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記念館企画展

  • 1997/05/01〜1997/09/02
    ジャングル大帝展
    −夢を追い、自然にいどみ、果敢に生きる−

  • (1997/05/01)

  •  昭和25年、大阪を中心に赤本作家として活躍していた手塚治虫は、東京で学童社の編集者加藤謙一氏と偶然出会った。当時加藤氏は「少年倶楽部」を百万雑誌におしあげた人物であり漫画家育成のため、「漫画少年」を創刊していた。そして、手塚が描きためていた「ジャングル大帝」の原稿を見て、「漫画少年」への連載を勧めた。手塚も桧舞台への進出を願っていたところだったので、その話を快諾したのである。
     「ジャングル大帝」は本来、レオが王様になってハッピーエンドで終わるはずになっていたが、昭和26年に公開されたディズニーの漫画映画「バンビ」の、その根底に流れる自然への郷愁、生きるための苦しさ、悲しみなどに共鳴した手塚は、「生きとし生けるものは死んでいき、何代も何代も、絶え間なく生命は繰り返されるが、自然はもとのまま」という自然界の永遠性というテーマに変えていった。この一種の無常感、輪廻転生の思想が後の「火の鳥」「ブッダ」などの作品へとつながる手塚思想の一つである。連載は昭和29年の4月まで続き、600ページ以上の大河ドラマが完成した。その後「ジャングル大帝」は6回も単行本化され、その度に筋書きが修正され、手塚でさえも、どの本が一番まともな話なのかわからなくなったようである。逆にいえばそれだけ作者にとって愛着のある作品であった。現に虫プロ時代に事故で原稿の大半が失われたときは、手塚が声をあげて泣いたといわれている。 本展では手塚が何度も描き直して、最後にまとめた講談社全集版「ジャングル大帝」を定本として、初版の「漫画少年」版と、変化部分、不変部分を比較展示することにより、作品の「どんな生の営みに対しても自然はもとのまま」という手塚の無常感の裏に潜む「それゆえに個としての生命は果敢に生き、無に帰すまで夢を追い、自然に挑戦し冒険を繰り返しながら生き生きと生きるべきなのだ」という本質に、主人公レオの姿を通して「ジャングル大帝」の世界を体験できる展覧会とします。


    第1部 大河ロマン「ジャングル大帝」
    第2部 「夢を追い、自然にいどみ、果敢に生きる」(直筆原稿展示)
    第3部 比較「ジャングル大帝」初版VS最終版
    第4部 日本初カラーアニメーション番組「ジャングル大帝」


    第1部 大河ロマン「ジャングル大帝」

    手塚治虫によって「ジャングル大帝」のストーリーは何度か変更されているが、物語を大きく分けると次の3つの部分から構成されている。

    第1部 パンジャの死からレオのジャングルにたどり着くまで。
    第2部 ジャングルの王子として、ジャングルの仲間たちのリーダーとして成長する幼年から青年時代まで。
    第3部 ライヤと結ばれ、二児の父親としての活躍と、波乱に満ちた生涯を終えるまで。

    この3部構成を通して流れるのは人間と動物、動物と動物、人間と人間という生きとし生けるもの営みである。レオは人間の文明を知る事により、ジャングルにそれを持ち込み、生か死の弱肉強食の世界を変えようと孤軍奮闘する。また、人間には良いものと悪いものがいることを知り、良い人間との友情を信じ自ら前人未到のムーン山に莫大なエネルギーを秘めるといわれている月光石を探しに行く。また、月光石を巡り敵対していた人間たちも、大自然の厳しさの前に敵対を止め、協力をして月光石を手に入れるのだが、下山の途中、猛吹雪になり最後はレオの自己犠牲により、ヒゲオヤジ一人ムーン山より帰還する。そこでヒゲオヤジと出会ったレオの息子のルネは父親の死を理解し、今度は自分がジャングル大帝となる決意とともに、レオのジャングルに戻ってゆくという物語の基本は変わっていない。

