた一種の青春漫画です。
大学紛争や、新左翼の学生の内ゲバや、あいつぐ暴力事件で、若者たちの青春は暗く、殺伐としていました。ラジカルな劇画がはやったのもこの頃です。そして、ぼくの漫画もその影響をうけて、強烈な内容のものが多くなりました。
「アポロの歌」の主人公は、そういう意味で、ぼくの作品の中ではとくにかげの多い人物です。そして、自分でもわかるくらい、はっきり劇画ふうにタッチをかえています。
これを連載しているあいだに、虫プロ商事の役員のトラブルや労働組合のゴタゴタにまきこまれて、ひどい目にあいました。ですから、よけい暗い、やりきれないムードが、この作品にはただよっています。
「アポロの歌」は、昭和45年に「少年キング」で連載された作品です。が、少年誌向けの作品とは思えないほどアダルトなテーマと、雑誌連載で細切れに読むには少々複雑すぎるほどの、入り組んだ構成を持った作品です。
主人公の近石昭吾は、虫でも動物でも愛し合うものを見ると、激しく憎み、虐待してしまう残酷な性格の少年。ある
時、病院で電気治療を受けた昭吾は、夢の中で巨大な女神と出会います。女神は「愛の美しさと尊さを軽蔑しているむくい」として、愛する女性と永久にむすばれないという罰を昭吾に与えました。物語はここから、昭吾が見る「夢」と
「現実」の世界が交互にあらわれ、展開をはじめるのです。
それぞれのエピソード(昭吾が見る夢)は、舞台も時代もバラバラで、独立した短編・中編と呼んでもいいような内容ですが、ここで特筆したいのは、とにかく手塚治虫が全てのエピソードで、男女の愛・性について正面から取り組んでいるということです。特に作品後半になると、前半に散見される性教育風な描写は陰をひそめ、男女の愛をテーマと
したドラマに完全に重点が移っていきます。「アポロの歌」は、あらすじだけを聞くと非現実的でまとまりがないよう
に聞こえますが、「愛」というテーマが全体を貫いているため、大きなドラマとして読むことができる作品なのです。
なお、この「アポロの歌」に登場する渡ひろみのキャラクターデザインは、昭和46年から放送された性教育アニメ
「ふしぎなメルモ」の主人公・メルモの原型となっています。そのためか、アニメの「ふしぎなメルモ」には、近石昭吾がゲスト出演をしています。
どこか見覚えのある女、渡ひろみに8キロ先にある溶岩の洞穴内のツララを毎日取ってきて欲しいという無理難題を言われるも、往復16キロを走り抜いてツララを届けようとする昭吾。しかし、ひろみは家におらず、ツララはそのまま溶けてしまいます。
池で水浴びをしている彼女を探し出し、なぜあんなことをさせようとするのか問い詰めますが、ひろみは逃げだします。お互い、池の周りを20周も走りまわり、途中力尽きて倒れた昭吾は意識が朦朧としながら、「アポロ…」と謎の一言をつぶやきますが・・・。
このシーンで砂の上に太陽が描かれていることから、アポロというのは、ギリシア神話の太陽神を指すのでしょう。なぜ、昭吾がふいにその言葉を思い付いたのかは謎ですが、その後、物語に出てくるギリシア神話のアポロとダフネの悲恋のエピソードを匂わせています。
本作タイトルの「アポロの歌」とは、恋い焦がれながらも相手に届かないという切ない思いも込められているのかも知れません。
「心中っていったいなんだくだらねえ!! ふたりで死ぬなんて…… 死んでなにになるんだ敗北じゃねえか」
「なぜ、もう一度生きたいって気持ちにならなかったんだ バカヤロ—」
一緒に心中し、先に死んでしまった恋人。
生き残った少女は、あとを追いかけて再び命を絶ってしまう——
彼女を前に昭吾が泣きながら言うセリフです。
動物も人間も誰も信じられなかった残酷な心の持ち主の彼だったからこそ、その言葉には重みがあります。