虫ん坊

手塚治虫の原点にさかのぼれ! 「手塚治虫アーリーワークス」制作チームインタビュー

2020/07/28

 満を持して今年425日に発売になった、『手塚治虫アーリーワークス』。新聞掲載の4コマ漫画「マアチャンの日記帳」でデビューを果たした手塚治虫の初期新聞漫画がまとめられた一冊と、「新寶島」に先駆けて、手塚治虫の完全オリジナル作品として単行本出版を企画されながらも果たされなかった「幻の単行本デビュー作品」、「ロマンス島」が函入りのセットになっています。

 当時17歳だった手塚治虫の、すでに後年の活躍の片鱗が見える「息吹」まで感じられる、細部までこだわった本づくりが本書の特徴です。今回は、本づくりに関わった方々にお話をしていただきました。


企画・編集・解題...濱田高志(はまだ・たかゆき)(写真左)

アンソロジスト。宇野亜喜良や和田誠、柳原良平といったイラストレーターの画集の企画・編集やテレビやラジオ番組の構成・出演、音楽CDの企画を手掛ける。これまで国内外で企画・監修したCD500タイトル以上。手塚作品の出版は国書刊行会、立東舎の一連の復刻シリーズをはじめ、『手塚治虫表紙絵集』(玄光社)、文芸誌『新潮』の特集「手塚治虫のエロチカ」(新潮社)など多数。

装丁・ブックデザイン...祖父江慎(そぶえ・しん)(写真中央)

1959年愛知県生まれ。ブックデザイナー、アートディレクター。有限会社コズフィッシュ代表。中学の頃、愛知県の百貨店イベントで手塚治虫さんに目の前で直接描いてもらったロックのペン画が宝物。1999年『手塚治虫絵コンテ大全』全7巻(河出書房新社)のブックデザインを手掛ける。はじめて手塚漫画のブックデザインをしたのはこの本です。どきどき。

発行...吉田宏子(よしだ・ひろこ)(写真右)

888(はちみつ)ブックス代表。宇野亞喜良、五木田智央、横山裕一、フィリップ・ワイズベッカーなどのアートブックを出版。幡ヶ谷でパールブックショップ&ギャラリー運営。『手塚治虫表紙絵集』『ふしぎなメルモ トレジャー・ブック』(ともに玄光社)などの編集も担当。

手塚治虫アーリーワークス ウェブサイト

https://to-earlyworks.com/


  • 手塚治虫デビュー当時の作品をもう一度

――「マアチャンの日記帳」はすでに手塚治虫漫画全集を初め、いろいろなバージョンで出版されております。なぜ今、再度復刻ということになったのでしょうか?

濱田:講談社の漫画全集、文庫全集、それに毎日新聞社が1991年に出版した『手塚治虫デビュー作品集』いずれも、掲載されている「マアチャンの日記帳」は、当時の編集者やスタッフがまず版面をコピーしたうえで、ホワイトをかけたり、トレースをしたりして、「きれい」に整えてしまっているんです。発表時のものではない、つまり、手塚先生の線でないものが混じっているんですね。

 そうした修正や補修を加えていない、素のままの状態で出版しておきたい、という気持ちがありました。

 2018年は手塚治虫生誕90周年で、それから2019年の112日までが「90周年イヤー」ということでしたから、その期間内に出せるといいなと考えました。当初は201929日の手塚先生の命日に発行するつもりだったんです。

 手塚先生が活動の初期に新聞に連載されたマンガは「マアチャンの日記帳」以外にもたくさんありますが、それらが網羅された作品集がないんですね。たとえば「珍念と京チャン」という作品は以前ファンクラブ京都が復刻していますが、今は入手困難です。ですから、この機会に新聞マンガだけをまとめて一冊にできないかな、と手塚プロダクション資料室の田中創さんに相談したところ、手塚先生が自ら新聞掲載作品を集めたスクラップブックが残っていることを教えてもらいました。

――その、スクラップブックというのは、手塚治虫が自ら貼っていたのでしょうか?

