2014年4月7日、丸善・丸の内本店3階の一角に手塚治虫書店・1号店が誕生しました!
手塚治虫書店は、手塚治虫に関する書籍を、現在流通しているかぎりすべてそろえることを目指したインショップスタイルの書店です。手塚治虫のマンガはもちろん、エッセイや対談、研究本、はてはキャラクターグッズなどが一堂に会しています。
そんな「手塚治虫書店」丸善・丸の内本店のオープンにご尽力をいただいたのが、丸善書店株式会社・株式会社ジュンク堂書店の取締役副社長 岡充孝さん。今月の虫ん坊では、岡副社長にお話を伺いました。
——「手塚治虫書店」の企画は、弊社から持ちかけたというふうに聞いておりますが、御社では岡さんの強力なプッシュをいただいたそうです。
岡充孝さん(以下、岡):
そうですね。二つ返事でお受けしました。去年の秋ごろに、手塚プロダクションからご提案をいただきました。
ご縁があって、現在は丸善とジュンク堂書店の両方の役員をさせていただいておりますが、もともと、ジュンク堂の神戸の三宮本店におりましたときに、近くにもう1店舗、マンガ本の専門店をつくろう、という企画がありまして、アニメグッズに強いアニメイトさんとお話を進めて、アニメイトジュンクという、マンガとアニメグッズの専門店を立ち上げたことがあるんです。本に関してはジュンク堂が、グッズについてはアニメイトが担当し、協力したのですが、その際に、手塚治虫先生に「鉄腕アトム」の看板をかけさせてくれないか、とお願いをしたことがあるんです。
横10メートル、縦5メートルほどの大きなものでね。
許諾のお願いに、私が高田馬場の手塚プロダクションにお話に赴いたことがあるんです。手塚先生に直接お話はできませんでしたが、手塚プロダクションからは「いいでしょう」ということで了解をいただき、看板をつけて営業をしていました。
震災前の、80年代半ばぐらいでしょうか。その後、お店が無事オープンした直後、お正月の確か3日だったかと思いますが、突然、「手塚ですけど」というお電話が入りました。
ぼくらもはじめはよく分かりませんでしたので、「どちらの手塚さんでしょうか?」というような感じだったのですが、二言、三言話していたら手塚先生だ、ということが分かりました。「いま、三宮に来ているから、看板をちょっと見せて」とおっしゃいまして。
看板そのものは、看板屋さんに描いてもらったものだったのですが、「よく出来ていますね」とほめていただいて。入り口のガラス扉にサインをお願いしたところ、先生も「せっかく来たついでですから」と快く引き受けてくださいました。
はじめは、何の絵を描いているのか、分からないところからみるみる描き進めて、レオが中心にいるさまざまな手塚キャラクターが集合しているような絵になっていきましてね。来られていたお客さんもみんなで「おおー!」と言って拍手をしたりして。
——手塚治虫らしいエピソードですね! そんな意外なご縁があったのですね。
岡:
30年ほど前にはなりますが、そのころから手塚先生とはそんなご縁がありました。その時、イラストを描いていただいた大きなガラス扉は、阪神大震災のときにヒビがいきましたが、幸いにして、手塚先生の描いた絵のところは無事だったので、ガラス屋さんにお願いしてカットしてもらい、現在はジュンク堂池袋店のコミック売り場の柱に飾ってあります。
——お話の「アニメイトジュンク」を80年代から手がけていらっしゃるということは、グッズとコミックの販売についてはすでにご経験があるというわけですね。
岡:
そうですね。ですから「手塚治虫書店」についても、さほど戸惑いはありませんでした。また、作家のお名前を冠した書店の企画も、ジュンク堂池袋本店で手がけたことがあります。
作家書店は谷川俊太郎先生を皮切りに、すでに何代も続いています。ただし、あちらのコンセプトは、書店名に関した先生のセレクトした本を置く、ということですので、当然のことながら存命の先生でなくてはならないですからね。
——手塚治虫書店は期間限定ではなく常設店となりました。
岡:
ジュンク堂書店の方針として、ベストセラーを回転よく置く、というよりも、コミックにしろ一般書籍にしろ、専門書をなるべく幅広く置き、既刊本を丁寧に取り扱おう、という方針で売り場を展開しておりますので、なるべく一過性のものではなく、継続してずっとそろえていきたいと思っていますが、いかんせん、今回の場所はそれほど広くないため、いろいろ商品を変えていかないと置ききれないですね。それも棚に新鮮さが出てよいのかな、とは考えています。
——ファンとしては、品揃えも気になりますね。
岡:
ジュンク堂大阪本店に先日行ってみたのですが、品揃えでは大阪店のほうがまだ勝っているようです。手塚治虫書店と銘打つのであれば、他店に負けないような品揃えにしていかなければならないでしょう。今後の課題ですね。
もっとも、まだ今の「手塚治虫書店」は完成形ではありません。これからもどんどん、変化していきます。
——本をそろえるに当たってのご苦労はありましたか?
