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虫ん坊 2014年3月号 特集2:bjリーグ・埼玉ブロンコス代表取締役社長 成田 俊彦さんインタビュー

虫ん坊 2014年3月号 特集2:bjリーグ・埼玉ブロンコス代表取締役社長 成田 俊彦さんインタビュー

bjリーグ・埼玉ブロンコス代表取締役社長、成田俊彦さん。

 日本のプロバスケットボールリーグ、bjリーグにブラック・ジャックがマスコットキャラクターとして採用されて5年、近年では、選手をキャラクター化するなどの展開も広がっています。
 今月の虫ん坊では、手塚プロによる選手イラストもグッズなどで採用し、2月2日の新座市民応援デーでピノコとアトムが試合会場に登場、応援したことでも記憶に新しい、埼玉ブロンコスの成田俊彦代表取締役社長に、コラボレーションの取り組みについてお話を伺いました!


関連情報:

埼玉ブロンコス 公式WEBサイト



●コラボレーションのきっかけ

虫ん坊 2014年3月号 特集2:bjリーグ・埼玉ブロンコス代表取締役社長 成田 俊彦さんインタビュー

「今年のチームはいい意味でも、悪い意味でも、いい子ぞろい、と言う感じ」「ブロンコス」とは、暴れ馬のこと。由来どおりの、もっとはじけた選手もほしいところ、とのこと。

――bjリーグとのコラボは、はじめは『ブラック・ジャック』の略称が「BJ」であることと、リーグの名前の偶然の一致から、弊社からお声がけをさせていただいていたものと思いますが、埼玉ブロンコスでは選手の似顔絵のキャラクターも登場しています。

成田俊彦さん(以下、成田): はじめは、ピノコが各チームのユニフォームを着ているキャラクターが始まりでしたよね。キャラクターのガチャガチャがあったらいいね、という話題は以前から社内で出ていました。
 ピノコのコラボレーションは2008年から始まっていて、リーグ全体のマスコットキャラクターにピノコがいたことは知っていましたし、担当の営業一部の内藤部長さんが、たびたび所沢の試合を見に来てくださっていて。そこで、着ぐるみのピノコにうちのユニフォームを着せて、出てもらえないか、という相談をしました。

――今年も2月2日にアトムとピノコが登場しましたね。新座市民応援デーも定着した感じがします。

成田: 本当ならば、所沢市でも航空発祥百周年でイベントを予定していた2011年に、所沢でのホームゲームで、その際にピノコにも登場してもらう、というはずだったのですが、東日本大震災があり、すべて中止となってしまいました。うちの試合も3月11日以降、ゲームがすべて流れてしまって。
 その後も仙台などの東北エリアの試合はしばらく中止となりましたし、ホームでの試合も、東京電力による計画停電などの影響で、中止せざるを得ませんでした。被害を受けていない地域での試合をするにも、ホーム&アウェイが成立しないため2011年はゲームを断念せざる得ない状況でした。


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以前紹介した、バレーボール日本代表と同様、選手キーホルダーガチャガチャは人気商品のひとつ。埼玉ブロンコスの試合会場でも購入することができます。ひとつ300円。

――震災はいろいろなエンターテイメントに打撃を与えたのですね。ブロンコスも例外ではなかった、と。?

成田: 一時は会社自体も存続が危ぶまれましたが、よくシーズンにはなんとか復活できました。苦しかったですね。2012年には無事にさいたまスーパーアリーナでオールスター戦を開催することができました。新座市民応援デーもその年から始めています。

――選手の似顔絵のキャラクターは、どういう経緯で実現したのでしょうか。

成田: そのころから手塚プロダクションとミーティングする機会が増えた、という面もありますが、直接のきっかけは、新日本プロレスの選手たちの似顔絵のイラストを、手塚プロダクションのライセンシーミーティングで拝見したことだと思います。そこで新日本プロレスさまとお引き合わせいただいて、まずは、「プロレス+バスケ」というイベントができないか、というお話がありました。2012年に、史上初、という触れ込みで、新日本プロレスとのコラボレーションが実現しました。


