今月5月の「オススメデゴンス」では、わらび座「アトム」にもあやかって、手塚治虫が描いた天才役者の活躍を描いた「七色いんこ」から「幕間」をご紹介します。
代役専門、代役の役者の演技を完璧にコピーする、という七色いんこ。いんこのかっこよさはさることながら、演劇の世界ってなんとも言えずロマンがありますよね! 手塚ファンの間でも根強い人気のある作品です。
解説:
(手塚治虫 講談社刊 手塚治虫漫画全集『七色いんこ』7巻 あとがき より)
(前略)
それで、芝居に関するぼくのイメージとか、ぼくが芝居を好きだからこそこうした漫画を描いているんだ、ということをわかっていただくために始めたのが「七色いんこ」なのです。今までぼくの漫画には、芝居というものを直接描いたものは、ほとんどありませんでした。…(中略)。
「七色いんこ」というのは、今までのぼくの作品系列からいうといったいどれにあたるかわからないほど変わった作品なので、「ブラック・ジャック」や「ドン・ドラキュラ」を見慣れた人にはとっつきにくいとよくいわれます。題名にしても、なぜ「七色いんこ」というのかわからないというんです。たまたま家でインコを飼っていたので「七色いんこ」ってつけたんですがね、ただそれだけのことです(笑)。
(中略)
ただぼくとしては少なくとも、ぼくのなつかしさを込めて、ぼくが現在描いている漫画の方式のルーツのようなものとして「七色いんこ」を取り上げたのです。つまりぼくの漫画にはいろんなスターがいるわけです。ヒゲオヤジをはじめとして、ランプとか、ハム・エッグとか、そういうのがいろんな役をするわけです。ヒゲオヤジなんか何回死んでも生き返ってくるんです。あれはつまり俳優と同じで、ランプという俳優を今度はこういう役で使ってやれとか、ぼくが楽しんで操っているわけです。俳優というのは、ひとつの作品でやった役でおしまいなわけではありませんからね。だからぼくは、自分の漫画で、そういうことを描きたかった。それがぼくのスター・システムです。…(後略)
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代役専門の天才役者、その名も"七色いんこ"。氏素性は一切謎でありながら、演技の腕は超一流、そんじょそこらの役者には引けを取らないばかりか、彼が代役をつとめた舞台は必ずといっていいほど成功を収めます。ところが、この"七色いんこ"、実は劇場専門の大泥棒。自分が出演した劇を見に来たお客から盗みを働くのが、いんこの稼業だったのです。
一話完結、連作短編形式のこの『七色いんこ』、各話、ストーリーとサブタイトルがそれぞれ戯曲の名作にちなんだものとなっていて、その時々に劇の登場人物を演じるいんこの名演技がひとつの見どころですが、ここでご紹介する「幕間」はその名の通り、いわば劇と劇の間の休憩時間。いんこも舞台に上がらずに幕間らしくほっと一息…つくはずが、とてもほっと一息なんてつけないばかりか、とんだドタバタを演じることになります。
犬ながらに演技の達人、流し目でオスのクセに妙な色気があって、おまけに酒乱…強烈なキャラクターを持った玉サブローは、『七色いんこ』を語る際には忘れられない、重要なマスコットキャラクターですが、この玉サブローのデビュー作といってもいいこの作品に、手塚治虫が3度も漫画化し、生涯愛してやまなかった『ファウスト』がモチーフとして選ばれたのも、興味深いところです。