大洪水時代(地球の悪魔所収)

解説:

(手塚治虫 講談社刊 手塚治虫漫画全集『地球の悪魔』あとがき より)
(前略)
 「大洪水時代」は短い作品で、「おもしろブック」の別冊付録についたものです。ぼくはノアの箱舟伝説が好きで、どうもいろんな作品に出したがるのですが、これにも箱舟が出てきます。「日本沈没」の洪水版のようなストーリーは、その頃読んだ何かの記事に、「もし北極の氷が全部解けると、何十メートルか水位が上がって、東京一帯は水の下に沈没する」というのがあって、それをヒントにしたのでした。

読みどころ:

 どんなに怖いもの知らずの豪傑ごうけつだって、だれよりも偉い王様だってかなわないものと言えば、天変地異。自然災害だけはどんなに人事を尽くしても、さいごのさいごは天命を待たなければなりません。


 この『大洪水時代』もまた、そんな話。時代は未来。高度な科学文明を築いた日本では丁度『ノアの箱舟』の時代のように、人々は自然を省みず、地上をわがもの顔で闊歩かっぽしています。そこに突如襲いかかる大津波。人間の横暴に牙を向く自然。こうなるとどんな武器も文明も歯が立ちません。
 日本軍の技師を務める海老原鮫男えびはらさめおには、心を病んでしまった弟がいました。父にも、兄にも見放されたこの弟、海老原鯛二えびはらたいじは病院に入れられ、たまに訪れるのは親友だった浦島少年のみ。ある日、その鯛二の病院に三人の脱獄囚が押し入ってきます。ならず者どもはちょうどその時見舞いに来ていた浦島少年や鯛二の父を人質に、病院に立てこもります。そこに突如襲ってくる大津波! とっくに他の人々は山奥などに避難して、街に残っているのは鯛二ら人質と脱獄囚のみ。さて、彼らはいったいどうなってしまうのか。


 脱獄囚だつごくしゅうを演じるのは、ヒゲオヤジにアセチレン・ランプといったレギュラーの手塚スター。鯛二の兄鮫男にはメイスンをキャスティング。ストーリーもページ数の少ない作品ながら意外な展開や凝った伏線などが用いられた鮮やかなもので、ちょっとした長編漫画くらいの読み応えがあります。


 大災害という、だれにも逆らえない状況において、切羽詰った人間はどんな行動を、そしてどんな心の動きを見せるだろう? この作品はそんな問題にも一つの答えを見せていて、特に脱獄囚たちの心の動きの変化はなかなかに興味深いものがあります。意外な人物が意外な面を見せたりしているので、そんなところにもご注目ください。
 そしてやはり、じんとくるラストシーンは必見。サスペンスとすがすがしい感動の両方を味わえる名作です。
そよ風さん

解説:

 そよ風さんが連れ去られるシーンに出てくる、「本数が変わる煙突」は東京都北千住に当時実在した。『リボンの騎士』に登場したナイロン卿がそよ風さんが上京する電車の中のシーンでエキストラ出演している。


読みどころ:

 緑豊かな山の奥にある源町に住む少女、千代子ことそよ風さんは、八百年来の犬猿の仲の平町の少年、三太と友達になるのですが、回りの人々はそんな彼らを引き離そうとします(『そよ風さん』)。
  東京に出て、日由子ことひまわりさんと同じ学校へ行くことになったそよ風さんは、悪人の計略にはまり、連れ去られてしまいます。進学のために上京していた三太は、ひまわりさんと一緒に連れ去られたそよ風さんを探します(『ひまわりさん』)。 



 終戦直後の日本を舞台に、様々な災難に巻き込まれていくそよ風さんのお話もまた、ハラハラドキドキしどうしの大冒険には違いありません。この作品で戦う女の子はもう一人の主人公、柔道の得意なひまわりさんです。主人公のそよ風さんは、ねたまれても憎まれても敵と対決せず、あくまで不抵抗、不服従。挙句どんな悪人でも改心させてしまいます。 


 優しさに勝る武器はなし。この「強さ」は、ある意味無敵かもしれません。とはいえ、この作品の悪人たちは一様に切なく、終戦直後の厳しさゆえに悪人に身を落とした悲哀が感じられます。そよ風さんが彼らを「ほんとはいい人よ」と言うのは、ただ真実を見抜いているだけなのかも知れません。 