    第1部では特殊パネルの展示によって、大河ロマン「ジャングル大帝」を視覚体験できる展開をします。


    1 プロローグ

     エジプトからローデシア地方にかけて大アフリカを二つにわたって北から南へ走る大きなみぞがある。これを大地溝帯(グレート・リフト・バレイ)と呼んでいる… このみぞの両側には、ルベンゾリ、キリマンジャロ、エルゴンなどの高い峰がそびえており、その間にはアフリカ一のナイル川の渓谷やビクトリア湖、タンガニイカ湖、ヌヤサ湖といった大きな湖がならんで、大自然境をつくっている。 滝があるかと思えば、広い台地がある。赤道直下だというのに、白い雪をいただいた高峰もある。それらの山の中に、伝説になって伝えられたなぞの山、ムーン山がある。探検家スタンレーが発見し、イタリアのアブルディ大公、イギリスのウエールズによって調べられた山、これがこの物語の舞台だ。アフリカはかつて暗黒大陸と呼ばれてきた。アフリカの原野にはかずかずの原住民と、動物と、大自然との戦いがくりかえされてきた。そして、新しい国がつぎつぎに生まれてきた。今日もなお、アフリカの動物たちにとって、安らぎの日はないのだ! ライオン、キリン、イボイノシシ、カモシカ、シマウマなどが草原に住んでいる。ことにライオンはジャングルにはけっして住まない草原のけものだ。だが、ここに、たったひとつ、例外があった…














    2 パンジャの死

     森に住むパンジャはジャングルの守り神として、森のけものにはやさしく、人間に飼われているけものは憎んでいた。人間も家畜が襲われるため、何とかパンジャを倒そうとするが、その度に逆にパンジャにしてやられていた。ある日ハンターのハムエッグがパンジャの妻エライザをとらえパンジャをおびきだし、罠にかかったパンジャは殺されてしまう。そして捕らえられたエライザは動物園に売られて行くのであった。

    3 レオの誕生


     捕らえられたエライザのお腹の中には子どもが宿っていた。ロンドンに向う船でこの子が誕生する。 レオの誕生である。エライザはレオに、父の後を継いでジャングルの王になるためアフリカに帰れと言う。 幼いレオは泣く泣く海に飛び込み、アフリカを目指した。

    4 アデン

     レオがたどり着いたのはジャングルではなく、アデンという街であった。ここでレオは人間の世界や動物園で生活している動物の様子を知り、自分は広いジャングルで、好きなように暮らしたいという自由の概念を学ぶのであった。

    5 アフリカにて1


     レオはアデンで知り合った人間達と、莫大なエネルギーを持つといわれる月光石の秘密を探るためにアフリカにもどった。レオはそこでジャングルの無秩序な状態に驚き、同時に自分に流れる野生の血を意識する。原住民のところで、亡き父パンジャの毛皮を手に入れ、その前で人間とけものの狭間に立つ境遇を嘆くのであった。

    6 アフリカにて2

     ジャングルの暴れ者ブブが 弱肉強食というジャングルの掟をレオに教え込もうと、目の前でシカを殺してしまう。レオはその光景をただ見て脅えているだけだった。そして野蛮なけものとしての自分をますます悲しむのであった。

    7 レオの森

     自分がけものであるという悩みから立ち直るきっかけを与えてくれたのは、ジャングルに住む動物達の励ましであった。王子の帰還を喜ぶ動物達と共に、レオはジャングルを住み良く変える決意をする。レオと動物達の協同作業がはじまり、ジャングルに活気が満ちた。

    8 ジャングル大帝

    パンジャの子レオは今、ジャングル大帝となった。

    9 ライヤとの出会い

     少し時間が経過しレオは青年となり、将来の伴侶になるライヤと出会う。ライヤを巡ってレオとブブは最後の死闘を行う。

    10 結婚、誕生

     ブブとの戦いに勝ったレオはライヤと結ばれ、2匹の間に子どもが誕生する。

    11 ルネとルキオ

     レオとライヤの子は2匹、男の子をルネ、女の子をルキオと名づけた。ルネは次第に人間の世界に憧れるようになってゆく。

    12 ルネの夢

     人間世界を夢見るルネは、ジャングルを抜け出してゆく。この後、ルネは人間の世界でサーカスのスターとして活躍することになる。

    13 死班病

     ジャングルに死班病という伝染病が蔓延する。この病気は動物しか、かからないが、発病すると死に至る病である。レオファミリーではルネが家出をした気苦労から、最初にライヤが発病し、死んでしまう。次にルキオも発病するが、月光石探検隊が血清を作り、ルキオをはじめとした動物達に注射をして、死班病の危機からジャングルを救うのであった。

