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虫ん坊 2014年12月号 特集1:『PLUTO』演出・振付 シディ・ラルビ・シェルカウイさん

虫ん坊 2014年12月号 特集1:『PLUTO』演出・振付 シディ・ラルビ・シェルカウイさん

『鉄腕アトム』の「地上最大のロボットの巻」を下敷きに、よりいっそうのリアリティと、現代の世界が抱えている問題を色濃く反映させた作品として再度描き出した浦沢直樹さんの『PLUTO』。
 2003年、鉄腕アトムの誕生を記念して実現したこのコラボレーション作品を原作にした演劇作品が2015年1月に公開されます!
 演出は、ダンスパフォーマンスとして手塚治虫のマンガ世界を表現した作品『TeZukA』を創造したシディ・ラルビ・シェルカウイさん。手塚マンガの大ファンでもあり、深い理解を持たれているラルビさんに、本作について詳しく伺いました!


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虫ん坊 2014年12月号 特集1:『PLUTO』演出・振付 シディ・ラルビ・シェルカウイさん

シディ・ラルビ・シェルカウイさん。

――すみません、「アストロボーイ」がすぐ手元にある中で、お邪魔しますが、インタビューを進めさせていただきます。

シディ・ラルビ・シェルカウイさん(以下、ラルビ): のめりこんでしまいますね、こういったものが目の前にあると。

――まずは基本的な質問からさせていただきたいのですが、初めて手塚治虫の作品に触れたときと、きっかけについて教えてください

ラルビ: まだ子どもの頃――9歳か10歳だったかと思いますが、ベルギーで『鉄腕アトム』のアニメを見ました。そのとき初めてアトムというキャラクターを知り、どういう象徴なのか、ということも知ったのです。
 主人公が子どものロボットであるという点には、特におどろきました。なぜならヨーロッパの文化では子どもは大人を見上げ、尊敬する立場にあるからです。ところが『アトム』の世界では、子どものロボットに対して大人が敬意を払っています。
 もちろん、お茶の水博士はアトムの教育も行っているのですが、同時にアトムの言うことにも耳を傾けているんですよね。
 子どもが現実をどのように捉えているか、ということに大人が耳を傾けるといった視点が賢明だと思いました。
 また、それまで私がなじんでいたパターンはヒーローが悪者をやっつけるというものでしたが、アトムというキャラクターは、敵と理解を深めて和解を導く存在です。そういうところにも感銘を受けました。
 アトムが感情を豊かに持っている点も素晴らしいと思いました。現実の理不尽さに対して、時折自分自身わけが分からなくなったり、理性でセーブできなくなってしまう。いろいろなことを感じとった結果、感情が高ぶってしまう点なども、同じ子どもとして非常に共感できました。
 また、アトムは適切な質問をするキャラクターなんだなとも思いました。


虫ん坊 2014年12月号 特集1:『PLUTO』演出・振付 シディ・ラルビ・シェルカウイさん

この日は舞台上で使われる小道具が稽古場に届いていました

――適切な質問とはどのようなものですか?

ラルビ: 正義について常に考えているという意味で、です。また、物事の是非を問う視点を持っていますし、不可能をどのように可能にするか、ということも考えているのではないかと思います。今回私たちが手がける『PLUTO』は手塚治虫さんの原作をもとにした浦沢直樹さん、長崎尚志さんのリメイク作品ですが、この作品の中でもアトムは同じ視点を持っています。彼は第39次中央アジア戦争後に親善大使として現地入りするという役目を担ったわけですが、本当に行くべきだったのか自問自答をします。政治性もからんだ彼の複雑な立場、ペルシャと世界との難しい現実も認識しながら、物事の是非というか、真実を捉えようとする目線を保ち続けているのだな、と思いました。
 また、人間であることとロボットであることの違いはなにか、という問いも持っています。それはまるで存在論的な問いかけです。
 この作品では、ロボットたちが人間以上に人間らしい振る舞いをすることがありますよね。ロボットも人間もさほど変わらないんだ、という世界観です。

――浦沢版に変換されることで、人間とロボットの違いというところが作画的にも少なくなっていると思うのですが、手塚治虫の作品では、アトムやウランというキャラクターはそれほど人間的には描かれていませんね。今回『PLUTO』を演劇にするにあたって、ロボットと人間の境界線のあいまいさというところは重視されているのでしょうか。

