昨年9月にテレビ放送されたTVスペシャル『ジャングル大帝』のDVDが、ついに今月15日に発売になります! 今月の虫ん坊では、監督を務めた谷口悟朗さんと、手塚プロダクションスタッフの代表として、古谷大輔プロデューサーに、現場での裏話を中心に、いろいろなお話を伺ってみました。
サンライズなどで演出をつとめ、『コードギアス 反逆のルルーシュ』(2006年)や『プラネテス』(2003年)で著名な谷口監督ですが、今回、『ジャングル大帝』の監督として手塚プロダクションでアニメ制作の指揮をふっていただきましたが、手塚プロダクションのアニメスタジオでのお仕事はどうだったのか!? 裏話なども含めて、聞いてみたいと思います。
<Amazon:ジャングル大帝 ~勇気が未来をかえる~ 通常版>
<Amazon:ジャングル大帝 ~勇気が未来をかえる~ 特装版>
谷口監督(以下、谷口) : まずは、つまらない話から、していいでしょうか?
谷口:手塚プロダクションって独特なんだな、と思ったのが、スタッフやプロデューサーの主要メンバーを集めた、顔合わせを兼ねたお食事会だったんです。しゃぶしゃぶの「木曽路」でやったんですよ。
普通、アニメーションのスタッフの顔合わせなんて、もっと安い居酒屋でやるんですよ。珍しい所を使うなぁと…。
古谷プロデューサー(以下、古谷): あれは、僕が設定したんですけど、手塚プロのスタジオがある新座にはあまり大きな居酒屋がなくて、つまり、近くに適当な場所がないんです。新座の居酒屋は、だいたい6人が限界なんですよ。
谷口 : なるほど(笑)そういえば、昼食なんかでも、食べに行くところはある程度かぎられちゃったりとかするし。新座という駅は、それなりの規模だから、スタジオの立地がやっぱり少し特殊ということなのかな。ほかの制作会社だったりすると、駅から五分圏内のところが多いし、そもそもの最寄り駅にしたって、新宿や池袋にすぐ出られる所を選びますからね。その方が、スタッフも集まってきやすいし。でも、手塚プロダクションは逆で、まずスタジオが先にある、という感覚ですよね。おそらく、手塚先生がこの辺の雰囲気を気に入って選ばれたのでしょう。ジブリとかも、そういう感覚でスタジオの場所を選んでいそうですが…。
古谷: いつも顔合わせのようなものがあるわけではないです。今回は監督の意向で開きました。初めて会うスタッフも多かったし、手塚プロダクションも監督と仕事をするのが始めてだったので。
谷口: ケンカが起きるんだったら、早いところ起きたほうがいいですよね。お酒を飲みながら話をすると、どういう性格か、どういうタイプか、というところがわかるので、そこから先に話がしやすくなります。
たとえば、瀬谷(※1)さんは
筋目の通った職人気質だし、宇田川(※2)さんは徹底したアナログ人間で、デジタルのことはあまり言ってはいけない、とか(笑)。
古谷: 週に3、4日ぐらいですね。
監督のタイプによって、大きく二つに分かれるのですが、現場によく入ってくれる人と、そうでない人がいます。どちらが良い・悪いではなく、仕事の進め方でそうなるのですが、谷口監督は入ってくれるタイプでした。監督がいてほしい時間が大体週3日ぐらいだった、という感じです。谷口: 手塚プロダクションのアニメーターさんたちは、瀬谷さんを中心としたチームというよりは、瀬谷さんが
あとは、立地的に来やすかったというのもあります。自転車で20、30分で来られるので。最初の話とは、どこか真逆ですけどね、私にとっては、この立地が幸いしました。
職場の近くに住居があると、一日中仕事のことが頭を離れないんですよ。それが嫌で、 幾つかの制作会社から適度に離れた今の町を選んだんですね。このあたりの雰囲気も好きですし。
ただ、手塚プロダクションの立地は流石に独特すぎて、微妙な事件も起きましたよ。さっき話したように、私は自転車で通っていたんですが、ある日、タイヤがパンクしてしまったことがあったんですね。仕方ないから、制作進行さんにお願いして修理に出してもらったのですが、自転車屋さんが遠い。片道三十分もかかったらしくって、あの時は迷惑をかけてしまいましたね。
谷口: そうですね。そういった意味では手塚プロダクションの雰囲気で驚いたのが、自転車で通勤する方のママチャリ率!なんで?というぐらいママチャリが多いんですよ。
