○第12回「手塚治虫文化賞」(朝日新聞社主催)のマンガ大賞は、大学で「菌」の勉強をする学生達の生活を描いた「もやしもん」に決定しました。
 今回の虫ん坊では、その作者である石川雅之先生に、受賞の感想や、作品についてなど、いろいろと質問をしてきました!


●第12回 手塚治虫文化賞
マンガ大賞:「もやしもん」」(講談社)石川雅之
新生賞:島田虎之介
短編賞:「グーグーだって猫である」(角川書店)大島弓子
特別賞:大阪府立国際児童文学館

■「手塚治虫文化賞」マンガ大賞の受賞について

――まずは、「手塚治虫文化賞」マンガ大賞の受賞、おめでとうございます。今回の受賞の知らせは、いつどこで受けたのですか?
石川先生(以下敬称略):たしか、家で原稿をやっていた時だったかな?編集部から電話があったんです。
もやしもん担当(以下担当):まず僕の携帯に連絡が入ったんで、道端で「えっ?!」ってなりました。


――それでは、編集さんから石川先生に連絡されたんですね。
担当:「嘘だったらどうしよう」と思ったんで、まずは朝日新聞社に電話をかけなおしました。だって最初に「誰かのいたずらか?!」って思いましたから(笑)。
石川:なんだか嘘っぽいですもんね。「手塚治虫」って言われても。


――やはり最初は驚かれましたか?
石川:最初、咄嗟に「いらない!」って思いましたね。

――えっ、それはどうしてですか?
石川:そんなにほめられる内容ではない、というか・・・家でチマチマ描いている感じで、未だに自分の作品が本になっている実感すらないぐらいなので、賞なんてもらえるような作品ではない、という自信があったんですね(笑)。

――では逆にプレッシャーに感じた?
石川:でも、「もらえるものはもらいたい」という願望もあるんです。プレッシャーを感じるのは、ここ(イブニング)の編集部の雰囲気の方ですね。なんと言うか、「じゃあ面白いの描けるよね!」みたいな(笑)。 前回の続きを描くだけなのに、そんなにいきなり変わるわけないじゃないですか。なんだか描きにくかったですね。
担当:「石川くん」から「石川さん」になったよね(笑)。


――編集部以外で、まわりの方の反応はどうでしたか?何か変わりましたか。
石川:いや、特に何も変わりません。僕自身もずっと仕事してるだけですし。
担当:作家以外の人間が騒いで、お酒を飲む回数が増えたぐらいかな(笑)。

■受賞作「もやしもん」について

――「もやしもん」を始めるにあたって、発想のきっかけは何だったんでしょうか?
石川:僕はずっと大阪に住んでいまして、近所の大阪府立大学の農学部が一般人も入れるところだったので、小さい時から通り道にしていたんですよ。 そこは馬や牛が歩いているようなところだったんですけど。
で、ある時そんな話をしていたら、編集さんが「僕も東京農大の近くに住んでいたよ」と言って、「ちょっと見に行ってみよう」ということになったのが、きっかけと言えばきっかけですかね。
最初、東京農大には「醸造学科」というのがあって、どうやら大学生が酒を作っているらしいというので、コソッと見に行ったんですよ。 でも醸造学科の中を見られるわけでもなく、ウロウロしただけで帰ってきたんです。その後、個人的に和歌山の酒蔵を見学させてもらって、そこで飲ませてもらったお酒がすごく美味しかったんですね。 実はそれまで、日本酒があまり好きじゃなかったんですけど、「ああ、間違ってた」と。そういうことがポンポンとつながって、「じゃあ大学でお酒のマンガを」みたいな感じになりました。


――では、“菌”を物語の中心にしたのは、お酒作りからきているんでしょうか?
石川:菌についてはちょっと後付けみたいなところがあって。最初はとにかく群像劇がやりたかったんですよ。 それには大学が一番いいかなあ、と思ったんです。それと、酒蔵で日本酒のタンクを見せてもらった時に、「杜氏ってのはね、菌の声を聞くんだよ」みたいなことを言われたんですよ。 じゃあ、リアルな世界で声が聞こえるんだったら、マンガの世界では姿も見えていいんじゃなかろうか、という感じで、そこからちょっとずつ菌について勉強していきました。

――勉強はどのようにされたんですか?
石川:本当に菌に対する知識がゼロだったんで、府立大学の立派な図書館に入り浸ってましたね。とにかくわかりやすい本から、という感じで読んでました。