岡:
私どもはできるだけ、他の書店にない本からそろえていきたい、と考えております。今回は、そういった意味では手塚プロダクションのご協力で、『手塚治虫Oマガジン』や厚本など、ほかでは取り扱いのない本も並べられているのはうれしいですね。
——オススメの本はなにかありますでしょうか?
岡:
わたしは、細かいところはよく知らないのですが、丸善のコミック担当が力を入れて仕入れたラインナップになっています。
丸善丸の内店副店長・永田さん(以下、永田):
やはり、ここでしか買えない、ということで、現在はやっぱり厚本が目玉商品となっています。やはり、出版社で品切れの本は、売り場でも仕入れるのが難しいですから、何とか出版社にお願いしている、というようなところです。
先ほど岡から、大阪本店のお話も出ましたが、大阪や池袋などの本店格の店には置いてあっても、他の店舗ではなかなか取り扱っていないような豪華本や高額なセット本などは、ある程度力を入れてそろえました。
岡:
また、私たちだけでは出来ないグッズ関連ですね。アトムの設計図だとか、その他のキャラクターグッズ関連が置いてあるのは、この店の特長であろうと思います。
今後は、お客様が撮影なども出来るオールキャラの絵を貼ったり、ギャラリースペースのほうまで棚を広げていきたい、など、手塚プロにもいろいろな提案をしているところです。
——今後、イベントなどの予定はあるのでしょうか?
永田:
コラボ作品を手がけていらっしゃる漫画家の方のサイン会をやれたら、というお話は出ています。現時点では未定ですが、今後、手塚コラボ作品で実施されるかもしれません。
岡:
僕の世代ですと、手塚治虫といえばやっぱり「鉄腕アトム」ですが、新しいキャラクターをたくさん知っている今の小さな子どもたちにも、アトムに触れていただきたい、と思って、子どもの本を置いてあるフロアに店を構えたのですが、今後は、もっと大人ばかりではなく、子どもたちにも見ていただけるようにしていきたいですね。
——現在は丸善・ジュンク堂書店の副社長というお立場ですが、書店に携われるようになられたのはいつごろからだったのでしょうか?
岡:
20代のころからずっと、ジュンク堂書店におりました。
——書店の難しさや、楽しさというのはどういうところでしょうか。
岡:
まず、難しいところですが、一つ一つまったく別の商品が次々出てくる、というところですね。本の場合は、日々新しいものが出てきますので、過去の経験はそれなりに生きますが、どんどん新しい知識を入れていかないといけません。ある作家がよく売れていたから、その作家の次回作が必ず売れるというわけでもないし、今まで売れていなかった作家の新作が大化けするケースもあります。出版社も、売れる出版社と売れない出版社、というのがずっと同じというわけでもありません。常に五感を研ぎ澄ませて、勉強していかなければならないところがつらくもあり、面白くもあります。
——五感を研ぎ澄ませておくために、なにかコツはありますか?
