1957/01-12 「小説サロン」 (講談社)連載
「雑巾と宝石」は、SF風味の、一風変わった設定による中編作品です。
ある交通事故をきっかけに、映画スターの宝石之(たからいしゆき)と、雑誌社の女性事務員・象野キン子の2人は、車にぶつかるたびに美しい容姿と醜い容姿が入れ替わる体質になってしまったのです(ちなみに作品タイトルは、この美醜を比喩表現したもの)。
そうなると、それまで美男子スターとしてチヤホヤされていた石之は、一転してまわりから粗末な扱いを受け、また絶世の美女となったキン子は、それまで彼女に見向きもしなかったまわりの男性を骨抜きにしていきます。これに、石之の彼女やキン子の憧れの人・土雷栗仁(どらいくりにんぐ)が絡み、次から次へとドタバタが巻き起こるのですが、ストーリーが進むにつれ、みせかけの「美」によって翻弄される登場人物たちの姿に、思わず考えさせられてしまうのです(皮肉にも、日ごろ邪険にしている、不美人なキン子と同一人物とも知らず、美女に変身したキン子に想いを寄せる土雷のかなしさなど…)。
それにしても、車にぶつかると容姿が変わる、というのもかなり突拍子もない設定で、手塚治虫の発想法とはどうなっているのかと、つくづく考えてしまいます。主人公の2人は、容姿を変えたいと思うたびに車にぶつかることになるわけで、漫画の登場人物とはいえ何ともお気の毒な話です。
なお、映画好きの手塚治虫らしく「去年の夏突然に」「女はそれをがまんできない」「ベン・ハー」など、懐かしいタイトルが頻繁に登場します。また、宝石之の出演する映画撮影風景は昭和30年代の日活アクション映画あたりがモデルのようです。映画に詳しい方は、細部にさりげなく配置された映画ネタを探しながら読んでみるのも楽しいでしょう。