    14 決意

     レオは動物達を救ってくれた人間のためにムーン山への案内をすることを決意する。ムーン山はレオにとっても未踏の山でどれほど危険なのかわからない。

    15 登山

     いくつかの困難を経て探検隊はムーン山の登頂に成功し、そこで月光石を発見する。しかし、レオは雪山の反射で雪目になってしまい、視力を失ってしまう。

    16 吹雪の下山、レオの死

     月光石の記録を得た探検隊は下山の途中、猛吹雪に襲われる。隊員たちは次々と吹雪の中で道に迷い、凍傷にかかり、動けなくなってゆき、最後にはレオとヒゲオヤジだけになってしまう。食料もなくなり、気力も衰えるヒゲオヤジにレオは自分の肉を食らい、毛皮を着て記録を持ち帰れと勧めるのであった。

    17 新ジャングル大帝

     都会が自分の想像と違いコンクリートのジャングルであることを知り、サーカスでの経験で人間には良い人間と悪い人間がいることを知ったルネは、サーカスの火事を動物と協力して消火した御褒美にアフリカに戻ることになる。途中飛び魚の情報で母が亡くなったことを知る。そしてラストでは父の死も知るのだが、ルネが新ジャングル大帝となってゆく予感を感じさせながら物語は終わる。


    第2部 「夢を追い、自然にいどみ、果敢に生きる」

    「ジャングル大帝」のラストで「アフリカは生きとし生けるものすべてを大自然の中に吸収して…いどむ者をゆうゆうと見おろしているのではないだろうか」という手塚の問いかけは何を意味するのだろうか。読み方によれば大自然の雄大さを賛美している様でもあり、逆に生のあらゆる営みの空しさを説いているようでもある。この問いかけには大自然の前にあらゆる営みは空しいかも知れない、だからこそ個としての生命は生命であるうちは「夢を追い、自然にいどみ、果敢に生きる」べきなのだという手塚のメッセージが隠れている様に思われる。したがって第2部では、レオたちが果敢に生きている部分を中心とした手塚の直筆原稿の展示で隠れたメッセージを検証します。












    (1)

     アフリカへ帰る為、海へ飛び込んだレオを嵐が襲います。そして、この嵐は母エライザの命をも奪ってしまうのです。嵐の去った海の上で、母を慕ってひとり泣くレオは、星空にその姿を見つけ「もう、泣かないよ」と誓います。

    (2)


     人間の世界で動物園に行ったレオは、そこで檻にいれられた仲間たちの姿を見ます。「ぼくたちだって人間とおんなじようにひろい世界で好きなようにくらせる権利があるはずなんだよ」と考えているレオは、アフリカへ帰り世界中の動物園の動物たちを呼んで仲良く暮らしたいとネズミのジャックに話します。しかし、レオが生まれてはじめて目にした故郷アフリカは、人間の世界と比べあまりにも汚く野蛮に見え、レオは落胆します。

    (3)

     ジャングルに帰ったパンジャの子レオを動物たちは大喜びで迎します。しかし、人間の世界に住んでいたレオには、ジャングルはとても住よい場所にはみえません。レオは、動物たちに呼びかけ共にジャングルを切り開き、道を作り、畑をつくりはじめます。

    (4)


     ジャングラ族にメリーを連れ去られ、ケン一は元気がなくなってしまいます。レオは、そんな彼を慰める方法として、音楽を聞かせることを考えきます。レオの指揮に従って歌う動物たちの声は、ひとつになって美しい音楽となりジャングル中に響き渡ります。

    (5)

     ジャングルで育ったルネは、人間の世界に憧れを抱きます。しかし、人間の世界へ行きたいという願いは、母ライヤに聞きとどけてはもらえません。止められれば止められるほど、ルネの中で人間の世界への憧れは大きくなっていきます。そして、ついにルネは両親に内緒でジャングルを抜け出し、ひとりで人間の世界へと旅立っていきます。

