『森の伝説』は手塚治虫が1987年に制作、翌1988年の同フェスティバルに出品したアニメーションで、手塚アニメの集大成、とも言われる実験アニメです。チャイコフスキーの「交響曲第4番」に乗せ、森の生き物たちのドラマを描きますが、第1章・第4章のみが完成したものの、手塚治虫の死によって、第2章・第3章は制作されないままとなっていました。
その第2、第3章を手塚眞を監督に、手塚プロダクションが制作、初めの『森の伝説』と同じく、今年8月開催される広島国際アニメーションフェスティバルに出品されるとのこと。
自らもヴィジュアリストとして数多くの映像作品を生み出してきた手塚眞監督による『森の伝説』は、どのような作品になるのか、取材しました。
手塚眞:以前からいつかは完成させなければならない、と思っていたのですが、明確にしたのは2年前の広島国際アニメーションフェスティバルに出席したときです。このフェスティバルには先生が第1回から関わってきて、『森の伝説』もそこで発表されました。このところ手塚プロダクションからの新作の出品がないのがさびしいと思っていたので、急に思い立って、「次のアニメーションフェスティバルでは森の伝説を出品します」と舞台上で言ってしまったのです。それが公式発表のようなものになってしまいました。
たとえば未完のマンガは、コンセプトも含めて手塚治虫の頭の中だけで構成しているものが多いので、それを補完するのは難しいですが、『森の伝説』は構成や、コンセプトや、内容が明確に残っていたので、形になる、と思いました。
今作っている第2章は、虫のカゲロウを主人公に、話の入り方や流れまではっきりしています。これをもとにして組み立てていけば、内容に関しては大きくぶれることもありません。
ただ、前作と今とでは時代の隔たりがありますから、それを踏まえて演出を考えなければいけないので、具体的な方法論や技術論には工夫をいれています。
手塚眞: 全4楽章を使ってアニメーションの歴史を見せる、というものを目指します。 第1章というのは、アニメの誕生から、ディズニーの登場までを技術として取り入れています。第4章では、テレビアニメの粗製乱造されたリミテッド・アニメーションと、フル・アニメーションとの葛藤というようなスタイルでした。これは、『鉄腕アトム』などでテレビ向けにリミテッド・アニメーションも作っていた手塚治虫にとっての葛藤でもあったと思います。
第2章と第3章では、この間に入るもの、ディズニー最盛期の自然描写の美しいフル・アニメーションと、クレイ・アニメーションや幾何学アニメーションに代表される2Dセルアニメ以外のアニメーションが入ってくる、と考えています。
第1章の冒頭は、静止画なども出てきて、アニメの歴史に詳しくないとびっくりされる、と思いますが、第2章についてはどんな人でもすんなり見られる、ディズニーの『バンビ』などのような、美しく、誰もが楽しめるものになると思います。
手塚眞:『森の伝説』第2章で手塚治虫がやろうとしていたのは、最盛期のディズニーのアニメーションに対する讃歌だったのだと思います。ディズニーの影響からマンガやアニメーションを描き始めたので、ディズニーに対してお礼を言いたかった、という気持ちがあると思います。
実際に、最盛期のディズニーというと『バンビ』や『ダンボ』などの時期になります。使用している技術そのものは古いかも知れませんが、やっぱり今でも伝わってくるすばらしさがあります。
そのすばらしさとは何か、もう一度検証して、『森の伝説』第2章で表現したい、と思っています。
手塚眞:もちろん、音楽やお話などいろいろな要素があるんですけれども、『バンビ』や『ファンタジア』、音楽短編集の『シリー・シンフォニー』などについては、いかに手で書かれたアニメーションで“自然”を描くか、というところにものすごく才能を使っているのではないでしょうか。
一方手塚治虫は日本人的なストーリーの語り手ではあるので、ディズニーが美しさやハッピーエンドに終始するのに対して、独特の命の考え方、悲劇性や侘びしさ、悲しさ、渋さというような深みのある情感が入ってきます。その要素も入れることで、ディズニーと違った雰囲気を出せると思っています。
手塚眞:僕も一作家として、実験アニメーションも手がけていますが、ストーリーを廃したり、情感を廃したりする僕のやり方は手塚治虫とは真逆なんです。そういう、実験アニメ作家としての手塚眞が、父親のやってきた実験アニメをどう料理するか、というところも見所になってくるのではないでしょうか。
この第2章は、僕の資質はあまり顔を出さず、むしろ、ディズニーや手塚治虫というアニメの大先輩たちに対する敬意を感じながら作り上げています。もちろん、細かい演出の部分では、現代の技術や視点から、ここはこうしたらどうだろう、というアイディアを入れているところはあります。
たとえば、キャラクターの動きに、現実ともアニメ特有の動きとも違う要素として、バレリーナの動きを取り入れようと思っています。実際にバレリーナの方に踊っていただいて、それをアニメーターに見せて、キャラクターの動きに落とし込んでもらおうと考えています。また、現在のアニメを作るのには欠かせないデジタル技術も使いながら、昔ながらのアニメのよさは損なわないように見せられれば良いな、と思っています。
むしろ、僕の本領が発揮されるのは、第3章だと思っています。第3章では、2D以外の手法、たとえばクレイ・アニメーションや人形アニメーション、砂などの素材を使ったもの、またはCG技術も取り入れ、あるいはノーラン・マクラレンやオスカー・フィッシンガーなどの幾何学アニメーションの要素も取り入れながら、きわめて実験的な映像を目指します。そういったアニメーションは、今まで手塚プロダクションがしてこなかった部分なので、挑戦になると思いますし、スタッフも、外部の若手の人形アニメやクレイアニメの分野で活躍している人たちに協力してもらいたいと考えています。
手塚眞:いま、キャラクターデザインと、レイアウトの段階に進んでいますが、そのスタッフに杉野昭夫さんが入っているんですよ。
杉野さんというと、OVA『ブラック・ジャック』のような出崎統さんとのコンビを思い出されると思いますが、今回はディズニー調というねらいがあるので、普段の杉野さんの絵よりも丸みのあるかわいらしい絵をお願いしています。
杉野さんはとても絵がうまくて、自在に絵柄を変えることができるんです。たとえば、記念館の映像『都会のブッチー』のキャラクターも杉野さんのデザインなんですよ。
杉野さんと実験アニメ、というのは結びつかないイメージがあるかもしれませんが、今回のアニメーションは美しさを追及し、ストーリー性もあるので、杉野さんに入っていただいてよかったと思います。
手塚眞:『森の伝説』では、2Dのアニメーションのすばらしい技術によって自然を描く作品になります。現在、世界的には、アニメといえば3DCGが主流になりつつあります。手描きのアニメーションを頑固に作り続けているのは、日本だけです。でも、CGは突き詰めると現実に限りなく近づくのに対し、2Dは、現実のある対象を一度抽象化して、シンプルな絵に還元してみせる、という表現で、それは人間の脳にもとても刺激になる表現だと思っています。
そんな2Dのアニメーションの可能性や良さをもう一度見直して、未来への可能性を示唆するような、そんな作品になれば、と思っています。
虫ん坊では、今後も『森の伝説』の続報を伝えていきます。8月の公開が楽しみですね!