何年か前に『真昼の月』というTVドラマがあった。織田裕二と常磐貴子が主演していたやつだ。暴行事件によって深いトラウマを抱えてしまった女性と、そんな彼女を愛してしまう男性の苦悩と葛藤を描いたラブストーリーだったが、そのドラマの中で飯島直子扮するカウンセラーが精神的トラウマについて「真昼の月のようなもの」と表現していた。目に見えない真昼の月でもそこに存在しないわけではない…。確かに私たちは夜空にこそ月は存在するものと思いがちだ。それどころか夜空の月でさえ、その存在を意識することなかったりする。月の輝きがどれほどのものか。一度でもその威力を知ってしまうと、夜ごと月の存在を意識せざるをえなくなってしまうだろう。
  私が月の威力を初めて意識したのは、3年前、ある野外レイヴのイベントに出かけた時だった。その日はちょうど秋分にあたり、会場となった野辺山天文台近くの牧場では、それは見事な秋分の月を愛でることが出来るとの評判だった。ところが前日までの悪天候により、その晩は空はどんより曇りがち。ましてや山の中の真夜中は都会の真夜中より相当に闇夜である。一部ライトアップされた使用エリア以外は、会場は足元すらおぼつかないほどに真っ暗闇の状況にあった。そんな中を私と友人は懐中電灯を片手にブラブラと散策していた。数百メートル先の明るいダンスエリアまで、薄ボンヤリとした明かり以外は暗闇に包まれている。ところが、ふと前を見ると、深い闇の中に一本のサーチライトが煌煌と地面を照らし出している。「はて?なんでこんなトコロにサーチライトが…??」そう疑問に思って近づくと、それは雲と山の狭間から顔を出した月の光だったのダ。まるで黒いキャンバスに一本の蛍光ラインをキッパリと引いたみたいに、その光線は屈強に地面を射していた。まさに宇宙からのサーチライト!そしてそこだけが真昼のように明るかった。生まれて初めて月を眩しいと感じた瞬間。その驚きと感動は今でも印象に残っている。
  それからというもの私は、太陽よりも月の魅力に惹かれるようになった。また何かと月にも縁があったりしている。昨年、「月光浴」という月の明かりを使って写真を撮り続けてる、石川賢治氏とお会いして、あらためて月の威力が本当にスゴい事をつくづく考えさせられた。また今年は遊◎機械全自動シアターの舞台『ムーンパレス』を見て、それをキッカケにムーンストーンの指輪を購入することになり、またそれをキッカケに新しいレイヴ仲間が出来た。ムーンストーンは月が満ちる時には出会いを、月が欠ける時には予知能力を授かるらしい。科学的な根拠はともかく、何かしら不思議なパワーチャージが出来そうで、月夜の晩は小さなムーンストーンを身につけて月光浴をすることを心がけている。(…それって電波系? いや、もう少しファンタジーな世界としてね……) (了)

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