濱田:かつて大都社の手塚番編集者でもあった篠田修一さんによれば、先生のお母様が貼っていらっしゃったのではないか、というようなお話です。全部で3冊ぐらいあります。

――現物をご覧になった時に、どんな印象でしたか?

吉田:時間が経っているので、しわやヨレがあるものですが、あまり知られていない「火星探険隊」などのカラー作品も丁寧に貼られていて、すごくいいんですよ。まとめたら素敵なものになるな、と思いました。

濱田:僕としては、新聞連載の「ロスト・ワールド」がこんなに残っていたんだ、というのがびっくりで。「火星探険隊」ももちろんですが、「ぐっちゃん」が色インキ刷りで掲載されていたのも驚きでした。いままではモノクロでしか見たことがなかったので、回によって緑色だったり、朱色だったり。これはけっこう衝撃でしたね。

祖父江:お母様が貼っていらっしゃったんじゃないか、ということだけども、きっと途中からは手塚先生ご本人が貼られてたんじゃないか、と思うんですよ。というのもスクラップするときにタイトル部分を外して貼ってるんです。そして次の回の1コマ目を前の回の続きとして貼っている。だからスクラップブックの上で長編っぽい作品へと再構成されているように感じられる。貼り方が独特でした。お母様ならもうすこし違う貼り方をしたのではないかと思います。

吉田:ところどころに新聞連載とは関係のない「ピコちゃん」(編注:雑誌『少女の友』のために手塚治虫が描いた妖精のようなキャラクター)というキャラクターの絵が貼ってあったり、一コママンガコーナーがあったりと、編集されているんですよ。

祖父江:まるで雑誌をレイアウトしてるみたいです。解題ページにスクラップブックの現物の写真を掲載しているんですが、アルバム自体は、お母さまが買ってきたのかもしれないですよね。なんか、デザインの選び方がお母さまっぽいかも。「オサムちゃん、これに貼るといいんじゃない?」とか言って。しかも、コマが抜けているところがあったりして。眺めているといろんな妄想が頭をよぎるんです。ここはきっと、エッチなコマだったんだろう、とか(笑)。手塚先生がお母さまに見せたくなかったのかな、とか。単に絵が気に入らなかったのかも、とか......。わくわくするよね。妄想ですけどね(笑)。

吉田:一話分丸ごとではなく、間の数コマが抜けてるから、意図的に抜いていたんでしょうね。

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「ロスト・ワールド」より。ランプがヒロイン・アイコに接近する肝心な!?シーンが抜けています

――自己検閲が入っている......。

祖父江:お母さまも見る、という都合で貼りたくなかったんじゃないかな。このシーンでランプがなんか、エッチなことをしたんじゃない? 「おれとつきあえよ~」とかそういうのが入ってたのかも! コマが抜けているからだめ、っていうのじゃなくて、欠けているからこそイメージがひろがる世界というのもある。

 先ほど言ったような、ストーリー漫画としての構成が施されていることもそうだし、すきますきまにカットや全然関係ない違うマンガが入っていて、編集している感じなんですよ。単にマンガを描いて終わり、というよりも、最終的に雑誌や単行本をつくりたい、というイメージが最初からあったんでしょうね。

――見せることを前提につくられているけど、見せたくないものは見せたくない、という。

祖父江:そういう、微妙な少年心ね。だって親とかに「こういうタイプの女の人が好きなの?」とか言われたくないじゃない!?

