漫画大学

解説:

(講談社手塚治虫漫画全集「漫画大学」あとがきより)
 昭和二十四年といえば、終戦の廃墟からやっとたちなおった出版社が、粗末な本ながらどんどん単行本を出しはじめ、少年少女雑誌も古顔(「少年クラブ」など)、新顔(「少年」など)が出揃って、どうやら書店がにぎわいだした頃です。
 東京では、「漫画少年」という、漫画家養成のための絶好の雑誌が創刊されました。
 ぼくは、うかつにもこの本のことを知りませんでした。それで、漫画をかいている少年たちのために、ちょっと毛色のかわった指導書のようなものをだしたいと思いました。
 でも、活字による指導書なんて、大阪の赤本出版社では、まずとりあげてくれるけはいはありません。
 そこで、漫画の形をかりて、書いてみたのです。
 もちろん表面上は漫画の単行本ですから、しぜん漫画の分量は多くなります。結局、指導解説は、つけたしのようなものになりました。
 それが、この「漫画大学」です。 …後略…

読みどころ:

 昔も今も、指導書や入門書、HOW TO本の人気は根強く、英会話から株式投資まで、さまざまなテーマのアドバイス集がたくさん、出版されています。その人気たるや、どこの本屋にいってもかならずこの類の本が並んだコーナーがあるほど。
 今から約55年前の昭和24年、漫画を描きたい少年たちはかなりの数いたらしく、そうなると漫画の描きかたに関する指導書が出てほしいと思うところ。ちょうどその頃発表されたこの『漫画大学』は、手塚治虫がまさにその「漫画の描きかた」についてのアドバイスを漫画で紹介した異色の作品です。




  当時既に『メトロポリス』や『ロストワールド』などを上梓じょうし、新進気鋭・注目株の漫画家だった手塚治虫のアドバイス本とあれば、特に漫画を描きたいと思っていなくても思わず買ってしまうほど、魅力的な本だったに違いありません。現にこの本はよく売れたそうです。
 具体的にはどんな事が描いてあるのかと言えば、使用する画材や、絵を描くときに気を付ける事、アイディアの出し方や出版社の選び方などで、当時の手塚治虫がどんな生活をして、どんな事を考えて創作をしていたのかがよく分かります。お手本として載っている短編漫画は西部劇、少女漫画風名作劇、推理ものに4コマ漫画(あとこれに本来は時代劇が加わっていたそうですが、ページの都合上、割愛されているということ、これが後に「ピストルをあたまにのせた人びと」として発表されることになります)と盛りだくさんで、どんなジャンルでもお任せあれの手塚治虫らしい八面六臂はちめんろっぴ振りが垣間見えます。

 


 現在の漫画業界で、この本のアドバイスがどこまで通用するかはさておいて、アイディアの組みたて方や題材の選び方などには、なるほどこんな風にしてあの膨大な手塚作品が生まれたのか、と思うと、なんだか感慨深いものがあります。

どついたれ

解説:

『どついたれ』は第一部を『ヤングジャンプ』昭和 54 年 6 月 7 日号〜昭和 54 年 12 月 20 日号、第二部を同誌昭和 55 年 6 月 19 日号から昭和 55 年 11 月 20 日号に掲載されました。


読みどころ:


 この作品は、隠れた手塚治虫の自伝的作品です。  稀代のストーリー・テラー手塚治虫は、たくさんのフィクションを生み出す一方で、折に触れて自分の半生をマンガにしています。『紙の砦』や『ゴッドファーザーの息子』など、明らかに自伝とわかる作品もあれば、『モンモン山が泣いてるよ』のように、フィクションとない交ぜになったもの、また『マコとルミとチイ』のような、日常を描いたエッセイ風のマンガもあったりします。  作者本人もしばしば断っているように、これらの自伝的作品は、事実そのままのものではないのですが、これらの作品の中で活躍している、あわてんぼうでおっちょこちょいながら、どこか根性の座った青年、手塚治虫というキャラクター(ときによりしばしば、高塚修とか、大寒鉄郎とか、名前を変える)はとてもリアルで、私達読者はやっぱり、作者本人とおのずとイメージを重ねてしまいます。


