5月号の虫ん坊インタビューでは、チケット販売も始まっていよいよ盛り上がってきた「リボンの騎士 ザ・ミュージカル」で、脚本と演出を担当する演出家・木村信司さんにお話を伺いました。

 宝塚のテイストを取り入れて描かれたという「リボンの騎士」を反対に舞台に持っていくと、いったいどんな面白みが出てくるのか? そのあたりの見どころも含めて、舞台への意気込みを語っていただきました。

―― 「リボンの騎士」をミュージカル化することになったきっかけをお聞かせ下さい。
木村: 「リボンの騎士」は手塚先生が宝塚歌劇に影響を受けて描かれた作品です。ですからまず「宝塚歌劇の演出で『リボンの騎士』を」というお話でした。そこで、植田先生が監修、僕が脚本、演出を担当する運びになりました。

―― キャストはタカラジェンヌではなく、客演の宝塚歌劇団の箙かおるさんとマルシアさんを除きすべてモーニング娘。と美勇伝が演じる、いうことですが。
木村:モーニング娘。と美勇伝で、宝塚そのものをやるつもりはありませんでした。そんなことには意味がないし、そもそも無理です。宝塚の男役を極めるには、最低でも10年はかかりますから。また、たしかに宝塚歌劇には90年を越える伝統があります。しかしそれが「女性が男性を演じる」ことのすべてではないと思うのです。歌舞伎が「男性が女性を演じる」ことのすべてではないように、ほかの道があるはずです。


↑原作「リボンの騎士」より。動物たちに物語をするサファイア。
女の子と男の子の心を持ったサファイアがどう演じられるのか、また、フランツやガマーといったキャラクターはどうなるのか、楽しみです。

 そのとき思い出したのが『 R&J 』というオフ・ブロードウェイ作品でした。この作品では 4 人の男性俳優のみが、学生演劇の形を取りつつ、本気でシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』を演じるのです。この作品をジャニーズのタレントが演じたら、きっとスリリングでしょう。今回の「リボンの騎士」発想の原点は、その逆ができないか、ということでした。

 一例をあげます。本読み稽古の際、フランツ王子を演じる石川くんという出演者が、自分の声の高さを心配していました。しかし声が高くても、懸命に王子の心に成り代わることで、物語として充分に立ち上がってくるものがありました。また大臣とその息子も、親子の愛情そのものが、かえって壮年の俳優と子役の少年が演じるより伝わってきたのです。ここに突破口があります。

 宝塚の歴史をいったん白紙に戻し、タカラジェンヌではないアイドル、つまり女の子が男性を演じることで、もう一度「異性を演じる」原点に戻ってみたいのです。これは大冒険です。しかし宝塚にとっても、出演者たちにとっても、必ず意義ある冒険になると信じています。

―― 脚本も木村さんが担当されるということですが、ストーリーはどのようなものになるのでしょうか?
木村:手塚眞さんや手塚プロから、原作にこだわる必要はない、という了承をいただきました。たとえば今回の公演では天使のチンクは出ません。これには仕掛けがあるからなのですが、それより重要なのは天使が出てきてしまうと何でも可能になってしまうからです。今回の舞台は、あくまで人間のドラマとして描きたかった。単なる絵空事にはしたくなかったのです。

 手塚先生は作品を描くにあたり、何かしらテーマを念頭に置かれていたのではないでしょうか。「リボンの騎士」のテーマとは何か。「男性と女性の性差」です。その性差を超えた命の尊さです。原作は連載マンガということもあり、中盤以降はそのテーマが薄められてゆきます。しかし劇場作品ではテーマを明確に扱い、結論を出したいと思っています。

 男の子と女の子の両方の魂を持った王子が生まれ、王位継承の問題のため権力闘争に巻き込まれていく、という前半のストーリーは原作に従いました。ただ、そこから結論への導き方はかなり変えています。最後はハッピーエンドですが、そこへ向かうまでは紆余曲折します。

