陽だまりの樹

解説:

 手塚治虫が、3代前に実在した先祖で蘭方医の手塚良庵(のちに良仙)を題材にとり、幕末〜明治初期における日本と、その時代に翻弄される人々を描いた歴史大河ドラマ。
 この作品の連載は足かけ6年に及び、その執筆量に加え高い完成度からも手塚作品の中で特に重要な1作である。それまでに『シュマリ』『一輝まんだら』『アドルフに告ぐ』『奇子』などの大人向け作品を描いてきた手塚治虫は、この作品の連載が終了して幕末〜戦後をひとまず描き終えたと感じ、次に現代劇である『グリンゴ』(絶筆)の連載をスタートさせることになった。

読みどころ:



 手塚治虫の晩年における代表作の1つで、時代劇としては手塚作品中、1番のボリュームを持つ大河ドラマです。激動する幕末を舞台に、蘭方医の手塚良庵と、不器用だが実直な府中藩藩士・伊武谷万二郎の2人を中心として、その時代に生きる人々の生きざまをえがきだしています。特に下級武士の日常生活や、蘭方禁止令の中での蘭方医達の悪戦苦闘などは綿密な調査のもとに描かれたと思われ、フィクションを交えているとはいえ非常に興味深く、また作品に実在感を添えています。



 さらに『陽だまりの樹』で見逃せないのは、良庵、万二郎の2人はもちろんのこと、脇役の1人1人にいたるまで、登場人物が非常に個性的かつ魅力的であることです。西郷隆盛、坂本龍馬、勝海舟、福沢諭吉など、当時の日本を代表する人物達が次々と登場しますが、手塚治虫の視線は、時代に翻弄されながらも必死に生きる庶民から離れることはありません。それは、良庵による「歴史にも書かれねえで死んでったりっぱな人間がゴマンと居るんだ」という、作品中屈指の名セリフに象徴されており、そのまま手塚治虫から読者へのメッセージと受けとめることができるのではないでしょうか。


 同時期の作品『アドルフに告ぐ』と同様に、登場人物達の各々のエピソードが大団円にむかって1つの大きな物語として進行・収斂されていくという、手塚治虫が得意とするドラマ作りの手法が存分に発揮されており、作品としての重厚感も格別で、しみじみとした読後感までじっくりとあじわって欲しい作品です。

人間昆虫記

解説:

(以下手塚治虫 講談社刊 手塚治虫漫画全集『人間昆虫記』あとがきより)


 この物語をかいたのは、新左翼とよばれるセクト同士の反目とか、無差別テロとか、泥沼化したベトナム、そして中国では文化大革命など、さまざまな暗いニュースが新聞、テレビなどを賑わしていた頃です。その一方で、日本の高度成長は、まっしぐらにGNP世界第一位を目ざしてつっ走っていた時代です。
 その陰と陽の不条理な時代に、マキャベリアンとしてたくましく生きていく一人の女をえがいてみたいと思ったのです。これをかく以前に、プレイコミックには「空気の底」という短編を載せていましたが、思い切って長編を試みました。
 登場人物の名前は、どれにも昆虫をもじってつけてあります。これをかきながら、ぼくはカレル・チャペックの「虫の生活」を思い浮かべていました。
 昆虫の世界は、人間社会のカリカチュアだと思います。


読みどころ:


 この作品の魅力は、なんといっても主役の十村十枝子のバイタリティあふれる生き方にあります。結果のためには手段を選ばず、人の技術や作品を盗みながら、役者・デザイナー・作家として次々と成功を収めていく様は、まさに脱皮する昆虫のよう。現実にこんな女性が身のまわりにいたら、さぞ腹立たしいだろうな…とは思いつつも、その若さと美貌を利用して、自らの手で成功をグイグイと引き寄せるそのパワーには、思わず感心させられることも確かです。


 常識やモラルが通用しない十枝子に、周囲の人間は振り回され、運命を狂わされ続けますが、十枝子は本当に愛する男性・水野さえも出世に利用したことで、空虚な心を抱き続ける事になります。果たして手塚治虫は、十枝子の生き方を肯定しているのか? それとも否定しているのか? それは実際に作品を読んでいただいた上で判断をお任せしたいと思いますが、わがままで子供っぽく、しかし抜け目のない十枝子に、どの程度共感をおぼえるかが、読者の評価をわけるところでしょう。