 この『どついたれ』では、戦中戦後の荒廃した大阪を舞台にたくましく生きてゆく男達の姿が描かれています。主人公の戦災孤児で、アメリカに復讐してやろうと心を燃やす哲、葛城製作所の若旦那の健二、転んでもただではおきないタフなチンピラのヒロやんにトモやん。それにわれらが高塚修こと手塚治虫。
 ヒロやんたちや哲、健二のドラマティックな物語の合間に、高塚修という作者の分身の視線がはさまれます。 大阪から郊外まで 5 時間以上を歩きとおした末に、農家にお米を恵んでもらう話、焼け跡のお菓子工場からチョコレートを拾い食いして、こっぴどくしかられる話。ここに描かれた大阪の様子には、つかまっては DDT を吹きかけられる孤児達の体臭や、闇市の人いきれが、今にもコマの間からにおってきそうなリアリティの迫力があります。


 大変残念なことに、この『どついたれ』はごく序盤で打ち切りとなっており、今後漫画家・高塚修と葛城健二らがどう組んで、どう成功してゆくのか、ヒロやんやトモやんたちがどう絡んでくるのかは描かれておりません。  しかし、きっと手塚治虫の人生と重ねあわせるようにして、戦後の大阪が持ち前の輝かしい生命力で、生き生きと復活してゆくさまが、虚実を織り交ぜ、ドキドキワクワクするようなストーリーに仕上げられていたに違いない、と思うのです。
ブラック・ジャック 〜ブラック・クイーン〜

解説:

 初出は「週刊少年チャンピオン」 1975年1月13日号に掲載されました。

読みどころ:


 無免許の医者ながら、手術の天才・ブラック・ジャック。 その風貌や立ち振る舞いから、硬派なイメージを持たれがちな彼ですが、時には女性に好意を持つこともあります。この『ブラック・クイーン』というエピソードは、そんなブラック・ジャックの数少ない恋愛話の一つです。 
  女医の桑田このみは、手術でためらいなく患者の体を切りきざむことから、悪名高いブラック・ジャックにたとえて「ブラック・クイーン」と呼ばれていました。

ある日、恋人とケンカしてヤケ酒を飲んでいたこのみは、酒場で偶然ブラック・ジャックに出会いました。そしてブラック・ジャックは、少し言葉を交わしただけの彼女が、なぜか心に焼き付いてしまったのです。




 「めぐり会い」というエピソードでは、好きな女性になかなか告白できなかったブラック・ジャックですが、ここでは自ら、このみの所へクリスマス・プレゼントを届けにくるなど、妙に積極的。はじめての読者は、ブラック・ジャックにこんな一面もあるのかと、きっと驚くことでしょう。しかしここから、ストーリーは恋愛ものと全く別の方向へ進みはじめます。

 はたして、ブラック・ジャックの恋のゆくえは? そして彼がクイーンへ贈った最大のクリスマス・プレゼントとは?

 クリスマスイブを舞台に、ブラック・ジャックの粋な計らいが心にしみる、ちょっと大人のラブストーリーです。

陽だまりの樹

解説:

 手塚治虫が、3代前に実在した先祖で蘭方医の手塚良庵(のちに良仙)を題材にとり、幕末〜明治初期における日本と、その時代に翻弄される人々を描いた歴史大河ドラマ。
 この作品の連載は足かけ6年に及び、その執筆量に加え高い完成度からも手塚作品の中で特に重要な1作である。それまでに『シュマリ』『一輝まんだら』『アドルフに告ぐ』『奇子』などの大人向け作品を描いてきた手塚治虫は、この作品の連載が終了して幕末〜戦後をひとまず描き終えたと感じ、次に現代劇である『グリンゴ』(絶筆)の連載をスタートさせることになった。

読みどころ:



