虫ん坊

第26回 手塚治虫文化賞 贈呈式が行われました。

2022/06/09

前列右 谷口菜津子氏、左 オカヤイヅミ氏 写真は朝日新聞社提供

6月2日、第26回手塚治虫文化賞 贈呈式が築地・朝日新聞社 浜離宮朝日ホールにて行われました。

年に一度、朝日新聞社が主催し、優れたマンガ作品に贈られる「手塚治虫文化賞」。第26回となる今年は、3年ぶりに観覧席にお客様を招いての開催となりました。

 今回の受賞作品は以下の通り。

マンガ大賞 魚豊(うおと) 氏 

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受賞コメント:

 もともと私は、漫画で訴えることや言えることが全然ない人間で、人より特殊な人生を送ってきたわけでもないし、マジョリティ側でのほほんとやってきたので、シリアスに何かの問題に直面して悩んだこともありません。面白いマンガが読みたければ、先人の面白い作品が膨大にあるからそれを読めばいい。なんで僕が描くんだろう、描く意味なくない? という葛藤で悩んだり、不安になることもなくはないんですけれども、そういう不安を打ち消すぐらい、自分のマンガには自信があって、それは、誰でもない、僕にとってすごく必要だからで、その自信が僕に挑戦や冒険をさせてくれます。自分のマンガは、自分しか描いてくれないのだ、と思います。

 こういう場で栄誉のある賞をいただくと、人から褒められるためにやっているんじゃないか、と勘違いしそうになるんですけれども、――というか、9割がたは人から褒められるためにやっているんですけれども、――のこりの一割の「初期衝動」、自分の読みたいもの、描きたいものを追求したいという気持ち、この機会にその"初心"に戻って、一歩も引かず、撤退せずに追い求めて、副次的に、その結果が誰かのためになるようなことになれば、と思っております。

 この度は本当にありがとうございました。

新生賞   谷口 菜津子 氏

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受賞コメント:

 私にとって、スピーチはすごく恐ろしいもので、なんとかして回避できないものか、と思ったのですが、やはりそれはできないな、と。

 なぜ、スピーチが苦手なのかを思い出してみると、小学生のころ、「小さな親切作文コンクール」というものがあって、生徒全員強制参加で書かなきゃいけなかったんです。小さな親切なんてしたおぼえもなく、どうにかこうにか、うその作文を書いたんですけど、それがすごく良い賞を取って、市の偉い人の前で読まなきゃいけないことになってしまって。

 ちょうどこのような場で、――人数は今よりも少なかったと思いますが、人前で真っ赤な嘘を読まなければならない。その罪悪感と、その後も継続してその嘘をつき続けなければならない苦痛で。それが私のスピーチ嫌いの原点なのかもしれません。

 今回もよく考えれば、架空の話を描いて賞をいただいたので、その時と同じようなシチュエーションですが、その時と違うのは、この場で感謝を伝えたい方がたくさんいるので、どうにかして、いやな気持を抑えて、この場に立つことにしました。

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 ただ漫画を描くだけではなく、私と同じ状況にある人や、考え方の違う人々に、自分の気持ちや、考えたことを伝えるために描いているので、まずは、私のマンガを読んで感想をくださったり、いろいろな気持を抱いてくださった読者の皆様に感謝を伝えたいです。ありがとうございます。

 今までいろいろな漫画を描いてきて、経験や人とのかかわりがなかったら私は漫画を描けなかっただろうと思うので、家族や友達、また私にいやなことをしてきた人も、そのいやな気持ちも漫画のネタになるので、感謝を伝えたいと思います。

 編集者の方々がいたから私は漫画の世界に入れました。私にデビューのきっかけをくださったこと、作品を一緒に作ってくださったことに感謝をしたいです。

 また、営業や宣伝の方々にもお礼を伝えたいと思います。ありがとうございました。

短編賞  オカヤイヅミ 氏

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受賞コメント:

 まさか私が手塚治虫先生の名前を冠した賞をいただけるなんて思っていなかったので、まだ動揺しております。

 知らせをいただいてまず思ったのは、「私は漫画家だったんだ」ということです。実は私は、漫画家になろうと決意した覚えがありません。興味があることや、できることを仕事にしていて、イラストを描いたり、デザインをしたり、文章を書いたりして暮らしてきたもので......受賞作2作は、デビュー10周年という形で出したのですが、数えてみたら10年だった、という感じで。今回賞をいただいたことで、「お前は漫画家だ」とはっきり示していただいた、ということがとてもうれしいです。言質をとった、と思っております。

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 2011年に初めて仕事として漫画を描いたのですが、描く側になって思ったのは、「時間が描きやすい」ということです。受賞作の2作は、いずれも1年間を描いたもので、とくに「いいとしを」のほうは丸一年、12回の連載だったのですが、途中でコロナ禍がおこり、描き始めたときはまさかそのためにオリンピックが延期になるとは思っていませんでした。今現在もコロナウイルスによって右往左往させられているわけですが、いままで経験したことのなかった、疫病の流行というものがこういうものだったということを知ることができました。世界が止まってしまったように思えるのと同時に、日々の生活はつづいていきました。

