ブッキラによろしく!

解説:

(手塚治虫 講談社刊 手塚治虫漫画全集『ブッキラによろしく!』2 あとがきにかえて より)
 「ブッキラによろしく!」は、TV局、ダメ女、グレムリンの三つをくっつけて考えたものです。
 本来は「グレムリン」みたいな妖怪SFものにするつもりだったんですが、それにTV局のアイディアを入れて、「ばるぼら」のようなダメ女を出したんです。三つ目のようなダメ男はずいぶん描きましたが、ダメ女は少なかったでしょう。なぜダメ女を出したかというと、スリラードラマに出てくる女性はたいてい、キャーキャーこわがるくせにわざわざこわい所に行ってみる。バカというか単純というか、そういう世間知らずのくせに何かと首を突っ込みたがる女の子を出したら面白いんじゃないかと思ったんです。


読みどころ:



 東西テレビで売り出し中というタレントの根沖トロ子はとんだダイコン。時代劇に出ても、クイズ番組に出てもろくな演技ができないどころか、酷い失敗ばかりをしています。そのくせテレビ局の人々は、そんなトロ子をやけに大切に扱います。トロ子のようなイモタレントをどうしてそんなに大事にしているんだろう? 疑問に感じた三流ゴシップ誌「クロスカウント」の記者、間久部緑郎ことロックが根沖トロ子の秘密を探りはじめます。ロックがやっとトロ子から聞き出したのは、13号スタジオに住み着いているという「ブッキラ」のこと。ブッキラは何と小さな妖怪で、13号スタジオで番組を収録するときは「恋人」のトロ子がいないと、彼が決まっていたずらを働くというのです。


 タレントどころか、何をやらせてもダメなトロ子ですが、性格はかなりしたたかで、あのロックですらたじたじ。ハム・エッグ演じる番組プロデューサー・仁古見宇呑をゆする初登場時こそ『バンパイヤ』の間久部緑郎らしい雰囲気をかもしていたあのロックが、トロ子と行動するようになってから、どうにも三枚目に落ちてしまうのだからたいしたものです。


 勇敢でかわいらしいブッキラ、可憐で小さいのに頼りになる、と言うところはアトムやレオを彷彿とさせますが、ブッキラのくしゃくしゃ頭とどんぐり眼は、前回ご紹介した『ルードウィヒ・B』のルネの小さいころにも似ているのではないかと思うのですが、いかがでしょうか?


 ザザプトン先生の妖怪の学校、日本の妖怪を操る謎の男やブッキラの正体、トロ子とロックのその後についてなど、いろいろなドラマが期待できる作品ですが、残念ながらこれも途中で打ち切りとなった作品です。
鉄腕アトム アトム大使

解説:

 アトムはもう足かけ十年ちかく書いています。わたしの作品の代表のように言われています。でも、アトムをさいしょ書きはじめたときはまさかこんなにつづくとは思いませんでしたし、またアトム自身、物語の主役ではなかったのです。
 「ジャングル大帝」をM誌に連載しているとき、光文社の『少年』の編集長の金井さんから、なにか冒険科学ものを書いてほしいとご注文がありました。それで、さいしょ原子力と未来の世界をあつかった「アトム大陸」という連載をかんがえたのですが、金井さんにお見せしたら、むずかしすぎるとのこと。それまで単行本をおもにかいていたわたしにとって、雑誌の読者は、どうも勝手がちがうようでこまりました。…(中略)…おもったとおり、さいしょにかいた「アトム大使」はふくざつすぎて、よくすじがわからないというひょうばんでした。それで、つぎに「鉄腕アトム」というタイトルで、アトムをあらためてかつやくさせることになりました。…(後略)


読みどころ:



 原作の設定上では、2003年4月7日に誕生した鉄腕アトム。誌面上のデビューはいつだったのかというと、1951年『少年』4月号で連載が始まった『アトム大使』という作品です。今日0歳の誕生日を迎えたアトムは、実は62年のキャリアを持つ、押しも押されもせぬ大御所中の大御所スターでもあるのです。


 講談社版手塚治虫漫画全集では、このエピソードは『鉄腕アトム』の第1話として収録されていますが、アトムを主人公とする一連の『鉄腕アトム』の諸ストーリーと比べてみるとこの『アトム大使』は若干異質で、連載第4回でやっと登場するアトムも、まだ脇役然とした控えめの演技を見せています。


