ユニコ プロローグ〜第一章 野牛の丘

解説:

(手塚治虫 講談社刊 手塚治虫漫画全集『ユニコ』第2巻 あとがきより) ユニコというキャラクターはアメリカ生まれです。いや、アメリカ人がつくったわけではありません。
  サンリオというファンシー商品の会社が、アニメの本格的な作品として、「メタモルフォセス」(後に「星のオルフェウス」と改題)という日米合作長編ものを手がけるために、ロサンゼルスにスタジオを開設したのです。
  そこへ遊びにいった時、スタジオの一室でハッとユニコの姿が思いうかびました。
  そこで紙をもらって、イメージが消えないうちにスケッチをしました。ユニコの誕生です。
  そもそも、サンリオで「リリカ」という少女向け月刊誌を出す企画があり、ぼくも連載をたのまれていたのです。しかし少女マンガは長いあいだ描いていないし、なにかかわった動物ものにしようかなどと考えていて、それがロサンゼルスで突然ひらめいたのでした。
  日本へ帰る飛行機の中で、ユニコーンをもじった“ユニコ”というネーミングも終わり、こりゃあいけるぞ、と自信を深めました。
  (後略)


読みどころ:



  後期の手塚作品においては、唯一と言ってもいい少女漫画のヒット作「ユニコ」。まずはその導入部をご紹介します。
  愛らしい主人公・ユニコの登場が描かれるプロローグは、ギリシャ神話がモチーフです。ユニコの飼主・プシケの美貌と幸運を妬んだビーナスは、西風の精に命じて、ユニコを遥か遠い場所へと運ばせます。そして、そのユニコが繰り返し経験する出会いと別れが、この「ユニコ」という作品のエピソードを形作っていくのです。
  なお、プロローグの「ペットコンクール」の場面には、「恐竜ガーティ」や「小象プーラ」が登場するなど、手塚治虫らしいお遊びが満載です。


 第一章「野牛の丘」は、インディアンの少年・ティピと、白人の少女・メアリの幼い恋愛が、人種間の争いによって壊れていく悲劇の物語。少女誌ながら、「人種間の理解」「侵略の歴史」という重たいテーマに挑戦しており、ここではハッキリと「白人=侵略者」として描かれているのが興味深いところです。ちなみに、初期の西部劇作品「拳銃天使」とおなじく、ここでも白人側の悪者をハム・エッグが演じています。


  ユニコの魔法の力によって大人になったティピとメアリ。2人が味わった束の間の純粋な愛は、当時の少女読者達の胸をきっと熱くしたことでしょう。
ブッキラによろしく!

解説:

(手塚治虫 講談社刊 手塚治虫漫画全集『ブッキラによろしく!』2 あとがきにかえて より)
 「ブッキラによろしく!」は、TV局、ダメ女、グレムリンの三つをくっつけて考えたものです。
 本来は「グレムリン」みたいな妖怪SFものにするつもりだったんですが、それにTV局のアイディアを入れて、「ばるぼら」のようなダメ女を出したんです。三つ目のようなダメ男はずいぶん描きましたが、ダメ女は少なかったでしょう。なぜダメ女を出したかというと、スリラードラマに出てくる女性はたいてい、キャーキャーこわがるくせにわざわざこわい所に行ってみる。バカというか単純というか、そういう世間知らずのくせに何かと首を突っ込みたがる女の子を出したら面白いんじゃないかと思ったんです。


読みどころ:



 東西テレビで売り出し中というタレントの根沖トロ子はとんだダイコン。時代劇に出ても、クイズ番組に出てもろくな演技ができないどころか、酷い失敗ばかりをしています。そのくせテレビ局の人々は、そんなトロ子をやけに大切に扱います。トロ子のようなイモタレントをどうしてそんなに大事にしているんだろう? 疑問に感じた三流ゴシップ誌「クロスカウント」の記者、間久部緑郎ことロックが根沖トロ子の秘密を探りはじめます。ロックがやっとトロ子から聞き出したのは、13号スタジオに住み着いているという「ブッキラ」のこと。ブッキラは何と小さな妖怪で、13号スタジオで番組を収録するときは「恋人」のトロ子がいないと、彼が決まっていたずらを働くというのです。