 シリアスな場面にコミカルな場面が入ってくるマンガらしさは、そのまま生かしました。ただしコミカルなところほどきっちり演出するつもりです。舞台はテレビと違い、笑い声の効果音をかぶせるわけにはゆきません。決して楽屋落ちなどではなく、誰が見ても楽しい作品に仕上げたいと願っています。


↑原作「リボンの騎士」より。プラスチックにだけは甘い父親の「大臣」ことジュラルミン大公。
悪人のジュラルミン大公も、息子への愛ゆえに悪事へはしった、というのが木村さんの考え。

―― 先ほど、大臣とその息子(原作ではジュラルミン大公とプラスチック)のお話が出ましたが、悪役の位置づけというのはどんな形になるのでしょうか?
木村: 公演は夏休みに行われます。また演じるのは若い世代です。ですからこの作品には、まったく同情できない極悪人は出しませんでした。たしかに大臣は悪人かもしれない。しかしその根底には息子への深い愛情があるのです。人間は、単純にあの人は善人で、この人は悪人というふうに分けられません。どんな悪人にも、悪事を働くだけの動機があります。ラストシーンでは、国を追われる人もいるのですが、登場人物全員が明日に向かって歩き出す、という終わり方にしたいと思います。

―― 見終わった後、前向きでさわやかな気持ちになりそうですね。
木村:今、子供向けの作品にすら暴力的な要素が増えています。ただお金になるからというだけで、大人がそういったものを作り続けていいのか。大人が儲けるため、子供を犠牲にしていいのか。僕らが子供のころは手塚先生の作品があり、人間の悪い部分も嘘なく描きながら、子供の夢を守ってくれていました。
  手塚先生の魂を受け継ぎ、今の子供たちに伝えていくためにも、この作品を通して少しでもご恩返しができればと願っています。

――そのほか見どころを教えてください。
木村:手塚眞さんとお話しした際、「決して古びた作品にはしないでください」というメッセージをいただきました。ですから舞台美術は現代的な感覚を取り入れます。たとえば衣装ですが、手塚先生のデザインを真似て、疑似アニメ衣装を作るのではなく「モード」を意識したものにしようと考えています。「リボンの騎士」の精神を活かしながら、美術的にはどんどん新しい要素を取り入れてゆきます。

 まだ稽古を始めたばかりですが、モーニング娘。たちは素晴らしい。声に広がりがあり、青葉が繁るような豊かさがあるのです。忙しいアイドルたちですが、充分な稽古時間をとってもらうよう所属事務所に配慮してもらいました。
  みな才能には問題がありません。必要なのは基礎訓練のみです。ですからボイス・トレーニングやバー・レッスンをしっかり行っているところです。
 今回の舞台は、マルシアさんと箙かおるさんに入っていただくだけで、後はハロー・プロジェクトと呼ばれる若い女の子ばかりになります。真剣勝負で挑みます。そうでなければ、生きている甲斐がないからです。苦労して得たものでなければ、決して観客を感動させることはできません。タナボタ式に得られるヒットではなく、出演者たちが努力して得たものを、そのまま伝える舞台にしたいと思います。    

―― 今後の日本の舞台芸術はどんなふうになっていくとお考えですか?
木村: 世界各国で、その国独自のミュージカルが生まれています。日本も、単に海外作品の真似をするだけでなく、日本独自のミュージカルを作ってゆくべき時期に来ています。それはかつて手塚先生が、ディズニー作品に衝撃を受けつつ、独自のアニメ作品を作っていったのと同じだと感じています。日本人による原作、日本人の脚本・演出・音楽によって作られる今回の「リボンの騎士 ザ・ミュージカル」は、その意味でも新たな試金石のひとつになるでしょう。

 誰でも楽しめるミュージカルを目指します。子供から大人まで、さまざまな方々に、より多くの方々にご覧いただきたいと願っています。

―― 本日はお忙しい中、ありがとうございました。