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(堀江さんから)今年の埼玉ブロンコスのチームメンバー似顔絵。ぜひ、プレイ中の選手たちと見比べてみて! 「とっても似てます!」と成田さんの太鼓判も。

――アトムマン登場、など大盛況だったと伺っています。

成田: バスケにとってはありがたいイベントでしたが、プロレスのほうは、観客席との距離があるので、お客様がいじりにくかったそうです。観客席との距離感が、プロレスはすごく近いですからね。
 選手ガチャガチャについては、基本的には新日本プロレスさんがやっていらっしゃるものと同じアイディアです。ガチャガチャだと、好きな選手がでるまで何回も挑戦しますよね。交換会もできるし、ブースター(ファン)同士の交流にもつなげられるのでは、と思います。

――選手たちのキャラクターについてはどうご覧になっていますか?

成田: いやあ、似ていますね。特に今年の選手たちは去年以上によく似ていると思います。他のチームのキャラクターも増えてきて、面白いですね。


●埼玉ブロンコスの由来

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日本にプロバスケットボールチームを設立したい、と立ち上がった成田さんでしたが、設立までの道のりは決して平坦なものではなかったそうです。

――埼玉ブロンコスというチームの由来を教えてください。

成田: 始まりは、僕が大学を出て入社したマツダの所有していたチームです。当時マツダの法人営業部の事務所が高田馬場にあり、その事務所でバスケットボール部員が法人営業部の営業マンとして勤務していました。僕も入社して法人営業部に配属となり、営業をしながらバスケットボール部の選手として練習にも取り組む日々でした。「ブロンコス」の名前もそのころからのものです。
 3年で僕自身は選手を引退して、営業の仕事に専念していました。それ自体、とても面白かったんですけれども、バスケットボールの日本リーグプロ化構想が持ち上がった際に、検討委員会に選ばれて、今度は部の運営を手がけましたが、バブル崩壊もあって、3年後には廃部になってしまいました。
 そのままではもったいないな、ということと、僕はプロリーグ化をあきらめていなかったこともあり、選手たちも高いレベルでのチャレンジをしたい、と考えていて、日本リーグとして返り咲くために奔走する中で、私が住んでいた所沢市と相談し、所沢市でクラブチームとして再発足、「所沢ブロンコス」となったのが、今の「埼玉ブロンコス」のはじまりです。


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ブースタークラブ特典のバッジ。

――サッカーなどでは、今では地域密着のプロスポーツチームもたくさんありますよね。

成田: そのときはまだそういうチームはありませんでした。日本初の地域密着型チーム、ですよね。他のチームが会社名を背負ってリーグに名を連ねている中、「所沢ブロンコス」は資本金300万円の有限会社で運営会社を設立しました。
 ところが、その5シーズンの間に、立て続けに日本リーグにも不況の逆風が吹き始めました。46年の歴史を持ち、強豪だった大和証券の所有チーム「ホットブリザーズ」が2000年に休部に追いやられ、リーグ全体が危機感を持っていました。この、ホットブリザーズはNSGグループに移譲され、今の新潟アルビレックスとなります。このころには、徐々にそんな、企業チームじゃないところが増えました。新潟アルビレックスのチームデビュー戦は、所沢ブロンコスが対戦相手だったんですよ。
 そのころから、現bjリーグのコミッショナーの河内敏光さんや、取締役会長の池田弘さんと日本リーグのプロリーグ化についてたびたび話をしていたのですが、そのときの日本リーグがそのままプロ化するのは難しいだろう、という意見では一致していました。新しいプロリーグがなくてはならないだろう、と。それがbjリーグが立ち上がるきっかけとなりました。


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売り場の雰囲気。各種ブロンコスグッズや、埼玉県のマスコット「コバトン」グッズなども買えます。

