ニューヨークに本社を置くヴァーティカル社は、「リング」などの日本製エンターテイメント小説を中心に翻訳し、海外に紹介している出版社です。このヴァーティカル社が翻訳出版した手塚治虫の「ブッダ」が、アメリカの権威ある漫画賞「アイズナー賞」の「最優秀外国漫画賞」を2年連続で受賞しました!
 今月の「虫ん坊」では、ヴァーティカル社社長・酒井弘樹さんにインタビューをお願いして、「ブッダ」がアメリカで評価される理由や、翻訳の裏話などについてうかがいました。


◆アメリカで認められた「ブッダ」


――アイズナー賞の「最優秀外国作品賞」2年連続受賞おめでとうございます。
 まずは、受賞されての率直なご感想をお聞かせ下さい。
酒井:今年の2年連続というのは、昨年以上に嬉しかったですね。アイズナー賞の歴史の中でも、2年連続というのはまずないことだし、今年は他のノミネート作品にもいいものが多くありましたから。

――これまでに「ブッダ」英語版はさまざまな賞を受賞しているそうですが、他にどのような賞があるのか教えていただけますか?


酒井:今年、ハーベイ賞(Harvey Award)という賞を受賞しています。
この賞は、どちらかというとローティーン向けの作品ではなく、伝統的なアメリカン・コミックス、つまり大人でも読めるような作品性の高いものに対して与えられるもので、賞の名前はアイズナーほど有名ではありませんが、手塚作品がアメリカのコミックス業界で完全に認められたという意味で、これもとても嬉しい受賞の知らせでした。

――「ブッダ」英語版は、具体的にどのような点が評価されたとお考えですか?
酒井:突き詰めれば、テーマ(ヒューマニズム)と高いストーリー性ではないでしょうか。
アメリカは、「差別は良くない」ということをとても重要視する社会ですから、それがスピード感のあるダイナミックな展開によって描かれている「ブッダ」が評価されるのは、当然といえば当然なのかもしれません。


◆読者からの反響は「ワンダフル!」


――コミック専門の賞の場合、専門家によって評価される部分が大きいと思うのですが、その他の一般読者からの「ブッダ」に対する反響はどうですか?
酒井:一般読者で多いのは、20代から30代前半の、少なくとも大学を卒業した、若いインテリ層です。アメリカはキリスト教国ではありますが、他の宗教を知るということに対する興味は、やはりインテリ層ほど高いです。この年代の人は、すでにマンガを読むことに対して、あまり抵抗感を持っていない世代でもあります。内容に関する反響は「ワンダフル!」という表現が大多数ですね。

――ヴァーティカル社では、翻訳の際、最初の作品選考を重要視されていると聞きますが、数ある日本の漫画・手塚作品の中から「ブッダ」を選んだ理由を教えて下さい。
酒井:まずは、長編マンガをやりたいという思いがありました。アメリカで正当な評価の対象になるのは、短編ではなく、長編マンガなので。
次に、テーマとストーリー性がアメリカ人受けするものだということ。加えて、「ブッダ」であれば一種の偉人伝としても受け入れられるのではないか、という思いもありましたね。


◆翻訳の苦労、そしてこれからの展開


――マンガの翻訳は、右開き・左開きの違いをはじめ、文学作品の翻訳とはまた違った難しさがあると思いますが、「ブッダ」の翻訳では、どのような難しい点があったのでしょうか?
酒井:翻訳は、非常に難しかったです。まず、歴史的事実と手塚さんの創作の境界を見極めなければなりません。歴史的事実とされていることであれば、スペルひとつ間違っていただけで誤訳となりますから。また、仏教用語の英語での公式な表現なども調べなくてはなりません。
さらに、翻訳自体は正しくても、吹き出しの形によっては入らないということがあり、そうした場合、意味をまったく変えずに構文を組み直して吹き出しの形に合うようにするといった、アクロバチックなことも数多くありました。


――翻訳のみならず、装丁も非常に凝ったものになっていて、大変苦労されたのではないかと思いますが、これはどのようにしてデザインされているのでしょうか。
酒井:カバージャケットは、アメリカで最も有名なブックデザイナー、チップ・キッド氏の手になるものです。彼はバットマンやスーパーマン、アメリカン・コミックスの研究家としても有名で、手塚さんの偉大さを最もよく知るアメリカ人の一人です。そのようなわけで、「ブッダ」は全米のデザイン関係者にもよく売れています。


――今後、文学やコミックなど、どのような作品の翻訳を予定されていますか?また「ブッダ」以外の手塚作品も手がける可能性はありますか?
酒井:当社は「日本発の良質のエンタテインメントを世界に」というのをキャッチフレーズにしていまして、出版点数的には今後も小説が主体になると思いますが、今後、コミックも増やしていきたいと思っています。
とくに手塚作品はコンスタントに出していきたいですね。具体的には来年、「きりひと讃歌」の出版を予定しています。「ブッダ」とはまた違った意味で、アメリカ人がその質の高さに驚くことでしょう。今から楽しみです。

――私達も期待しています。お忙しい中、どうもありがとうございました。

■ヴァーティカル社のHP http://www.vertical-inc.com/