 ところでこのそよ風さんが子どもたちや動物を集めてお話を語り聞かせるシーン、なんとも心が癒されます。小さなかえるを手のひらにちょこんと乗せ、「ねえかえるさん、何かいいお話してよ」と話しかけるそよ風さんの優しい横顔は、どんなに心がすさんでいても癒されること間違いなし。この優しさにひまわりさんや三太も惹きつけられるのでしょう。
 ごく短い作品ですが、不幸な境遇にもめげずに強く生き抜く優しく清らかな少女の物語『そよ風さん』は、読めばきっと優しい心になれる、そんな作品です。

  

すっぽん物語

解説:

(手塚治虫 講談社刊 手塚治虫漫画全集『すっぽん物語』あとがき より)

 「フースケ」とおなじく、アダルト=コミックの短編集です。
 漫画集団や、かつての独立漫画派の作家たちがかいていた、いわゆるおとな漫画は、しだいに劇画や少年漫画におされて、その発表誌はおもな二、三誌をのぞけば、地方誌とか、業界誌や新聞に限られてしまいました。
 その中で、長いあいだ純粋なおとな漫画を提供しつづけたのが、実業之日本社から出ている「漫画サンデー」と、文芸春秋社の月刊誌「漫画読本」でした。
 しかし、「漫画サンデー」は時代の流れにしたがって劇画中心のコミック誌となり、一方、漫画雑誌一番のキャリアを保っていた「漫画読本」は休刊の憂き目をみてしまいました。
 ぼくは、この二つの雑誌とも長いつきあいでした。ただ物語を映画的に展開しただけの劇画やストーリー漫画に、物足らなさや心細さを感じていましたから、漫画本来のユーモアやオチのおもしろさを、これらのおとな漫画雑誌にかくことで勉強しようと思いました。
 時によっては編集者に、「手塚さんは、どちらかというと、おとな漫画のほうがいきいきとして活気があるようにみえる」といわれたことがあります。ある程度のおとなっぽさと、思いきりの諷刺や皮肉をかきまくることが、ぼくにとってはカタルシス(気分晴らし)になっていたことは事実です。(後略)

読みどころ:

 「すっぽん物語」は、奇抜でナンセンスなアイデアを基に、強烈な社会諷刺を織り込んで描かれた短編です。


 妻と子供がでかけたマイホームで、ひとり留守番中の主人公(というより、哀れな犠牲者の一人?)。そこへ突然、鼻の頭に"すっぽん"をぶらさげた男性が訪ねてきて、その"すっぽん"を主人公の鼻へ移していきました。この"すっぽん"、主人公の必死の努力にもかかわらず、どうやっても彼の鼻から離れてくれません。
 とうとう妻にはあきれられ、職場では笑い者にされてしまう主人公ですが、この"すっぽん"は次に彼の上司の鼻へと移り、その後も他の人間の鼻を転々として、最後は意外な人物の鼻にくっついてしまいます。




 果たしてこの"すっぽん"が意味するモノはなんなのか!? と、難しく読むこともできますが、まずは大人向けナンセンスギャグ漫画として、気の利いたオチを気軽に楽しんでみてはいかがでしょうか(なお、このオチについては、ちょっと凝った構成になっていますのでお楽しみに)。

 あなたなら、この“すっぽん”、誰にくっつけてみたい!?
ミッドナイト ACT.30(第3巻ACT.7)

解説:

(手塚治虫 秋田書店刊 少年チャンピオンコミックス『ミッドナイト』はしがき より)

 10年間、温めてきたタクシー・ドライバーの話です。この仕事は、毎日、色んな人間の色んな人生がのぞけて、うらやましいなと思いながら、ドライバーの気分で描いています。名前も、年齢も、素性もわからない深夜タクシーの一匹オオカミ・ミッドナイト、どうぞごいっしょに同乗してください。

読みどころ:


 「ミッドナイト」はあの「ブラック・ジャック」、「七色いんこ」の活躍の場だった週刊少年チャンピオンに、1986年5月2日号から1987年9月18日号まで連載されました。「ブラック・ジャック」同様、この作品にもしばしばスター・システムが効果的に導入され、ストーリーの巧みさとの相乗効果でよりいっそうの感動を生んでいる佳作がいくつか存在しますが、このACT.30もまたそういった例の一つです。