濱田:思春期ですもんね。

祖父江:でも、「見てよ、すごいでしょ」という気持ちもあったと思うし。......本当はどうだったかなんてもう分からないけど、そんないろいろな想像をしてしまいましたよ。

  • なるべく原本に忠実な形でのこしたい

祖父江:最初は、正しい情報をきちんと学問的、アーカイブ的にまとめようと思ってたんです。その時代にどんな紙に、どんなインキで刷ったのかをていねいに調べて、レイアウトや書体、印刷するサイズにつなげたかったんです。

濱田:祖父江さんがすごいのは、資料としてご自身で当時の新聞を取り寄せていらっしゃるところ。

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祖父江さん所有の貴重な資料を見せて頂きました。これは「ぐっちゃん」の掲載された毎日小学生新聞。

祖父江:特に昭和20年代というのは物資不足で、このころはインキも紙も本当に貴重な時代だったんです。だから、古新聞だって焚き付けに有効利用されたりして、無くなっちゃうわけです。本当に現物が残っていないころの作品なんです。

 作品だけを見てても分からないことだらけなんです。どういう媒体にどれくらいの扱いで掲載されて、近くにはどんな記事があったのかも知りたくなってしまう。

 吉田さんと一緒にやった、スヌーピーミュージアムの仕事でも、「ピーナッツ」という作品が新聞全体の中でどう扱われてたのかが知りたくて、当時の新聞を探したんです。そしたら、他のたくさんのマンガと一緒に掲載されていたんですよ。ものすごいたくさんの新聞に掲載されているというから、それはさぞやすごいことだろう、と思ったら、いろんな作家の漫画がたくさん載っている中の一つだった(編注:「ピーナッツ」は新聞や雑誌用のコミックをひとまとめにして出版社や新聞社に再許諾する仕組み・プリントシンジケーションで広く配信されたため、いろいろな新聞・雑誌に載っている)。もちろん、後半になればなるほど人気も上がって、掲載場所が新聞のトップになったりするのだけど。

 この時代はマンガってまだまだ添え物で、サイズもまちまちだし、掲載場所も記事の埋め草的なものだったんですよね。いってみれば、あまり大切にされてなかった。そういったマンガの地位を、それこそ手塚先生が時間をかけて向上させていったんだなあ、と思います。

 そういう、掲載された当時の扱われ方、文脈も大切にしたいんです。

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左から「AチャンB子チャン探険記」が掲載された『少國民新聞・大阪版』昭和21928日、「ぐっちゃん」第1回、第3回目が掲載された『毎日小学生新聞・東京版』昭和3131日、3日。

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左が今回の本のページ。インキの色ももとの新聞と同じく朱色に。

吉田:本に収録するときにサイズ調整はしています。本文用紙には、作品ごとに異なる色を敷いています。タイトル部分がマンガ部分の色と同じものは、スクラップに貼られていたタイトルをそのまま使用、本文用紙の色と同じものは、スクラップではタイトル部分がないものです。各作品の扉に、見方の注もつけました。

祖父江:当初全部原寸で掲載しようと思ったのですけど、当時の新聞では、小さすぎたりインキがかすれてて読めないものもあったので、読みやすさを優先させました。

 ただ、紙のテクスチャーを飛ばしてまっ白くしたり、ベタのかすれをなくすために塗りつぶしたりという多くの復刻本が行いがちな、人が手を加えて直すということは極力控えて、あくまでコンピュータ的な処理で、明度やくすみを調整するだけにしました。

実は、もともとかすれている印刷物って、きれいに白・黒はっきりさせるよりもノイズが残っていた方が、不思議と読みやすくなるんですよ。音声でも録音からノイズを取ると、かえって何を言っているのか分からなくなっちゃうことがあります。そういう時に、ノイズを重ねることで聞き取れるようになる。それと同じ原理です。

――そんな技があることは知りませんでした。人間の脳みその仕組みがそうなっているのでしょうか?

