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虫ん坊 2014年5月号 特集2:手塚治虫の三つの『ファウスト』原案のミュージカル 『ファウスト 〜愛の剣士たち〜』 演出 モトイキシゲキさんインタビュー

モトイキシゲキさん。

 手塚治虫が魅せられ、生涯に3度もマンガ化したというドイツの作家、ゲーテの『ファウスト』。
 メフィストフェレスとともに現世から地獄までを大冒険して「人生の満足」を探すファウストの物語には、今も昔も色あせないふしぎな魅力があります。この『ファウスト』を元に描かれた手塚治虫の3作品、『ファウスト』『百物語』『ネオ・ファウスト』を原作にしたミュージカル『ファウスト 〜愛の剣士たち〜』が、6月に公演されることになりました! この企画について、演出を手がけるモトイキシゲキさんにインタビューしました。
 詳細は追って、ニュースでもお伝えします。


モトイキシゲキさん プロフィール

演出家・脚本家・作家。別名義に元生茂樹。
舞台演出・テレビドラマ脚本などを手がける。
探偵ナイトスクープ(構成作家)、
NHK連続テレビ小説『カーネーション』(資料提供)、
荒井修子原作・NHK土曜ドラマ『島の先生』(2013年)ノベライズ、
音楽朗読劇「イキヌクキセキ-十年目の願い-」(脚本・演出)など。

 関連情報

ミュージカル「ファウスト」〜愛の剣士たち〜公式ホームページ



●『ファウスト』を舞台化する

『百物語』における「メフィストフェレス」、スダマの登場シーン

――手塚治虫は『ファウスト』に魅了されて、生涯3度も漫画化しています。『火の鳥』とはまた別にひとつのライフワークのように思うのですが。

モトイキシゲキさん(以下、モトイキ): 『火の鳥』はとても日本的な作品ですよね。手塚治虫が、自分の日本人らしいライフスタイルの中から生み出した作品だと思っています。時代編ではあくまで日本が舞台でしょう? でも、一方で手塚治虫は西洋の文化や哲学を深く理解していたように思うのです。
 でも、『ファウスト』は、手塚治虫作品の中でも珍しい、西洋の哲学や文化そのものずばりを表現した作品だと思っています。『火の鳥』や『ブッダ』のような作品を描く一方で、こういう作品を描く側面も持っているんです。ほかにも手塚治虫は『ルードウィヒ・B』で西洋音楽に挑戦していますよね。

 実は、西洋の文化や哲学を真っ向から描くようなことをされている漫画家は意外に少ないように思います。SFにしろ、他のジャンルの作品にしろ、物事の考え方の根底は日本古来のものに立脚している作品を描かれる方が多いですよね。手塚治虫のように漫画の黎明期から西洋文化を積極的に取り入れ、真っ向から表現している漫画家は稀有だと思っています。
 『ファウスト』は原作がまだそれほど著名ではなかったころに、子供たちにも分かりやすく、原作のかなり専門的な部分までよく調べて表現していて、そこに手塚治虫の独自性を感じます。あの長く、訳本もなかなか読みやすいものが少ないゲーテの『ファウスト』を、あんなふうに分からせることが出来るんだな、と驚いたのを覚えています。


第1作目『ファウスト』では、メフィストフェレスはかわいい黒犬です。読者はなんとなく、このかわいいメフィストフェレスに肩入れしたくなりますね。

 手塚治虫ははじめの『ファウスト』(1950年)から21年後の1971年に、今度は『百物語』という中篇で再び『ファウスト』という題材を手がけますが、そこで悪魔を女性として描いていますよね。しかも悪魔の「スダマ」は最後にはファウスト=不破臼人と恋に落ちます。徹底的な悪としての悪魔ではなく、ちょっと人間くさい、「良い悪魔」としてスダマを描いていますね。
 ゲーテの描いたメフィストフェレスもそういうところがあって、愛嬌もあり、迷いもある。そういうところにフォーカスがちゃんと当たっています。
 手塚治虫は、他にもさまざまな海外文学を漫画にしていますが、とくに『ファウスト』にフォーカスをしたのは、そこに人間の普遍的なものがこめられていることを感じ取ったからなんじゃないか、と思っています。『ファウスト』には今でも純粋に楽しめる普遍的な要素が入っている、と考えています。