 漫画のコマは窓のようで、窓の中にそれぞれ、別の時間が流れているように思います。いろいろな人の生活を映すこともできますし、主観によって、一瞬が永遠のように思えたり、ということも描けます。出来事ではなく、「感じ」を閉じ込めておけるというのが、漫画というフィクションの強みだと思っています。

 賞をいただいたことで一か月間、ずっとおろおろしていたんですが、いまのこの「感じ」を覚えておいて、また漫画にかこうかな、と思っております。

 このような機会をくださりました方々、一緒に本を作ってくださった方々に感謝を申し上げます。

 また、私が驚くばかりで、喜ぶ隙もなかった中、わがことのように、私以上に喜んでくれた友人たちにも、感謝したいとおもいます。どうもありがとうございました。

 特別賞  該当なし

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会場には受賞作家による書下ろしパネル展示や、受賞作の展示が。

 選考経過報告は、選考委員を代表して南信長氏から。

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選考経過報告:

 まず、マンガ大賞はご承知の通り、選考委員が持ち点15点を割り振る方式で選んだ一次推薦作品、それに書店員や関係者、一般選考によって選ばれた諸作品の上位が候補作となります。

 今回は、魚豊「チ。―地球の運動について―」、赤坂アカ・横槍メンゴ「【推しの子】」、田村由美「ミステリと言う勿れ」、澁澤龍彦・近藤ようこ「高丘親王航海記」、武田一義・平塚柾緒「ペリリュー ―楽園のゲルニカ―」、荒木飛呂彦「ジョジョリオン」、松本直也「怪獣8号」、山田風太郎・勝田文「風太郎不戦日記」、山田芳裕「望郷太郎」、以上の作品が最終候補として選考対象になりました。

 例年ですと、各選考委員が自分の推薦作品についてプレゼンし、その中から気になるものを議論を重ねて作品を絞り込んでいくのですが、今回は満場一致で「チ。」がふさわしいということになりました。まったくもめることなく、「チ。」が選ばれたわけです。

 選考委員の一次選考段階でも本作は断トツの得票数でした。また、関係者・一般推薦でも一番の得票数で、順当に決まりました。

 テーマ・ストーリー・構成力・セリフ、すべてが評価されました。とりわけテーマに関しては非常に今日的・現代的なものだと思っております。選考委員の全員が、この作品の熱に捕らわれたような感じでした。

 里中委員からは、以前であれば本作のようなテーマの作品が漫画の題材に選ばれることもむつかしかっただろう、という声があり、こうした作品を世に出した編集部にも敬意を表したいと思います。

 新生賞は、谷口菜津子「教室の片隅で青春がはじまる」、マンガ大賞でも候補作となりました赤坂アカ・横槍メンゴ「【推しの子】」、マポロ3号「PPPPPP」、北村みなみ「グッバイ・ハロー・ワールド」、真造圭吾「ひらやすみ」の候補のなかから、谷口さんの2作品と「【推しの子】」に絞った議論が行われました。谷口さんの作品については、現代のわれわれが抱える問題を繊細にとらえて表現しており、とりわけまったく違った切り口の2作品が短い期間で発表されたことに注目が集まりました。「【推しの子】」については、マンガ大賞にも選ばれるほど、王道のエンターテイメントでもあります。新生賞の性格からして、谷口さんのほうがふさわしいのではないか、という意見も多く出ております。秋本委員などは、壮大な歴史漫画とギャグマンガ、どちらがいいか決めろというようなものだ、ともおっしゃっていましたが、最終的には投票で、僅差で谷口さんに受賞が決まりました。

 最後に短編賞ですが、藤本タツキ「ルックバック」、和山やま「女の園の星」、オカヤイヅミ「白木蓮はきれいに散らない」「いいとしを」、池辺葵「私にできるすべてのこと」、吉本浩二「定額制夫のこづかい万歳~月額2万千円の金欠ライフ~」が候補としてあがりました。

 こちらは一巡目のコメントで、藤本タツキさんと、オカヤイヅミさんに複数の支持が集まり、どちらにするか、という議論になりました。

「ルックバック」はネットに公開され、非常に話題になった作品です。漫画に対する愛情や創作衝動を切実に表現されているということで高い支持を得、オカヤさんの作品にはそういうセンセーショナルなところはないのですが、中年男女の日常を情感豊かに描いたところが評価され、対照的な2作品からの選定となりました。

「ルックバック」に対しては暴力表現・描写について賛否両論の意見がありまして、その点はもめたといえばもめたのですが、最終的にはオカヤさんの作品を選ぶことになりました。

 以上が選考経過ですが、選考から外れた作品も、いずれも優れた作品で、本当ならばすべてに賞を差し上げたいところです。

 以前も申し上げたのですが、賞の数がすくないのではないか、ということで、例えば審査員賞のような、――秋本治賞、というようなものを新設してはどうか、と懲りずに提案して、選評を終わりたいと思います。

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 第二部では、講談社コミックDAYS編集長 井上威朗さん、手塚治虫文化賞選考委員 タレントの高橋みなみさん、司会進行を朝日新聞文化部 黒田健朗記者による記念トークイベントも開催されました。

 テーマは、「マンガ媒体の変遷」。電子書籍やスマホアプリでの漫画の読まれ方や、それによって変化してきたヒットの法則など、編集者・読者から見た最新のマンガ界事情や裏話が披露されました。

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井上威朗さん

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高橋みなみさん

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黒田健朗記者

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