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ミテ☆ミテ

  • フレデリック・L・ショットさんの講演会レポート

  • (2017/02/10)

  •  海外に向けて日本の文化を広く紹介する活動をしている国際交流基金。
     『手塚治虫物語』の英訳版刊行を記念し、他に先駆けて日本のマンガ文化を北米へ紹介したフレデリック・L・ショットさんを迎えて講演会が行われました。モデレーターはマンガ翻訳者であり、北米マンガ文化研究者の椎名ゆかりさんが務めました。
     日本のマンガがどのように海を渡り、世界に広まっていったのか。
     満員の会場のなか、翻訳・評論・講演など40年以上に渡るショットさんの活躍や体験が語られました。
  •  『鉄腕アトム』をはじめ多くの手塚マンガの翻訳を手掛け、生前の手塚治虫とも直接親交のあったショットさん。手塚作品との出会いは、日本の大学に留学していた際、友人から勧められた『火の鳥』でした。

    「その友人から貸してもらうときに、必ず返してね! と念を押されました(笑)。まるで聖典でも受け取るような気持ちになって読みはじめましたね。 自分が20歳頃の多感な時期に悩んだり考えたりしていたことがそのまま描かれていて、これはすごいと思いました。マンガがそのような可能性をもった表現媒体だということをはじめて実感したんです。そこから、すっかりマンガの虜となってしまいました。要するに“ハマった”わけです。そうして、人生が狂ってしまいました(笑)」

     その後、プロの翻訳家として仕事をするかたわら、日本マンガの翻訳を活動主体としたグループ「駄駄会」を結成し、『火の鳥』を翻訳したいと手塚プロダクションを訪れたというエピソードも。その際、偶然にも実際に手塚治虫に会うことができたそうです。
  •  日本のマンガが本格的に北米で出版される以前の1983年に、初著『MANGA! MANGA! The World of Japanese Comics』を刊行。日本のマンガにフォーカスしたはじめての評論書でした。
     東京で行われた出版記念サイン会では、序文を書いた手塚も参加し、当日は長蛇の列ができました。

    「僕の本が1日でこんなに売れたのは最初で最後です(笑)」

     ショットさんが会場の笑いを誘うなか、なんと、当時、そのイベントに足を運んでいたというお客さまが手をあげ、貴重なサイン本を披露する場面も!
  •  手塚はサインをする際、ファンサービスとして必ずイラストを描いていたそうです。
  •  『手塚治虫物語』英訳版(『The OSAMU TEZUKA Story』)は、国際交流基金の翻訳出版助成プログラムの支援を受けて、2016年に米国で出版されました。
     928ページに及ぶ今回の本は、北米では珍しい「情報マンガ」というカテゴリーの作品で、新たに学ぶことも多かったといいます。
     本書は当初、一般の英語読者にも読みやすいようにと左開きで出版する予定でしたが、情報マンガという性質上、文字や写真資料の絵なども入っていることで画像の反転が難しいこと、また北米で日本のマンガが浸透し、読者も右開きに慣れていることを鑑み、日本と同じ右開きにすることになったそうです。
     また、モブ・シーンや、日本の大衆文化に精通していないと分からないようなギャグなどは、ことさら翻訳に苦労をしたそうです。
     圧巻なのは、45ページに及ぶ手塚治虫の全作品年表です。マンガ・アニメはもちろん、年賀状やカレンダーの発売情報なども組み込まれている翻訳となっており、北米の読者にとっては「読み飛ばされるかもしれない」情報ではありますが、全て翻訳がつけられました。
  •  なお、『The Osamu Tezuka Story』は、日本からは、amazon.co.jp等より、入手可能です。

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  • 作品詳細

  • The Osamu Tezuka Story: A Life in Manga and Anime

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