『海の姉弟』は、戦争がもたらした悲劇と、環境破壊への警告を大きなテーマとして力強く打ち出した短編作品です。比佐子と良平は、小さな漁村に2人きりで暮らす姉弟。この物語は、両親のいない2人が、生計をたてるためにオニヒトデを捕獲しているシーンからはじまります。海中の幻想的な風景や、ヒトデの捕獲という特殊な設定は、この作品に一風変わった現代劇として不思議な雰囲気をあたえ、読者を誘い込みます。ある日、自分達の出生について疑問をもった良平は、母親が残した日記を読んで、自分達の父親がどこの誰かもわからない米兵である事を知りました。その夜、彼より先にこの事実を知っていた比佐子に、ふざけたようにキスをする良平。一つの運命を共有する事で、2人の結びつきがより深くなったと同時に、「性」へのステップをひとつ上がる事で、良平の成長を表現した印象的なシーンです。そんな時、比佐子の身辺に恋人の影が見え隠れするようになり、姉弟の関係にも溝ができはじめますが、やがて自分達の海が開発によって破壊されるにいたり、ふたたび強く結びつくこととなるのですが…。沖縄という島の小さな村の中で、まわりから孤立して暮らす一組の姉弟。なぜ彼らがそのような運命を背負って生きていかなければならなくなったのか。そして母親が愛した海を失う事になったのか…。そこに手塚治虫の訴えたいテーマがあるのです。ぜひ、じっくりと考えながら読んでみて下さい。
1973/09/17 「週刊少年チャンピオン」(秋田書店) 掲載