今月の「オススメデゴンス」は、『グスコーブドリの伝記』公開記念! 監督・脚本を務めた杉井ギサブロー監督にちなんで、「ぼくの孫悟空」をご紹介します。
杉井監督によって大胆にアレンジされたアニメーション作品『悟空の大冒険』のハチャメチャで楽しい映像も、原作とあわせてぜひ御覧ください!
『ぼくの孫悟空』は、1952年の2月より、秋田書店の「漫画王」にて連載が開始された(連載時のタイトルは『ぼくのそんごくう』と、すべてひらがな)。手塚治虫自身も、東京の雑誌に連載を始めたこともあり、この年に東京・四谷に下宿をする。そして、『ジャングル大帝』『サボテン君』『アトム大使』ほか、数多くの連載を抱える作家となった。そんな中、『ぼくの孫悟空』の連載は人気を集め、1959年3月まで続く長期連載となる。連載は毎回4色刷りの巻頭カラーで、手塚治虫が色鉛筆で色指定をしていた。なおこの作品は、手塚治虫本人も認めている通り、アジア最初の長編アニメ『鉄扇公主』から大きな影響を受けている。
また『ぼくの孫悟空』は、過去に何度もアニメ化された。まずは1960年に東映動画によって長編アニメ『西遊記』として封切られる。ここでスタッフとして参加した手塚治虫は、この経験を生かし、のちに虫プロを設立することになる。また同年、秋田書店の『ひとみ』で、悟空の恋人・リンリンを主役にした『リンリンちゃん』を連載した。
そして1969年、虫プロダクションにてTVアニメシリーズ『悟空の大冒険』がスタート。大人気作『鉄腕アトム』の後番組というだけでも、原作の人気とそのアニメ化に対する期待度がわかる(しかし、この番組は放映当時それほど人気を獲得できずに終了した)。
また、1989年には手塚治虫の自伝的アニメ『ぼくは孫悟空』が手塚プロダクションによって製作され、スペシャルアニメとして日本TVで放映された。そして2003年7月12日、新作劇場アニメとして『ぼくの孫悟空』が封切られた。
もう21世紀も明けて3年がたちましたが、子供から大人まで、孫悟空という猿を知らない人はまずいないでしょう。天竺へ旅する三蔵法師のお供で、道中に次々に顔を出す妖怪をほとんど万能とも思われる術の力でやっつける強い猿。もともとはご存じ『西遊記』という中国の四大奇書といわれる物語の主人公ですが、この強烈なキャラクターはその『西遊記』の中だけに納まらず、それこそ例のお尻の毛から何匹もの分身を出す「身外身の術」めいて、この合理主義の現代の社会にさえ、子供向けの絵本から、ちょっとしたお店の看板や広告、時にはキャラクターグッズまで、いたるところにその姿を見かけることができます。そして、他にも数多くの漫画家や作家が、さまざまな形で『西遊記』に挑戦してもいます。
『ファウスト』や『罪と罰』など、世界の名作の翻案を数多く手がけていた手塚治虫が、まさにありとある物語の楽しみが詰まっている『西遊記』に目を留めないわけはありません。アニメ『鉄扇公主』に魅せられ、孫悟空という猿にほれ込んだ手塚治虫が、「ぼくの」とまで銘打って描いたのが、この『ぼくの孫悟空』なのです。
原作の豪快さを充分生かしたまま、それでもどこか手塚的なかわいさを持った孫悟空が大活躍するこの作品ですが、あまりにハチャメチャすぎる、ケシカラン、とお思いの方、ところがどっこい、原作もおんなじぐらいの破天荒ぶりをして「奇書」などと言われるほどですので、時に現代社会や作品の外にまで飛び出してしまう悟空たちの暴れっぷりもどうか大目に見ていただきたいものです。
さてこの作品の見どころといえばやはり、おなじみ悟空、食いしん坊の猪八戒、末弟子でちょっともっさりした沙悟浄の3人が、次々に登場する妖怪たちをやっつける痛快な大活躍、めまぐるしいアクションシーンや化けくらべもそうですが、端々に出てくるいかにも手塚マンガらしいモダンなセンスに満ちたユーモアも見逃せません。三蔵法師のキャラクターを、力はないがいかにもえらいお坊さん、という従来のイメージから、なんとも頼りない、怖がりでちょっと情けないが人だけは良い優男にしてしまったのもグッドアイディアで、三蔵がこんなキャラクターのために、原作どおりに物語が進んでもなんとなく笑えるという効果を生み出しています。
それからしばしば登場する、時代考証をまったく無視した小ネタの数々。「貸別荘・ガス・水道アリ」の水蓮洞に、「ドラゴンズよりジャイアンツのほうが勝つにきまってるわい」と吼える二郎真君、パイプをこっそりたしなむ三蔵にジッポライターで煙草に火をつけるお釈迦様! 雷様に至ってはまるきりジャズバンド、地獄のファッションショーを鑑賞する閻魔様など、上げればきりのないこれらのスパイスは、読者の少年少女たちに、作品世界を身近に感じてもらうためのちょっとした策なのかもしれませんが、これがなんともかわいらしく、ほのぼのしていて良い感じなのです。