    (6)

     ルネがいなくなり、ふさぎ込んでしまったライヤに元気を出してもらおうと、ジャングルの動物たちは神殿を作りはじめます。地をならし、石を積み上げ、動物たちは力をあわせてついに神殿を完成させます。

    (7)

     人間の世界に憧れて、ジャングルを飛び出したルネ。しかし、人間の世界で暮らしはじめたルネは、自分の生まれたジャングルこそが真に美しく、静かな世界だったと気づきます。

    (8)

     大陸さえ移動させる程の大きな力を秘めると言われている月光石(ムーン・ライト・ストーン)。その謎を探る為に、産地である人跡未踏の地ムーン山に登りはじめた調査隊は、恐竜の襲撃、猛吹雪など様々な苦難を乗り越えてついにムーン山の登頂に成功します。


    第3部 比較「ジャングル大帝」 初版VS最終版

    手塚は講談社漫画全集「ジャングル大帝」のあとがきで「ジャングル大帝」は6回も単行本になり、その度にストーリーが変わり、自分でもどれが一番まともな筋書きかわからなくなってしまったこと、虫プロ時代に、テレビ化が決定した際にスタッフが、絵の研究に持っていった原稿を紛失してしまい、前半のほとんどを新しく書き起こさねばならなかったこと、その間に15年の歳月が必要であったことが述べられています。原稿紛失等の事故があったにせよ、6回の改定作業を経て現在私たちの読むことができる「ジャングル大帝」は、若き手塚が勢いで描いた初版「ジャングル大帝」とどれぐらい違うのでしょうか。

    第3部では手塚治虫の京都ファンクラブが復刻した初版「ジャングル大帝」と最終版の違いの良く分かる部分を比較展示し手塚の変化を検証します。













    (1)

     アフリカへ帰る為、海へ飛び込んだレオに泳ぎを教えたのは誰なのでしょうか?この点は、初版と最終版ではまったく違っています。初版版では、コバンザメの呼びかけで、様々な海の生き物がレオに泳ぎを教えてくれます。なんとカモメに飛び方まで教わっていて、この経験は宿敵ブブとの初対決で役に立っています。一方、最終版ではレオは海でフカに襲われてしまいます。闘いの末に敗れたフカはレオに自分のお腹についていたコバンザメを渡し、それをつけて泳げとアドバイスし、それによってレオは泳げるようになるのです。

    (2)


     レオと片目がライヤを巡って最後の死闘を繰り広げています。このシーンのストーリーは初版も最終版もまったく変わりません。しかし、描き方はとても対照的で、最終版では他のページと変わらずコマで進んでいくのに対し、初版では絵物語の形をとっています。

    (3)

     レオとライヤ、2匹の間に子どもが生まれようとしています、外でまっているレオは心配でウロウロ歩き回り落ち着きません。このシーン、初版と最終版を見比べても、あまり違いがあるように見えないかもしれません。しかし、確かに初版では4ページだったものが、最終版では8ページと倍のページ数になっているのです。どこがどう変わっているのでしょうか?じっくりお見比べ下さい。

    (4)


     ルネがはじめて人間と出会うシーンです。ここでルネは、遭難したピートやアダム達を助けるために、カモメに救助の船を呼んできてもらっています。初版ではカモメの翼に直接「SOS」の文字を書き込んで、船まで飛んでもらうのですが、最終版ではカモメが、ピートの帽子を咥えて船へと向かいます。カモメの咥えた帽子を見て遭難者がいると気づいた船がカモメの後を追って、アダム達を発見、救助するのです。

    (5)

     アフリカへ帰る決意をしたレオが、海へと飛び込もうとしています。生まれたばかりのレオが、今まさにジャングル大帝への第一歩を踏み出そうとしているのです。初版ではたった1枚に収められていたこのシーンが、最終版では4ページにも渡って描かれています。

    (6)

     調査隊がついにムーン山を征服した感動のシーンです。初版も最終版も共に原稿はカラーではないのですが、初版の方は「漫画少年」に掲載する際に印刷によって着色されました。カラーになったことで雰囲気がどう変わったのか、最終版と見比べる事によってその違いをお楽しみ下さい。

    (7)