ラルビ: そうですね。たしかにおっしゃるとおりだと思うのですけれども、ロボットたちの振る舞いという点では手塚さんの原作のほうがいっそう人間らしいようにも思いますね。
 もう一つ、私が着眼しているのは、『鉄腕アトム』や『PLUTO』がロボットという存在を通じて異質であること、つまりマイノリティの立場を描いている、という見方も出来るところです。『PLUTO』という作品では、ロボットたちそれぞれが人間に対して劣等感を感じている。自分たちは人間とは違う、人間より劣っていると考えていることがこの作品の中の重いテーマになっているんじゃないか、と思います。
 どんな社会もそうだと思うんですけれども、いろいろな人たちがいます。人間の社会と同じくロボットの社会もそうであって、彼らもそれぞれ同じような境遇でありながら物事への反応や行動の取り方が違っている、ということがアピールされていると思います。


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この腕はもしや…!!?

――つまり、…単純に人間VSロボットではなくて、ロボット同士の社会であっても対立はあるということですね。

ラルビ: ロボットの社会と、人間の社会は、同じような性質を持っているのではないかと思います。人間であろうとロボットであろうとあくまでも個人次第で、彼らがそれぞれに様々な境遇に直面したとき、どのように反応・対応するのかもそれぞれになるということです。
 たとえば、この作品の中でアブラーは、悲しい境遇に陥った自らの感情を怒りに塗り替えてしまう。そして、復讐をしようとする。いっぽうウランの場合は、同じような悲しみに陥ってもアブラーとは違う反応をします。いろいろな境遇の人たちがどのようにそれに対処するかということが、描かれていると思います。
 手塚さんも、浦沢さんと長崎さんも、結局、人間であれロボットであれ、心の奥底は同じだということを語りたいのだと思います。愛を求めたり、拒絶されることの悲しみであったり、この物語ではいろいろな感情が描かれていきますが、それが人間の場合もロボットの場合も同じところから湧き上がっていると捉えているのではないかと思います。

――人間とロボットの違いを、表層的なところでの違いでしかない、と捕らえているということでしょうか。

ラルビ: そうですね。


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――『PLUTO』や『アトム』のもつそういう作品のテーマのようなものに魅力を感じられたのでしょうか?

ラルビ: もちろん他にもいろいろあります(笑)! 中でも印象的だったのは父と子の関係ですね。天馬博士とアトムとか、あるいはまたちょっと違う意味ではお茶の水博士とアトムという関係性もある。アトムは一生懸命、天馬博士の亡くなった息子・トビオの代わりを務めようとするけれども、トビオには近づけず、天馬をがっかりさせてしまう。いくらがんばってもだめだ、という悲しみを抱えているキャラクターだと思います。アトムもそれに対して柔軟に対応しているし、努力はしているんですけれども、死んだトビオにはなれない根本的な悲しみを感じています。
 天馬博士とお茶の水博士の関係もとても面白い、と思っています。
 お茶の水博士は楽観主義で、常に希望を失わないタイプの人ですね。決してあきらめること無く、何事も前向きに捕らえ、全力で取り組んでいます。たとえば、彼が瀕死の仔犬ロボットを拾い、助けようとするシーンでは、なんとか仔犬をよみがえらせようと徹夜で作業をします。結局助けられないのですが、希望があるから、そういったことが出来るのだと思います。それに対して、まったくの正反対といえるのが天馬博士です。彼は非常に深い悲しみを抱えている人物であり、悲観的です。それでもことが起きれば、やるべきことは一通りやってみます。でも希望は持っておらず、諦観をもって生きています。しかし『PLUTO』の天馬博士は、全体の流れの中で重要な行動をとり、ものごとを回転させていく存在として登場します。


