突然、描きもしなかった絵を描き出した――。
交通事故による記憶障害を抱えながらも、音楽家・画家として活動を続けるGOMAさん。自身の活動20周年を前に開催される『GOMA個展~再生~』では、「再生」をテーマに、まばゆい色彩と無数の点からなる緻密な点描で描かれた「火の鳥」を初発表されます。
今回の虫ん坊では、GOMAさんのご自宅兼アトリエにお邪魔し、展示についてお聞きすると共に画家活動にまつわるお話や、「火の鳥」とGOMAさんの不思議な縁についてうかがいました。
1998年にオーストラリア・アーネムランドにて開催されたディジュリドゥ(*1)コンペティションにて準優勝。ノンアボリジナル奏者(*2)として初受賞という快挙を果たす。
2009年、海外にも活動の幅を拡げ勢いに乗っていた最中、交通事故に遭い、高次脳機能障害の症状が後遺し音楽活動を休止。
事故から2日後、突然緻密な点描画を描きはじめる。絵を描かずにはいられない衝動は止む事はなく、画家としての活動を開始し全国各地で絵画展を開催。
2011年、音楽活動を再開。
現在もディジュリドゥ奏者、画家としてのみならず、講演会など多岐に渡り活動中。
*1 ディジュリドゥ…5~6万年前、オーストラリア大陸の先住民族アボリジナルが使い始めたと言われる楽器。世界最古の管楽器ともいわれており、祝いの儀式や治療に使われていた。
――――事故の2日後に突然絵を描き出したと伺いましたが、不思議ですね。
GOMAさん :(以下、GOMA)
事故のこと、特に前後のことは全然記憶になくって。絵を描き出したときのことも覚えていないんですよね。
意識が戻って家に帰ってきて、たまたま置いてあった娘の絵の具を見て、それで突然描き始めたみたいです。その時は、絵の具は自分のもので、自分のことを画家だと思っていたみたいで。小学校・中学校の授業以来、絵なんて描いたこともなかったんですけどねぇ。脳に傷がつくと、そういう突然何かを始めるという事例が多いみたいで、脳科学的にいうと、もともとそれが脳に潜在していた力らしいんです。人間は成長につれ、実はいろいろな能力を無意識にブロックしてしまうという解釈がされているんですが、僕の場合、そこのストッパーのかわりをしていた神経が切れてしまったから、その力が引き出されてしまった。
――――人間の脳は一部分しか使われていないとよく言われていますが、そういう秘められた能力が眠っているということなんでしょうか。
GOMA :
絵を描くこと自体が脳のリハビリの一環になっていたみたいで。最初はそういうことを何も考えずに描いていたけど、今は病院でも絵を描くリハビリのプログラムが実際に行われているようです。
もしかしたら、自分で自分の脳を治癒しようとして、脳が勝手に絵を描くことを本能的にはじめたっていうこともあり得るのかもしれないですね。人間って、そういう直感的に自分の体をよくするためにやろうとする行為ってあると思うんです。風邪気味のときに油ものを受け付けなくなったりとか。
――――脳を修復しようとして、無意識に行った行為だったという。
GOMA :
脳の神経の一部が切れたりすると、より本能的な部分だけで生きるようになるから、今の僕のライフスタイルは動物的な感覚に近いのかも知れません。何か計算して物事を進めようとしても全然できないので、計画的に考えて描くというよりも思いついたままに描いています。絵を描かないでいると、だんだん脳が混線してきて思考のまとまりがなくなってきてしまうので、常に絵を描いていたい、点を打っていたいんです。
もともとはディジュリドゥ奏者として活動をしていたのですが、意識が戻って家に帰ってきたときは、楽器を見てもそれが一体何なのかもよくわからなくなっていて、自分が音楽をやっていたことすら思い出せなかった。でも、点を描き続けているうちに僕がやっていた音楽の持つグルーヴな感覚も戻りつつあって、リハビリを重ね、事故から2年後には音楽活動にも復帰できました。
――――当時は、どういうものを描いていたんですか?