 手塚治虫の晩年における代表作の1つで、時代劇としては手塚作品中、1番のボリュームを持つ大河ドラマです。激動する幕末を舞台に、蘭方医の手塚良庵と、不器用だが実直な府中藩藩士・伊武谷万二郎の2人を中心として、その時代に生きる人々の生きざまをえがきだしています。特に下級武士の日常生活や、蘭方禁止令の中での蘭方医達の悪戦苦闘などは綿密な調査のもとに描かれたと思われ、フィクションを交えているとはいえ非常に興味深く、また作品に実在感を添えています。



 さらに『陽だまりの樹』で見逃せないのは、良庵、万二郎の2人はもちろんのこと、脇役の1人1人にいたるまで、登場人物が非常に個性的かつ魅力的であることです。西郷隆盛、坂本龍馬、勝海舟、福沢諭吉など、当時の日本を代表する人物達が次々と登場しますが、手塚治虫の視線は、時代に翻弄されながらも必死に生きる庶民から離れることはありません。それは、良庵による「歴史にも書かれねえで死んでったりっぱな人間がゴマンと居るんだ」という、作品中屈指の名セリフに象徴されており、そのまま手塚治虫から読者へのメッセージと受けとめることができるのではないでしょうか。


 同時期の作品『アドルフに告ぐ』と同様に、登場人物達の各々のエピソードが大団円にむかって1つの大きな物語として進行・収斂されていくという、手塚治虫が得意とするドラマ作りの手法が存分に発揮されており、作品としての重厚感も格別で、しみじみとした読後感までじっくりとあじわって欲しい作品です。

魔神ガロン

解説:

 (『魔神ガロン』秋田書店 サンデーコミックス 作者のコメントより)
 ぼくは、ずいぶんいろんな怪物をつくってきましたがこのガロンも好きな怪物の一つです。32年ころまでは、ぼくはわりとかわいらしい主人公たちをうみだすのに専念していました。
 0マンやアトムなどがそうです。ガロンは、ぼくのはじめての悪魔的なスターです。
 侵略ものというかたちのSF物語は、今ではずいぶんありますが、このガロンは、そのはしりの一つではないかと思っています。

読みどころ:



 『魔神ガロン』は、手塚キャラクターの中でも、『マグマ大使』や『ビッグX』とならぶ、巨大SFヒーローの代表作品です。ロボット、怪獣、巨人など、さまざまな魅力を兼ね備えたガロンは、知名度では劣るものの、重厚な存在感で人気があります。


 ある日、宇宙からの飛来物が後楽園球場(現・東京ドーム)の真ん中に落下しました。東大の俵教授と助手の敷島が調べたところ、巨大な人工物をバラバラにした物であることが判明。さっそく組み立ててみると、なんと人型の怪物ができあがりました。実はこの怪物は「ガロン」といい、ある宇宙人がわざわざ地球へ送り込んだものだったのです。地球人がこの怪物をどのように利用するかをテストして、仲良くするか滅ぼすかを決める、という狙いなのでした。


 やがて目を覚ましたガロンは、「ピック」を探して暴れまわります。「ピック」とは、ガロンと同時に地球に送られてきた少年の事で、ピックが一緒にいる間は、ガロンも大人しくなり、人間の言う事をきくのです。が、それを知った悪の組織は、ガロンを我が物にするため、ピックを奪おうとします。そして、ピックを守ろうとするガロンや敷島たちと、悪人達との攻防戦がはじまったのでした。


 良いも悪いも○○次第…といえば、かつて『アトム』と人気を二分したロボット漫画『鉄人28号』を思い出しますが、リモコン一つで操縦者の意のままになる鉄人同様、まさにガロンの行動はピック次第(ただしガロンは鉄人に比べ、かなり生物的ですが)。悪人に利用されたガロンが、人間から誤解され、攻撃されるもどかしさは、連載当時に読者をひきつけておくための、手塚治虫のテクニックだったのかもしれません。


マグマ大使 「ブラック・ガロン編」より なお、手塚治虫はこの魔神ガロンというキャラクターを相当気に入っていたらしく、『鉄腕アトム』や『マグマ大使』、そして『火の鳥・望郷編』にもゲスト出演させています。