 手塚治虫は3度の『ファウスト』の漫画化をそれぞれのアプローチで行っています。
 一番初めの『ファウスト』では、そのまま原作をもじり、『百物語』ではそこに日本的なものを持ち込みました。さらに、最晩年の作品『ネオ・ファウスト』(1988年)では、世界的な視点を持ち込んで、ある意味ゲーテの『ファウスト』を越える表現をしました。
 手塚治虫にはそういう、世界的な、世界の中の日本、というような意識があったから、ああいう作品がかけたのでは、とぼくは常々思っていました。


ゲーテ『ファウスト』の中でも印象的な場面・ハルツ山に向かうメフィストとファウスト。

――手塚治虫の『ファウスト』を舞台化されるということですが、原作のゲーテの『ファウスト』を直接舞台化しないのは、なぜでしょうか?

モトイキ: 原作のゲーテの『ファウスト』には、日本人にはなじみの薄いキリスト教に基づいた思想や、それに対する批判が入っているんですよね。そこのところ手塚治虫は、先ほども言ったように、日本人にも分かりやすく、さらには感情移入もしやすいように描いてくださっています。抽出されているテーマも普遍的で、今の日本人の心にも十分響く内容になっています。私としては、これをうまく生かして、舞台にしたい、と考えました。もともとは、『リボンの騎士』の舞台化も希望しており、手塚作品でやりたい、という気持ちも強いです。


大人の世界の「魍魎跋扈」ぶりをワルプルギスの夜にたとえています。

――手塚原作を舞台化するにあたって、難しかったところはありますか?

モトイキ: 登場人物に感情移入させることが、実は舞台は漫画より難しいんです。漫画なら、絵の魅力でキャラクターを好きになって、すっと感情移入できますが、舞台では生身の人間が出てくるでしょう? 観客にとっては、初めて出てきた役者は、よほど著名な人でない限り、初対面の見知らぬ人物です。感情移入は思いのほか、難しいんですよ。
 そこで、物語で観客が、登場人物に入り込めるようなしかけをしていかなくてはならない。舞台上の物語では登場人物の行動に、何が何でも行動しなくてはならないような動機を課します。たとえば、「何かをしなくては自分の子供が死んでしまう」とか。具体的で、緊急性の高い「枷」を意識させることで、観客も当事者意識を持ち、舞台に入っていけます。
 そういう心理的な「枷」を与えることで、観客は登場人物の行動に同情していきます。目的意識は明確に描かないと、なかなか感情移入もできないものです。


神さまの挑戦を受けるメフィスト。でも、悪魔を作ったのも神様なんですよね。

――確かに、役者さんに感情移入できると、ずっと舞台を楽しめますよね。

モトイキ: そうです。ですから、特に重要なキャラクターについては、配役も大事になってきます。メフィストフェレス役を三田佳子さんのようなベテランにお願いしたのはそういうわけで、あの方の知名度や、キャラクターをお借りして、メフィストフェレスに説得力を持たせるわけですね。
 『パッチギ!』や『チャングムの誓い』のような、映画やTVでヒットした作品を舞台化したときにも、同じ難しさを感じました。テレビのシリーズでは長い期間でおなじみになったキャラクターとともに、笑ったり涙を流したりできますが、舞台は1回でそういう説得力を持たせなくてはなりません。
 さらには、舞台はテレビと違って、カットをつなげて物語をつくる、という手法ができないですよね。上演時間が2時間なら2時間、ぶっとおしでリアルな時間を観客の方と共有しなくてはならないので、それだけ気力を使います。上演時間いっぱい、役者も観客も集中して同じ世界を共有するわけですから…。
 そこが面白いところでもあり、難しいところでもあります。名優には、舞台に登場するタイミングも、観客の呼吸を読む、という方もいらっしゃいます。そういうきめ細かい注意をすることで、「あの人は出てくると違う」というような存在感が生まれるんです。


『百物語』では両思いになるようなシーンもあったメフィストとファウストが、舞台ではどうなるのか、お楽しみに!

――舞台化するにあたり、何かフォーカスしたり、アレンジしたりというところはありますか?