 後半、十枝子が財政界とかかわりを持ったことで、企業内紛のドラマが割り込んできますが、様々なジャンルをかきわける手塚治虫の器用さの証明ともいえます。
 なお余談ながら、解説にでてくるカレル・チャペックは、手塚治虫お気に入りのSF作家で、「ロボット」という言葉を考え出したことでも有名。手塚治虫初期の代表作『ロック冒険記』も、チャペックの『山椒魚戦争さんしょううおせんそう』をヒントにかかれたものです。

火の鳥 未来編

解説:

「火の鳥 未来編」は、雑誌「COM」1967年12月号〜1968年9月号に、「火の鳥 第二部」として連載された(第一部は黎明編)。西暦3404年の未来を舞台に、人類の滅亡と、その後の新人類の誕生と進化を、何十億年にもおよぶ時間の流れとともに描いた、壮大なSF作品。

読みどころ:



  西暦3404年、人類は荒廃した地上の世界を捨て、地下に築いた5つの大都市で、電子頭脳の命令を受けながら生活をしていました。エリートの宇宙飛行士・山之辺マサトは、恋人である不定形生物ムーピー・タマミの射殺命令を受け、地上のドームに逃亡中でしたが、その時5つの大都市は全面戦争に突入、全て消滅してしまいます。その後、マサトは火の鳥から「地球の復活」を託されると同時に不死の体を与えられ、生命の誕生から消滅までの営みを、何十億年ものあいだ見続ける事となるのですが…

  手塚ファンには今更説明の必要もないとは思いますが、「火の鳥」の中でも特に人気の高いエピソードがこの「未来編」です。主人公のマサトをはじめ、強烈な悪役を演じるロック、不定形生物ムーピーのタマミ、地上のドームに住む世捨て人の猿田博士とその助手ロビタなど、登場人物達がそろって魅力的であるのはもちろんですが、「宇宙生命」という明確な生命観、そして作品全体を覆う終末感と再生への希望が、あたかも重厚で質の高いSF映画を観ているかの様な充実感を読者に与えてくれます。特に作品後半の、気の遠くなるような時間経過の描写は、たとえあなたが数多くの漫画作品を読んできたマニアだとしても、めったに味わう事のできない壮大なスケールの漫画体験を与えてくれるでしょう。


  そしてラストでの火の鳥によるモノローグを、手塚治虫からのメッセージとして、改めて噛みしめてみて欲しいと思います。


  なお、ロビタはこの「未来編」がデビュー。復活編での圧倒的な存在感に比べると、まだまだ脇役扱いですが、主人の猿田博士を強い調子でたしなめるなど、すでに「人間臭いロボット」というキャラクターは確立しています。
大洪水時代(地球の悪魔所収)

解説:

(手塚治虫 講談社刊 手塚治虫漫画全集『地球の悪魔』あとがき より)
(前略)
 「大洪水時代」は短い作品で、「おもしろブック」の別冊付録についたものです。ぼくはノアの箱舟伝説が好きで、どうもいろんな作品に出したがるのですが、これにも箱舟が出てきます。「日本沈没」の洪水版のようなストーリーは、その頃読んだ何かの記事に、「もし北極の氷が全部解けると、何十メートルか水位が上がって、東京一帯は水の下に沈没する」というのがあって、それをヒントにしたのでした。

読みどころ:

 どんなに怖いもの知らずの豪傑ごうけつだって、だれよりも偉い王様だってかなわないものと言えば、天変地異。自然災害だけはどんなに人事を尽くしても、さいごのさいごは天命を待たなければなりません。


 この『大洪水時代』もまた、そんな話。時代は未来。高度な科学文明を築いた日本では丁度『ノアの箱舟』の時代のように、人々は自然を省みず、地上をわがもの顔で闊歩かっぽしています。そこに突如襲いかかる大津波。人間の横暴に牙を向く自然。こうなるとどんな武器も文明も歯が立ちません。
 日本軍の技師を務める海老原鮫男えびはらさめおには、心を病んでしまった弟がいました。父にも、兄にも見放されたこの弟、海老原鯛二えびはらたいじは病院に入れられ、たまに訪れるのは親友だった浦島少年のみ。ある日、その鯛二の病院に三人の脱獄囚が押し入ってきます。ならず者どもはちょうどその時見舞いに来ていた浦島少年や鯛二の父を人質に、病院に立てこもります。そこに突如襲ってくる大津波! とっくに他の人々は山奥などに避難して、街に残っているのは鯛二ら人質と脱獄囚のみ。さて、彼らはいったいどうなってしまうのか。