岡:
王道ではありますが、やはり新聞を読んだり、雑誌を読んだりというところですね。うちの社員はみな、そうして各自工夫をしていると思います。最近では、インターネットも活用されていますし、お客様からいただく情報もとても役立ちます。「こんな本はないか」とか「こういう本があると聞いたのだが」というようなお問い合わせを調べて、お答えすることで、われわれにとっても情報になります。
——ジュンク堂書店に勤められるようになったきっかけを教えてください。
岡:
私の場合は、現社長が親元から独立したいので手伝ってくれないか、といわれて。同じ会社にいたものですから、初めは「立ち上げだけなら手伝うよ」というような形で、1年ほど力を貸そうと思っていたのですが、面白くなりすぎてしまって、そのままずっといることになりました。
——どんなところが面白かったのでしょう。
岡:
やっぱりお客様に喜ばれることでしょうね。「探していた本があった、良かった!」とおっしゃっていただいたり、ということが何よりうれしいですね。
——手塚治虫の作品には、以前から親しんでこられたのでしょうか。
岡:
講談社から後に400巻にもなる「手塚治虫全集」が刊行された際に、第1期は定期購読していました。それ以外にも、「火の鳥」であるとか、大都社の単行本ですとかを、嫁さんには「邪魔だ」と言われながらもまだ大切にとってありますよ。
初めて手塚作品に触れたのは、僕が『少年』を読んでいたころですから、幼稚園ぐらいのころだったんじゃないでしょうか。僕の記憶では、『少年』はもう少しお兄ちゃんが読むもので、自分では『日の丸』ですとか『おもしろブック』というような、もう少し幼年向けのものを中心に読んでました。
その後アニメなども放送されたので、そちらでアトムは見ていましたね。
また、ずっと後になって、大学生のころに『COM』が刊行されました。『火の鳥』は『COM』で読みました。『ガロ』や『COM』は、当時の大学生は『COM』を読みながら『朝日ジャーナル』を小脇に抱え、『平凡パンチ』に目を通す、という人が多かったです。
震災前まではずっと神戸にいましたので、手塚治虫ゆかりの地にはそれぞれ近かったですからね。大阪大学も、宝塚も身近でしたね。手塚治虫記念館にも、1度だけではありますが、オープン直後にいったことがあります。
——ちなみに、岡さんの好きな手塚作品は、何ですか?
岡:
『奇子』ですね。とても印象に残ったし、切実なメッセージ性がありますね。『奇子』に限らず、手塚治虫先生の作品には一つ一つ、こういうことが言いたいんだろうな、ということが良く分かります。また、大人向けのマンガで『上を下へのジレッタ』もコミカルですが風刺が効いていて面白く読みました。
——神戸ご出身とすると、『アドルフに告ぐ』なども。
岡:
ええ、もちろん好きです! 先ほどお話した、手塚プロダクションにお邪魔した際には、神戸にあるドイツパンのお店「フロインドリーブ」のクッキーをお持ちしたんですよ。
フロインドリーブというお店は、ドイツ人が戦前からやっているお店でしてね、神戸にあるし、『アドルフに告ぐ』のアドルフ・カミルのパン屋さんは、このパン屋さんをモデルにしているんじゃないかな、と思って、選んだんです。そんなことももしかしたら、先生からオッケーをもらえた原因のひとつかな、なんて私自身では思っているんですがね(笑)。
——開店してからしばらくたちましたが、今のところのお客様の反響はいかがでしょうか?
