火の鳥 未来編
解説:
「火の鳥 未来編」は、雑誌「COM」1967年12月号〜1968年9月号に、「火の鳥 第二部」として連載された(第一部は黎明編)。西暦3404年の未来を舞台に、人類の滅亡と、その後の新人類の誕生と進化を、何十億年にもおよぶ時間の流れとともに描いた、壮大なSF作品。読みどころ:




38度線上の怪物
解説:
(手塚治虫 講談社刊 手塚治虫漫画全集『38度線上の怪物』あとがき より抜粋)「38度線上の怪物」は、したがって骨組みは「吸血魔団」ですが、全編これ楽屋おちばかりで、読者のためにかなり説明をする必要があります。まず、主人公の少年は、当時少年画報社の社員でぼくの担当だった M という人で、性格も顔もまったく M 氏なのです。ただ、ラーメン屋でねぎをわきへのけてラーメンをすするというのは、やはり同社の F という編集者のねぎぎらいのくせをくっつけたのです。少年を見舞いにくる三人は、もちろん馬場、福井、高野の三漫画家で、この三人やその他の人々が M のことで語りあうシーンは、当時、ヒットして話題になっていた黒沢明さんの「生きる」からのうけうりです。少年が肺病なのに泳ぐシーンの前で、バックの応援席からしきりに、「タンカ タンカ タンカ トイ トイ」と、こうるさいセリフがとんでいるのは、 M 氏が今井正さんの映画「ひめゆりの塔」が大好きで、その中の「あさどやユンタ」のメロディーを、しじゅう口ずさんでいたのをひやかしたのです。こんな身内の楽屋おち的ギャグなんか、当時どころか今だって、読者にとってはいい迷惑です。
(後略)

読みどころ:

解説で手塚治虫自身が語っているようなリメイクの問題や、楽屋オチや数々のもじりより、この作品の発表後に世に出た映画「ミクロの決死圏」にアイディアを拝借されてしまった、ということのほうが、本作にとっての不幸といえるかもしれません。
しかし、このお話の根幹となっているアイディア——小さくなって身近な世界を探検する、というシチュエーションが、どうして何度もフィクションの世界で繰り返し扱われ、子供の心を捉えるのでしょうか。物語の組み立て方も非常にしゃれていて、ある少年が 38 度の熱を出して倒れたのに、奇妙な夢を見た挙句にある朝ぽっかり目を覚ますと、すっかり熱が下がっていて、喜んで外に遊び出た少年に突如現れた 2 人組が声をかけ…という導入の仕方や、前半で少年の様子を描いたシーンと、その後につづくヒゲオヤジとケン一の体験したエピソードが見事に表と裏の関係になっているところなどは、短編作品としてきっちりと整えられている感があります。


映画「ミクロの決死圏」のみならず、いまや様々なフィクション作品で取り扱われる「体が小さくなって、ミクロの世界を大冒険する」というアイディアですが、繰り返し扱われるということはそれほどに人気があり、魅力に富んでいる、ということの証明ともいえるでしょう。なぜか子供の心を捉えて離さない“ミクロの大冒険”アイディアの「源泉」ともいえる本作をぜひ読んでください。

鉄腕アトム ホットドッグ兵団
解説:
「鉄腕アトム ホットドッグ兵団の巻」は、月刊誌『少年』昭和36年3月号から10月号にかけて掲載されました。読みどころ:




火の鳥 生命編
解説:
『火の鳥 生命編』は、「マンガ少年」昭和55年8月号~12月号に掲載されました。読みどころ:



また、物語の途中から孤児の娘・ジュネが登場し、青居とともに野性の中で生活する事になりますが、そのジュネ個人の運命に収束されていくラストシーンの味わいは、壮大なスケールの「火の鳥」というより、むしろ「ブラック・ジャック」のような秀作短編に似ているといえるでしょう。

そよ風さん
解説:
そよ風さんが連れ去られるシーンに出てくる、「本数が変わる煙突」は東京都北千住に当時実在した。『リボンの騎士』に登場したナイロン卿がそよ風さんが上京する電車の中のシーンでエキストラ出演している。読みどころ:
緑豊かな山の奥にある源町に住む少女、千代子ことそよ風さんは、八百年来の犬猿の仲の平町の少年、三太と友達になるのですが、回りの人々はそんな彼らを引き離そうとします(『そよ風さん』)。東京に出て、日由子ことひまわりさんと同じ学校へ行くことになったそよ風さんは、悪人の計略にはまり、連れ去られてしまいます。進学のために上京していた三太は、ひまわりさんと一緒に連れ去られたそよ風さんを探します(『ひまわりさん』)。


終戦直後の日本を舞台に、様々な災難に巻き込まれていくそよ風さんのお話もまた、ハラハラドキドキしどうしの大冒険には違いありません。この作品で戦う女の子はもう一人の主人公、柔道の得意なひまわりさんです。主人公のそよ風さんは、ねたまれても憎まれても敵と対決せず、あくまで不抵抗、不服従。挙句どんな悪人でも改心させてしまいます。

優しさに勝る武器はなし。この「強さ」は、ある意味無敵かもしれません。とはいえ、この作品の悪人たちは一様に切なく、終戦直後の厳しさゆえに悪人に身を落とした悲哀が感じられます。そよ風さんが彼らを「ほんとはいい人よ」と言うのは、ただ真実を見抜いているだけなのかも知れません。

ごく短い作品ですが、不幸な境遇にもめげずに強く生き抜く優しく清らかな少女の物語『そよ風さん』は、読めばきっと優しい心になれる、そんな作品です。