 タレントどころか、何をやらせてもダメなトロ子ですが、性格はかなりしたたかで、あのロックですらたじたじ。ハム・エッグ演じる番組プロデューサー・仁古見宇呑をゆする初登場時こそ『バンパイヤ』の間久部緑郎らしい雰囲気をかもしていたあのロックが、トロ子と行動するようになってから、どうにも三枚目に落ちてしまうのだからたいしたものです。


 勇敢でかわいらしいブッキラ、可憐で小さいのに頼りになる、と言うところはアトムやレオを彷彿とさせますが、ブッキラのくしゃくしゃ頭とどんぐり眼は、前回ご紹介した『ルードウィヒ・B』のルネの小さいころにも似ているのではないかと思うのですが、いかがでしょうか?


 ザザプトン先生の妖怪の学校、日本の妖怪を操る謎の男やブッキラの正体、トロ子とロックのその後についてなど、いろいろなドラマが期待できる作品ですが、残念ながらこれも途中で打ち切りとなった作品です。
鉄腕アトム 青騎士

解説:

 「青騎士の巻」は『少年』の1965年10月号から、1966年3月号にわたって連載されました。
  その頃盛んだった、学園闘争などの影響もあって、正義の味方・アトムのキャラクターをもっと反抗的なものにしてはどうか、と言ってきた編集者の意見を取り入れたという「青騎士の巻」のアトムは、人間達のあまりの横暴に堪えきれず、とうとう人間に反目するロボットとして描かれています。
  しかしこの路線変更は、読者にはあまり快く受け入れられなかったようです。アトムの性格を変えてから、アトムの人気は目に見えて落ちていった、と手塚治虫ものちに回想しています。

読みどころ:

 アトムといえば、常に、人間とロボットの幸福を願って戦い続けるヒーローだし、またそうであって欲しいと思うのがファンの心理です。また、いつまでも子供らしい無邪気なアトムでいてほしいと思うのも。そんなアトムファンにとっては、この「青騎士の巻」のエピソードは、ちょっと胸の痛む話なのではないでしょうか。 

 ある事件をきっかけに、人間を憎むようになってしまったロボット「青騎士」は、人間に都合よく作られた法律だとしてロボット法を破り、世界各地で人間に復讐をするためにロボットの働く工場を破壊、人間に戦いを挑みます。
  「青騎士」型ロボットの共通点を知った人間は、「青騎士」型と見られるロボットを無差別に逮捕し、分解しようとします。人間のあまりの横暴にアトムはとうとう青騎士と手を握り、日本アルプスの山奥に他のロボット達とともに立てこもります。
 今までも何度か、例えば「悪魔の風船の巻」や「白熱人間の巻」のように、アトムが人間達から疑惑の目を向けられたことはありましたが、そのたびにアトムは悲しそうな、寂しそうな顔でじっと耐えていました。そのアトムが、この「青騎士の巻」ではついに人間に対する怒りをあらわにします。あのアトムが怒りにうち震えているというだけでショッキングですが、人間達の「青騎士」型ロボットの一斉検挙(陣頭指揮はなんとあの田鷲警部なのです!)のシーンを見れば、アトムが怒る気持ちも分かる気がしてしまいます。
 



 とはいえ私達人間には、田鷲たわし警部たちの気持ちもよく分かるもので、ほとんど無差別に人間を殺して歩く「青騎士」や、「青騎士」のように怒りに回路を狂わせてしまう可能性のあるロボットと、互いに信頼しあって付き合えるか、といえば、なかなか難しいところなのかもしれません。  ロボットと人間の間にこのような危機が訪れたとき、もし自分が人間としてそんな時代に居合わせたら、それでもロボットと仲良くなっていけるのだろうか…? そんな疑問を、改めて抱いてしまう考え深い作品であることは否めません。