モトイキ: メフィストフェレスを神に似た存在のように描こうと思っています。メフィストは創造主である神によって作られた存在だと思うのですが、「悪魔」という立場を強いられているわけですよね。メフィストからしてみれば、なぜ、嫌われるような「悪魔」という立場である私を作ったのだ、ということになりますよね。
 そういうメフィストの視点から、『ファウスト』を描いてみようと思います。
 人間には本来、善の心も悪の心ももっているわけですよね。それに、神は万能だ、というのなら、なぜまた人間に悪の心や、「悪魔」という存在を作ったのか? 神が望まない存在としてのそういう人間や悪魔からの、神に対する挑戦、という視点で捉えたいですね。

――今回の舞台で打ち出したいポイントはどこでしょうか?

モトイキ: 歌やダンスについては、せっかくミュージカルですので凝っていきたいと思います。そのほかには小道具にも仕掛けをつけていこうと考えています。メフィストフェレスの魔法のような効果を舞台上でも見せられるような形で、あまり舞台で使わないような小道具を導入予定です。
 手品のように面白く見せるような、エンターテイメントを感じられるようにしたいですね。
 もちろん、芸術的なところも大切にしたいと考えていて、だからこそ三田佳子さんのような女優さんを起用し、その演技を堪能していただきたいとも思っています。


「メフィストフェレス」は「メ」だから女性にした、とは手塚治虫も1988年9月、朝日カルチャーセンターで行われた講演の中で言及しています。

――キャスティングのポイントは? 三田佳子さんについてはメフィストへの「説得力」という人選と伺いましたが、他のキャストはどういう観点でお声がけされているのでしょうか?

モトイキ: ジャニーズのA.B.C-Zの河合郁人さんにハインリヒ・ファウストを、メフィストフェレスが男に変身しているときの姿――メフィストが「メス」だからメフィスト、という『ネオ・ファウスト』に登場したしゃれを参考に、彼を「オフィストフェレス」としましたが――に同じくA.B.C-Zの五関晃一さんを配役しました。彼らも企画をお話しすると、「ぜひ挑戦したい」とおっしゃってくれました。配役でお声がけするときの規準は、チャレンジ精神がある方にお願いしたいと思っています。
手塚作品についてはキャストの方はみな、「間違いがない」と考えていらっしゃるようです。必ず面白いし、テーマがしっかりしている作品で、演じがいがある、という点で、「間違いがない」というところでしょうね。


●モトイキさんご自身のこと。

――もともとは舞台の世界をメインにご活躍なのでしょうか?

モトイキ: 子役のころから舞台に立っていまして、大学を卒業したころに藤山寛美さんがいらっしゃった松竹新喜劇にはいって、そこでお芝居をずっとやらせてもらっていました。そこから、テレビドラマや舞台などの脚本や演出を手がけるようになりました。
 テレビの仕事のほうが華々しいヒット作にもいくつかかかわりましたし、数は多いのですが、僕自身は、戯曲家でありたい、と思っていまして、古くは久保田万太郎や菊池寛は戯曲家と名乗っていましたし、「戯曲」という言葉そのものが日本に固有のものですしね。英語における「writer」などのようなひとくくりもものではなく、舞台のために脚本を書くという仕事ですよね。はじめにデビューしたのが舞台だったものですから、その加減で「戯曲家」でありたいと思っています。

――テレビのお仕事もたくさんやられているんですね。アニメや漫画には以前から親しんでいらっしゃったのでしょうか?

モトイキ: アニメにも興味はあるのですが、作るノウハウを学んでこなかったのは残念です。テレビアニメ「サザエさん」の台本をいくつか書いたことはありますが、絵に合わせたりするのはまた独特な手法があるようですね。
 時節ネタが特にないようないわば端境の時期に、ネタに困ることがあるようで、そういうときにわれわれ外部の作家があらすじを提供することがあるんです。
 セリフまわしなどはアニメ独自の方法があるようですので、アニメの専門家がやるんですよ。
 今回の『ファウスト』も本当だったらアニメにしたら面白いと思うのですが、大ヒットマンガ作品ばかりがアニメ化されていたり、本を売るためにアニメが作られるような傾向が強い昨今では、難しいかも知れませんね。

――最後に、楽しみにしているファンの方にメッセージを。

モトイキ: 今の人々にとっても活力になるような作品になると思います。涙を流すような感動と、見たあとに心からの満足を感じていただけるようなものにしたいです。また、手塚治虫が『ファウスト』を描いていた、ということも、改めて多くの方に知ってもらいたいですね。

――ありがとうございました!






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