GOMA :
最初から点描画で、ただひらすらに点を打っているような感じ。今見ても何を描いたのかわからないような、抽象的なものでしたね。形のなかったものが、3年、5年、6年7年と経つにつれて徐々に形になっていったんです。
――――形になってきたものというのは、GOMAさんご自身が見てきた風景ですとか、なにかモチーフがあったのでしょうか。
GOMA :
富士山だったり海だったり、風景が多かったですね。自分が過去にどこかでみた風景とか物だったり、事故以前の記憶と関係があると思います。モチーフを描きだすというのも、脳が回復に向かっているというサインだったみたいですね。初期のころからの絵を並べてみると、脳が修復されて、治癒されていく過程が良くわかるとお医者さんもおっしゃっていました。僕が描いているものは、脳科学を研究している方からするととても貴重なデータだそうです。
最近は、自分が一番今描きたいもののモチーフとして、自分が意識のない時に見ている世界をすごく描きたいと思っていて。事故の後遺症で、度々脳けいれんが起きて倒れてしまうことがあったのですが、一度意識を失って、そして意識が戻るときに通る世界というのがあるんですよ。白いひかりの世界みたいなもの。その光を抜けると、手とか足とかの感覚が徐々に戻ってくるんです。
そのひかりの世界を描きたい。それが、自分の中でここ何年かの作品テーマになっています。
――――それは、今回の展示にもある「ひかり」シリーズですか?
GOMA :
そうです。あれが、僕がいつも意識がなくなった時に見ている世界を描いているシリーズ。そういう世界に行って戻ってくることを繰り返すことで、僕はひかりの世界のイメージをだんだん具体的に描けるようになっていて、あのひかりは、たぶん人間の「意識」そのものなんじゃないかなと思うようになりました。
以前、NHKの番組で脳科学者の茂木健一郎さんとご一緒した時に、絵を見ながらそのことをお話したら、脳科学界でもその意識の世界を解明しようとしているということをおっしゃっていましたよ。
――――意識を手放したときに見える世界を描くというのは、なかなかないことですよね。
GOMA :
体験しないと、これは描けないものなんじゃないかな。
意識が体から抜けてしまうと、体はそこにあるし心臓は動いていて、ちゃんと生命維持活動はしているんだけど、まったく体が動かせないんですよ。意識が戻ってくることによって、ちょっとずつ腕と足の先から感覚が戻ってきて、動かせるようになる。
――――うーん、どういう感覚か想像しがたいですね。幽体離脱とか、夢を見ているような感じなのでしょうか?
GOMA :
ひかりの世界を抜けるときは、そういう感覚にも近いですね。
事故後は、記憶がまちまちに残っている感じなんですよ。20年前ぐらいの学生時代のあたりとか、昔の記憶は残っていたんですよね。仲間とお酒を飲んで騒いで楽しかったな~っていう記憶とか。現代に近づくにつれて、どんどん記憶が薄れていて。
あの事故から突然いろんなことができなくなって、世界の見え方もガラリと変わったんだけど、事故から8年経った今、あの日があったから今があるというふうに、ポジティブに自分を奮い立たせられるようになりました。
火の鳥も、あの日がなかったら描いてなかったと思うし、そもそも絵を描くこと自体にも出会ってなかっただろうし。今日、こうして皆さんにも会うこともなかったかもしれない。そう思うと……すこし前までは、事故に対しては恨みしかなかったけど、それによってすごく成長させてもらえたというか、新しい世界に出会えたし、新しい自分の能力を引き出してもらえた。最近はちょっとずつ、ありがとうと思えるようになってきたんです。
GOMA :
手塚先生の『火の鳥』には、登場人物がひかりに導かれていくという描写がたくさんあるんですよね。復活編のこことか、本当に近い。僕の絵とも近いでしょ?(笑)
――――たしかに! GOMAさんのおっしゃるひかりの世界というのも、こういう風に見えているんですか?
GOMA :
そう。復活編の冒頭なんかは、本当に近い。『火の鳥』には、こういうひかりに導かれるという描写が本編に度々出てくるものだから、もしかして手塚先生も僕と同じように臨死体験みたいなことを経験したことがあるんじゃないのかな? と思ったぐらいでした。
――――以前から『火の鳥』は読まれていたのでしょうか?
