昨年2009年から今年3月にかけて、角川書店の雑誌『ケロケロエース』に連載されていた、『鉄腕アトム 青騎士の巻』を原作にしたコミック、『青騎士』。
姫川明さんは、本田さんと長野さん、二人の漫画家によるユニット。児童から大人向けの作品、果てはライトノベルの挿絵まで幅広い活躍をされています。2003年、鉄腕アトムが3度目のテレビアニメ化された際、アニメのコミカライズ作品として『アストロボーイ 鉄腕アトム』が連載されたことを覚えている読者も多いでしょう。あちらも姫川さんによる作品。なぜかアトムとご縁の深いお二人に、『青騎士』について、詳しいお話を伺いました。
長野さん(以下、敬称略):それはもう、角川書店さんからお電話が来て。
映画『ATOM』の配給を角川映画がやるということで、ムックや関連書籍の出版を、角川書店さんが企画されて。で、雑誌『ケロケロエース』での漫画連載について、誰がいいだろう、というお話になって、いろんな方を探されたみたいなのですが、
大塚さんは、私(長野)の初連載作を担当してくださって、私たちが手塚作品を好きで、昔からよく読んでいたのも、良くご存知だったので。
長野:実は私たちにとって、『鉄腕アトム』は描くのが難しい作品なんです。それで、今回のお話も始めはそんなに乗り気ではなくて、一度お断りしたのです。「アトムは正直、もう勘弁してください」って(笑)。ところが、『ケロケロエース』の平尾さんが、「一度、会うだけ会わせて」とおっしゃって、一度お会いしたのですが、そうしたらもう、そのまま押し切られてしまったような…。
本田さん(以下、敬称略):でも、不思議なのが、2003年に私たちがやった学年誌版を、みんな知らなかったんです。なのに、なんでうちにくるのかな? って。
今回は大塚英志さんが、私たちより少し上の世代ですが、やっぱり手塚作品で育っていらっしゃる方で、手塚作品をよく知っている人がいいから、と推薦してくださったのですが、『アストロボーイ・鉄腕アトム』の仕事と、このお話とは実は直接関係がなかったんです。
つまり、全く別のところからそれぞれ『アトム』をやってくれ、というお話が来たわけなのですが、なぜ、『アトム』なのかな? と。
長野:私たちはどちらかというと、『どろろ』とか『バンパイヤ』とか、暗めの手塚漫画が好きだったので。作品が『青騎士の巻』になったのも、『ケロケロエース』の平尾さんが、「僕は『青騎士』がやりたいです」っておっしゃったからなんです。
本田:でも、ふしぎなんですよ。2003年は、ラストに『青騎士』編だけ時間切れでかけなかったので。
本田:この間に、私たちの作風自体が変わっているんだと思います。
長野:その間に描いてきた作品が、学年誌のテイストから離れていましたので、子供ものの等身を描くのがきつくなってきまして。で、平尾さんがもう、「アトムを描かなくてもいいです」とか言い出して(笑)。それはちょっとないだろう、という感じだったのですが、清水プロデューサー(手塚プロダクション)からも、造形などにはこだわらなくてもいいので、個性を出してほしい、というお話を伺っていましたので、思い切ったことをしようと。
『アストロボーイ・鉄腕アトム』の時は、アニメのコミカライズだったので、本当にシナリオとキャラクター表に忠実に漫画にしたんですけれども。
本田:今回は平尾さんのイメージですね。相当。
長野:キャラ表はもちろん、私たちで作ったのですが、キャラクターに関しては、先ほども話したように、子供を描くのがだんだんきつくなってきていたのもあって、アトムを描くのが苦しくなってきまして。それで、今の絵でアトムを描くんだったら、どういうふうになるか、という方向で描いてみたら、あのような絵になりました。これは平尾さんも気に入ってくれて。
長野:キャラクターは、打ち合わせで作っていったものなんですけれども、アダムは平尾さんがものすごくお気に入りで、アダムの設定はほとんど平尾編集長ですよ。
私たちの中ではやはり、青騎士が一番ウェイトが高くて、アダムはそれほど重要に考えていなかったんですよ。やはり、今回のお話は、アトムと青騎士の関係で描こうと思っていたので、アダムをどのように動かしていいかもわかりませんでしたし。
始めの第1回目と2回目のネームのたたき台は、編集長が作ったんですよ。もちろん、リライトはしましたが、そこでだんだん、アダムのウェイトが高くなってきたので、ロボタニアのほうはどうなるんでしょう? という感じになってきたので、そちらに戻しつつ、アダムも絡めて作っていった、という感じなんですね。
今回は、私たちだけで作ったというよりは、平尾さんと3人で作っていった感じです。
