孤島にひとり暮らしている少年。その島にクマや豚やライオンや猫が流れ着いてきて、みんなで仲良く暮らし始めます。みんなで筏を作り、イルカさんに引っ張ってもらって島から旅立ちます。すると火山が噴火する危険な海域に遭遇したり、鳥たちが襲いかかってくる島の近くを通ったり、部族同士で戦いを繰り返している島から攻撃されたり、にぎやかを通り越して騒々しいだけの文明を築いた島で遊びほうける大群衆に取り囲まれてしまったり。やっぱり海の真中の孤島がいちばん暮らしやすいみたい。というお話です。
いっさいの台詞も場面説明の言葉もありません。連作ひと駒マンガ、といった感じです。猛烈な忙しさに日々追われていると、何もかも捨ててたったひとり孤島にでも行ってしまいたい、と思うことがありますね。手塚治虫は「ならば孤島に暮らしている人間は、どんな旅を夢見るのだろう」と考えています。やっぱり便利で快適な文明社会で遊びたいと考えるのだろうか? いや、もしかしたら、いろいろな旅を空想してみるだけで充分に楽しいし、リラックスできるのかもしれない。手塚治虫はそんな風に考えています。空想するだけで旅気分を満喫できるのなら、忙しい毎日に追われている自分だって、同じように空想の中でひと時、自由と孤独を楽しむことが出きるだろう。もしかしたら、それが本当の「充実した旅なのかもしれない」と――。マンガ家や絵本作家が十人集まって、それぞれに旅についての絵本を描いた『旅の絵本』に収録されている作品です。なのに、旅には出ないほうが楽しいかもしれない、という作品を書いてしまうところに、手塚治虫流のひねったユーモアのセンスが光りますね。もちろんそれは、のんびりと旅なんかしていられる暇がまったくなかった(旅先でも原稿を描きつづけていた)手塚治虫の「ヤツアタリ」なのかもしれませんが・・・。