よその会社だと、スポーツ用とか、いろいろなタイプに乗っている方が多いのですが、手塚プロは逆ですね。ママチャリって長距離を走るのは大変だから、近場から来ているはずなんですよ。スタッフさん達は、ほとんどがスタジオの近くに住んでいるということなんでしょうね。地理的にも、手塚プロダクションを中心にして、各スタッフの生活が成り立っている、という…。古谷:実際そうだと思います。自転車にお金をかけたくないというのも、ありますし。
谷口:スタッフの生活圏も面白くて、これほど東武東上線沿いにお住まいの方が多いアニメ会社も珍しいですよ。ほかの会社だと、各アニメ会社の立地に沿って西武新宿線、池袋線、中央線あたりが多いのですが、東武東上線に住んでいるひとが多いのは特殊なかんじがします。
古谷:スタッフたちもほかの会社との交流がしにくいと思います。言い方を替えると、スタッフの流出が他社に比べ少ないように感じます。
谷口:京都アニメーションさんみたいに特殊条件がそろっているというか…新座で独立した文化圏を保っている、という雰囲気です。多分、西洋の人たちが日本を発見したときの気持ちって、こんな感じでは(笑)。
谷口:いや、むしろ「黄金の国」という感じで。
谷口:手塚プロダクションは、全体的にガツガツしていないんですよ。それは、いい面でも悪い面でもあると思いますけどね。まず、手塚治虫というひとの作品から生まれる収益があって、そのうえでアニメーションの制作現場もある、というシステムのおかげなのか、ガツガツやギラギラした所とは離れていますね。
繰り返しますが、それが良いのか悪いのか、という判断はできません。しかし、多様性こそが可能性だと考えるのならば、他の制作会社にはあまり見られない『手塚プロダクション』という存在は必要です。ちょっと開いて説明しますね。 職人的な細かい技術の問題にこだわるより、「これで客は喜ぶのか?」ということが通常のスタジオでは優先されます。が、手塚プロダクションはちょっと違う。逆の発想です。全体的におっとりしているというか、“みやび”な雰囲気、というか。
いまの手塚プロの中核にいる人たちは、基本的に手塚治虫という人が好きなんだとおもいます。好きすぎるものだからどう対応していいのかわからなくなるときがある、というような。たとえて言うなら、ゴータマ・シッタルダ亡き後の『ブッダ』の世界という感じでしょうか?
古谷:それで谷口監督をあたらしい核としてお呼びしたんです。
谷口:ああ、誤解なきように補足しますね。各作品や各プロジェクトごとの核という意味ですよ。核はたくさんおられますから。
谷口:これを言うためには、これまで映像化された「ジャングル大帝レオ」をきちんととらえ直す必要があると思うんですけど、実は、どれ一つとして原作の展開通りとか、原作の台詞通りになんかやっていないんですよね。デザインなんかも全く、大違いですしね。一回、CMのためにつなげてみて、あまりの違いに大笑いしちゃったぐらい。
これはつまり、原作マンガの「ジャングル大帝」をどのように解釈して、各時代のところで映像化していくか、ということでしかないと思うんです。たとえばシェイクスピアの戯曲が、それをもとにして各国で、もしくは各劇団で、いろいろな形で舞台化されていますよね。当然その国ごとに、もしくは演技者ごとに解釈が加わってくるわけです。それによって、おおもとのシェイクスピアの戯曲が、全く無視されたかというと、そうではなくて、もともとのシェイクスピアとどう戦うか、ということでしか無いと思うんですよ。今まで映像化されてきたジャングル大帝にしても、全く同じ図式だと思うんですね。これが出来ると言うことは、どれだけ原作の持っている背骨が、太くてしっかりしているか、と言うことだと思うんです。
たとえば、「鉄腕アトム」でも、実写や各時代のアニメ、——私は、「ジェッターマルス」も「鉄腕アトム」だと思っていますが、——は、原作「鉄腕アトム」というものとどう向き合うか、という問題に出した答えだと思うんですよ。今回の「ジャングル大帝」もそういったものの一つだと思っています。
今回の作品は、手塚治虫が過去の権威みたいになってしまって、神棚に祭り上げられているこの時代にやらなければいけない、しかも子供向けのアニメーションが、夜7時のゴールデンタイムからほぼなくなってしまったこのご時世ですよ。そうすると、アニメファンではない世間一般の人々が見るアニメーションは、「サザエさん」や「ドラえもん」「クレヨンしんちゃん」「ちびまるこちゃん」になっちゃった、と。実は、そう言う意味ではアニメーションは衰退しているんですよね。ある世代に向けて収束しているから。