そのせいか、まったく自分じゃ描かないような、姫川イメージではないようなこともたくさん出てきたので、面白かったですけれども。
本田:私たちとしては『青騎士』で描かなくてはいけない部分は明確に見えていましたからね。最初から。
長野:単行本のあとがきにもかいたのですが、この作品のテーマは最初に見えていて、「理想が砕かれる」という話なのではないか、と思っていたので。
青騎士がとても
本田:
長野:そこは
本田:実はちょっと考えたんですよ。こういう理想の掲げ方って、今の時代リアルなのかな? って。あそこまでやる人は、いまいませんからね。
『ケロケロエース』を読むようないまどきの子供からすると、大丈夫なのかな? 受け入れられるのかな? と心配でした。でも、平尾さんからは、これは問題作として子供の頭に残っていればいい、とおっしゃっていましたけれども。
長野:アトムの単行本で始めて買ったのが、『青騎士』だったんですよ。トントとマリアとブルー・ボン、というロボットの3兄弟のキャラクターが好きで。「アトムって、こんなに暗い話だったっけ?」っていうのが最初の印象だったんですが(笑)。でも、そのころもう中学生だったので、そういう、ダークな話に引かれる年頃だったのかな、と。
長野:そう! 私たちはそれもぜひやろう! と言っていたのですが、平尾さん的にはテンションの下がる設定だったらしくて。
本田:私たちは面白いから是非やろうって、言っていたんですよね。あの設定はどうも、男性の平尾さんからすると、なんかかっこわるいものだったんじゃないでしょうか?
本田:今回の作品は、純粋に自分たちだけのリライトではないんですよね。前回と違って。なので、……今回の『青騎士』については、平尾さんのほうが語ると思いますよ。
私たちは、自分たちの手塚イメージと、平尾さんのイメージをダブルでリライトしているような感じでしたので。
長野:3回目からは自分たちでネームを起こしたんですよ。打ち合わせの時にも、何度も話が脱線しそうになるところを戻したりして。私たちとしてはとにかく、先ほど言ったような青騎士の理想が打ち砕かれる話を、きちんと描いていこうと。
本田:それで、最後は
長野:いえ。あれは予定通りでした。物語にはあまり出てこないですが、存在感は常にあって、最後は結局、あの人が一番神だったね、みたいな感じにして。
本田:お茶の水博士は、一人の“人”にしたんです。
長野:お茶の水博士をどうするかでものすごく変わるじゃないですか。あの、まんまるいお鼻を描いてしまうと、もう昔のままのお茶の水博士で、手塚先生のアトムを意識して描いたふうになるので、どうするか、ということで、それではちょっと思い切ったことをやりましょう、という。それも打ち合わせで。
「PLUTO」でも、
本田:どうしても、私たちのイメージは“キャラクター”を描く作家、って思われがちかも知れませんが、でも、本当は生の人間が好きですね。
長野:お茶の水博士も、今回の作品では負の感情や、後悔を背負っています。ただ、読者にとっては、お茶の水博士まで悪に走ってしまうと不安になると思うので、そこまでは行かずに、普通の人間として、基本的には味方として踏みとどまってもらいました。
本田:ある意味、お茶の水博士は裏の主人公かも知れません。青騎士を代表する理想の対極の、人間くささの象徴ですよね。
2003年の「アトム」とは、基本的に逆に描いていますよね。2003年では天馬博士の苦悩を描いたので。
本田:読者の方にも言われました。最近、「姫川さんは切れるナイフみたいな絵になってきてる」と。『青騎士』については、いいのかな? っていうのはありました。もう少しおじさんにしたほうが良かったかもしれませんね。
昔は、絵柄を変えられたのですが、歳とともに変えられなくなりましたね。かわいく描こうとしても、かわいくならないんですよね。
もともとの私の絵は、今のような感じなのですが、2003年のアトムのころは、学年誌の仕事をやっていて、学年誌体質になっていました。それでああいったテイストにあっていたのですが、最近は青年誌よりになっていますね。今回の『青騎士』では、そのあたりで本来のアトムのテイストとケンカしちゃった感じもありましたね。正直、不本意なところもあるんですよね。難しさを感じながら描いていました。
長野:私も『REKI』などをやっていて、子供ものの世界から頭が離れていたところもありましたので、今回は難しかったです。どうしてもダークになっちゃうんですね。でも、それがいいか悪いかではなく、作家ってその時々でテーマのようなものがあると思うのですが、今の私たちのテーマがダークなほうに入っているのだと思います。それを描ききりたい、と思って、やっているところがあって。