祖父江:そうそう。ノイズが残っている方が脳がかってに消えた線や文字をおぎなってくれて読みやすくなるんです。比べてみると分かると思うんだけど......、従来の直し方は誰かがペンを入れたりホワイトをかけたりしてノイズを消していたと思うんですが、この本ではこのように意図的にノイズを残しています。

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左は今回の本のページ、真中が掲載当時の新聞、右は毎日新聞社刊・『手塚治虫デビュー作品集』より。今回の本では印刷によるかすれも再現しています。Aチャンのズボンのスミベタ部分を見比べると分かりやすいです

編集スケジュールが伸びたわけ。

――そういう細部にこだわって、表紙のみならず、中身もすべて祖父江さんがデザインされているわけですね。

祖父江:そうなんです。コズフィッシュのスタッフ福島よし恵さんといっしょにつくりはじめたんですが、僕が資料研究ばかりに時間をかけすぎて、気がつくと、途中で独立しちゃって......。

濱田:台割を決めたあとでスクラップブックにはなかった「たみちゃん兄妹」という作品をコレクターの方から借りることができたんです。じゃあ、それも入れたい、と。

吉田:スケジュールが伸びたがゆえに、入れられました。

――解題や初出を調べるのも相当大変だったのではないでしょうか?

濱田:「珍念と京チャン」が一番大変で。この掲載順が正しいのか、いまでもよくわからない。ですから、これについては基本的には先ほど話したファンクラブ京都から出版された本にならっています。しっかりした調査のうえで編集されたと聞いていますから。ただ、それでもちょっとした間違いが見つかったので、そこは直しています。実は、初期作品の初出って、意外と間違っているものがあるんですよ。手塚プロダクション資料室の故・森晴路さんのリストでさえも結構な間違いがある。というのは、森さんがご自身でそれを上書きしておられたから。そこを今回、資料室の田中創さんと一緒に徹底的に調べましたので、現時点でわかる限りの修正は反映させました。

――そうした初出の調査は、どのようにして進められたのですか?

濱田:やはり、最後は手塚マンガのオールドファンの方々の協力を仰ぎました。皆さんが所有されている資料や情報を教えて頂いたり、あとは、国会図書館で調べたり、いろいろな人の手を借りたり、文献にあたったりして調べていった、という感じです。

祖父江:濱田さん、仕事が本当に丁寧。バカみたいに丁寧なのね。だいたい普通は「こんなところでいいかな」って妥協するところがあると思うけど、「いや、もうちょっとここはこうしたい」とかね。「やっぱりここにこの作品が必要だ」とか、途中途中で追加訂正をし続けてね。何べん台割をひき直したことか......。

濱田:お互いにしつこく追及していった感じですね。

祖父江:二人ともほんとにしつこい。ゆずらないから時間ばかりすぎてゆく。

濱田:時間はかかりましたけど、結果オーライでしたね。

  • ロマンス島について

――『手塚治虫アーリーワークス』は二分冊の函入りですね。幻の作品と言われる「ロマンス島」が入っています。

濱田:一度講談社の文庫全集の購入特典として出た作品ですので、一般発売は難しいんじゃないか、と思っていたんです。あくまで特典として限定的に出版が実現したものでしたから。そこで、手塚プロダクション出版局の古徳稔さんにご相談したところ意外にもあっさり「いいんじゃない?」とおっしゃって。古徳さんとしては、手塚作品は研究対象としての価値もあるから、習作も含めてできるだけ世に出したほうがいいんじゃないかというお考えがあったようです。

 それに以前から、資料室の森さん、それに田中さんとも特典という形ではなく、いずれ本にしたい、という話をしていたんですね。ただ、それはもっと先の予定でした。

「ロマンス島」は原稿が残っていたので、手塚プロダクションに祖父江さんといっしょに見に行ったんです。会議室で田中さんに原稿を出していただいて。

祖父江:もうね、すごいんですよ! マンガ原画とは思えないぐらい美しいんです。17歳の少年が描いたんです、って言われてもすぐには信じられないぐらい、まず絵が上手い。描線がなめらかで慣れている、薄墨のつけかたもかなりなテクニシャン。見てみると、紙はものすごく薄い、ずいぶん粗末な紙なんです。ちょっとした不注意でじわっと薄墨が滲んでしまいそうな紙なんですよ。それを、ペンと墨で丁寧に描いている。ぼくのイメージでは、ディズニー映画の「バンビ」とかを見ている印象に近かったです。スピーディでエッジのきいたペン画に風景はなめらかでデリケートなグラデーションが施されていて、本当に美しいんです。