それでいながら、ケーブルテレビでは過去のアニメや、トムとジェリーなどの海外のアニメーションが、常にどこかでかかっていたりする。こういう状況を踏まえたうえで、もう一度「ジャングル大帝」を作る、ということが大事になるわけですよ。
だから、もし4、5年後に同じような課題を与えられたら、また違う答えを出すしかないと思います。
谷口: 最初は、どうしてもできなかったです。今のご時世で手描きのアニメーターを目指す人、というのは、自分の将来をどう思っているんだろう? というところから会話を始めるしかなかったですから。これから先、手描きのアニメーションの数が減ることはもう、目に見えているじゃないですか。それは、お客さんが求めているから、というよりは、制作進行が追いかけきれなくなるからだと思っているんですけれども。結局は人ですよね。
進行さんにしたって一日に二十か所をまわるよりは、三か所のほうが良いにきまってます。となると、まとまった数で仕事をうけてくれる大きなところです。CGスタジオであれば、会社単位で仕事できますから、個人作業の手描きって不利ですよね。観客の皆さんにしたって、ゲームや映画でCGにどんどん慣れていく。そうしたときに、手描きのアニメーションで残っていくためには、ブランドになるしかないと思うんですよね。本当に、技の限りをつくした伝統工芸としてだったら、技を極めたスーパーアニメーターがずらっとそろったところで劇場アニメをつくるか、もしくは手塚プロダクションのように、「ジャンピング」のような実験アニメーションをつくるか、という世界ですね。宮大工みたいなものかもしれません。
谷口: そうでしょうね。もはやお客さんは手描きを求めていませんから。…これを言うと、いつもアニメーターと言い合いになるんですけれども、1990年代ぐらいまでは、お客さんも作画監督や原画マンごとに、テレビシリーズアニメのキャラクターの顔が違っていることを味だとして受け止めていたんですよ。「今日は誰々が作画監督だ」とか、「あのパートは原画のダレソレだ」とか、作画監督や原画マンを、誰がやっているか、見て当てることができたんですよ。今考えると異常な能力なんだけど(笑)。
ところが、2000年代に入ってから、お客さんがちょっとでも作画監督や原画さんの主張が入ると、「作画崩壊」というようになったんです。「作画が崩れている」と。なぜそういう事を言い出したかというと、家庭用ゲームで、3D映像を見ることができるようになったからじゃないか、と私は考えています。
もう一つは、アニメーターなのに描くのをめんどくさがるひとが増えたんですよね。「こんな線が多いのはいや」とか「こんな大変なカットは描きたくない」とか。言ってしまうと、作業員になってしまっているんですよね。ああ、手塚プロダクションのアニメーターさんは違いますよ。これは、先ほど言った風潮に対して瀬谷さんがかなり強い危機意識をもっておられるからだと思います。まず、職人としてやるべきことをやる。そういうところを若手のスタッフに説明しようとされていますよね。
谷口: これだけ大量の動物をだしても怒られない(笑)。普通どの制作会社でも、こんな企画はとおりませんよ。動物を描くのはそれぐらい技術的に大変ですから。
人間が普通に歩くシーンは、だいたいどの作品にも出てきますから、それに対してどうこう言わなくても、大概のアニメーターさんはすぐ描けるんですよ。
ところが、動物が走っていたり、鳥が飛んでいたりというカットって、そんなにないんですよね。いちおう、マニュアルは存在しますが、それは各アニメーターさんの身体に染みついているマニュアルではないんですよ。とすると、アニメーターさんの作業効率も落ちますよね。
古谷:20年ぐらいアニメーターとしてやっている方でも、外の方だと一回も動物を描いたことない、とか、鳥を描いたことがない、というひとはものすごく多かったです。そう言う意味では、描ける人は手塚プロダクション外で探すのは難しいでしょう。
谷口: 他の作品で動物を出す場合は、出来るかぎり止めにします。もしくはリピートで動かせばできるようにするとか、出来るだけローカロリーで済むようにします。それぐらい難しいのです。