 そんなところは『鉄腕アトム』から先に読んだアトムファンにとっては物足りない部分となるかもしれません。しかし、それもデビューしたてだったアトムの初々しさと思えば、また微笑ましく、趣き深いところとなるでしょう。


 『アトム今昔物語』などではハム・エッグが演じる、アトムが所属していたサーカス団の団長が、ムッシュウ・アンペア演じる幾分紳士風のキャラクターになっているなどの変更があるほかは、アトムを取り巻く登場人物たち——ケン一君やタマオ、シブガキ、ヒゲオヤジやお茶の水博士、そして天馬博士といったレギュラーメンバーは、この作品でもその顔を観ることが出来ます。
夜明け城

解説:

(手塚治虫 講談社刊 手塚治虫漫画全集『夜明け城』あとがき より)
 学習研究社は、昭和二十年代のおわりごろにはまだ木造二階建ての、こういってはなんですが、どうもパッとしないつくりのちいさな出版社でした。
  (中略)
 何十万部もの部数をきそう市販誌とちがって、振興のムードにもえた学研は、ことに漫画に関しては(あまり漫画の事情を知らないせいもあったのでしょうが)、わりと自由に、すきなようにうでをふるえる場がありました。

 その学研の中学生むけ月刊誌に、たてつづけにかいたのが「アリと巨人」「フィルムは生きている」であり、この「夜明け城」です。
「夜明け城」は、ぼくの時代ものとしては、ほとんど人の目にふれずに地味におわってしまった作品ですが、ぼくのすきなもののひとつです。わりとまとまっているし、戦国小大名の悲願と、挫折のムードが出ていて、バタくさいところもあり、なによりもかきやすかったところもあります。当時は、戦後の第一次時代劇ブームが去り、「赤胴鈴之助」時代もおわり、つぎの劇画ふう忍者ものにうつる端境期にあったころで、こういった作品はふつうの月刊誌だと、およそ企画にものぼらなかったはずです。
  (後略)


読みどころ:



 手塚漫画の魅力というと、かわいい絵にそぐわない深いテーマとか、どんなにカッコいいヒーローも秘めた悩みを持っているリアリティとか、人によってさまざまに挙げられると思いますが、その共通項の一つに、作品の持つ多重性が挙げられると思います。
  この『夜明け城』には、そんな手塚漫画の魅力が、ある究極の形として凝縮されています。アトムの持つ、ヒーローなのに一人ぼっちの悲しみとか、サファイヤがひた隠しにした女の子の心だとか、ブラック・ジャックがふと見せる優しさなんかの、手塚漫画の主人公達が共通して持っている二重性が、この漫画の場合、ほとんど全ての登場人物に見られるのです。
 それは日本人がよく言われる、ホンネとタテマエが違うとか、裏表があって信用ならないとかということではなく、一筋縄ではいかない、とか、奥ゆかしいとでもいいたい深みがあり、戦争が絶えず、隣国同士でだましあう安土桃山時代という時代の雰囲気をよりリアルに感じさせてくれます。


 主人公の緑丸、その父親に家老の藪蛇、夜明け城の監督を務める紫藤之介、それに二人のヒロイン、藪蛇の娘の弥生にお妙など、主要登場人物たちがそれぞれに持つ裏の顔については、作品の筋に関わってきますので、ここでおいそれとご紹介するわけには行きません。ぜひ作品を実際に読んであれこれ、考えてみて楽しんでほしいと思います。

リボンの騎士 少女クラブ版

解説:

(手塚治虫 講談社刊 手塚治虫漫画全集『リボンの騎士 少女クラブ版』あとがきより)
(前略)…
 昭和二十七年の秋に、当時「少女クラブ」の編集者だった牧野さん(その後、編集長から役員までになり、現在は出版社の社長です。)が来られて、『鉄腕アトム』や『ジャングル大帝』のようなストーリー漫画を、少女ものとしてつくれないだろうかと、相談をもちかけられたのです。ぼくは、すぐ、女の子に人気の高い宝塚歌劇の舞台を漫画におきかえてみたらどうだろうと思い、やってみましょう、とご返事しました。…(中略)…
 それにしても、『リボンの騎士』はたのしい仕事でした。もうお話が大団円にきてしまったのに、読者の要望でさらにのばさなければならなくなりました。しかたなく「人魚姫」のお話をくっつけたりしました。この「少女クラブ版」だけに登場するメフィストは、最近作の『ドン・ドラキュラ』の原型だと思います。これをなぜ「なかよし版」で、魔女ヘル夫人に変えてしまったのか、自分でもよく分かりません。
…(後略)…