――「群像劇」というお話がでましたが、「もやしもん」のキャラクターは皆個性的ですね。それぞれモデルがいるのでしょうか?
石川:いえ、全員オリジナルですね。「もやしもん」を始める前は、まだ「作品を作る」なんて身分でもなくて、編集者の人も忙しいので、ネームをFAXしてもしばらくほっとかれることがよくあったんです。 で、その間にやれることといったら、いざ編集部から電話があった時に屁理屈をいうための理論武装なんですよ(笑)。だから、一人ずつキャラクターを考えていく、って時間はやたらありましたね。

――最初の方のエピソードは、農大という環境やその中でのイベントが中心で、物語が進むにつれてキャラクターが掘り下げられてきた印象があるんですが、そのあたりは意識して描かれているんでしょうか?

石川:最初は雑誌のコンセプトもあって、読み切りの形式だったんですね。 それに、「5話ぐらいで終了させられるんじゃないか?」と思ってたんで(笑)、大学のイベントをふまえつつ、いつ終わってもいいように、というのは意識してました。そのうちに「もう少し続けてもいいらしい」とか「3話ぐらいを続けて1つのエピソードにしてもいい」みたいになってきたので、ちょっとずつ細かいことも描けるようになってきたかな?という感じですね。
担当:それでも、単行本ごとのくくりみたいなものはあるよね。
石川:いつやめてもいいように、とは言いながら、実は最近までの流れは決めてはいたんですよ(笑)。



■手塚治虫について

――手塚治虫についても少し聞かせていただきたいんですが、何でも最初に買われた手塚マンガは「アドルフに告ぐ」だったとか。
石川:「アドルフに告ぐ」は2回買い直しましたね。最初に読んだのが小学生の時だったんですけど、とにかく難しいし、意味がわからなくて。3巻の辺りは何とかわかるな、とその辺だけを一生懸命読んでいたら、最後にまた難しいパレスチナの話になるし。だからちょっと大人になってから「読み直そう」と思って買ったんです。
担当:どこが面白かったの?子供心に。
石川:やっぱり人がたくさん出てくるところですかね(笑)。


――その他に読んで印象に残っている手塚作品は。
石川:「火の鳥」は全部集めました。それから「陽だまりの樹」。そういえば、親戚のおじさんが手塚治虫さんのファンで、全集を持っていたんですよ。そのおじさんに「順番に読め」って言われたのが最初だったのかなあ。その時、最初に読んだのが、ラストで義手が自分自身を殺しにくるっていう話で、手塚作品ってものすごく怖いと思ったんですよ。

――「鉄の旋律」ですね。あれは子供には怖いですよね。
石川:素直に「リボンの騎士」なんかを手に取っておけば良かったですね(笑)。

――同じ漫画家としての手塚治虫には、どのような印象をお持ちですか?
石川:いやもう、同じと言われると…どうなんでしょう。やはり手塚さんに対しては「読む側」ですね。ファンという立場から向こうへは絶対行かないのかなあ、という感じです。自分が漫画家っていう実感がないからですかね。講談社がそう仕立ててくれているけど、自分では何だか漫画家っぽいことをやってる感じがしない、ってのが延々と続いてます(笑)。

――でも作品はアニメ化されたし、ファンレターなんかも届きますよね。
石川:そうですね。小さい子が絵を描いてくれたり。

――今回の受賞も含めてなんですが、「もやしもん」はどういうところが評価されていると思いますか?人気の秘密といいますか…
石川:わかんないです。むしろおうかがいしたい!(笑)
担当:いつも「こんなアイデア思いついて、面白いと思うんだけど、どうかなあ」ぐらいだよね。
石川:ごくごく単純ですよね。だから、どういう経緯で受賞が決まったのかも聞かせてほしいぐらいで。自分で「ここがね〜」なんて言えればいいんですけどね(笑)。

――ちなみに、今お一人で全て描かれているそうですね。大変ではないですか?
石川:まあまあ大変ですけど、でもやればできますよ。

――それはやはりこだわりなんでしょうか。
石川:そうですね。人にまかせた方が楽ですし、一人でやってその分完成が遅くなることを誰も求めてないのはうすうすわかってるんですけど、もうちょっと納得したいなあ、と思って。上手にもなりたいですし、やれるなら全部自分の絵でやらせてもらった方が、出来上がってから嬉しいかなと。

――それでは、最後に読者へのメッセージをお願いします。
石川:これからもこんな感じでやっていきますので、気長にお付き合いいただければと思います。

―お忙しい中、ありがとうございました。
(2008年5月、講談社・イブニング編集部にて)