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ミテ☆ミテ

  • 手塚マンガ あの日あの時 第1回:B・Jとミグ25亡命事件

  • (2009/02/09)

  • 手塚マンガあの日あの時

    第1回:B・Jとミグ25亡命事件

     1976年夏、日本はロッキード事件に揺れていた。アメリカのロッキード社の航空機受注をめぐり、日本の大物政治家が多数関わったとされるこの一大疑獄事件は2月に発覚。7月末には前総理大臣、田中角栄が逮捕されるに至った。

     そのおよそ1ヵ月半後の9月6日午後1時54分、当時のソ連の最新鋭ジェット戦闘機“ミグ25”がとつぜん北海道に飛来し、函館空港に強行着陸した。乗っていたのはソ連空軍のエリートパイロット、ビクトル・イワノビッチ・ベレンコ中尉29歳。中尉はアメリカへの亡命を主張する。
     この、文字通り空から降って湧いた事件は、自衛隊の防空体制の不備に対する批判、ベレンコ中尉の処遇、乗ってきた戦闘機をどうするかなど様々な問題を引き起こし、ロッキード事件が吹っ飛ぶほどの大騒動に発展した。

    9月9日発売の『週刊新潮』(左)と
10日発売の『週刊朝日』
    ミグ25亡命事件の速報が掲載された9月9日発売の『週刊新潮』(左)と10日発売の『週刊朝日』


    「空からきた子供」9月17日発売号
    「空からきた子供」は9月17日
    発売号に掲載された
     この事件の直後に手塚治虫が描いたのが『ブラック・ジャック』第143話「空からきた子ども」である。
     B・Jの家の庭先に、ある日突然、ウラン連邦の最新鋭ジェット戦闘機が着陸する。戦闘機には空軍少佐とその妻、そして幼い病気の子どもが乗っていた。少佐はB・Jに子どもの病気の治療を依頼するが、その病気はB・Jにも手に負えないものだった……。

     このお話がベレンコ中尉の事件を下敷きにしていることは明らかだが、作品は事件の安易な引用にとどまらず、わが子を救おうとする親の愛や軍人の誇りを全うする少佐の姿を、B・Jの視点から描いた感動的な物語になっている。
     そして何より驚くのは、この作品の掲載号である。
     この作品が載ったのはこの年の『週刊少年チャンピオン』第43号(10月18日号)だった。その店頭発売日は9月17日金曜日。何と事件発生からわずか10日後のことだったのだ。
     僕は当時、チャンピオンのページを開くなり、あまりの速さにひっくり返るほど驚いた。
     当時の大手週刊誌がこの事件をいつどのように報じたかを振り返るとそのすごさがよりはっきりする。

    『週刊少年チャンピオン』1976年第43号(10月18日号)
    まだ日本中が騒然としている時期だったので、このページを開いたときは思わずのけぞった(笑)
    ※画像をクリックすると大きなサイズで見られます。


     まずこの事件を最初に記事にしたのは、事件の3日後に発売された『週刊新潮』9月16日号(9月9日店頭発売)だった。4ページの記事だが独自取材による内容はほとんどなく、それまでの報道内容をまとめただけの速報記事である。次が9月10日店頭売りの『週刊朝日』。こちらはわずか1ページで、航空評論家の青木日出雄氏の談話をまとめただけのもの。
     そしてようやく週刊誌の記者が独自取材を行なった記事が出始めるのは、次の週の後半になってからなのである。

    週刊誌記事の数々
    この話が掲載された『チャンピオン』と同時期に店頭に並んだ週刊誌記事の数々


     一方、手塚マンガの方はというと、印刷や配本にかかる時間を引いて、さらに15日が祭日であることを考えると、遅くとも13〜14日には描き上がっていたのではないだろうか。
     手塚はこのころ『ブラック・ジャック』のほかに『三つ目がとおる』(『週刊少年マガジン』)、『どろんこ先生』(『読売新聞日曜版』)、『虹のプレリュード』(『少女コミック』)などを連載中で、9月からは『MW』(『ビッグコミック』)と『火の鳥・望郷編』(『マンガ少年』)の連載も始まっている。
     手塚治虫の殺人的スケジュールや、編集者や印刷所の連係プレーによる綱渡りの雑誌掲載については、これまでにも多くの関係者が語っているが、こうして具体的な日付けを見ながら振り返ると、天才の超人的な仕事ぶりの一端が垣間見えてくる。
     そんな時代の空気を感じながら、あらためてこの作品を読むと、また違った感想も生まれるのではないだろうか。

    秋田書店「少年チャンピオンコミックス」11巻
講談社「全集版」5巻
    秋田書店の少年チャンピオンコミックスでは11巻、講談社の全集版では5巻に収録

    『週刊少年チャンピオン』1976年第43号(10月18日号))
    『週刊少年チャンピオン』1976年第43号(10月18日号)
    ※画像をクリックすると大きなサイズで見られます。

    単行本化の際、描きかえられた結末の2ページ
    単行本化の際、結末の2ページが若干描きかえられ、B・Jの最後のセリフがより印象的になった
    ※画像をクリックすると大きなサイズで見られます。

    資料協力/財団法人大宅壮一文庫


    黒沢哲哉
    1957年東京生まれ。マンガ原作家、フリーライター。手塚マンガとの出合いは『鉄腕アトム』 。以来40数年にわたり昭和のマンガと駄菓子屋おもちゃを収集。昭和レトロ関連の単行本や 記事等を多数手がける。手塚治虫ファンクラブ(第1期)会員番号364番
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  • コメント一覧
  • Hilly さん  2009/04/02 00:11:37
  • わたしは“手塚治虫の時代”を、教科書の情報でしか知らない世代です。
    もちろん何も知らずに作品を読むことも、一つの面白さがあります。ただ、もしあの時代に生きていたら、そのときの出来事と共に感じるものがあったのだろうと、何とも言えない気持ちを抱えながら読んでいました。

    今回このコラムを読んでいるとき、少し“手塚治虫の時代”を感じられたような気がします。
    過去を羨望するだけでなく(羨望というか、その時代に生きていたかったという思いですが)、自分で調べ振り返ってみると、また違う面白さを見つけられるかもしれませんね。

    とにかく、コラム興味深かったです。
    ありがとうございました。
  • あらまんちゅ さん  2009/03/15 08:22:14
  • 黒沢様
    このサイトに執筆されているとは、存じ上げず、失礼しました。さすが、いつも興味深い記事です。豊富な資料も楽しいです。
    おかげさまで、サイトの登録をする羽目になりました。
    いつも若々しい姿にびっくりです。
    ファン大会では、再会でき、黒沢さんの方から声をかけていただき、本当にうれしかったです。
    ありがとうございます。
    これから執筆に大いに期待しています。
  • さとう さん  2009/02/12 22:25:10
  • このエピソードを知って、改めて「天才」の仕業だと驚嘆しました。
    黒沢さま次回を期待しています!
  • こなな さん  2009/02/10 17:37:57
  • この作品、すごく感動します。
    「B・J」の中でも特に好きな作品です。
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