2011年に劇場版のアニメーション映画として、初めて映画化された『ブッダ』。その続編『BUDDHA2 手塚治虫のブッダ —終わりなき旅—』が満を持して2014年2月8日、劇場公開予定です!
今月より、虫ん坊では映画『BUDDHA2』を大プッシュ! 11月号では東映アニメーションで『BUDDHA2』のプロデューサーを務める、ギャルマト ボグダンさんにインタビュー、見どころや意気込みを伺いました。
来月以降も、映画『BUDDHA2』情報を随時ご紹介していきますので、お楽しみに!
——前作『手塚治虫のブッダ 赤い砂漠よ! 美しく』の続編として作られる今回の『BUDDHA2』なのですが、どんな作品になりそうでしょうか?
ボグダンさん(以下、B):
前作の1は、誕生から出家するまでが描かれた映画『ブッダ』ですが、今回の2ではいよいよ、出家後、苦行時代のシッダールタのお話となります。前作ではシッダールタもまだ一国の王子で、宮廷の描写や戦争などのバトルシーンもありましたが、『BUDDHA2』では苦行のシーンがメインになります。苦行というのは自分との戦いですから、映像でどのように見せるのかを考えるのが大変難しかったです。
苦行時代のシッダールタって、見かけも坊主だし、着ているものはボロ一枚だし、どうやって主人公としてキャラクターを立てるかが難しいですよね。手塚さんもそこは苦労したんじゃないかな、と思います。
シナリオだったり、キャラクターのセリフだったり、あるいは音楽や音響効果、映像そのもののスケール感で見せていくしか無いですよね。壮大なスケールの映像で見せていかないと。そういう工夫はいろいろしています。
——前作でもそうでしたが、今回も引き続き、キャラクターは現代風のテイストになっていますね。
B:
前作からの方針で、手塚治虫のキャラクターは踏まえつつ、もう少しリアルなテイストのキャラクターにしています。理由としては、広いスクリーンで見る映画向けには、キャラクターのディティールを描きこむ必要があるんです。手塚治虫のキャラクターはマンガ向けにシンプルになっていますし、少年向けに描かれた作品ということで、デザインも丸っこく、可愛い感じです。今回の映画では大人の方にも見ていただきたいと考えていますので、若干等身も高めにして、リアリティの感じられるようなキャラクターデザインにしています。
主人公のシッダールタこそかなり今風のキャラクターになっていますが、タッタやヤタラ、アッサジなどのキャラクターは、少し筋肉の描写などにリアリティをもたせた他は、かなり原作のキャラクターに寄せています。
——どれぐらいの年齢の人に見てもらいたい、と思っていますか?
B:
そこは、キャストを見ていただければわかるかも知れません。吉永小百合さんのファンの方々から、真木よう子さんのファンの方まで、幅広い年代に見てもらいたいです。
題材としてはブッダの伝記なんて、例えば「将来お坊さんになりたい」と考えているとか、そういう方でもないと馴染みがないですよね。私も、今回の仕事で全然詳しくなかったところから結構勉強をしたんですけれども、やっぱり手塚さんも作品を描くにあたって、ものすごく勉強したんだな、と改めて思いましたよ。出ているキャラクターも実際のブッダの弟子たちの中から名前が上がっていたり、苦行の旅の道のりなどもとても詳しく描かれていたりして、かなり詳しい研究にもとづいて描かれている作品だと思います。
——映像的な見せ場としては、第1部のほうが派手ですが、原作ファンとしては、『BUDDHA2』はいよいよ『ブッダ』のテーマとして重要な、シッダールタが悟るシーンが出てくるということで、期待する声が多いです。
B:
1では、なぜ一国の王子が出家してしまうのか、という場面が描かれますよね。確かに「ブッダ」としてのシッダールタは描かれませんが、王子という地位を初めとしたすべてを捨てて苦行林に入る、というギャップこそが、ブッダという人物を生んだ重要な要素なんですよね。ですから、1で描かれる物語を踏まえて2を見ると、よりわかりやすいと思います。やはり1と2はセットなんですよね。
前作まででは少し物足りなかったと思います。やはり、続編を作る前提で作られたものですからね。1で物足りなかったところが、2を見れば満たされる、という感じですね。2のみを見てもわかりやすいとは思いますが、より深く理解できると思います。
——今回の作品の見所はどこですか?
B:
制作に関わっている人一人一人に聞いてみても、またそれぞれに答えが出てくると思いますが、私は、シッダールタが悟りを得るきっかけとなった、アッサジとの物語が重要だと思っています。また、1から登場していたキャラクター達、タッタやミゲーラたちがどのような人生を歩んでいくのかというところもぜひ楽しみにしてもらいたいです。とくにミゲーラはシッダールタのことが好きでしたよね。1ではその恋愛がストーリーの重要な要素でしたから。
2では、ミゲーラはタッタと夫婦になって出てきますよね。シッダールタとタッタ、ミゲーラの三角関係というか、シッダールタを中心に立体的に展開する人間模様も、見どころの一つです。
——本作で苦心した点はありますか?