 この「青騎士」の事件の後、決定的に壊れてしまったアトム。迫害を受けながら最後は人間を信じた彼を抱くお茶の水博士の悲しげな後姿に、胸が締め付けられるラストです。」


魔神ガロン

解説:

 (『魔神ガロン』秋田書店 サンデーコミックス 作者のコメントより)
 ぼくは、ずいぶんいろんな怪物をつくってきましたがこのガロンも好きな怪物の一つです。32年ころまでは、ぼくはわりとかわいらしい主人公たちをうみだすのに専念していました。
 0マンやアトムなどがそうです。ガロンは、ぼくのはじめての悪魔的なスターです。
 侵略ものというかたちのSF物語は、今ではずいぶんありますが、このガロンは、そのはしりの一つではないかと思っています。

読みどころ:



 『魔神ガロン』は、手塚キャラクターの中でも、『マグマ大使』や『ビッグX』とならぶ、巨大SFヒーローの代表作品です。ロボット、怪獣、巨人など、さまざまな魅力を兼ね備えたガロンは、知名度では劣るものの、重厚な存在感で人気があります。


 ある日、宇宙からの飛来物が後楽園球場(現・東京ドーム)の真ん中に落下しました。東大の俵教授と助手の敷島が調べたところ、巨大な人工物をバラバラにした物であることが判明。さっそく組み立ててみると、なんと人型の怪物ができあがりました。実はこの怪物は「ガロン」といい、ある宇宙人がわざわざ地球へ送り込んだものだったのです。地球人がこの怪物をどのように利用するかをテストして、仲良くするか滅ぼすかを決める、という狙いなのでした。


 やがて目を覚ましたガロンは、「ピック」を探して暴れまわります。「ピック」とは、ガロンと同時に地球に送られてきた少年の事で、ピックが一緒にいる間は、ガロンも大人しくなり、人間の言う事をきくのです。が、それを知った悪の組織は、ガロンを我が物にするため、ピックを奪おうとします。そして、ピックを守ろうとするガロンや敷島たちと、悪人達との攻防戦がはじまったのでした。


 良いも悪いも○○次第…といえば、かつて『アトム』と人気を二分したロボット漫画『鉄人28号』を思い出しますが、リモコン一つで操縦者の意のままになる鉄人同様、まさにガロンの行動はピック次第(ただしガロンは鉄人に比べ、かなり生物的ですが)。悪人に利用されたガロンが、人間から誤解され、攻撃されるもどかしさは、連載当時に読者をひきつけておくための、手塚治虫のテクニックだったのかもしれません。


マグマ大使 「ブラック・ガロン編」より なお、手塚治虫はこの魔神ガロンというキャラクターを相当気に入っていたらしく、『鉄腕アトム』や『マグマ大使』、そして『火の鳥・望郷編』にもゲスト出演させています。
リボンの騎士

解説:

