埼玉県新座市の、とある閑静な住宅地の一画に、手塚プロダクションのアニメーション制作の拠点、新座スタジオがあります。
1988年4月に完成して以来、手塚治虫の最晩年の仕事場でもあったこの場所では、今もアニメーションスタッフがさまざまな仕事をしています。今月の虫ん坊では、現在の手塚プロダクションアニメスタジオの様子を、各セクションのチーフよりご紹介します!
最上階の一番奥には、手塚治虫のアトリエがあります。
今も、先生が仕事をしていたころとほぼ同じ形で保存されており、テレビや雑誌の取材が入ることもしばしば。
壁の本棚には最新の単行本も追加されていますが、ところどころに手塚治虫が個人的に収集したオブジェや絵などのコレクションがあります。
もちろん、手塚作品のヒーローたちの姿も。「青いブリンク」のぬいぐるみや、アトムや写楽、ハムエッグなどのキャラクターのフィギュアも飾られていますよ!
4階の中央の部屋には、仕上部のスタッフたちがいます。仕上部チーフの川添より、仕上部のしごとについて聞きました。
——仕上部というのは、どんな御仕事をするところでしょうか?
——仕上げのお仕事のどんなところが楽しいと思いますか?
——ちなみに、今はどんな状況でしょうか?
3階には、美術部と作画部の部屋があります。まずは美術部に御邪魔しました。
美術部、って何をするところなのでしょうか? 美術部チーフ、斉藤からの説明を、どうぞ。
斉藤:アニメーションの中には、人物と、場所があると思うのですが、その場所や風景、バックグラウンドを描くのが仕事です。舞台や映画の美術と、仕事の内容は全く同じです。舞台や映像の場合は、大道具とか小道具といったように、分業化されていますが、アニメーションの場合は絵で描いていきますので、全部一緒にやっています。指示された場所はどこであろうが、たとえ宇宙の果てであろうが、描きますよ!
僕がいま担当しているのは、来年公開の劇場作品ですが、劇場のスクリーンは大きいので、ちょっとした筆のタッチまで丁寧に質感に気を使って描いています。
——ある方は山や自然担当、とか、機械類が得意、というような、担当分けなどがあったりするのでしょうか?
斉藤: いいえ、美術の担当者は一通り、なんでも描けるようになって一人前なので、特に描くものによっての担当分けというものはありません。得意不得意というものはないですね。
——ある世界観を描く際に、資料などはどういったものを集めていらっしゃいますか?
斉藤: 世界観を決めるのは美術監督の仕事です。美術監督が決定した世界観に従って、僕らは資料を集めるわけですが、ファンタジックな世界観だったりする場合は、資料が存在しないので自分のイマジネーションだけで世界を構築します。
——美術の醍醐味とは?
斉藤: 背景というのは、観客が直接見るものじゃないんです。感じさせるものですよね。音楽でいえば、キャラクターがメインボーカルであれば、バックバンドのようなもので、その作品らしい雰囲気を作り出すのが、僕たちの仕事です。
作品ごとに、その世界らしさを作り上げていったり、舞台の照明のような役割をになったりすることもあります。証明の当たり方によって、演劇も盛り上がりが違いますよね。
背景のない、キャラクターだけのアニメーションでは、ドラマに入り込めないと思います。
——美術の方が、動画を描く、ということはあるのでしょうか?
斉藤: そこからは、アニメーターさんの仕事になります。たとえば、開いたり閉じたりという動作をするドアを作るとしても、僕たちはドアの質感のテクスチャなどの素材の提供までをします。ですので、動くところは細かく分けて描いておく必要がありますね。
一番大所帯の作画部。いわゆる「アニメーター」というと、みなさん、作画の御仕事を思い浮かべるんじゃないでしょうか。
作画部の仕事について、作画部チーフ・瀬谷に聞きました。
瀬谷:作画部の仕事は、絵に動きを付ける、絵描きの集団です。主にキャラクターを動かしますが、メカだったり、自然現象だったり、動く物はなんでも描きます。
たとえば、部屋の中にキャラクターがいるシーンでは、部屋の背景は美術部が描きますが、その中にいるキャラクターや、キャラクターが持っている小道具などが動く場合は、すべて作画部が描きます。
——今はどのような状況でしょうか? お忙しいですか?
瀬谷:今は常に、いろいろなタイトルを何本か創っている感じですね。ここしばらくは、みんなで一本の作品を作る機会がない状態が多いようです。アニメーターの仕事は、普通のサラリーマンよりは、ちょっとだけ忙しいかもしれません。
ただ、黙々と机に向かっている仕事なので、気楽ではありますね。服装なども自由ですし。ひたすら机に向かって、自分の世界をつきつめていく作業ですから。本当に忙しいときは、静かですよ。
——一日の時間が経つのが早そうですね。
瀬谷:そうですね。ほんとうに早いです。……物創りの仕事って、達成感を求めてやってはいるのですが、なかなかそうはならないものなんですよ。「やった!」と思うのはごくまれで、実は、「しまったな」「あそこをこう直したい」と思うことの方が多いですね。
誰もが知っていることだとは思いますが、手塚先生が、アニメーションが本当に大好きだったんですよ。僕たちはそういう姿を見て学びましたから、アニメーションを楽しむ姿勢は忘れないようにしたいですね。
——作画部は総勢、何名ぐらいいるのでしょうか?
瀬谷:20人ぐらいです。中規模のアニメスタジオ、という感じですね。手塚先生がご存命だった頃より、大勢になりましたね。あの頃はもちろん、作品によってスタッフを臨時でたくさん集めたりもするのですが、常にいるスタッフは、5人ぐらいで。
——普通のイラストと、アニメーションの違いはどこですか?
瀬谷:もちろん、動くか動かないか、というのは一目瞭然ですが、アニメーションというのは、映画の一ジャンル、だと思っていただいていいとおもいます。「映画」と「絵画」という違いということだと思います。僕たちは映画を作る仕事で、そこが、イラストレーターと根本的に違うところだと思います。
アニメーターがイラストを描くか、というと、イラストは描かない、という方も多いですね。僕も、描かなければいけない時は描きますが、イラストはあまり得意ではないですね。一般の人にしてみると、それほど差がないように思われるかも知れませんが、根本的な違いがあると思います。
——ちなみに、お休みの時はどんなふうに過ごされていますか?
瀬谷:そうですね……、仕事のONの時とOFFの時の差別があんまり無くて…。最近は、映画を「聴く」ということをしていますね。仕事をしながら、映画の音声だけを聴くようなことをやっています。音だけを聞いていると、見ているときには発見しなかったことに気付いたりすることがあるんですよ。そこからその映画の創り手の意図を新たに発見したりして、そんなことを楽しんでいます。
——お仕事の一貫みたいですね。
瀬谷:そうですね。やっぱり映画が好きなんですね。本当に休む、というときは、何もしないですごすこともありますが。
制作部では、制作の進行状況やお金の管理などを行っています。膨大な資料や月間予定表の書かれたホワイトボードなどが目立ちます。一番オフィスらしい!?
ところどころ蛍光灯が消えているのは、節電対策です。
今回は虫ん坊としては初めて、手塚プロダクションのアニメスタジオのご紹介をしましたが、いかがでしたでしょうか?
忙しい中、取材に応じてくださった、川添さん、斉藤さん、瀬谷さん、ありがとうございました!