新宝島表紙

「虫ん坊」9月号に、『スーパー太平記 カラー完全版』のスタッフとしてご登場いただいた野口文雄さん。その野口さんが、『新宝島』をテーマに、新しい研究本を出版されました。そのタイトルは「手塚治虫の『新宝島』 その伝説と真実」。
手塚作品の中でも、特に伝説の多い『新宝島』に、どのようにアプローチしたのか―そのウラ話などを披露していただきました。

―今回の本では、なぜ『新宝島』をテーマにされたのですか?
野口:そもそもこの本は、ある出版社から「『新宝島』を復刻したいので、企画書を書いて欲しい」と頼まれたところからスタートしてるんです。ところが、これを書いているうちに、勝手にどんどん膨らんでいって、400字の原稿用紙50枚にもなったんですよ。その後、復刻は中止になったんですが、この企画書を大幅に書き足し、さらに第2章を書き加えて、今回の本にまとめたんです。
―これまでの作品研究とは、なにか視点が違うのでしょうか?
野口:最近の『新宝島』研究では、宍戸左行の『スピード太郎』を代表として挙げ、「『新宝島』以前にも映画的手法はあった。革新的なことは何もしていない」と言われることが多いんですが、その反論として「何が本当に革新的だったのか」ということを徹底的に検証してあります。実際に『新宝島』では、戦前の漫画では絶対に使われなかった手法が、色々と使われているんです。

―その具体例をひとつ教えてもらえますか?
野口:たとえば、この構図ひとつとってもそうなんですが(図A)、地図を持った人物を描かずに、奥にいる人物に焦点を当てる。こういう描き方は戦前の漫画にはまずないし、すごく映画的な構図なんです。だから、有名なオープニングの車の疾走シーンだけではなくて、こういう所も、さりげないけど実に映画的なんですね。
そのオープニングの車の疾走シーンも、「『スピード太郎』でやっているから、ただの真似でしかない」と言う人がいるんですけど、私はそれは間違いで、作品の見方がわかっていない、と思っているので、それについても本の中で説明しています。以前、小松左京が手塚先生と対談した時に、「『新宝島』のオープニングを読んで、変な漫画だなあ、と思った。あれは映画の影響ですか?」と言って、先生も「その通り」と認めているんですが、とにかく、『スピード太郎』の最初に車が出てくる場面と『新宝島』では全く違う。そういうことを図版入りで検証してあります。また、『スピード太郎』だけではなく、大城のぼるの『汽車旅行』とか、映画的手法を使っている作品と比べても、『新宝島』の手法は全く違うんだ、ということを検証しました。

―本に使用した『新宝島』の図版は、ご自分でお持ちの本からですか?
野口:そうです。『新宝島』はとにかく何十万部も売れて、後の方になると描き版の描き版になって、元の絵と全然違ってきちゃうんですよ。私が持っているのは発売された年の版なので、まだ大丈夫だと思うんですけど。ちなみに私のこだわりの一つが、この背表紙に使ったイラストです。原本の表紙は酒井七馬の絵だからダメだ、ということで(講談社全集版の)先生の絵を使ったんです(笑)。
―本に使用した『新宝島』の図版は、ご自分でお持ちの本からですか?
野口: D・W・グリフィスの『東への道』ですね。川に流されたピートが滝に落ちる寸前でターザンに助けられる場面は、この映画からとっています。
それと、手塚漫画のトレードマークである群集シーン。先生は、1コマに何十人も群集が出てきて、それぞれ好き勝手なことを言ってる、というのが描きたくてしょうがなかったわけですよ。それは『親爺教育』(ジョージ・マクマナス著)という外国の漫画の影響である、と先生本人が言っているんですが、実はこの『親爺教育』では、せいぜい1コマに7〜8人がいるだけなんですよ。だから、先生は現実をどんどん自分の記憶の中で増幅させているんです。まさにそれは天才の証だと思うんですけどね。
また、『突喊居士』(ミルト・グロス著)という漫画は、一切セリフや文字のない作品なんですが、この影響が最初にあらわれた手塚作品が『新宝島』で、先生はこの無言の描写というのをやりたかったんですね。それ以前の漫画では、文字のない状態が2コマ続く、ということはまずありえなかったんです。映画的と言われる『スピード太郎』でも、セリフのないコマが2コマ続いている箇所はありません。戦前の漫画では、それが約束なんです。ところがそういう違いについては誰も指摘しないで、ただ「真似だ」って言うんですね。

それから、先生の作品に出てくる摩天楼の描き方。これは『親爺教育』と『突喊居士』の描き方が合体しているんですが、これも図版を使って検証しています。
ちょっと本のネタバレをしゃべりすぎましたかね?(笑)

―それでは、最後にもう一つだけ、本の内容について教えて下さい。
野口:『新宝島』からはじまった映画的手法が、それ以降の作品でどのように展開していったか、ということを第2章で詳しく書いてるんですが、最後に『風の進がんばる』(単行本、未収録作品)をとりあげて、先生が「群集シーンの群集を動かす」という表現を、どんな作品の影響を受けて、どのように完成させたか、というテーマでこの本をしめくくっています。
とにかく、図版だけ見ていても楽しいし、この本1冊を読むだけで、先生にどれだけ才能があって、いかに天才であるか、ということがハッキリわかりますよ。
―どうもありがとうございました。

■「手塚治虫の『新宝島』 その伝説と真実」
野口文雄著
発売:小学館 価格:1995円(税込)