GOMA :
唯一、家に全巻そろっている漫画が『火の鳥』だったんですよ。あまり漫画は読まないんですけど……それもなんか縁を感じるなと思っていて。事故の後、家に置いてあるので何気なく読み返していたら、あれ、これ僕が体験していることと似ているなと思って不思議に思ったんですよね。 2010年に初めての個展を東京の青山で開催した時に手塚るみ子さんが来てくださって、僕の絵を見てくれた時にそういう話をしたんですよね。それが、今回僕が『火の鳥』を描くことに繋がりました。
――――手塚るみ子は、当時のことを振り返って、画家としてのGOMAさんは今までのディジュリドゥ奏者とはまた別次元のクリエイターとして見えて、今ここに新しいGOMAさんが生まれたんだという実感があったと語っていました。
GOMA :
嬉しいですね。事故によって意識がガラリと変わって、言うなれば別人になったような感覚もありました。元々のGOMAの人生というものがあったけど、また別人に生まれ変わって、それでまたGOMAの人生という道を歩むという……自分で自分の人生を再び一から学ぶというか。自分自身のことなんだけど、こういう人生もあるんだな~って、一歩下がって客観的に見ているような感覚も生まれたんですよ。そういう話も、『火の鳥』の中にありますよね。輪廻転生している感じ。そういうお話も以前るみ子さんとさせていただいて、まさに『火の鳥』GOMA編だねなんていうお言葉をいただいたりもしました。
――――キャラクターを描くのは初めての試みとのことですが、特別に意識したことはありますか?
GOMA :
まずは手塚先生に近づこう! と思って、先生が生まれ育った宝塚市や、住んでいた土地とか、千吉稲荷神社(*3)や天河大弁財天社(*4)とか、るみ子さんからゆかりのある情報をいただいてあちこち巡ってきました。手塚先生はとても長い時間をかけてライフワークとして『火の鳥』を描き続けていたので、半端な気持ちで向き合っちゃだめだなと思い、手塚先生のルーツをたどりながら、どういう気持ちで漫画と向き合っていたのかを探って、手塚先生が漫画に込めた想いに自分がいかに沿えるかということを考えました。最初はただ単にキャラクターをなぞる様に描いていたんだけど、描くにあたって、もう一度原作を深く読み返したり、手塚プロダクションの新座スタジオにも何度かお邪魔して、カラー原画を見させてもらったりとか。
僕の感じたひかりの世界に火の鳥が舞うというのが一番自然に、火の鳥と僕の絵の融合が綺麗にできるんじゃないかなと思いました。
実はるみ子さんから、GOMAさんが『火の鳥』を読んで感じたままを描いてほしいから、キャラクターの造形とかにはこだわらず好きなように描いてほしいというふうにおっしゃっていただけたのですが、僕的にはあんまり火の鳥の形を変えたくなかった。手塚先生の想いを背負った火の鳥はそのままに、僕の感じた光の世界に舞うように描きたかったんです。
『火の鳥』シリーズは、2m×2mの大きい作品が3つと、1mくらいの作品が5、6点ぐらいあるかな。会場の広さの関係で、全部は展示できないかもしれません。火の鳥は描いていてとても楽しかったですよ。ハマりそうなぐらい (笑)。
*3 千吉稲荷神社…手塚治虫が少年時代に昆虫採集をした神社。「手塚治虫昆虫採集の森」という記念碑も設置してある。
*4 天河大弁財天社…火の鳥伝説があるという、火の鳥ゆかりの地。芸能の神様を祀っており、角川春樹事務所版『火の鳥』の企画の一環で集まった読者からの『火の鳥』ファンアートを手塚治虫自ら奉納しに行ったという。
――――これを機に、ぜひ、他のキャラクターも!