古谷: それは、定期的に「ジャングル大帝」をやっているからでしょうね。手塚作品は動物が出てくるケースが多いですからね。たとえば「火の鳥」のように自然をベースにした作品が多いので、描いたことがあるんですよ。それから、以前の『ジャングル大帝』の頃にかかわっていたスタッフが今回の作品も携わっていたりする、ということが大きいんじゃないでしょうか。
谷口:「継続は力なり」ということばがありますが、この場合は個人としての継続ではなくて、手塚プロというスタジオが継続していたからこそ、繋がった力だと思います。
谷口: そうとう超特急で作っていますよ。
8月あたりに顔合わせして、「なんか作らなきゃ」という段階から、その一年後には納品が終わっているわけですからね。テレビ局の企画会議から、ヘタをしたら一年ないんですよ。
古谷:最初にお会いしたのは2008年の夏頃だったと思います。
谷口: 大変なのは分かりきってるんですよ。スケジュール的にも大変だし、手塚プロダクションにそこまでの体力があるかどうかもわからないし。
古谷: 普通の30分のテレビシリーズ1本をつくるのに、2ヶ月から3ヶ月でつくるとするなら、この作品で実際に作画にかけていた時間は、その倍は無いはずです。
谷口:よくできたなあ、と思います(笑)。さらに、動物がたくさん出てくるという制約もありますし、他のアニメ会社じゃ無理だったと思います。
谷口:それはないですね。もともとこのスケジュールでやるということは分かっていたので、スケジュール内でやれることという枠で作っていくというか。
ただ、スケジュール内の枠があって、その八分目ぐらいで作る、というのは気持ちが悪いわけですよ。なんらかの枠があれば、その一杯を使って作りたいんですよね。ここが、チキンレースになるわけです。限られた人員とスケジュールの中で、ギリギリのところがどこかを探る、みたいな。今回はこのへんがぎりぎりだったんじゃないですかね。
古谷:ケンカの話で言えば、とりあえず進めなければいけないので、ケンカする事項もあまりなかったと思います。監督がどう思っているかは分からないですが。
谷口: もし、ケンカが起きるとすれば、制作が私に対して嘘をついた時だと思うんですよ。たとえば、「ぎりぎりいっぱいの枠」がどこなのかを制作側が正直に開示していなければ、怒るとおもうんですが、今回はそれは無かったですね。これがいっぱいいっぱいです、という説明もありましたから。
谷口:そういったことが、ある種、この仕事の醍醐味なんですよ。毎回、ぎりぎりのところでやっているわけだから、何かがあったら、海外に高飛びするしかないんですよね(笑)。テレビ放送だから、穴が開いちゃったら「ごめんね」じゃ済まないわけですよ。
だから、あの伝説の『マリンエクスプレス』みたいに、放送しながら次のロールを持ってきました、ぐらいのことをやってみたかったんですけど。
古谷: やめましょうよ! それをやられたらボクはいまここにいなかったと思います!
谷口:そう言った、ギリギリのギャンブルというか、これはどの制作会社でもどの作品でもありますよ。制作側はゆとりがほしいと思っていますが、対してスタッフからすると、やりがいや、職人としても満足度があるわけですよ。それを現状とすりあわせて、どのあたりに着地させるのかというのは常にせめぎあわねばなりませんね。
どの漫画家さんも、いつも締め切りギリギリまで頑張っているじゃないですか。それと同じだと思います。
谷口:こんなこと言っちゃっていいのかなあ…。「きりひと讃歌」とか「シュマリ」「アラバスター」をアニメ化してみたいんですよ。もし、手塚プロの方でOKであれば、どうでしょうか?
いろいろ言いはしましたけど、学生時代から読んでいた手塚作品にかかわることが出来たということは、うれしいことでもあります。と同時に、それは一つの責任を背負ったということも承知しています。とにもかくにも、今回の仕事では良い勉強をさせていただいたし、なかなか普段会えないような方にも会わせていただいたりということもありましたので、この仕事で得た経験もふまえながら、また頑張っていきたいと思います。そうそう、もし、『ジャングル大帝』をまだ見ていないかたがおられたら、これを機に見ていただければ幸いです。古谷: 今回の『ジャングル大帝』という作品が、いままでの手塚原案のモノを映像化したものとテイストが違うと感じています。それがもともとのファンのひとにも受け入れられて、楽しく見ていただけたら嬉しいですね。