永田:
お客様の傾向としては、幅広い層にご来店いただいていると思います。オープンから2週間ほどをみていますと、購入している方は若い女性が多いかな、という実感があります。長期滞在されている方も、若い方が多いです。
逆に、年配のお客様ですと、ほしいものが置いていないという厳しいお声もいただいています。それこそ、副社長がご自宅に持っているような古い本を並べているのかな、という期待をされていた方もいらっしゃったようです。
岡:
そういう本をオンデマンドなどで復刊するようにすれば良いと思う。なにが絶版か、というところは分かるのだから、そういう本は自ら作っていけば良い。そうしないと、せっかく来店されたお客さまが「ここならあるだろう」といらっしゃったのに「絶版です」じゃ困るから。遠方からいらっしゃる方もいると思いますし。オンデマンドが出来るのも、われわれの売りですからね。
永田:
それから、プレゼント品の魅力というところもありまして、文庫サイズと新書サイズのオリジナルデザインのカバーや、特別しおりはやっぱり、ほしいという方もいらっしゃいますね。もしかしたら、持っている本でも、カバーのために買われているんじゃないかな、というような方もお見受けしました。ですので、文庫・新書サイズでない本を買われるかたにも、できるだけカバーを差し上げるようにしています。
また、厚本を買われた方向けに手提げ袋をプレゼントしているのですが、手提げ袋に入れて帰らないお客様が大半なんです。丸善の紙袋に商品を入れて、その中に大事に手提げ袋を入れてお帰りになる、という方が多いですね。
書店の宣伝に、ということでご提供しているので、私どもとしては見せびらかしていただいたほうがうれしいのですが…(笑)。
また、若い方は店内の写真を撮って帰られる方が多いです。通常、書店内の撮影はお断りしているのですが、あのコーナーはOKということにしました。また、4、50代以上の数人連れのお客様は、あのコーナーでいろいろ思い出話を語っていらっしゃいますね。通常、3階のフロアにいらっしゃらないお客様が3階にいらっしゃってもらえる、というところもありがたいです。
岡:
作品をひとつの場所に集めることで、ファン同士でも「これは知っている」とか、「これは知らなかった」というような会話が生まれるようですね。また、3階まで上ってきていただくことで、もう1階上の文具コーナーなどにも普段来ないお客様が来てくださって、売上げの伸びにつなげられています。
永田:
丸の内のこの界隈には、他にも魅力的な商業施設がいろいろ登場しました。以前より丸の内には、丸善他専門店を目指していらっしゃる方が都内のみならず近隣圏より来店いただいていたのですが、ショッピングついでに「手塚治虫書店も寄ってみよう」というかたも多くいらっしゃっています。もっと名前が知られてこれば、観光コースのひとつにしていただけるのではないか、と思います。
——手塚治虫書店で、なにか書店としても新しいことに挑戦してみたい、というようなことはありますでしょうか?
岡:
そうですね……それほど大それたことは考えてはおりませんが、やはり、日本のコミック文化の祖ともいうべき手塚先生を紹介しながら、マンガ・アニメ文化がさらにもっと広がっていけばいいと思いますし、手塚先生も、自分の本だけが売れる、ということではなく、そういうことを望まれるんじゃないかな、と思います。
たとえば、手塚先生に影響を受けた作家の作品を集めてみたり、という方向もあるでしょうし、いろいろな形が今後は考えられると思いますが、ただ、場所に限りがありますので、あまりそれをやってしまいますと肝心の手塚先生の本を置く場所が少なくなってしまうというのでは、来られたお客様も「手塚治虫書店といいながら、手塚先生の本はこれだけしかないのか!」ということになってしまいますのでね。
——手塚治虫書店は「かくあるべし」というような姿とは。
岡:
総合的に人気の高い作品のみを置いている、というのではなく、できるだけ、今現在手に入る手塚作品のコミックはすべて並べたいなと思っています。たとえば、『どろろ』だったら、複数の出版社から出ていますが、必ず、どこかの出版社の本は1セットはちゃんとそろっている、というような形で、「この作品が読みたいんだ」という方に、なんらかの形では1冊は提供したいと思っています。
「その作品はあまり売れないから、置いていません」というようなことはないようにしたいですね。それこそ、ファンの方のお好きな作品も人それぞれであると思いますので。
——それは手塚ファンにとっては、とても頼もしい書店となりそうです! では、これから来店されるお客様になにかメッセージがありましたら、お願いいたします。
岡:
手塚先生のたくさんの作品を、いかに読者に伝わるか、ということを工夫しながらいろいろ並べて参りますので、東京駅にお立ち寄りの際には、ぜひ覗いてみてください。
——ありがとうございました!