今年創立70周年記念を迎える人形劇団ひとみ座が、その記念公演として『どろろ』の人形劇に挑みます。
脚色・演出を手掛けるひとみ座代表の中村孝男さん、どろろ役の松本美里さんに、人形たちで繰り広げられる『どろろ』ならではの見どころなどをお聞きしました!
人形劇団ひとみ座
1948年発足。子どもを対象にした作品やシェイクスピア作品などを上演し、伝統人形の研究と継承をも活動の柱としている。代表作に「ひょっこりひょうたん島」「リア王」「ズッコケ三人組シリーズ」など多数。
――創立70周年記念公演として、『どろろ』が選ばれたのはなぜでしょうか。
中村孝男さん(以下、中村) 今回記念公演を行うにあたって大人から子供まで人形劇をもっと気軽に見てもらおうというテーマを掲げました。人形劇はお子さんが観るというイメージを払拭して、大人から子供、お年寄りまで色んな方に観ていただけるエンターテインメントとして改めて広く知ってもらいたいと思ったんです。
松本美里さん(以下、松本) 今までやってきた周年演目はシェイクスピア作品など"ザ・演劇"といった演目ばかりで。これではちょっと人形劇としては敷居が高いのではないかと思い、劇団の中で周年演目を公募しました。
中村 今回の周年では、人形劇に合うビジュアルの面白さがあり、なおかつテーマ性もある作品で、ちょっと観てみようかなと気軽に足を運んでいただけるようなものを創りたいということで、それに合う作品がないかと探していた時に手塚先生の『どろろ』がピンと来て推薦しました。
――中村さんはもともと手塚作品がお好きだったのでしょうか。
中村 はい。学生の頃から大好きで、『ブッダ』や『マグマ大使』、『火の鳥』など色々読んでいました。『どろろ』はたしか高校生の頃に読んで、ラストのシーンではここで終わらないでもっと続いてほしいと思ったのを覚えています。この物語は、百鬼丸が自分の身体を取り戻していくと同時に欠落していた人間としての何かを取り戻していくという、どろろと百鬼丸の人生の旅を描いていますよね。未完で巻数が少ないけれども、そういう深みのあるテーマが描かれているという点で人形劇にするにはぴったりだと思いました。『ブッダ』だと壮大すぎますしね(笑)。
――松本さんは『どろろ』はご存じでしたか。
松本 私は『どろろ』の上演が決まってから1969年版の白黒アニメを観ました。そのときの印象は、面白いけれど作品の雰囲気は暗めだなと思って、人形劇にするにはどうかとぼんやり思っていたんですが、原作を読んだらすごく面白かったです! テンポも良くて一気に読んでしまいました。原作からは暗い印象を受けずに、むしろ前向きなストーリーだと思いました。
中村 それに、なんといっても妖怪モノというのは人形劇にはもってこいの素材なんですよ!
――なるほど(笑)。『どろろ』にはたくさんの妖怪たちが出てきますが、そういうところも選んだ理由のひとつなんですね。
中村 『どろろ』には面白いエピソードがたくさんあってどれもテーマ性に事欠かないですが、妖怪のビジュアルも含め僕の方でいくつか選び脚本に起こしました。ストーリーはいろんなエピソードからかいつまんで構成していて、まいまいおんばの出てくる『鯖目の巻』、『地獄変の巻』と『ミドロの巻』。それから『ばんもんの巻』に出てくる妖狐のくだりをアレンジしてストーリーに絡ませています。ただ、原作から受ける印象はなるべく変えないように、『どろろ』の世界をそのまま立体化したいですね。
――どの話も舞台映えしそうな妖怪が出てくるチョイスです。今回は50体以上の人形が登場すると聞きました。そういう点でも見ごたえがありそうですよね。
中村 50体以上の人形を使うというのは人形劇ではわりとよくあることで、今回はひとみ座に所属している31名の役者全員が登壇するということが大きなポイントで、じつに7年ぶりになります。『どろろ』では大きい人形をたくさんの人で動かすことが多くなるので、役者をどう配置して動かすかというのが演出的に大事なことになります。
松本 どろろは私1人、百鬼丸は常に3人で動かします。大きな妖怪になると1体につきに3~5人。ひとみ座の人形遣い全員が一丸となって取り組むところも見どころのひとつですよ。舞台裏ではバッタバタだと思いますが(笑)。
――さすが、妖怪たちの人形はインパクトがありますね。
中村 今回は百鬼丸のビジュアルにもこだわっていて、あえてボロボロに作っています。
――ボロボロ!?