B:
膨大なストーリーを80分に集約しなくてはいけないのは、大変でした。シナリオの段階で、原作のなかからどこを省略するか、を考えていくのが一番大変で、シナリオの吉田玲子さんは大変だったと思います。
また、シッダールタといえばやっぱり仏教の祖であり、偉大な人物なので、彼の言葉一つ一つには重みがなくてはいけないですよね。原作の、手塚さんの書かれたセリフをそのまま使えるところは使いますが、映画のシナリオに合わせた新しいセリフも考えなくてはいけないですしね。
——演出上で工夫されたところは?
B:
それはやはり、「悟り」のシーンです。「悟り」というのはあくまで内面で起こるものですから、見た目でも分かるような「何かが起こる」わけじゃないですよね。それを映像でどう見せるか、というところはまだ検討をしているところです。プランはすでにあるのですが、細かいところはこれから調整ですね。単純に、「キラキラ」とさせておけばいいわけではないので(笑)。
もちろん、原作にもあるシーンですので、表現的には原作を参考にしています。一般的な視聴者も見るので、あまり宗教臭くならないようにも気をつけています。とはいえ、宗教を無視するわけにもいかないのですが。
やはり壮大なスケールとか、シッダールタという人の優しさとか、魅力といったところで表現しようとしていますね。
それと、音楽がすごいんですよ。大島ミチルさんの音楽は、昨今ではなかなか見られないフルオーケストラの上に、楽器もインドの楽器を取り入れたりして、ほんとうに壮大です。音楽が、映像のスケール感をさらに高めてくれると思います。
——手塚作品に初めて出会ったのは、いつ頃でしたか?
B:
小学生ぐらいのころに、映画かアニメで『火の鳥』を見ているんですよね。祖国のルーマニアで見ました。吹き替えはなく、サブタイトル(字幕)でした。多分、モノクロの映画版(※編集注:市川崑監督・谷川俊太郎脚本の『火の鳥 黎明編』)ですね。何度も見ました。
もうその頃は字もひと通り読めるようにはなっていましたが、字幕って子供にはちょっと早いじゃないですか。途中まで読んでてもすぐ次のセリフが出てきたりして。だからストーリーも充分に理解できていたかは怪しんですが、何度も見て、毎回感動して泣いていましたね。「かわいそう」というのは理解出来ていたんですね。
他の手塚作品もそうですが、あっさりキャラクターが死んじゃいますよね。『ブッダ』でもアッサジとか、せっかく可愛くなってきた頃にあっさり、殺しちゃうじゃないですか。そこは衝撃的でしたね。おそらく戦争を経験した世代の日本人独特の死生観というか。過酷な体験をしているからかも知れません。今の作品ではなかなか、キャラクターが死んでしまう、というものはありませんよね。
——『火の鳥』『ブッダ』以外の作品では、どんなものがお気に入りですか?
B:
『ブラック・ジャック』などは常に枕元に置いています。もう何度も読んで、だいたい筋は覚えているのですが、眠れない時にちょっと開いて、ちょっと読むとよく眠れます(笑)。
『アトム』は少年向けかな。『三つ目がとおる』などもけっこう好きです。一番私達の年代に響くのは『ブラック・ジャック』や『ブッダ』だと思います。
——先ほど、ルーマニアが祖国、とのお話しでしたが、どういう経緯で日本にいらっしゃったのでしょうか?
B:
生まれはルーマニアで、その後ハンガリーでもしばらく暮らしました。学生時代、当時社会主義の政権に反対して、学生運動に関わったこともあります。
自由がない社会を経験したことがあるので、今でも自由については、すごく真剣に考え、向き合っています。
——『ブッダ』という作品も、言ってみれば精神の自由を求める、というテーマがありますよね。
B:
そうですね。『ブッダ』の導いた答えは、自由は自分の心の中にある、ということでしたが、私は外側の自由を求めていました。
人間は、あまりきつく締め付けられると、ある日突然ぷつんと切れてしまうものなんですよね。僕達の世代はまさにそうして、切れてしまった世代で。当時のルーマニアはチャウシェスク政権時代で、本当にいま考えれば当たり前のことが当たり前にできませんでしたね。ジーパンを買ってもらったのも、高校生の時初めて、闇市みたいなところで手に入れたんですよ。何もかも配給で買わなくてはいけないし、しかもその配給が一日中並んでいないと何一つ買えないっていうね。家族ぐるみで交代で並ぶんですよ。日用品を買うために。
今じゃもう、銀行でもちょっと並んだらすぐ帰っちゃいますけどね(笑)。もう一生分並んだから、並びたくないです。
——日本のアニメーションを知ったのは、どういったきっかけからだったのですか?