     この物語の最後のページです。ここでは、「ジャングル大帝」という物語を締めくくる言葉が初版と最終版ではどう違っているのか、また初版の最終ページの下段には「ジャングル大帝」を書き終えた手塚治虫の言葉が書かれていますので、そちらもあわせてご覧ください。

    追加(1)

     ジャングルで迷子になってしまったケン一とメリーは、ライオンの片目(レオの宿敵)や黒ヒョウのトットに襲われてしまいます。初版のふたりは片目とトットに襲われますが、とても勇敢でケン一は黒ヒョウを投げ飛ばしていますし、メリーも拳銃を構えて黒ヒョウに狙いを定めています。最終版でもふたりは黒ヒョウに襲われますが、ふたりとも抵抗できず、あわやという所でレオが現れなんとか難を逃れます。


    追加(2)

     レオたちは、ジャングラ族に従う動物たちに襲撃されてしまいます。動物対動物の戦い。ライヤを草陰に隠し、戦いへと向かうレオは父パンジャを思い描きますが、初版ではパンジヤに「立派な態度で臨め」と言われているのに対し、最終版では父に「ジャングルを守って見せます」と誓っているなど所々違いが見られます。この迫力のシーンは、初版では印刷時に着色されている為、その点でも最終版とご比較下さい。

    追加(3)

     ハムエッグとともにパンジャを罠にはめ、殺したクッター。しかし、そんなクッターも海を漂流していた、レオを自分のイカダに引き上げるという優しい面をもっていました。海の上でレオと別れたクッターは、その後どうなったのでしょうか?その部分は最終版には描かれていません。しかし、初版では無事なクッターの姿が描かれています。クッターの元気な姿とそしてレオの子ルネとの不思議な巡り合わせをどうぞご覧ください。


    第4部 日本初のカラーアニメーション番組「ジャングル大帝」

    「ジャングル大帝」は昭和40年に日本初のカラーアニメーション番組として登場した。「ジャングル大帝」は「鉄腕アトム」と同様に虫プロダクションの代表作となったのだが、テレビ番組では原作の持つ大河ドラマ性を幼児や小学生にも理解出来るようにと、ミュージカルの手法を取り入れたり、動物たちのふれあいも軽快に描くなど、やさしく、明るく配慮されている。

    第4部ではアニメーション「ジャングル大帝」の特徴を数種のビデオテープにまとめ、映像で検証します。


    「ジャングル大帝」 原作とアニメーションの違い

    ここに流れている映像は、1967(昭和42)年3月29日に放映された「新ジャングル大帝−進めレオ!−」の最終回(後半部分)である。ムーン山から無事帰ってきたレオとルネ他親子4頭で草原を走っていくラストシーンは印象的なものである。しかし原作である「ジャングル大帝」の最後では、レオは死んでしまうのである。そしてヒゲオヤジただ一人ムーン山より帰ってきて、そこで始めてルネと出会うのである。 TVアニメーションシリーズ「新ジャングル大帝−進めレオ!−」は、原作と大きく異なる点がいくつかある。最終回の他にも、原作ではルネが人間の世界へ一人で出かけて行くが、アニメーションでは最後までジャングルで生活し、人間の世界へ行くことはない。また、原作では途中でライヤは死斑病にかかり病死してしまうが、アニメーションでは死斑病にかかりはするが、助かっている。原作の大河ドラマ的な要素を引き継ぎながらも、全体的にハッピーエンドで終わる印象をアニメーションでは強く受ける。これは、アニメーションの対象年齢が子どもたちである、ということを強く意識したためである。

    『ムーン山にモニターを埋め込んだ立体物 』


    原作漫画の「ジャングル大帝」が大河ロマンとして、かなり年齢層の高い人々をターゲットにおいていたのに比べて、アニメーション番組としての「ジャングル大帝」はメインのターゲットが小学生ということもあり、内容や表現において子どもをかなり意識して作られている。表現においては、背景にはなるべくグラフィカルな図形を使用し、自然描写をなるべくシンプルに描き、使われる色彩も原色を多く使用してアフリカ大陸のエスニックな雰囲気を表現すること同時に、子どもに受け入れやすい雰囲気づくりに成功している。













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