 ある路地裏でミッドナイトが出会ったみすぼらしい身なりの老人は、手塚漫画にさほど詳しくなくてもなんとなくどこかで見た顔だな? と思わせる風貌の持ち主。大きな鼻と頭の横に残った白髪、おなかが出っ張り気味の丸っこい体つきは、「鉄腕アトム」でお茶の水博士として有名なあの老紳士に間違いありません。ただし、科学省の長官らしくいつもおしゃれな背広姿のお茶の水博士とは似もつかず、顔つきはくたびれ、髪の毛は伸び放題。

 これこそがスター・システムの醍醐味で、特にお茶の水博士のように、もう読者のほとんどがそのキャラクターの人となりをよく知っているのを逆手にとって、わざとそのキャラクターにそぐわない役柄を当てはめるというのは、ただの意外性以上に、思わぬ効果を生み出してくれます。冒頭たったひとコマ、お茶の水博士演じる老紳士が登場しただけで、読者はあの元気で朗らかな「鉄腕アトム」の博士を思い出し、あんなに良い人がどうして…などと胸の痛む感慨をいだくことになるのです。

 このACT.30では、大人になったアトムとウランという、これまた意外で珍しいキャラクターも登場します。「鉄腕アトム」連載開始から30年あまりが過ぎた1986年、ひょんなところで同窓会のように久しぶりに顔をあわせたアトムたちとお茶の水博士。不朽の名作「鉄腕アトム」の永遠の輝きと共に、年齢を重ねることは決してないアトムたちですが、もし二人が人間で、30年後に顔をあわせることがあれば、こんなエピソードもありうるんじゃないか、とふと読者に感慨を抱かせてくれる『ニクイ』仕掛け、ともいえそうです。
新選組

解説:

(以下手塚治虫 講談社刊 手塚治虫漫画全集『新選組』あとがきより)


 ぼくのかく時代ものは、だいたいに時代考証がメチャクチャで、こまかい部分を見れば見るほど、いいかげんな道具立てをしていることがバレてしまうのですが、この『新選組』も、ご多分にもれません。
 『新選組』は、まだ新選組や沖田総司が、現在ほどブームになる以前、まだ勤皇の志士きんのうのししから見れば悪役然としていたころの、昭和三十八年の作です。連載したのは「少年ブック(いまの週刊少年ジャンプの前身)」で、一年近くつづいたあとで、「ビッグX」に切りかえたのです。ほんとうは、もっと長くつづけたかったのですが、あんまり人気がよくありませんでしたし、なにぶんにも地味な作品でしたので。
 はじめの構想では、近藤勇の処刑から、五稜郭ごりょうかくまでかきつづけたかったのです。だから、池田屋の切りこみのところで、ちょうど半分終わったところで止めてしまったことになります。


読みどころ:

 父親を土佐の侍に斬り殺された少年深草丘十郎は、父のあだを討つべく新選組に入隊し、そこで剣の強い謎の少年、鎌切大作かまきりだいさくと知り合います。年頃の近い二人は親友となり、ともに志士として生活しますが、局長芹沢鴨せりざわかもの命令で、ある侍を斬ったことから、今度は逆に八重やえという少女に敵として狙われることになってしまいます。




 現在では、新選組の物語といえば、近藤勇、土方歳三、沖田総司などのいわばトップ隊員を扱った作品が人気を呼んでいますが、こちらの手塚治虫版『新選組』は架空の一隊員を主人公に、フィクションをふんだんに盛り込んでいます。もっとも、上に挙げた新選組のヒーローたちも脇役として登場しますが、そもそも中盤の見せ場、芹沢鴨暗殺からして大きく設定が変わっていますので、その心づもりで…。



 フィクションついでに、この漫画に登場する新選組の主力たちのイメージが、現代の私たちが持っているイメージと微妙に違っているところにも注目したいところ。沖田総司は神経質そうなぎょろ目の青年ですし、土方はサディスティックな性格の女顔で、一番かっこいいのが近藤勇というキャラクター設定。これはまた一味違って趣き深いです。
 そしてあともうひとつ、さりげない読みどころは約4ページにわたり、町人や力士も巻き込んで『ウエスト・サイド物語』ばりに踊りまわる芹沢局長! こういったオペレッタ風な演出は手塚漫画にはしばしば登場しますが、これは結構派手な部類に入るかもしれません。シリアスで地味になりがちな幕末の空気を一時やわらげてくれる小粋な演出といえましょう。