読みどころ:

 王女でありながら王子として剣を取るサファイア。男装の麗人というのはロマンチックで、女の子の永遠の憧れですが、『リボンの騎士』の、少女漫画的な絵柄やフランツとの恋物語といったお伽話の要素と、ヒーロー・サファイアを主人公にした陰謀あり戦いありの手に汗握る冒険譚をうまく融合させるのが、サファイアの男と女両方の心を持つキャラクターともいえるでしょう。





 彼女の脇を固めるキャラクターもまた、この物語をさらに面白くしています。天使チンクやフランツの主役クラスはいうまでもなく、脇役もなかなか味があり、特に喧嘩ばかりしていてもいつも一緒の乳母と博士などはいい味出しています。
  ヒロイック・ファンタジーをさらに盛り上げる敵役、サファイアの王位を狙うジュラルミン大公と参謀ナイロンもまた、ずるがしこさ、憎たらしさ申し分ない名キャスト。結構可愛い外見がご愛嬌のこの二人は手塚スターとしてしばしば他の作品にも登場します。  そして最強の悪役、魔王メフィストもまた、魅力的な魔法使いです。自在に変身し、縦横無尽・神出鬼没に活躍する姿はなんともかっこいいのですが、実は娘ヘケートにはめろめろで、そんなところは憎めない、イチオシなキャラクターです。


 天使や言葉をしゃべる動物たち、お城の王女さまと隣の国の王子様の恋といったお伽話、王位争奪の陰謀や悪魔との対決という冒険譚的ストーリーが同時に楽しめる『リボンの騎士』は、何度読んでも面白い、上質な物語漫画です。
陽だまりの樹

解説:

 手塚治虫が、3代前に実在した先祖で蘭方医の手塚良庵(のちに良仙)を題材にとり、幕末〜明治初期における日本と、その時代に翻弄される人々を描いた歴史大河ドラマ。
 この作品の連載は足かけ6年に及び、その執筆量に加え高い完成度からも手塚作品の中で特に重要な1作である。それまでに『シュマリ』『一輝まんだら』『アドルフに告ぐ』『奇子』などの大人向け作品を描いてきた手塚治虫は、この作品の連載が終了して幕末〜戦後をひとまず描き終えたと感じ、次に現代劇である『グリンゴ』(絶筆)の連載をスタートさせることになった。

読みどころ:



 手塚治虫の晩年における代表作の1つで、時代劇としては手塚作品中、1番のボリュームを持つ大河ドラマです。激動する幕末を舞台に、蘭方医の手塚良庵と、不器用だが実直な府中藩藩士・伊武谷万二郎の2人を中心として、その時代に生きる人々の生きざまをえがきだしています。特に下級武士の日常生活や、蘭方禁止令の中での蘭方医達の悪戦苦闘などは綿密な調査のもとに描かれたと思われ、フィクションを交えているとはいえ非常に興味深く、また作品に実在感を添えています。



 さらに『陽だまりの樹』で見逃せないのは、良庵、万二郎の2人はもちろんのこと、脇役の1人1人にいたるまで、登場人物が非常に個性的かつ魅力的であることです。西郷隆盛、坂本龍馬、勝海舟、福沢諭吉など、当時の日本を代表する人物達が次々と登場しますが、手塚治虫の視線は、時代に翻弄されながらも必死に生きる庶民から離れることはありません。それは、良庵による「歴史にも書かれねえで死んでったりっぱな人間がゴマンと居るんだ」という、作品中屈指の名セリフに象徴されており、そのまま手塚治虫から読者へのメッセージと受けとめることができるのではないでしょうか。


 同時期の作品『アドルフに告ぐ』と同様に、登場人物達の各々のエピソードが大団円にむかって1つの大きな物語として進行・収斂されていくという、手塚治虫が得意とするドラマ作りの手法が存分に発揮されており、作品としての重厚感も格別で、しみじみとした読後感までじっくりとあじわって欲しい作品です。