手塚るみ子さんが案内役となって手塚先生の大好物をご紹介するこのコーナー、5回目の今月は、高田馬場の洋食屋「青樹」をご紹介します。仕事場の目の前という利便さはもちろんのこと、何よりも料理の味を気に入り、常連客となった手塚先生は、お店のスタッフの方とも非常に親しくされていたそうです。


↑店の入り口に飾ってあるサイン色紙。貴重です



↑ キープしてたボトルが未だに残ってて感激!

 グルメ・ド・オサムシ 5
「『青樹』の渡りガニのグラタン」

 高田馬場の、以前手塚プロがあったセブンビルの前に、「青樹」という小さな洋食屋さんがある。ここは父が事務所で遅くまで仕事していると、必ず夕食を食べに来くるという、まさに手塚治虫の"行きつけの店NO1"なレストランだ。
  78年にオープンしてすぐ父は店にやってきたという。そして「青樹」の作る懐かしい洋食メニューのなかで、特に『渡り蟹のグラタン』をすごく気に入って、しょっちゅう食べに来るようになったのだとか。 すっかり常連客となった父は、いつも店に入るなり「よっ」と気さくに店長さんへ声をかける。すると店長さんは他のお客さんに気づかれないよう奥の個室へと父を案内する。そんな暗黙の了解が父と「青樹」の間ではずっと成り立っていたのだそうだ。
  父は一人で来ることもあれば、松谷社長やスタッフを連れて会食することも多かった。特に「火の鳥」のアニメを制作していた頃は、頻繁に奥の席がアニメスタッフとのミーティング場になっていたらしい。また私も以前に父と母と兄の4人でこの店に来た事があるのそうだが、どうにも記憶にない。ちょっと申し訳ない気分。
  父のお気に入りだった『渡り蟹のグラタン』は、渡り蟹をそのまま使った具だくさんのグラタンで、渡り蟹と玉葱のもつ自然な甘みがあって、実に優しく懐かしい"我が家のグラタン"といった感じがある。(もちろん我が家では"渡り蟹"なんて贅沢なグラタンはなかったが…)一口食べて「あ、オイシイ!」と思わず言葉が口に出てしまうほどなかなかの絶品だ。「これなら父も夢中になるわな」そうすぐに納得できた。牛乳が苦手だった父も、クラムチャウダーやショートケーキなどは大好物だったし、わりと女性的な味覚の持ち主だった父にとって、この円やかな甘みのある味はまさにピッタリはまることだろう。
  大きな手術の退院後、食事がままならないにもかかわらず、父はわざわざ「ここのグラタンが食べたくて」と店に顔を出したそうだ。死にもの狂いで漫画とアニメに駆けずり回る、そんな日々戦場さながらの父の日常において、時に僅かな息抜き時間にグラタンの甘い味に心を癒したり、店長さんとの他愛ないオシャベリで気分転換したりすることは、再び戦場へと戻っていく父の、どれほど気力をフォローしてきたことだろう。「青樹」の役割は実に大きいと感じてしまう。
「今でも先生が「よっ」と言って顔を出しそうで」そう語っていた店長さんは、その為にも手塚好みの味を変えずに作り続けているのだそうだ。ここに来れば手塚治虫レシピの味を楽しむ事が出来る。今度は父の第2の好物だったハヤシライスを食べに来ようかな。その時はぜひ奥の指定席にも座ってみたい。



↑ 父の指定席だった奥の個室。時にアニメ部のミーティング室?


↑ 支配人の清野さんと料理長の松岡さんと共に

■住所:
東京都新宿区高田馬場4-13-12 柳月ビル2F
■営業時間:
11:45〜14:00
15:00〜21:00
■定休日:
土曜日