 あと、レタリングもすばらしすぎる。セリフは手書きなんですが、丁寧で、文字そのものが美しい。なので、なるべく原画をそのまま忠実に再現した製版をしたいと思いました。

濱田:解題にも書きましたが、「ロマンス島」は、「新寶島」よりも前に単行本用に描かれた作品なんです。ですからこの作品が単行本デビュー作になっていたかもしれない。 

 ただ、原稿に直接薄墨が塗られていたため当時の印刷技術では出版できなかった。そのため企画途中で出版が頓挫し、それゆえにところどころ描きかけの所があって、章によってはタイトルがついていなかったり、ベタが途中までしか塗られていなかったり。

 ところが、前述の文庫全集の全巻購入特典としてつくられたものは、単行本としての体裁を整えようとしたのか、そういった塗り残し部分が塗られているんですね。これは原稿と特典を比較しなければ気付きませんでした。しかし、今回は未完成の箇所も含めて原稿そのままの状態で再現しています。

祖父江:本来、半端な状態での作品はその状態を維持させていないといけないと思うんです。部分的に手を加えて完成させてしまうと、本来の姿が分からなくなりますからね。よかれと思っても別の人が作品を完成させちゃいけないんですよ。

 僕はたぶん、ここ(画像参照)のスミ入れが最後になったんだと思うんですよ。バックの調子を塗っていって、ここからさき、どうしようかな......、というところで、止まってますよね。濃くするとせっかくの絵が埋まるし......階段のこっち側は薄墨の影も入っていて、明るいし......。

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『ロマンス島』のクライマックスシーンより、セリフ「何といっておれいをしてよいやら」の下部分にご注目。ベタの塗りに迷いが?

吉田:塗ってはみたものの、どうしよう、という葛藤が。

濱田:塗ろうとしたんでしょうね、本当は。

祖父江:それで、どうしよう、これを描き直すか塗りつぶすか、どうしようか、というところで、ストップしてる。最後から3ページ目ですね。

濱田:この作品は単行本として出せない、ということが決まって手が止まってしまったんでしょうね。

――タイトルがない章がある、というのは、どういうことでしょう。

濱田:タイトルのためのスペースは取ってあるけれども、タイトルが入れられていないページがいくつかあるんです。目次にはノンブルを入れていますが、ノンブルだけで、タイトルを入れていないんです。

吉田:タイトルが抜けていると読者に「なにこれ?」と疑問を抱かせてしまうので、ノンブルだけを入れるのも当初はやめたほうがいいのでは、と思っていたのですが、祖父江さんが「ないっていう半端なところをちゃんと半端なものとして見せないと」とおっしゃって。

祖父江:ここには本来タイトルを入れるつもりだった、ということを解るようにすべきだ、と、思ってね。何を大事にしたいかというと、初めての本をつくるぞっていう、著者・手塚少年の前向きだった姿勢。それをなるべくそのまま氷結冷凍保存したい、というような気持ちです。未完成であることの美しさですよ。未完成というのはおそらく完成している以上に美しいんです。たまたま紛失してしまったと思われるページは口惜しいですけどね。

 手塚治虫の作品を「達成間近の姿」で見られるっていう機会はあまりない。この本では、描きなおしたと思われるページも付録としてつけてますので、それを含めて味わっていただけます。

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タイトルを入れるべきところが空白になっている例。上の写真のように、このようなページは目次でもブランクで表現しています。