(手塚治虫 講談社刊 手塚治虫漫画全集『リボンの騎士』3巻 あとがきより) ぼくの故郷は、少女歌劇で有名な宝塚です。したがって、とうぜんぼくは、少年時代、青春時代を、歌劇の甘くはなやかなふんい気の中で過ごしました。ぼくの作品の登場人物のコスチュームや背景は、かなり舞台の影響をうけていますが、なによりぼくの少女ものの作品は、宝塚へのノスタルジアをこめて作ったものが多いのです。
「リボンの騎士」は昭和二十八年から「少女クラブ」誌に連載したものですが、それ以前の単行本時代に、二つの少女メルヘンを書いています。
「森の四剣士」と「奇蹟の森のものがたり」です。どちらも「リボンの騎士」の習作のようなもので、そのあと「ファウスト」などのコスチュームプレイも書きましたが十四年間もつづいた「リボンの騎士」はその総仕上げです。
といっても、アトムなどと違って、「リボンの騎士」は十四年間に四回、ストーリーの上でおなじようなくり返しをやってきました。つまり、四回別種の「リボンの騎士」の物語ができたわけです。
 第一回めのは「少女クラブ」に昭和二十八年から三年にわたって、色ページにのったもので、当時少女漫画にストーリーものがなかったせいで、たいへんうけました。少女バレエ教室でバレエ化されたり、昭和三十八年には、ラジオドラマ化されています。
 第二回めは昭和三十三年から一年半、「なかよし」に続編として連載されたものです。これは「少女クラブ」の後日譚で、サファイア姫とフランツ王子は幸福な王室生活をいとなんでおり、ふたりにふたごの子どもが生まれるところから始まります。これはのちに「双子の騎士」と改名されて、単行本になりました。
 三回めのは、昭和三十八年から四年間つづいて、同じ「なかよし」にのったもので、これは「少女クラブ」の「リボンの騎士」のやきなおしです。ただ、内容的にすこし違い、「少女クラブ」にメフィストという悪魔が登場したのを、魔女ヘル夫人にかえたり、海賊ブラッドを出したりしています。本編に収録されたのはこの原稿です。
 四回めのは、テレビで「リボンの騎士」が放映されたのがきっかけで、「少女フレンド」に七週間連載されたまったく別の物語でしたが、これはあきらかに失敗作で、途中で終わってしまいました。もっとも、ぼくは原案だけで、絵は虫プロの人が代筆したのです。
 もう二度と「リボンの騎士」は書かず、思い出として心に残しておきたいと思いますが、最初の「リボンの騎士」の愛読者のかたが、もうおかあさんで、お子さんたちに「リボンの騎士」を見せているというおたよりを、よくいただくので、感慨無量です。年月ははやくたつものです。


読みどころ:


 今回ご紹介する「リボンの騎士」は、上記の解説内で三回めとして説明されている「なかよし」連載バージョンです。
 基本的には、一回目の「少女クラブ」における連載(『少女クラブ版』)のストーリーとキャラクター設定を踏襲しています。手塚治虫の手によって描かれた「リボンの騎士」としては、最後のバージョンであることから、この「なかよし版」を決定版と位置づけるファンも多いようです。

 ストーリーは、天使チンクのいたずらで、男の子と女の子、両方のハートを持った赤ん坊が生まれてしまったことからはじまります。この赤ん坊・サファイアは、シルバーランドの王女として生まれましたが、この国では「女性は王位につけない」という掟があるため、やむなく男の子として育てられることになりました。そこへ、王位を狙う悪者・ジュラルミン大公や、サファイアの「女の子のハート」を狙う魔女・ヘル夫人などがからみ、波乱万丈の物語が展開するのです。

 この「なかよし版」の特徴は、「少女クラブ版」と比べ、ページ数が大幅に増えていること。それにより、魔王サターンや海賊ブラッド、女剣士フリーベなど、新キャラクターとそれにともなうエピソードが追加されています。特に海賊ブラッドは、サファイアが恋焦がれるフランツ王子の兄(かもしれない)という大胆な新設定で、ドラマを盛り上げています。
 また、この時期は少女漫画のタッチが完成しているため、作画のクオリティも高く、まさに一級品のファンタジーだといえるでしょう。中でも、魔女の娘・ヘケートのキャラクターデザインをより性格に則して変更しているのは、作画上の大きな成功の一つです。

 少女漫画の黎明期には、女性漫画家の不足から、多くの男性漫画家が活躍していましたが、その中でもやはり手塚治虫の存在感は群を抜いていました。そんな手塚治虫の少女漫画の代表作「リボンの騎士」は、戦後の少女漫画史を語る上でも、はずせない一作であり、手塚ファンを自認する方であれば、ぜひ「少女クラブ版」「なかよし版」ともに一度読んでおきたいものです。