手塚治虫について 手塚治虫について

アルバム

手塚治虫を囲んで

ポートレート

Portraits

マンガ家・手塚治虫(1940年代/大阪・撮影場所不明)
漫画家・手塚治虫誕生。ポートレート。

役者気分で(1960年代/東京・撮影場所不明)
キャラクター風なポートレート。

役者気分でその2(1960年代/東京・撮影場所不明)
ヒゲオヤジに扮して。

役者気分でその3(1960年代/東京・富士見台)
自宅仕事場のらせん階段で、探偵のポーズを取る。
雑誌用の写真。

ネクタイ、曲がってますよ(1960年代/撮影場所不明)
ポートレート

役者気分でその4(1950年代/撮影場所不明)
パイロットに扮して。雑誌のグラビア用の写真。

青年時代

Youth

医者を目指して(1945年/宝塚・家の門にて)
大阪大学付属医学専門部入学。

医学生・手塚治(1940年代/大阪・大阪大学付属医学専門部)
大学の医学部にて、白衣姿の治。

役者でもあった(1947年11月27日/大阪・朝日会館)
学生演劇学友座に参加し、舞台に出演する。写真は関西新劇団合同公演『罪と罰』。
ペンキ職人ドミトリ役で出演(左端)。

仕事場で

In the workshop

音楽を愛してます(1954年/東京・雑司が谷)
並木ハウスにて。引越し早々きれいな部屋でご機嫌なところ。
アコーディオンやピアノは得意で、よく弾いていた。

耳男といっしょ(1954年/東京・雑司が谷)
当時の仕事場、並木ハウスにて。
『ロストワールド』の耳男と一緒に

マンガのお勉強?(1954年/東京・雑司が谷)
並木ハウスにて。自著『漫画大学』を手に。

これが三番目の仕事場です(1957年ごろ/東京・渋谷区初台)
初台の仕事場にて。
撮影:M.T.ハヤタ氏

新品の仕事場で(1961年ごろ/東京・練馬区富士見台)
ポートレート。

さらなる未来へ向けて(1988年/埼玉・新座)
完成直前の手塚プロ新座スタジオにて。

虫プロのころ

The Mushi Production era

ウランちゃんといっしょ(1960年代/東京・富士見台)
虫プロダクションのアニメ製作室にて。
漫画の原稿「W3(ワンダースリー)」を描いている。

アトムを描く(1960年代/東京・富士見台)
虫プロダクションで。
初のテレビアニメ『鉄腕アトム』製作中。

アトムに命を吹き込む(1960年代/東京・富士見台)
虫プロの仕事場で、自らアニメの動画を描いている。

アトムを動かす(1963年/東京・富士見台)
虫プロの撮影スタジオで作業を見る手塚。〜珍しくベレーのない写真。
撮影:渡辺尚幸氏

自宅のとなりが仕事場です(1963年/東京・富士見台)
スタジオを前にして。
自宅とスタジオは庭続きだった。

仲間とともに

With friends

漫画少年たち(1951年/東京)
「漫画少年」編集室にて、漫画家・福井英一さんと。

美術の先生と2ショット(1950年代/撮影場所不明)
中学校の美術の恩師、岡島先生と。

人気女優と2ショット(1950年代/撮影場所不明)
少女スター、小鳩くるみさんと。

ラジオドラマになりました(1955年/東京・撮影場所不明)
ラジオドラマ『リボンの騎士』の声優たちと。左端が手塚。

アニメへの夢ふくらませて(1950年代/京都)
漫画家の仲間と京都で開かれた日本映画博を訪れて。

人気女優たちと(1950年代/京都)
日本映画博にて。中央の少女たちは当時のスター。

正義の味方(1950年代/京都)
観光で訪れた映画村で、マンガの登場人物さながらにポーズを取る。

天才画家がふたり(1958年7月2日/東京)
画家・山下清さんを訪ねて。

トキワ荘の青春(1982年/東京)
トキワ荘の解体前に、当時の仲間が再会する。
左から石ノ森章太郎さん、手塚、よこたとくおさん、安孫子素雄さん、鈴木伸一さん、藤本弘さん。

メビウスの和(1982年/京都)
来日したフランスの漫画家・メビウスさん(右より二人め)らを京都、奈良でもてなして。

ちょっと背伸びしました(1982年/京都)
来日したフランスの作家・コルテジャーニさんと。

妖怪に非ず(1986年6月3日/東京)
長男・手塚眞のビデオ『妖怪天国』に神主の役で出演。

おでん神社(1986年6月3日/東京)
長男・手塚眞のビデオ『妖怪天国』に神主の役で出演。

様々な活動

Various lifestyles

アトムといっしょ(1963年9月24日/奈良)
ドリームランドの『鉄腕アトム』のイベントで、キャラクターに囲まれて。

大スターに囲まれて(1978年2月14日/東京・銀座)
帝国ホテルで開かれた実写映画『火の鳥』製作発表会。
右よりコシノ・ジュンコ、高峰三枝子、 谷川俊太郎、手塚、
市川崑監督、若山富三郎、石坂浩二、江守徹、田中健の各氏。

ディズニーアニメの重鎮を迎えて(1978年6月/東京)
日本を訪れたディズニープロのアニメーター、ウォード・キンボールさんをもてなす。

永遠の少年たち(1979年/アメリカ)
ウォード・キンボールさんのお宅を訪ねて。
右端は漫画研究家のフレデリック・ショットさん。

マンガ先生の特別授業(1982年7月/東京・上野)
上野の森美術館で行われたマンガ博覧会’82にて

マンガ王国号(1982年8月16日/東京)
長野県白馬村で漫画集団50周年記念・マンガ王国開催。
国鉄を使ったイベント、マンガ王国号出発式で挨拶する。

マンガの描き方教えます(1983年7月31日/東京・上野)
マンガ博覧会’83でマンガ教室を行う。
ステージでのサービスぶりも有名。

朝日賞を授与します(1988年1月29日/東京)
戦後マンガとアニメ界における創造的な業績により、
昭和62年度朝日賞を受賞。

朝日賞をいただきました(1988年1月29日/東京)
朝日賞のブロンズを手に。

笑顔を創る(1988年8月27日/東京)
川崎市市民ミュージアムに展示される彫刻「笑い」の原型を製作している。