B:
ある時期に、ルーマニアに大量に日本のアニメーションが輸入された時期があったんですよ。『火の鳥』もその一つだったんですが、小学校一年生か二年生の時に、東映アニメーションの『カリメロ』っていうひよこのアニメを見たりして、同世代の間でも流行っていたんですよね。日本に来てから調べてみたら、どうも笹川良一さんの日本船舶振興会が大量に日本のアニメを買って、東欧やロシアに寄付したことがあったそうです。向こうの政府からしてみても、日本のアニメはそれほど危険なものでもないし、ただで貰ったものでもあるし(笑)、字幕だけ付けて、大量に見せていたみたいです。あれで文字も随分覚えました。
その後、大学生の頃に日本に文部省の留学生としてやってきて、今に至ります。
——では、ルーマニアの、ボグダンさんぐらいの世代の方々には日本のアニメに詳しい方も多いんですね。
B:
多分そうです。詳しいと思いますよ。日本のアニメのファンも結構いると思います。
——『ブッダ』に関わる以前、仏教について馴染んだことはありましたか?
B:
無いですね。今回はじめて、じっくり勉強をしました。
それでわかったのですが、仏教には宗派という派閥がたくさんありますよね。教えの解釈などについては、宗派ごとにずいぶん違いがあるのかも知れませんが、ブッダの伝記については、異なる宗派でもあまり解釈が変わらないように思いました。
もう一人のプロデューサーの富永さんが言っていたのですが、ブッダだけは他の宗教の始祖とは違って、自分で悟りに至ったんですよね。教えてもらったり、啓示をうけたりするのではなく、自分で苦行をして悟りにいたります。ちょっと言い方としてはヘンかもしれませんが、言ってみればDIYなわけですよね(笑)。
自ら、インドの暗黒のような時代に生まれて、暗闇の中に初めて希望がある、ということを探し当てた。人間の泥沼のような営みの中に、蓮華のような花を咲かせるのだ、ということが、ブッダの悟りの一部ではないかな、と思います。
それがおそらく、他の宗教史と違っていて、面白いところですよね。ヨーロッパ人から見た、仏教のエキゾチックなところ、オリエンタリズムって、そこが中心なんじゃないかな、と感じました。
キリスト教徒にとっては、啓示というのは神が開いてくれるものなので、そういう違いが面白いな、と思います。
——今後も日本で仕事を続けて行かれるのでしょうか?
B:
そうですね。こちらで結婚もしましたし、家も買ってしまったので、骨を埋める覚悟です(笑)。
一年に一度ぐらい、実家に帰るようにしていますが、逆に向こうでカルチャーショックを受けることもあったりしますね。
——では、いまさら日本の社会について違和感を持つようなところもないのでしょうか?
B:
そうですね。……でも、日本の社会で他の国との違いは時々、感じることがあります。日本では、世代間のギャップが著しいですね。他の国でこれほど世代間で断絶がある国はないかも知れません。それこそ、「団塊世代」とか「バブル世代」とか「平成世代」とかそういう世代間で、考え方がぜんぜん違ったりして。日本の中で、年寄りからしてみると今の二〇代がショックだし、二〇代からしてみれば「あの人達何考えているんだろう?」と思っている。他の国でももちろん、多少世代間ギャップはありますが、日本ほどじゃないかな。
先日の高校生の殺人事件の話題で思ったのですが、今の若い世代は自分のことが一番大事で、ストーカー犯罪に走るとしても「自分のメンツが潰された怒り」から人を殺してしまうんだな、と。あれは極端な例ではありますが、若い人たちはみんな多かれ少なかれ、自分のことで精一杯すぎるな、と感じることがあります。震災のボランティアなどにしても、人のため、というより自分の「Feel Good」のためにやっている、というような。
それこそ『ブッダ』の教えが、そういう人々にとって少し考え方をかえるきっかけになればいいな、と思います。シッダールタは物質的な物だけではなく、ほんとうに価値観や、考え方などすべてを一度捨てているんですよね。実際にすべてを捨てることは難しくても、そのことについて考えることはたまには必要だと思います。
『ブッダ』の物語は、何かで迷った時などに、ちょっと立ち返って考えてみると、何かしら答えは得られるものなんでしょうね。
——今後、どんな事をやっていきたいと思っていますか?
B:
やっぱり、『ブッダ』を最後まで作り切りたいですね。始めたからにはラストまで描ききりたいです。今回出てきたデーパや、ルリ王子などの今後も描いていきたいですし。ブッダ入滅まで、ぜひ関わっていきたいです。
私が『ブッダ』に関わっている、というのは、社内では笑いの種なんですけどね(笑)。 『ブッダ』と全然関係ないのに、って。
——最後に一言、『ブッダ』を期待する手塚ファンにメッセージをお願いします。
B:
手塚先生も自分たちが生み出したマンガというものが、日本で大きく発展していって、今のように日本がアニメ王国・マンガ王国みたいになるなんて思いもしなかっただろうと思うんです。私達も毎日、子どもたちが喜ぶものはなにか、と懸命に考えていますが、手塚先生もその何倍も、一生懸命、同じように考えていたと思うんですよね。今や巨大なマーケットとなっているアニメについて考える時には、手塚先生のような偉大な先人の元に立ち返って考えてみるのもいいことではないか、と考えています。
——ありがとうございました!
映画 『BUDDHA2 手塚治虫のブッダ —終わりなき旅—』の情報は逐一、公式サイトで公開しています。ぜひチェックしてみてください!
http://www.buddha-anime.com/