でも、アトムそのものはアトムなので、それをどこまでくずしていくか、が難しい。この作品自体が良かったのか、面白かったのか・・・というと平たすぎますけど、そのあたりは読者の方が決めることだと思います。
長野:いいえ。今は、コミカライズよりも好きだった作品を自分の中で昇華して書きたい、という気持ちが強いですね。
本田:もう、手塚作品は私たちの血肉になってしまっているので、自分の中からオリジナルで出したほうが、手塚作品に近いと思うんです。そのほうが手塚先生のスピリットがそのままでるように思います。
リライトする能力と、血肉になって、自分のスピリットを出す能力ってぜんぜん違っていて、リライトされて出来たものは逆に、手塚作品から遠のいてしまうような気がします。
だから、リライトしたりする企画はこれからは、やめたほうがいいのかな? と思います。私たちにとって手塚治虫は、成長していく過程で読んできて、すでに自分の感性とブレンドされて、切っても切り離せないものになっているんですね。最近は自分のオリジナル作品の方に、より手塚先生の要素を感じます。
絵も、自分の線で描かないと、線に魅力が載ってこないんですよ。エロティシズムが。手塚先生は男性なので、女性を描く線にものすごくエロティシズムがあるでしょう。私たちは女性なので、男性を描く線にそういった色気のようなものが載せられれば、と思っています。
長野:コミカライズや、リライトの仕事を10年続けてきましたが、それが出た答えでした。『青騎士』で、キャラクターをオリジナルデザインにしたら、自分のものになるかな? と思ったけど、だめだった。自分の言葉を話しているようで、話していないような、外国語でしゃべっているような苦悩がずっとあって、それを突き破るにはオリジナルで描くしかないのかな、と。以前からそういう感じはありましたが、今回の『青騎士』でその答えがはっきり出たように思います。
長野:セドキさんという方が原案を提供されて、漫画にしたのは私たちなんですけれども。
ファンタジーで外国を描くのとは違って、アラブ首長国連邦を舞台にした漫画なので、日本で見るとなんだかファンタジーみたいですけど。
本田:やはり日本ではないので。アラブの文化を勉強して。
長野:何が評価されたかというと、私たちにははじめわからなかったのですが、アラブの伝統や風土などの描写がかなり評価の対象になったみたいですね。
原作の方は、日本のアニメや漫画が大好きなんですよ。あちらには家に大きなアンテナを立てて、日本のアニメを受信して見ている方もいるそうです。
本田:去年、紀伊国屋が出来て、日本の漫画も読めるようになって。すごく人気なんですよ。でも、ドバイを舞台にした漫画としては、これが始めてじゃないかな。
ニュース的には大きなニュースなのですが、日本ではあまりニュースになっていなくて。
本田:原作者のセドキさんは、全7巻の予定ですが、将来的には、アニメ制作やグッズ展開も視野に入れているみたいなので。
日本でも、いろいろな媒体で紹介をしていくべきなのかな? と思っています。
長野:結局は、ひとつのことを続ける体力と根性だってすごく大事だと思います。
本田:私は、アンテナをずっと立てていること、かな。私たちの絵柄って、人によっては古さやオーソドックスなイメージをもたれる方もいるのですが、流行を追うというかたちではなく、自分の感覚は常に研ぎ澄ませています。自分の中で
手塚作品に影響を受け、オリジナル・コミカライズ問わず強くテーマを感じさせる作品を描き続けてきた姫川明さん。今回の『青騎士』もテーマ性を打ち出した読み応えのあるものとなっています。まだ読んでいない方は、ぜひ17日発売のコミックを読んでみてください。
今後はオリジナル作品に注力されるということで、新作もとっても楽しみです!
お忙しい中、ありがとうございました!
☆姫川明さんのサイン入り・『青騎士』単行本を5名様にプレゼント☆
今回、インタビューに答えていただいた姫川明さんの『青騎士』単行本を、虫ん坊読者の方5名へプレゼントします!
姫川さんのサイン入りです!
応募方法:
tezukaosamu-net-guide@tezuka.co.jp あてに、メールにてご応募ください!
なお、その際、「件名」の部分に【虫ん坊 2010年4月号 『青騎士』プレゼント係】とお書き添えください。
当選発表:
ご応募の方から抽選後、いただいたメール宛に当選した旨をメールでお知らせいたします。
応募締め切り: 2010年4月30日(金)
関連リンク:
AKIRA HIMEKAWA OFFICIALSITE
http://www.himekawaakira.com/