「誕生日はいいもんだ〜、幾つになってもいいもんだ〜♪」という歌があるけれど、さすがに35歳を越えたあたりから「・・んなわきゃないだろ!」と思うようになってしまった。
 子供の頃は誕生日を迎えると、自分が一つオトナになった気がして誇らしくもあったが、実際はその日を境に何かが成長するわけでもなかったし、むしろこの世に生を受けてから確実に死へ向かってのカウントダウンされる日ってだけで、実に憂うべき日だったりするのだが、それでも誕生日やクリスマスってのは、子供にとっても大人にとっても、一年のうちで最も上位のスペシャル・セレモニーディに挙げられるものだろう。
 特に誕生日というのは、この日ばかりは自分だけが主役気分になれるうえ、それを口実に欲しいものを一方的に他人へおねだりできるという、よもや一日限定の王様ゲームデーにある。そういう意味では世の女性にとっては結婚式に次ぐ女王様デーでもあるかも。女性は出産で痛〜い思いをするぶん、男性よりもちょっとだけスペシャルデーが多くあるんだろう。
 ところで子供時代に誕生日でオイシイ思いをしてきた場合、それが誕生日の常識としてオトナになった時でも誕生日にはオイシイ思いが出来ると思いこんでしまう場合がある。そしてそれが為に誕生日にイヤ〜な思いを招くって事も多かったりする。たとえば、カップルによくある誕生日のトラブルで、誕生日なのに彼氏が仕事いれちゃって会えないとか、誕生日なのに金欠でプレゼントもないとか、誕生日くらい豪勢なフルコースが食べたいのに居酒屋とか(@Loan!)…。「誕生日だってのになんて扱いなのよ?!」という不平不満は、せっかくの限定スペシャルデーを喧嘩で迎えるハメになったりもするだろう。私も何度かそんな経験があるのだが、お互いに致し方ない状況の場合は諦めるとしても、案外どちらかが「誕生日だから特別にどうこうする事もないんじゃない?」なんて思ったりしていた場合は、もとより誕生日に対する価値観からして違うわけで、「ナニそれ!なんでそーなのよ、キーッ!!」とかなっちゃたりしたらもう最悪な誕生日でして…。誕生日をキッカケに思いがけず家庭環境の違いや子供時代の経験の差を目の当たりにしちゃったりするのだ。
 世の中すべての人が誕生日だからといって特別なコトをしてきたわけではないし、誕生日だからといって最優先されることも、無論ワガママを聞いてくれるコトもありはしない。当たり前といえばしごく当たり前な話だが、子供の頃にその人がどんな誕生日を過ごしていたかによって、人それぞれの価値観とか家庭環境とか、ましてや弱みやトラウマといったものを知るキッカケになる。私の場合、独りぼっちで誕生日を過ごした経験がほとんど無かっただけに、いまだに誕生日を独りで迎えるのは精神的に苦痛だったりする。もちろん誕生日だからといって王様なみの贅沢もそうそう言えない不憫なトシにもなり、また多様な価値観があることも学んできたので、居酒屋だろうがなんだろうが祝ってくれる人がいるだけでもシアワセだと思えるし、自分の誕生日を誰かが憶えてくれてるだけでも嬉しい。誕生日が「幾つになってもいいもんだ〜」とは決して思わないけれど、誰かに一日特別扱いされるというのは、やっぱり幾つになってもいいもんだ〜。(了)

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