中村 旅を続けるうちに百鬼丸の身体のパーツに年季が入ってくるのではないかと思うんです。みおという少女が出てくる『法師の巻』では焼けたお寺で戦っていたりね。今回は泣く泣く削ったエピソードもあるので、そういった過去の旅を髣髴とさせるための工夫として、百鬼丸の顔や身体のパーツを傷だらけにしています。
――妖怪たちとのアクションシーンが肝になってくると思うのですが、人形劇だとどのように表現されるのかとても気になります。
中村 舞台を目一杯使って動き回りますが、殺陣のシーンはあまり格好よくしたくないと思っているんです。百鬼丸なら、持って生まれた生きようとする力によって妖怪たちを倒していくんじゃないかと。だからあえて泥臭く、がむしゃらに戦わせたいなと思っているんですよ。
松本 百鬼丸役の方は、目が見えているようで見えていない動き方はどんなものかと研究していました。序盤は目が見えていないので、殺陣が上手すぎても違和感が生まれそうですからね。そのさじ加減が難しいそうです。
――人形を操るというのは、生身での演技とはまた違った感覚だと思うのですが、人形を操りながら演技をするうえで気を付けていることはありますか。
松本 人形の操演というのは、身ひとつで演技するよりも非常にやっかいなことをしているんです。たとえばお茶を飲む動作ひとつとっても複雑な工程が必要で、お茶を持って腕を傾ける、飲むために顔を動かす、それを何人もの人で動かして、演技もしなければならない。常に冷静でいなければできないです。
中村 人形を動かしている自分と、その役を演じている自分、色々使い分けないといけないからね。普通のお芝居は役に入り込んでその人になりきりますが、操演をするには役に没頭しすぎてはいけないというのが普通の役者さんとは違う点でしょうね。
松本 操演をするには、演じる自分と、それを客観的に見ている自分もいないと成り立ちません。私がひとみ座に入った頃に、中村が「心は熱く、頭は冷たく」と言っていたのが今になってよ~くわかります。
中村 僕もそれは先代から言われたことなんですけどね(笑)。
人形へ喜怒哀楽の感情を正確に投影するには、自分の心の中でしっかりとした演技のイメージとパッションがないといけません。そして、人形を動かすときには複雑な工程をこなすために頭は常に冷静でなければならない。人形劇だったら簡単にできるんじゃないかと入団する方が多いんですが、実際はすごく大変なんですよ。
松本 それだけではなく、自分の位置や周りの役者にも気を配らないといけなくて、広く集中することが大事ですね。人形劇をやっていると、普段使っていない脳が活性化します(笑)。
それに、人形は基本的に顏の表情が変わらないので喜怒哀楽の表現が伝わるのかは最終的にお客さんが見て感じた判断に委ねられています。人形のポーズや自分の演技でお客さんに伝わりやすい信号を出す、ということを常に考えていますね。
――特にどろろはコロコロ表情が変わりますからね。松本さんは、どろろを演じる上でのこだわりはありますか。
松本 やっぱり原作の印象が強いので、手塚先生の描く表情や動きやポーズをうまく表現して「その動き手塚マンガだ!」ってお客さんにピンと来ていただけるような演技がしたいです。原作にはないオリジナルの要素ですが、実はどろろも一ヶ所だけ武器を持って戦うシーンが出てきます。その動きにもぜひ注目していただきたいですね。
どろろの泣いたり笑ったりコロコロ表情が変わるというのは、どろろなりに辛いことに負けずに生きていく術というか、自分に対する励ましなんじゃないかと思うんです。そうやっていないと生きていけなかったんだなって。
実は、私も小学校の頃にいじめられていたことがあって。男の子たちに石を投げられて、私も「痛いな~!」って笑っていたんですよね。男の子たちの前で泣くのが悔しくて、去って行った後に泣いていました。『どろろ』を読んでその体験を急に思い出し、どろろに通ずるものを感じました。どろろはまだ幼いので余計に感情がストレートなぶん、精神を吐き出すようなイメージで演じたいと思っています。
――稽古を見学させていただきましたが、演者のみなさんが仮面やほっかむりを被っていたのが気になりました。
中村 そうなんです。百鬼丸やどろろといった主要キャラクターの人形遣いたちは仮面を被りほっかむりをして、物語のなかに無数に出てくる個性のない村人たち(モブ)も同時に演じています。
松本 私も本番では百姓の恰好をして、どろろの横から堂々とお客さんから見えています(笑)。
――人形遣いは黒子の格好をして人形だけを見せて演じるというイメージでしたが、なにか理由があるのでしょうか。
中村 それはいわゆるオールドスタイルで、近年の人形劇では人形遣い自身も表に出るというのが主流になりつつあります。百姓の格好をしているのは、世の底辺の地位だとしても大勢の百姓がいるからこそ世の中が成り立っている、そういう意味を込めています。
――まさに、大人数が登壇するからこそできる演出ですよね。
中村 この百姓の演出は今までにない試みではありますが、今後は人形での表現はさることながら『どろろ』でお見せするような生身での表現を含めたパフォーマンスも今後は勉強していきたいですね。
松本 私は、人形劇と演劇、垣根がないほうが良いと思っています。人形劇は子供だけが見るものじゃなくて、演劇の文化の一部として幅広い方に認知してもらいたいですし、どれも同等に見に来てもらいたいんです。
人形劇を観たことのない人が、手塚治虫先生の『どろろ』なら観に行ってみようかなと思ってくれたらこんなに嬉しいことありません!
中村 これまでの70周年の蓄積を背負い、今の自分たちがなにをやりたいのか、次に繋げていくために何をすればいいのかを考えながら『どろろ』に挑戦します。『どろろ』の物語の核にある人間になるためのドラマを繊細に描き、観劇後に皆さんの心になにか残るものがあるような作品になっていると思います。ぜひ足を運んでみてください!