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 人工知能/ロボットであるルーズヴェルトとブラウ1589も非常に面白い描かれ方をしていると思います。ルーズヴェルトはトラキア合衆国大統領の顧問として助言をしていますが、実は全体を操っているわけなんですよね。ルーズヴェルトは、本当の意味での犯罪者といえるかもしれませんが、彼はブラウと同じく動くことができない。ブラウの方は幽閉されています。それはブラウが非常に知能レベルの高い、人間に近い人工知能を持っていて、ロボットとしてやってはいけない、人を殺すということをやってしまったからです。通常の人工知能がとどまるべき領域を超えてしまったわけですね。そういった2体のロボット/人工知能が大変面白い存在です。
 2人の女性、ウランとヘレナの対比も面白い。ある意味で彼女たちもまったく対照的なキャラクターです。ウランは元気いっぱい、好奇心旺盛で、すべてを理解したいと思っており、分からないことがあったら自ら調べに行く、そういう行動的なタイプです。また、常に正しいことを見つけようとしています。ヘレナはそれとは違って、受身で待つタイプで、つとめて物事の全体像を捉えようとし、ゲジヒトのよき妻になろうとがんばっています。ゲジヒトが死んだ後も、彼の死を受け止め、生き続けよう、自分の感情と折り合いをつけようとしています。そんなヘレナに対して、アトムが嘘をつくシーンがありますね。ゲジヒトとヘレナの夫婦から、彼らに子どもがいたという記憶が消されてしまっていることをアトムは知っているのですが、そのことを敢えてヘレナに言わない。ヘレナはアトムが隠し事をしていることを感じてはいるのですが、彼が親切心から真実を言わなかったことに感謝をします。本当に対照的な女性たちで、ウランは自分が傷ついてでも真実を知りたいと考えるけれども、ヘレナのほうは、物事にはそっとしておいたほうがいいものもあることをわきまえています。
 プルートゥとアトムの場合は対照的でありながら、共通項も多い。2人とも父親からの大きなプレッシャーを感じているんです。プルートゥ=サハドは父アブラーから、アトムは天馬博士から。


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――二つの作品とも、日本人の作家が書いた作品ですが、私たち日本人から見ると、とても国際的なお話に感じます。地上最大のロボットをめぐって、アトムやプルートゥはいろいろな国を飛び回ることになります。そういった作品を、ラルビさんのような実際に国際的に活躍されている方が見て、やはり同じように国際的だな、と思うのか、その中にもまだ日本人的な要素が残っているように感じられますか?

ラルビ: 難しい質問ですね(笑)。人間であるということは普遍的なことであって、みな同じように生まれてくるわけですし、同じ地球に生まれてくるわけです。
 もちろん、文化圏ごとに慣習などの特徴は存在しています。
 日本について言えば、島国としての独特なアイデンティティが見受けられます。文化、考え方への自然の影響が、とても大きい国なのかなと感じます。地震や津波、水害など、自然災害の影響を受けやすく、自然との関係が密接です。たとえばヨーロッパでも国によっては自然環境の影響が大きい国もありますが、そうした経験をしたことがないヨーロッパ人もたくさんいます。人の考え方や文化は、住んでいる土地の地形とか、自然環境とかにも大きく影響されて成り立っていると思います。

――『鉄腕アトム』も『PLUTO』もSFで、人間の文明が発達した未来の時代を書いていますが、そういう自然からの驚異について作品からも感じ取れますか?

ラルビ: 作者の代弁は出来ないのですが、彼らが作り上げた作品の証人にはなれます。この作品には万物を形成する五大要素の思想の影響を感じることができます。それに当てはめるとプルートゥは風、ボラーは地、どんどん膨らんでいく地ですね。少し自由に発想するとアトムは、放射線とか電磁波、電気を象徴する存在だと思います。そして、そういったいろいろな要素が象徴的に使われている作品だと思います。大地や自然の要素が人間やロボットに置き換えられています。
 こういった要素がバランスを取ることで平穏な状態が保たれるという考え方、それが深い意味をもって、象徴的に使われています。


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――今回物語が語られる演劇の演出はほぼ初めて手がけられると思いますが、難しいところはありましたか? もしくはダンス作品の場合と同じようなやり方で取り組めたのでしょうか?

ラルビ: やはり難しいです。今までやってきた仕事とは別のものとして取り組んでいます。何がいつもと違うのかといえば、台本がある点です。台本があれば必然的に構成、構造というものがしっかりします。また、状況設定というものも決まっています。それには良い面も悪い面もありますが、ネガティブな面をいえば、それがしばしば制約になるということです。
 しかし、今の段階(稽古初期)ではその制約を楽しんでやっています。
いっぽう、良い面をあげますと、構造があるということは「はじまり」と「中」と「終わり」があるということです。どこからどこに行けばよいのかがあらかじめ決まっているというのはやりやすい点だと思っています。

――以前、『TeZukA』という作品を日本で拝見することができましたが、たとえばあの作品を作るときには、もっと自由であったということですか?

