今月の「虫ん坊」オススメデゴンス!は、特集1でご紹介した可愛らしい観光大使サファイアにあやかって、王道少女漫画の雄、「リボンの騎士」をご紹介します!
少女漫画、といえば、甘い恋愛やうっとりするようなサクセスストーリー、または小公女物語的な「みにくいアヒルの子」のようなストーリーに人気がありますが、この「リボンの騎士」にはなんと全部入ってる! 高貴な王女に生まれながら、男性として勇ましく戦っていかなくてはならないサファイア王子のかっこよさとロマンに酔いしれちゃってください!
ぼくの故郷は、少女歌劇で有名な宝塚です。したがって、とうぜんぼくは、少年時代、青春時代を、歌劇の甘くはなやかなふんい気の中で過ごしました。ぼくの作品の登場人物のコスチュームや背景は、かなり舞台の影響をうけていますが、なによりぼくの少女ものの作品は、宝塚へのノスタルジアをこめて作ったものが多いのです。
「リボンの騎士」は昭和二十八年から「少女クラブ」誌に連載したものですが、それ以前の単行本時代に、二つの少女メルヘンを書いています。
「森の四剣士」と「奇蹟の森のものがたり」です。どちらも「リボンの騎士」の習作のようなもので、そのあと「ファウスト」などのコスチュームプレイも書きましたが十四年間もつづいた「リボンの騎士」はその総仕上げです。
といっても、アトムなどと違って、「リボンの騎士」は十四年間に四回、ストーリーの上でおなじようなくり返しをやってきました。つまり、四回別種の「リボンの騎士」の物語ができたわけです。
第一回めのは「少女クラブ」に昭和二十八年から三年にわたって、色ページにのったもので、当時少女漫画にストーリーものがなかったせいで、たいへんうけました。少女バレエ教室でバレエ化されたり、昭和三十八年には、ラジオドラマ化されています。
第二回めは昭和三十三年から一年半、「なかよし」に続編として連載されたものです。これは「少女クラブ」の後日譚で、サファイア姫とフランツ王子は幸福な王室生活をいとなんでおり、ふたりにふたごの子どもが生まれるところから始まります。これはのちに「双子の騎士」と改名されて、単行本になりました。
三回めのは、昭和三十八年から四年間つづいて、同じ「なかよし」にのったもので、これは「少女クラブ」の「リボンの騎士」のやきなおしです。ただ、内容的にすこし違い、「少女クラブ」にメフィストという悪魔が登場したのを、魔女ヘル夫人にかえたり、海賊ブラッドを出したりしています。本編に収録されたのはこの原稿です。
四回めのは、テレビで「リボンの騎士」が放映されたのがきっかけで、「少女フレンド」に七週間連載されたまったく別の物語でしたが、これはあきらかに失敗作で、途中で終わってしまいました。もっとも、ぼくは原案だけで、絵は虫プロの人が代筆したのです。
もう二度と「リボンの騎士」は書かず、思い出として心に残しておきたいと思いますが、最初の「リボンの騎士」の愛読者のかたが、もうおかあさんで、お子さんたちに「リボンの騎士」を見せているというおたよりを、よくいただくので、感慨無量です。年月ははやくたつものです。
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今回ご紹介する「リボンの騎士」は、上記の解説内で三回めとして説明されている「なかよし」連載バージョンです。
基本的には、一回目の「少女クラブ」における連載(『少女クラブ版』)のストーリーとキャラクター設定を踏襲しています。手塚治虫の手によって描かれた「リボンの騎士」としては、最後のバージョンであることから、この「なかよし版」を決定版と位置づけるファンも多いようです。
ストーリーは、天使チンクのいたずらで、男の子と女の子、両方のハートを持った赤ん坊が生まれてしまったことからはじまります。この赤ん坊・サファイアは、シルバーランドの王女として生まれましたが、この国では「女性は王位につけない」という掟があるため、やむなく男の子として育てられることになりました。そこへ、王位を狙う悪者・ジュラルミン大公や、サファイアの「女の子のハート」を狙う魔女・ヘル夫人などがからみ、波乱万丈の物語が展開するのです。
この「なかよし版」の特徴は、「少女クラブ版」と比べ、ページ数が大幅に増えていること。それにより、魔王サターンや海賊ブラッド、女剣士フリーベなど、新キャラクターとそれにともなうエピソードが追加されています。特に海賊ブラッドは、サファイアが恋焦がれるフランツ王子の兄(かもしれない)という大胆な新設定で、ドラマを盛り上げています。
また、この時期は少女漫画のタッチが完成しているため、作画のクオリティも高く、まさに一級品のファンタジーだといえるでしょう。中でも、魔女の娘・ヘケートのキャラクターデザインをより性格に則して変更しているのは、作画上の大きな成功の一つです。
少女漫画の黎明期には、女性漫画家の不足から、多くの男性漫画家が活躍していましたが、その中でもやはり手塚治虫の存在感は群を抜いていました。そんな手塚治虫の少女漫画の代表作「リボンの騎士」は、戦後の少女漫画史を語る上でも、はずせない一作であり、手塚ファンを自認する方であれば、ぜひ「少女クラブ版」「なかよし版」ともに一度読んでおきたいものです。