GOMA :
手塚作品でいえば、『ブッダ』も読んだので、次は『ブッダ』もいいですね。
神様や精神世界を描いていて、本来は神様に捧げる楽器であるディジュリドゥの奏者としても繋がりを感じますし。
『火の鳥』も『ブッダ』も『ブラック・ジャック』も、手塚先生は他の連載だってたくさん抱えていたのに、なんでこんなストーリーを思い描けたんでしょうね。
――――今回の『GOMA個展~再生~』は、活動20周年という大きな節目での開催となりますが、ズバリ、展示のみどころはどういったところなのでしょうか。
GOMA :
人間の生命力、人間が持っているポテンシャル、潜在能力を感じてもらえるんじゃないかなと思います。基本的には、「ひかり」シリーズをはじめここ2・3年で描いた未発表作品で構成されて、過去最大の規模で展示します。
今の僕の脳は、記憶障害やさまざまな健忘症状が出やすくなっていて、社会復帰がとても難しいから、事故の後は余生をどう楽しむかを考えたほうがいいんじゃないかというふうに言われてきたので……。でも、心のなかで何かそれは違うよな、とずっと考えていて。また絶対、自分と社会が繋がることができるはずと自分の中で直感的にずっと信じていました。そこを信じ続けていたから、ちょっとずつこうやって復帰できたのだと思うし、こういう形でまた社会に再生していくこともあるんだよ、っていうのを個展を通じて知ってほしいです。
意識の向こう側の世界に旅して戻ってきている人ってそういないと思うので、そういう不思議な世界を可視できるという意味でも、面白いんじゃないかなと思います。
――――今回の展示の「再生」というテーマは、『火の鳥』とリンクしている部分もあるのでしょうか。
GOMA :
それはありますね。僕は、火の鳥は人間たちの精神的な部分でも肉体的な部分でも再生させるような存在だと思っていて。
永遠を求めてしまうというのは、人間が生死に向き合った時に考えることだし、みんな火の鳥を求めて追いかけている描写を見ると、自分も生死の問題に向き合っていかないといけないなという気持ちにさせてもらえますしね。手塚先生は、戦争を体験していたりご自身もお医者さんを目指していたというので、そういう生死に関わる描写がとても多いというのも僕の描きたいテーマとリンクしているところがあります。
GOMA :
実は、火の鳥を描いてみないかというお話をるみ子さんからいただいたのは、もう3年ぐらい前のことなのですが、当時は自分の脳の状態とか、体調的な部分が優れず、また倒れたりもしてしまって、なかなかトントン拍子にいかなかったんです。音楽のほうの作業も途切れ途切れだったり。やっと去年ぐらいから、だいぶ普通に動けるようになってきて絵も順調に描くことができ、ある程度作品数がまとまってきたなと思ったのが今年のはじめで。それが、たまたま来年20周年を迎えるという、ちょうどいいタイミングに重なったんです。
展示自体が、火の鳥の生命のパワーを感じられる空間になっていて、そこに火の鳥の持つ「再生」の力と、僕の再スタートという意味も詰まっているような展示になるんじゃないかな。とにかく、足を運んでいただきたいなと思います。
火の鳥を描けば描くほど、感情が湧き出てくるんですよね。次に描きたイメージが見えてくるというか、次はここに火の鳥を飛ばしたいっていう、次はこういう世界を旅をするんだろうなっていうイメージがどんどん湧いてくる。
――――火の鳥は、いろんな時代や世界を飛んで、人々を導いていますからね。
GOMA :
僕も、現代の『火の鳥』の登場人物の1人かもしれないですね。ちょうど良い時に、火の鳥が僕のところへやってきてくれたんだな、と思います。
『GOMA個展~再生~』
2017年12月13日(水)~12月26日(火)
会場:東京都 新宿高島屋 10階 美術画廊
時間:10:00~20:00
料金:無料
会場では、Tシャツ、ハンカチといった「火の鳥」×GOMAのグッズも販売される予定です。
GOMA活動20周年を記念し、来年1月より、ライブ、絵画展示、講演会、ワークショップ、『フラッシュバックメモリーズ』3D上映など、様々な形で全国47都道府県を網羅するツアーを敢行。
キックオフパーティーとして1月27日、東京WWW、2月4日に大阪NOON+CAFEにて「GOMA&The Jungle Rhythm Section ワンマンライブ」が決定!
詳しくは公式サイトをご確認ください。
公式サイト
GOMA & The Jungle Rhythm Section:http://gomaweb.net/