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記念館企画展

  • 2004/07/01〜2004/10/26
    第32回企画展 宝塚市立手塚治虫記念館開館10周年記念
    少年・手塚治虫の遊び 〜(遊び)×(好奇心)2=手塚治虫の(創造力)〜

  • (2004/07/01)

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    期間:2004年7月1日(木)〜2004年10月26日(火)
    会場:宝塚市立手塚治虫記念館

     「いま、子どもに必要なのは、冒険することではないでしょうか。そしてやじ馬精神こそ、子どもに冒険をさせる原動力ではないでしょうか。」これは、手塚治虫の著書「ガラスの地球を救え」の一節です。

     昔、この「やじ馬精神」=「好奇心」の塊のような少年がいました。名前は、「手塚治」。のちのマンガ家・手塚治虫です。手塚治虫は5歳のときから、マンガ家となって東京に出るまでのおよそ20年間を兵庫県宝塚市で過ごしました。当時の宝塚は豊かな自然と「宝塚歌劇」や「ダンスホール」などのモダンな文化が共存する、不思議な雰囲気をもつ街でした。まさに、この宝塚は少年・手塚治虫の好奇心を刺激する格好の場所だったのです。そのころの手塚治虫の空想や新しい発見は、今でも習作や本人のエッセイの中に見ることができます。

     手塚治虫は、マンガ家になっても子ども時代の好奇心をもちつづけました。そして、興味のあるものはとことん追求し、新たな発見をみいだしました。マンガ家デビュー後に医学博士の学位を得たことはその典型といえるでしょう。また手塚治虫は、その生涯において約15万ページものマンガ原稿を描きました。これは、18歳でデビューしてからこの世を去るまでの約43年間、毎月欠かさず300ページ前後のマンガ原稿を描き続けた計算になります。まさに手塚治虫の「創造する力」は、驚異的といわざるを得ません。そして、この創造力の源は、子ども時代から変わらず持ち続けた「好奇心」と強く結びついているのです。

     ご来館の皆様には、この企画展を見ることで「好奇心」をもって何かに取り組むことの大切さを再認識していただけるでしょう。また併せて夏休み期間中は、親子を対象にした様々なイベントを予定しております。ご家族皆様で楽しんでいただける企画展にしたいと思います。

    #展示構成
     手塚治虫の家には、父親の影響でたくさんのマンガや、マンガ映画のフィルムがありました。これらが自然に「少年・手塚治虫」の好奇心を刺激したことは容易に想像することができます。また手塚治虫は家の外の世界にも好奇心を刺激され、友人とこぞって遊びにでかけました。手塚治虫は、この宝塚の街で自然の中では蝶やオサムシの昆虫採集の体験から生命の様々な多様性や神秘を感じ、また母親と通った「宝塚歌劇」ではその舞台を通じて「パリ」や「アラビア」など異国の文化に思い巡らせ、さらに梅田のビル街にはタイムスリップした未来都市の原型を見ていたのです。

     今企画展では、3部構成により手塚治虫の少年時代の「好奇心」から生まれた思いや発見、空想が、習作を経て作品となっていく過程を検証していきます。
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