今月のオススメデゴンスは「虹のプレリュード」を紹介いたします。
惹かれあう若者たち、そして祖国を守るための戦いに身を投じていく様子……激動の時代を感じさせる作品です。
(手塚治虫 講談社刊 手塚治虫漫画全集『虹のプレリュード』あとがき より)
男性漫画家が、ほとんど少女漫画を描かなくなってから、もうずいぶんになります。
男性は、少女漫画をほとんど読みません。一部に、マニア的な男の読者はいますが、それはたぶん男性が宝塚ファンだったりすることと同じ心理でしょう。女性は、逆に、少年誌はあたりまえに読んでいますが。
この本に収録された五つの少女漫画のうち、「虹のプレリュード」は"作曲家もの"とでもいうべきジャンルの漫画です。
昭和三十五年ごろ、「少女サンデー」(という雑誌があったのです)に連載していた、「野バラよいつ歌う」という作曲家ものの、一挿話をふくらませた物語です。
「野バラよいつ歌う」は、クララ・シューマンを中心に、十九世紀に花ひらいたロマン派音楽家の実名が登場する大河ものでした。
ベートーベンにはじまって、シューベルト、シューマン、ブラームス、ワグナー、ショパンなどの生涯を、NHKの大河ドラマのように描いていく予定でした。
しかし雑誌が廃刊になってしまって、この物語は中断されてしまいました。「虹のプレリュード」は、その後半部分の一部にあたります。
(後略)
「虹のプレリュード」は、19世紀のポーランドを舞台にした物語です。心臓マヒで急死した兄になりすました妹のルイズは、世界的なピアニストになることが夢だったという兄の遺志を継いで、ワルシャワ中央音楽院に編入します。やがてルイズは、音楽院の優等生フレデリック・フランソワと、革命運動に身を投じるヨーゼフという2人の青年に出会い、惹かれていくのですが、その頃ワルシャワの街では、侵略するロシア兵と愛国者による抵抗組織との戦いが激しさを増し、その後の3人の運命をも巻き込んでいくのでした。
クラシック好きでピアノの名手(?)としても有名な手塚治虫ですが、この作品では音楽家、楽器の奏法、曲の内容などに深く言及することはせず、あくまで“音楽を学ぶ学生たちの恋愛”と、“祖国を愛する人々の闘い”という2つの物語を大きな軸としています。この2つが絡み合い、軽やかで希望に満ちていながらも、常に暗い悲しみの影が見え隠れする…という作品の雰囲気を形作っているのです。
オープニングのミュージカル風シーンに始まり、「リボンの騎士」を彷彿とさせる男装の主人公、凸凹コンビのゲスト出演、音符が華麗に舞うピアノの演奏シーンなど、手塚ファンなら思わず嬉しくなるような「手塚治虫らしさ」満載の作品です。そして結末をより劇的にするため、主人公たちに容赦の無い悲劇を用意するところも、実に「らしい」とは言えますが……ちなみに手塚治虫が描いた「少女漫画らしい」連載作品は、この作品の翌年(昭和51年)に発表された「ユニコ」で実質的に最後となりました。