 脱獄囚だつごくしゅうを演じるのは、ヒゲオヤジにアセチレン・ランプといったレギュラーの手塚スター。鯛二の兄鮫男にはメイスンをキャスティング。ストーリーもページ数の少ない作品ながら意外な展開や凝った伏線などが用いられた鮮やかなもので、ちょっとした長編漫画くらいの読み応えがあります。


 大災害という、だれにも逆らえない状況において、切羽詰った人間はどんな行動を、そしてどんな心の動きを見せるだろう? この作品はそんな問題にも一つの答えを見せていて、特に脱獄囚たちの心の動きの変化はなかなかに興味深いものがあります。意外な人物が意外な面を見せたりしているので、そんなところにもご注目ください。
 そしてやはり、じんとくるラストシーンは必見。サスペンスとすがすがしい感動の両方を味わえる名作です。
上を下へのジレッタ

解説:

(手塚治虫 講談社刊 手塚治虫漫画全集『上を下へのジレッタ』2 あとがき より) 「上を下へのジレッタ」は、「人間ども集まれ!」の次に「漫画サンデー」に長期連載したものです。"ジレッタ"という語意は別になにもありません。しいていえばディレッタントの略でしょうか。とにかく語呂があんまりよくなく、受けそうにもないタイトルです。
 事実、この話は「人間ども集まれ!」にくらべて反響はさほどでもありませんでした。後半でジレッタの登場になる、というのもまどろっこしいし、主人公の門前市郎が悪役というのもマイナスでした。しかしぼくのよくかく変身ものでも、腹がへったら美人になる、というアイディアは、自分ながらまあ上出来だと思います。女性が美人になるため減食したり、カロリーをとらない、という涙ぐましい努力をパロッたものです。
 それにしても、ジレッタのようなメディアを国家権力が利用した場合、いかなる恐るべき事態が発生するか、そしてそれはごくひとにぎりの側近のエゴイズムでおこるのだという寓意を読みとっていただければ幸いです。
 …後略…

読みどころ:

 題名の「ジレッタ」というのは、登場人物の一人、山辺音彦のあやつる妄想世界の名前です。


 「ジレッタ」は特殊な超音波と、山辺音彦の脳髄が感応して生まれた妄想で、電波のようにどんどん増幅されて、レシーバー等を使えば他人にも体験することができる、という不思議なシロモノです。それに目をつけた悪魔のようなやり手ディレクター、門前市郎と、彼のプロデュースした、お腹が空っぽの時にだけ絶世の美女に変身するというへんてこな歌手・小百合チエこと越後君子が入り乱れ、ついには国家をも巻き込んだ大騒ぎを引き起こす、というかなり風刺の効いたストーリーとなっています。


 「人間ども集まれ!」や「フースケ」など、わざと単純で荒削りな線で描かれ、テーマもブラックでエロティックなものが多く扱われた作品群は、大人向けを意識したもので、このようなテイストの作品については、上の「人間ども集まれ!」の解説に詳しく語られています。この「上を下へのジレッタ」もその仲間で、遠慮会釈なく飛び出す皮肉でナンセンス、エロティックなギャグの奔流には、少年向けの漫画を読みなれた方には、少し刺激が強すぎるかもしれません。



 それでも、この漫画は確かに手塚漫画です。政治やメディアのあり方を皮肉った風刺的なストーリーもそうですが、普段は不細工で、空腹時に美人に「変身」する越後君子、絶え間なく様々な物に形を変える事物がこれでもかというほど登場する妄想世界「ジレッタ」の描写などもまた、「メタモルフォーゼ」というテーマを追い続けた作家、手塚治虫の真骨頂と言えるでしょう。ぜひ手塚流実験アニメで見てみたい、鮮やかなものばかりです。