祖父江:手塚治虫が「新寶島」を出したころは本当に紙がなくて、装丁も紙も質素なものがほとんどでした。そもそも、絵も写真製版は高くついてしまうので、描き版ばかりでした。「新寶島」も、写真製版ではなく、版画製作者・佐々木正俊さんによる描き版です。手塚さんの線のスピード感はなくなっています。でも、「ロマンス島」は今の技術で、原画そのままにこだわって、なおかつ最高のものにしました。

 表紙だって「継ぎ表紙」です。今はこれができる製本会社も少ないんですよ。背紙の上からこうして平部の表紙を貼って......。

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豪華な継ぎ表紙! ハードカバーのくるみの紙部分に2枚の紙を使っています。それぞれの紙に印刷が入るという手間がかかっています。

吉田:最初は継ぎ表紙じゃなくて赤く印刷しよう、ってことだったんですよね。その方が製本代が安くなります。ところがいつの間にか......。

祖父江:しかも! 本文は二色印刷ですよ! 手塚少年はきっと、一色刷りのつもりだったんだとは思いますが、原稿のあまりの美しさに二色の美術製版で進めました。漫画に、美術印刷です! まっ黒なインキと、ちょっと茶色に寄った明るめの黒の二色で、墨とインキの質感の違いを出してます。しかも、ルーペで覗いても網点がないんですよ。このきめ細かさ......。FMスクリーン製版です。紙も焼けないものを使っています。時間がたってもなかなか劣化しませんとも!

吉田:それも何度かテストを重ねて、インキの色を試しましたよね。原稿と並べても遜色ないです。祖父江さんの愛がいっぱい、詰まっているんです。

濱田:当時はこの薄墨が印刷できないから、といって没になったわけですからね。

祖父江:描き版は職人さんがフィルムやガラスなどに原画の絵をなぞり描いて写し取って刷る印刷方法ですが、これだと元の線の歯切れの良さが死んでしまうのね。僕も高校のころ、文化祭のパンフレットの表紙を描いたことがあったんですが、印刷物を受け取ったら、自分の引いた線じゃない! ってショックだったのを覚えていますよ。僕が高校のころだから40年ほど前だけど、そのころの小さい印刷屋さんはまだ描き版をやっていたんです。ちょっとかなしかったです。「新寶島」もそうやって描き版でつくられているので、手塚治虫もこれをデビュー作とされるのはもしかすると嫌だったのかもしれないんですよね。もっと俺、のびのびとしたいい線を描いてるぞ、と。

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手塚治虫『漫画大学』より、描き版と写真製版についての説明ページより

本として仕上がってみると

――価格設定がずいぶん強気です。

濱田:最初はもっと安価で、せめて8,000円ぐらいの値段で買える本にするはずだったんですが、装丁、印刷をはじめ手間暇がかかっていますから。それを鑑みると、最終的な価格20,000円も決して高くはないと思います。

祖父江:ちゃんとつくると、本ってお金がかかるんですよ。安くすることにあまり力をかけないで、作品の魅力を最大限伝えることに注力しました。そのうえで適正な価格になったのなら、いいんじゃないかしらね。だめ?

濱田:読者が本を選ぶということもありますけれども、本も読者を選びますから。

――買われて大切にしてくれるところに、買ってほしい、と。

吉田:できてから、本当はここをこうしたかった、という点はありますか?

祖父江:特にないです。――もしできたら、「ロマンス島」の原画レプリカを付けたいな、と思ったけど、まあ、不要かな、とも。

濱田:すでに購入者からの感想も届いていて、かなり好評です。

吉田:ただし、この本、初版限定1,000部なんです。増刷はちょっとお金がかかりすぎて多分できません。

濱田:だから、今手に入れないと絶対手に入らないんですよ。

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***

究極の復刻本の一つとなった『手塚治虫アーリーワークス』は、全国書店他、888ブックスWEBサイト他で通信販売も可能です。

888ブックスでの通信販売では、キャラクターシート原画レプリカの特典も付きますので、気になる方は見てみてください!

https://to-earlyworks.com/


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