父はねえ、とても気前よかったと思いますヨ。
 自分の誕生日には、必ず家族全員、食事に連れて行ってくれる。
 お祝いされるのは自分なのに、家族サービスってスゴイでしょう?
 たいていは大きなホテルのレストランでディナー、って感じ。
 自分のお祝いはサテおいて、なんでも好きなものを食べなさい、って振る舞ってくれる。 そんな父の態度には、ついつい甘えてしまいました。
 そしてその癖、完全に移りました、ぼくに。
 気前の良さなら負けないカモ。
 宵越しのお金は持たないっていってもあながち大ゲサではない。
 よく、家に帰ると財布の中がカラになっているんです。
 倹約ってコトバを知らない。
 すぐヒトにおごってしまう。
 しかも、美味しいモノに眼がない。
 そこも父譲りだと思うな。
 美味しければ値段なんか気にしないから、困ってしまう。
 もちろん、美味しさは料理の味だけではなくて、誰とどんな会話をしているかが重要。 だから仕事のストレス以上に、気の合うヒトと美味しいモノが食べに行けないと不機嫌になります。
 手塚治虫は多忙さゆえ、なかなかホーム・パーティなんて開くゆとりはありませんでしたが、ぼくは根っからパーティ大スキ。
 たくさんの気の合う仲間がガヤガヤ集まるの、楽しい。
 学生の頃から、友達を集めて家でパーティをしていました。父の留守をいいことに、友達を呼び放題。多いときには60人もお客が来たでしょうか。
 父もあきれたことでしょうね。
 今でも懲りずによくやります。ミニ・パーティ。
 アーティスト、ミュージシャン、俳優、モデルたちが家の中に入り乱れる様は、サイコーに寛ぎます。
 誰かの誕生日を名目にやっていましたが、だんだん目的はどうでも良くなって、最近は理由もなく、ただパーティやります。スタッフにあきれられちゃうんですけどね。
 ところで、父の生前、誕生日に何かプレゼントをしたっていう記憶がないんです。
 忘れているだけかもしれませんが、いずれにしても親不孝者ですね。
 でも、家族そろって美味しいモノを食べにゆく。もしかしたら、それに優る喜びはなかったのかもしれません。
 そして一緒に食事に行ける家族がいる。それが何よりのプレゼントなのかもしれません。

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