ラルビ: フォーカスしている対象が全く違います。『TeZukA』はダンス作品であり、またドキュメンタリーであり、オマージュでもあったと言えるかと思います。いろいろなものを題材として使い得たということで、非常に中身が豊かな作品になっています。そのプロセスでは自分が共感できる部分や、キャラクターを好きに選んでいってつなげていく、たとえばブラック・ジャックとかアトムとか、他にもたくさん好きなキャラクターがいるわけですけれども、そういった面白い存在をどんどん舞台に登場させました。ある意味で、自由すぎたといえるかもしれませんが、自分の中からどんどん沸き起こってくる手塚キャラクターへの思いやテーマなど様々なものを集め、使っていったんです。
 今回の『PLUTO』は、ストーリー上の事実関係や、キャラクター同士の関係性などに主眼をおき、『TeZukA』のときとは違う自分の側面を投入して演出をせざるを得ないですが、それでも哲学やモラル、人の関係性といったものを描こうという点では同じです。
 『TeZukA』は、コンテンポラリー・ダンスという形式でしたので、ヨーロッパではコンテンポラリー・ダンスを知っている多くの観客が見に来てくれたわけですけれども、その中には、ダンスに興味があるが、手塚作品は知らないという人もいたわけです。そこでマンガを知らないヨーロッパの人たちに、『TeZukA』を通してマンガへの興味を持ってもらうきっかけになればと思っていました。実際、観た人の中には、私の作品を通じて手塚さんに興味を持ち、その後作品を読むようになった人もいたと聞いています。
 同時に、すでに、マンガあるいは手塚治虫を知っているヨーロッパの人たちに対しては、手塚治虫が描いていた思想的な面やスピリチュアルな面も分かってもらおうと考えました。そういう意味でも非常に野心的な作品であったと思っています。
 ここを掘り下げていくと本当に際限が無くて、チャンスがあればあと5、6バージョン別の『TeZukA』が作れるほど(笑)、どんどんアイディアがあふれ出てしまうのですが、それに比べて今回の『PLUTO』は、すでに確固たるストーリーがあります。非常にパワフルな原作マンガをどうやって舞台化して、生き生きとした作品にするかということにフォーカスしています。


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――今回の『PLUTO』のお話で、キャストの方々についても伺いたいのですが、前回の『TeZukA』でも参加された森山未來さんが参加されています。森山さんの才能は、今回どういうところに生かされていくのでしょうか?

ラルビ: 森山未來さんは2011年以降、身体を動かすということ、ダンサーとしてのキャリアにフォーカスするようになりました。そういったところから自然な流れでまた一緒に仕事をすることになったと私は理解しています。
 森山さんは、非常に才能が豊かということだけではなくて、人柄も良くて、一緒に仕事をしやすいんです。
 『PLUTO』では、自由な動きをするというよりも、まるで歌舞伎や能といった伝統芸能の様式とおなじように、細かく決まった動きを作る形でロボットの行動、振る舞いというものを表現していこうと思っています。未來さんは気ままに自由に動くことだけでなくて、動きを正確に覚えて演技をするということができる方ですので、彼がこのプロジェクトに加わってくれたのは非常にうれしいです。
 また、彼自身も時々物悲しさ、メランコリックな一面を見せる人です。それがアトムというキャラクターに生かせると思います。


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――特に『PLUTO』のアトムは、そういう二面性というか、子どもでありながら無邪気でいつづけることが出来ないというような悲しみを負っているところがぴったりですね。

ラルビ: 『PLUTO』におけるアトムは、憎しみという感情を理解します。そして、彼は憎しみを理解するだけではなくて、憎しみを別のものに置き換えていかなくてはならない、憎しみに基づいて行動をしてはいけないと考える賢明さも持っています。憎しみを別のものに置き換えて、正しい行動をとるということを私たちに教えてくれる存在です。

――では、最後になりますが、私たちのサイトは手塚治虫のファンがご覧になっているところなのですけれども、原作『鉄腕アトム』のファンの方に何かメッセージがありましたらお願いします。

ラルビ: このサイトをご覧になっているみなさんは手塚作品を私以上に深く理解されていると思うので、なにをお伝えしてよいのか分かりません。しかし、とにかく今回の舞台化のチャンスを与えていただいたことをとても光栄に思っています。ぜひ作品をご覧いただき、私たちの作品解釈を楽しんでいただきたいと思っています。手塚さんのストーリーはとても力強くて、いろいろな読み方、解釈ができると思うんですね。まるでシェイクスピアの作品がそうであるように、何度読み返してもなにか新しい発見があったり、新しい見方ができたり、本当にそんな素晴らしい作品だと思いますけれども、今回は私たちなりの見方で作ってみたいと思います。

――ありがとうございました!


シディ・ラルビ・シェルカウイさんの演出による舞台『PLUTO』は1月9日から、東京・大阪で公演予定です!!

 (東京)2015年1月9日〜2月1日 Bunkamuraシアターコクーン
 (大阪)2015年2月6日〜2月11日 森ノ宮ピロティホール

 URL:http://www.pluto-stage.jp/






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