――bjリーグの準備はどれぐらい掛かったのでしょうか。

成田: 2003年4月がスタートですから、準備は4、5年で行いましたね。発足当時は所沢ブロンコス、新潟アルビレックスふくめ6チームでした。
 それまでは、チームの資金的なところは、企業が支えていましたが、bjリーグのチームはみな、ゲームの入場料や広告収入などで稼がなくてはなりません。ましてや、それまでは、権利ビジネスなどやったこともなくて、グッズを販売する、という発想自体がなかったですね。手塚プロのような会社とコラボすることは心強いです。

 残念なのは、サッカーのJリーグに先んじてプロ化の話はあったのに、紆余曲折で時期を逸してしまったことでしょうか。日本リーグがあったころから、『スラムダンク』が人気だったり、アメリカのスター選手・マイケル・ジョーダンが注目されていたりしたので、もう少しプロリーグ化が早ければ、Jリーグと双璧をなす人気プロスポーツに成長していただろうな、と思うと少し悔しいですね。


●漫画とスポーツの相乗効果

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埼玉ブロンコスのマスコットキャラクター、キズナくん。

――今、『スラムダンク』のお話もでましたが、漫画の影響から、競技人口が増える、という現象はありうるのでしょうか。

成田: 漫画からの良い影響は、やはりたくさんあります。井上先生がああいった形で描いてくださったのは、われわれとしてはすごくありがたいですね。
 井上先生は、バスケットボールになにか恩返しをされたい、として、「スラムダンク奨学生」という制度を立ち上げられました。
 去年までは地元埼玉の出身者を取りたくても取れなかったブロンコスに、今年は埼玉県出身者が練習生として入ってきました。3年から4年、経験をつまなくてはいけないですが、地元を盛り上げる出身選手は多く獲得したいですね。
 今年ロスター(選手名簿)入りした山崎稜は、埼玉の昌平高校を出た後、スラムダンク奨学生制度をつかって、2年アメリカのプレップスクールに留学していた経験があります。本場のバスケを経験してきた、というのは彼の強みですよね。漫画はフィクションだが、その影響力はフィクションではなくなってきています。

――ピノコなどのキャラクターコラボもそうですが、選手に親しみを持ってもらう手段になればうれしいですね。

成田: バスケットボールは、中学や高校で体育の授業に取り入れられているし、部活も力を入れている学校は多いです。競技者人口はもともと多いのですが、プロリーグのファンというと、やはり自分もプレイしているという人がまだまだ多いです。親しみやすいキャラクターを使ったり、ピノコやブラック・ジャックのような、バスケファンでなくても知っているメジャーキャラクターとのコラボレーションで、競技者のみならず、一般人にもファンになっていただけるのでは、と期待しています。


●今後の展望

虫ん坊 2014年3月号 特集2:bjリーグ・埼玉ブロンコス代表取締役社長 成田 俊彦さんインタビュー

バスケットボールといえば、競技人口のポテンシャルは大きいです。今後、若い世代にプロスポーツとして浸透すれば、デビューを目指す人もでてくるはず。キャラクターの露出が、その手助けになれば、と成田さんは考えています。

――今後、埼玉ブロンコスとしてはどのようなチームになっていきたい、と考えていますか?

成田: 僕のイメージでは、たとえば大阪における阪神タイガーズのようなチームです。単なる野球のチームと言うよりも、その土地の文化とも言えますよね。たとえ試合に負けても、愛のある野次が飛んでくるような、本当に地域ぐるみで愛されていますよね。
 埼玉と言う場所は、東京のベッドタウンのような性格もありますが、地元意識は高いと思っています。観光資源が他の関東圏と比べても少ないですよね。埼玉ブロンコスが埼玉をアピールするような存在になれれば、と思っています。
 これからも、手塚プロダクションにもいろいろヒントをいただきながら、チームを育てていきたいです。

――ありがとうございました!






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