火の鳥 生命編

解説:

『火の鳥 生命編』は、「マンガ少年」昭和55年8月号~12月号に掲載されました。

読みどころ:


「火の鳥 生命編」は、近未来を舞台にした作品で、「テレビの視聴率のために生命をもてあそぶ人間」が主人公として設定されています。そのため「思い上がった人間と、それを罰する火の鳥」という図式が明確で、「火の鳥」のシリーズの中でも比較的わかりやすいテーマを持った一作といえるでしょう。

 TV局のプロデューサー・青居は、クローン動物の狩りを見せる番組「クローンハンティング」のテコ入れのため、クローン人間狩りを企画します。世界にたった一つだけ、アンデスの山奥にあるクローン生物の研究所を訪れた青居は、現地で“鳥”と呼ばれている人間に会います。“鳥”は仮面をかぶった謎のまじない師で、クローン技術の権威でした。実は研究所のスタッフも、“鳥”に技術を教わって哺乳類のクローンに成功したのです。しかし、青居が待ち望んでいたクローン人間の登場は、逆に彼にとてつもない不幸をもたらすことになるのです…。

 視聴率最優先の登場人物達が織り成すストーリーは、「マスコミの狂気」や、「飽きやすく、刺激を求める視聴者達」など文明批判も明確で、ストレートに読者の心に届きます。
 また、物語の途中から孤児の娘・ジュネが登場し、青居とともに野性の中で生活する事になりますが、そのジュネ個人の運命に収束されていくラストシーンの味わいは、壮大なスケールの「火の鳥」というより、むしろ「ブラック・ジャック」のような秀作短編に似ているといえるでしょう。

ブラック・ジャック 〜ブラック・クイーン〜

解説:

 初出は「週刊少年チャンピオン」 1975年1月13日号に掲載されました。

読みどころ:


 無免許の医者ながら、手術の天才・ブラック・ジャック。 その風貌や立ち振る舞いから、硬派なイメージを持たれがちな彼ですが、時には女性に好意を持つこともあります。この『ブラック・クイーン』というエピソードは、そんなブラック・ジャックの数少ない恋愛話の一つです。 
  女医の桑田このみは、手術でためらいなく患者の体を切りきざむことから、悪名高いブラック・ジャックにたとえて「ブラック・クイーン」と呼ばれていました。

ある日、恋人とケンカしてヤケ酒を飲んでいたこのみは、酒場で偶然ブラック・ジャックに出会いました。そしてブラック・ジャックは、少し言葉を交わしただけの彼女が、なぜか心に焼き付いてしまったのです。




 「めぐり会い」というエピソードでは、好きな女性になかなか告白できなかったブラック・ジャックですが、ここでは自ら、このみの所へクリスマス・プレゼントを届けにくるなど、妙に積極的。はじめての読者は、ブラック・ジャックにこんな一面もあるのかと、きっと驚くことでしょう。しかしここから、ストーリーは恋愛ものと全く別の方向へ進みはじめます。

 はたして、ブラック・ジャックの恋のゆくえは? そして彼がクイーンへ贈った最大のクリスマス・プレゼントとは?

 クリスマスイブを舞台に、ブラック・ジャックの粋な計らいが心にしみる、ちょっと大人のラブストーリーです。

鉄腕アトム ホットドッグ兵団

解説:

「鉄腕アトム ホットドッグ兵団の巻」は、月刊誌『少年』昭和36年3月号から10月号にかけて掲載されました。


読みどころ:



 ヒゲオヤジの愛犬ペロが、謎の女に囚われてしまいました。落胆するヒゲオヤジの元に、ある日ロケットに乗って、宇宙人ともロボットとも付かない、真っ青な顔をした怪人がやってきます。ところが、怪人は特にヒゲオヤジに何をするでもないまま、帰ってしまいます。怪しんだアトムは、シクロノメーターを怪人のロケットに仕込み、行く先を調べました。ロケットはベーリング海峡の小島にある、「雪の女王」のお城のような秘密基地に帰っていたのです…。


 この「ホットドッグ兵団の巻」は、『鉄腕アトム』の中でもとくに印象深い一編です。ページ数をふんだんに使った中編で読み応えがあるということもありますが、何よりも北国の雪に閉ざされた秘密基地や、美しくも冷たい心の女王に従う謎の軍団という道具立ては、ちょっと少女漫画のようにロマンチックでありながら、ホットドッグ達はパイロット服にスカーフと言ういでたちでロケットを乗りこなし、少年が喜びそうなかっこよさも備えています。ベーリング海峡の氷の海から、月までを舞台にして繰り広げられる活劇はまたダイナミックで、読み応えがあります。


 敵役のホットドッグ兵団の隊長、「44号」は、中でも特に魅力のあるキャラクターです。2001年の映画『メトロポリス』でも、ロボット刑事として登場しています。彼はロボットのようでありながら実はロボットではなく、そのために悩みを抱えています。その正体が明らかになるシーンが、この作品のクライマックスになっています。実はヒゲオヤジと浅からぬ縁のある44号とはいったい何者なのか、その後どんな運命をたどることになるのか、それは本編をぜひ読んでみてください。


 ちなみに、このお話は同じく『鉄腕アトム』の「イワンのばか」の続編でもあります。あわせて読むと、また違った楽しみ方ができます。
38度線上の怪物

解説:

(手塚治虫 講談社刊 手塚治虫漫画全集『38度線上の怪物』あとがき より抜粋)
「38度線上の怪物」は、したがって骨組みは「吸血魔団」ですが、全編これ楽屋おちばかりで、読者のためにかなり説明をする必要があります。まず、主人公の少年は、当時少年画報社の社員でぼくの担当だった M という人で、性格も顔もまったく M 氏なのです。ただ、ラーメン屋でねぎをわきへのけてラーメンをすするというのは、やはり同社の F という編集者のねぎぎらいのくせをくっつけたのです。少年を見舞いにくる三人は、もちろん馬場、福井、高野の三漫画家で、この三人やその他の人々が M のことで語りあうシーンは、当時、ヒットして話題になっていた黒沢明さんの「生きる」からのうけうりです。少年が肺病なのに泳ぐシーンの前で、バックの応援席からしきりに、「タンカ タンカ タンカ トイ トイ」と、こうるさいセリフがとんでいるのは、 M 氏が今井正さんの映画「ひめゆりの塔」が大好きで、その中の「あさどやユンタ」のメロディーを、しじゅう口ずさんでいたのをひやかしたのです。こんな身内の楽屋おち的ギャグなんか、当時どころか今だって、読者にとってはいい迷惑です。
(後略)



読みどころ:


 今回ご紹介する作品「38度線上の怪物」は、楽屋オチが過ぎる上に、手抜きの焼き直し、と作者の評価はかなり悪いのですが、原作となった「吸血魔団」が現在では手に入りにくいうえに、初期手塚作品らしいユニークな科学ものとして純粋に楽しみたい作品です。
 解説で手塚治虫自身が語っているようなリメイクの問題や、楽屋オチや数々のもじりより、この作品の発表後に世に出た映画「ミクロの決死圏」にアイディアを拝借されてしまった、ということのほうが、本作にとっての不幸といえるかもしれません。

 しかし、このお話の根幹となっているアイディア——小さくなって身近な世界を探検する、というシチュエーションが、どうして何度もフィクションの世界で繰り返し扱われ、子供の心を捉えるのでしょうか。物語の組み立て方も非常にしゃれていて、ある少年が 38 度の熱を出して倒れたのに、奇妙な夢を見た挙句にある朝ぽっかり目を覚ますと、すっかり熱が下がっていて、喜んで外に遊び出た少年に突如現れた 2 人組が声をかけ…という導入の仕方や、前半で少年の様子を描いたシーンと、その後につづくヒゲオヤジとケン一の体験したエピソードが見事に表と裏の関係になっているところなどは、短編作品としてきっちりと整えられている感があります。



 映画「ミクロの決死圏」のみならず、いまや様々なフィクション作品で取り扱われる「体が小さくなって、ミクロの世界を大冒険する」というアイディアですが、繰り返し扱われるということはそれほどに人気があり、魅力に富んでいる、ということの証明ともいえるでしょう。なぜか子供の心を捉えて離さない“ミクロの大冒険”アイディアの「源泉」ともいえる本作をぜひ読んでください。

メトロポリス

解説:

 (手塚治虫 講談社刊 手塚治虫漫画全集『メトロポリス』あとがき より抜粋)
(前略)
 「メトロポリス」が出ると、おかげさまで予想以上の反響を呼びました。かなりの再版をしたと思います。また、これを読んで漫画家を志した学生たちも多かったときいていますし、SFというエンターティンメントをこどもたちに認識させることにかなり役立ったものと自負しています。
 これと、「ロストワールド」「来るべき世界」の三作を、ぼくの読者は初期のSF三部作と名づけてくれていますが、いちばん都会的な匂いを感じるのは「メトロポリス」で、ぼくの当時のアメリカ指向があらわれています。表紙のレッド公の立ち姿や、見返しページの大都会の夜景などに、戦前のよき時代のマンハッタンやシカゴのたたずまいを連想させ、当時のアメリカの都会映画の影響を感じとれるのです。
(後略)

読みどころ:



 手塚治虫初期SF三部作のひとつであるこの作品が、2001年に緻密で美しい劇場アニメ映画『メトロポリス』としてリメイクされ、何度目かの脚光を浴びたのは、読者の皆様にも記憶の新しいことと思います。表題ともなり、この作品の本当の主人公とも言えそうな摩天楼の立ち並ぶ大都会「メトロポリス」は目もくらむような細密な群集やビル群のアニメーションとなって、ともすればその中で活躍するヒゲオヤジやケンイチ君といったキャラクターを飲みこんでしまいそうなほどの圧倒的な存在感を持っていました。


 原作であるこの漫画「メトロポリス」もまた、全編に描かれる大都会の風景が実に生き生きとしています。ケン一君がまぎれる、細部まで描きこまれたモブシーンの活気のあるざわめきや、初めてミッチイが空を飛ぶシーンに見えるおしゃれなビル群の描写には、わけもなく心が躍る魅力が備わっています。


 また、ストーリーも表現のマンガっぽさにいささかつりあわぬ真摯なもので、科学のやみくもな発展とそれによって生みだされた人工の生命の悲哀という、その後の手塚マンガにも通じる深いテーマを扱っています。人工細胞の開発にいそしむロートン氏の研究室は、その後『火の鳥』の猿田教授の研究室へ発展し、人造人間ミッチイの人間に対する怒りは、そのまま鉄腕アトムの「青騎士」などのエピソードに換骨奪胎されたといっても過言ではないでしょう。


 敵役の悪党紳士レッド公や、ロートン博士と言った登場人物達も、この大都会の舞台にふさわしいおしゃれさで、彼らとヒゲオヤジ・ケンイチ君らの対決には、当時ならずとも、現在でも充分、わくわくさせられる冒険譚となっています。