ぼくの心を照らした漫画映画

1945年4月12日

映画「桃太郎 海の神兵」より

映画「桃太郎 海の神兵」より

 敗戦の年の春、意外な傑作が突如として現れた。「桃太郎 海の神兵」全九巻の、文字通りの大作である。製作費二十七万円、監督瀬尾光世(せおみつよ)(現せお・たろう)、原画桑田良太郎(くわたりょうたろう)、音楽古関裕而(こせきゆうじ)、作詞サトウ・ハチロー、美術黒崎義介(くろさきよしすけ)というスタッフは堂々としたものであり、なによりも国産動画の総決算といった作品になった。
 ところが、残念ながら東京、大阪ともすでに焼け野原となり、日本は矢折れ弾尽きて映画どころではなくなっていた。だいいち、観客である児童は各地に疎開している。ほとんど話題にもならずに葬られてしまった。
 ぼくは焼け残った松竹座の、ひえびえとした客席でこれを観た。観ていて泣けてしようがなかった。感激のあまり涙が出てしまったのである。全編に溢(あふ)れた叙情性と童心が、希望も夢も消えてミイラのようになってしまったぼくの心を、暖かい光で照らしてくれたのだ。
「おれは漫画映画をつくるぞ」
 と、ぼくは誓った。
「一生に一本でもいい。どんなに苦労したって、おれの漫画映画をつくって、この感激を子供たちに伝えてやる」

講談社版手塚治虫漫画全集『手塚治虫エッセイ集 1』より
(初出:1969年毎日新聞社刊『ぼくはマンガ家』)