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ミテ☆ミテ

  • 手塚マンガ あの日あの時 第3回:アポロ月着陸と月の石(その2)

  • (2009/06/19)

  • ●手塚の月着陸に対する思い
     前回は、手塚治虫がアポロ11号の月面着陸直後に発表した大人向けの風刺マンガ二編を紹介した。
     二作品とも月着陸をめぐるお祭り騒ぎを皮肉たっぷりに描いた辛口の作品だったわけだが、では手塚は、本当のところ、アポロの月着陸についてどう思っていたのだろうか。
     その問いに対する答えが、当時の手塚のエッセイの中にある。
     アポロの月着陸を全面特集した『アサヒグラフ』1969年8月15日号に寄せられた、『新しい空想の生れる時』と題された文章がそれだ。
    「ガリレオが月をのぞく以前、なんの予備知識もなく素朴に月に空想を走らせた古人は、しあわせだったと思う。月を擬人化した神話など、甘美で奔放な物語は一つ一つ消え去って行き、最近は十五夜の行事すら形式化してしまった。」
    「月をめぐる物語のイメージの貧困さは、近年とくに甚しく、たとえばSF小説などは月を舞台にすることを意識的に避けているほどだという。」
  •  もうほとんど絶望的と言ってもいい書き方であり、こうした幻滅が、前回紹介したような風刺マンガを描かせたのだろう。
     このエッセイの前半で手塚は、16〜17世紀の天文学者ガリレオ・ガリレイや、世界初のSF映画とされるフランスの『月世界旅行』(1902)などを引き合いに出しながら、人類の宇宙に対する知識が増えるにつれて、宇宙への夢や空想が失われていったと嘆いている。

  • 映画『月世界旅行』(1902)。
    科学者たちが巨大な大砲の砲弾に乗って月へ行くと、そこには月人たちが住んでいた


     ところが、この文章の後半ではその論調をガラリと変え、宇宙時代に生れた子どもたちに対して大きな期待を寄せている。
     手塚は言う。子どもたちは、いまは月着陸の瞬間をテレビで見ていても無感動かもしれない。だが彼らは、そこから始まる神話をいま、新たに生み出そうとしている途中なのである、と。そして文章の最後をこう締めくくっている。
    「たとえ月がすみずみまで人類の前に秘密をさらけだすときがきたとしても、子どもたちだけはいつまでももうひとつの月を──お話と詩に包まれた子どもの友だちである月を、けっして忘れないに違いない。」
  • 手塚治虫のエッセイが掲載された『アサヒグラフ』1969年8月15日号。
    講談社版全集では第392巻『手塚治虫エッセイ集4』に収録


    ●子どもには本格的な異星ものSFを
     エッセイに書いたとおり、手塚は子ども向け作品においては、月の石を題材とした夢いっぱいのSF物語を発表している。
     それが『小学二年生』1969年10月号から連載が始まった『冒険ルビ』である。
     宇宙飛行士が月面で真っ赤な石を拾い、それを地球へ持ち帰った。しかし、実はその石は宇宙怪物ゾンダがわざと宇宙へばら撒いたもので、生き物が触れると、石は信号を出し始める。そしてゾンタはその信号を頼りに生物の居所を突き止め、その星の生物を食べつくしてしまうのだ。
     物語は、このゾンダから地球を守る役割を託されたふたりの少年少女、ルビオとクリコの活躍を描く。
  • 『冒険ルビ』講談社版全集第315巻より


     この作品で描かれている星々の想像力に富んだ描写や、異形の宇宙人たちの奇怪なコワ面白さなど、これは手塚が得意とする異星ものSFの名作『ロック冒険記』や『キャプテン・Ken』などの流れをくむ、手塚流宇宙SFの真骨頂といえるものだろう。
     手塚は、大人向け作品では、アポロや月の石をめぐる国を挙げてのお祭り騒ぎをからかいながら、子どもに対しては、同じ月の石を話のきっかけに、宇宙への大きな夢を抱く手がかりを与えてくれていたのである。
     そして1972年、手塚は月をテーマに異色の読み切り作品を描いている。
  • 『希望の友』1972年4月号に掲載された『月世界の人間』がそれだ。これは『タイム・マシン』(1896)や『透明人間』(1897)を書いたイギリスの作家H・G・ウェルズが、1901年に発表した小説『月世界最初の人間』を原作とした作品である。
     駆け出しの作家と素人発明家が、発明家の作った引力遮断物質でできた球体型宇宙船に乗って月へと向かう。
     ふたりが降り立った月は死の世界ではなかった。月には凍った大気があり、太陽が当たるとそれが解けて植物がいっせいに芽吹く。さらにはアリのように集団で地中に暮らす月人がいて、ふたりは月人に捕えられてしまうのだった。
  • 『月世界の人間』。
    ラストは原作小説に手塚のアレンジが加わっている
  •  この1972年4月には、アポロ16号が5度目の月着陸を成功させている。その時期になぜ、手塚は70年も前のSF小説をマンガ化したのだろうか。
     これは推測でしかないが、手塚は、ここでもう一度、SFの原点に立ち返ろうという意図があったのではないかとぼくは考える。

  • H・G・ウェルズの原作小説『月世界最初の人間』
    (早川書房 1967年発行)


     事実、この前年の1971年3月からは、SF専門誌『SFマガジン』において、『ロック冒険記』の構想の拡大版ともいえる長編マンガ『鳥人大系』の連載を始めている。
     手塚治虫の宇宙マンガは、ここで現実の宇宙開発との追いかけっこをやめ、再び自由な空想の世界へと飛び立ったのである。

    黒沢哲哉
    1957年東京生まれ。マンガ原作家、フリーライター。手塚マンガとの出合いは『鉄腕アトム』。以来40数年にわたり昭和のマンガと駄菓子屋おもちゃを収集。昭和レトロ関連の単行本や記事等を多数手がける。手塚治虫ファンクラブ(第1期)会員番号364番

    このコラムでは
    「マンガは風刺だ」日ごろからそう語っていた手塚治虫先生のマンガには、作品を発表した当時の”時代”がリアルに、そして独特の視点から描かれています。けれども、作品の発表から年月を経るにつれて、そうした作品の生まれた背景というものは、いつしか忘れ去られてしまうものです。
    このコラムでは、手塚治虫先生が作品の中で時代をどう描いてきたか、手塚マンガが時代とどう関わりを持ってきたか を振り返ります。
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