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虫ん坊 2014年1月号 特集1:映画『BUDDHA2 手犲C遒離屮奪澄 十わりなき旅―』 監督 小村敏明さんインタビュー

 2月8日公開の映画『BUDDHA2』応援企画第2弾は、11月号・特集1のギャルマト・ボグダンさんのインタビューに引き続き、今月号では、公開直前号ということで、監督の小村敏明さんにインタビューしました!
 『プリキュア』シリーズや『金田一少年の事件簿』、『トリコ』など、少年少女向けのアニメーションをホームに活躍してきた小村監督、『BUDDHA2』のようなリアル路線のアニメーションは久しぶり、ということで、かなりイロイロなところにこだわって作られたとのこと。
 本インタビューでは、そのこだわりのポイントや見どころを具体的に教えて貰いました。


関連情報:

映画『BUDDHA2 手犲C遒離屮奪澄 十わりなき旅―』公式サイト

虫ん坊11月号 特集1



●撮り終えてみて

――まずは完成してみて、いかがでしたか?

小村監督(以下、小村): 何とかちゃんとまとまったな、というのがまずあります。終わりのほうは、「ちゃんと終わるのかなこれ」という感じだったんですよね。映像的には難しい芝居が多い作品になったので、「ここの描写はうまくいくのだろうか?」というところもたくさんあったのですが、作画の人に頑張って絵に描いてもらいまして、なんとか撮り終えることができました。スタッフには感謝しています。

――悟りのシーンの表現には、最後まで侃々諤々があった、と先日、ボグダンさんのインタビュー(記事へリンク)でもうかがいました。

小村: PART1の時に手塚眞さんにご紹介いただいたひろさちや先生から、シッダールタはブッダになると、人間をこえた存在になってしまうというアドバイスをいただきました。普通の人間とは違った佇まいで、内面的なものが溢れ出るような、自信にあふれた、というのともまた違う、そういった雰囲気の表現がとてもむずかしいですよね。普通の人間のキャラクター的な喜怒哀楽が、ブッダになるとそこを超越して、悟っちゃっているので、ちょっと変わってくる。そこの芝居について、いろいろなアドバイスいただいたのですが、お話しをいただけばいただくほど、いっそうに難しくなっていくんです。
 普通の人間とは違うといっても、暖かさは必要ですし、ブッダの声を当ててくださった吉岡秀隆さんにもセリフの口調を工夫してもらったりして。
 ブッダを演じた吉岡さんは、ご本人のキャラクターもそうですが、パート1からずっと繊細で儚い感じでやって頂いているんですけれども、悟ったあとからは、声高らかな感じで、というようなお願いをするところがありました。ご本人もいろいろ悩みながら取り組んでいただきましたね。
 僕のイメージとしても、ブッダはそれほど声高らかに演説をするイメージも無いんですが、悟りを開いた、人間を超えた存在になった、という、ひろ先生のニュアンスも取り入れるために、いままでとは違ったテイストを出したかったんです。声高らかに、目の前の聴衆に宣言する感じでやっていただいて、その後さらに試行錯誤もあって、結局もう一度声を撮り直したりもしています。吉岡さんも相当こだわって頂いて、そのへんの切り替わりはうまく行った、と思っています。ブッダが悟った後のセリフは見どころだと思いますよ。


●“大人向け”アニメならではの難しさ

――小村監督といえば、子供向けのアニメーションを多く手がけられていますよね。『ブッダ2』公式サイトの動画インタビューでも、日曜日の朝のシリーズでは出来ないことを『ブッダ』ではやれる、とおっしゃっていました。どういうところが、普段と違うと感じましたか?

小村: 『プリキュア』シリーズや、『トリコ』などの子供向けのテレビシリーズではテレビ局のほうが「やめてくれ」とおっしゃるので表現できないシチュエーションというのは確かにあります。血が流れたりする表現もそうですが、ちょっと特殊なところでは、キャラクターをあまり暗い場面では見せてほしくない、という括りがあるんですよね。キャラクターグッズを売りたいから、夜のシーンでもある程度の彩度を残した色彩を保つ必要があるんです。できるだけノーマルのカラーでのフィギュアなどと齟齬がでないように、夜色でもあまり暗くしずんだ色味じゃないようにしてほしい、という要望をいただいたりするんですよね。
 『ブッダ』はパート1をご覧になった方ならわかると思いますが、昼間でもけっこう画面が暗いんです。そのあたりの感じは久しぶりで、やってみても新鮮でしたね。昔担当した『金田一少年の事件簿』などでは、光源がない時は暗い色彩も出てきていたんですけど。そういう面では、こういったリアルな色彩表現は久しぶり、という感じでした。
 スタッフにも、普段はお願いしないような、細かい、たとえば同じ夕景でも違うニュアンスで表現してほしい、というような指示はなかなかTVシリーズではやらないですからね。TVシリーズだと20分強しか尺が無いから、その中で何回も夕方がくるっていうストーリーはめったにないですよね。
 『ブッダ2』では、シーンごとに、そこのイメージの色みを作るようにやることができたんですよね。
 はじめに作品の方向性の資料として、ボグダンが持ってきた『300』というコミック(原作・作画:フランク・ミラー、着色:リン・バーリー)があるんですが、色彩についてはあのイメージで、というのがパート1からあったのですが、あのマンガはアメコミ調でけっこう思い切った斬新な色使いをしているんですよね。あんな感じで、というのはやっぱり今回も言われていました。だから、思いっきり緑色が強いシーンがあったりとか、青いのがあったりとか、そういうので作ってみてもいいんだ、という話はありましたね。


――シーンがいろいろあって、見ていると背景だけでもさまざまなシーンが出てきて、そこが見ごたえがありますよね。

小村: そうですね、今回の作品はシーンごとの時間帯も様々で、夜の描写や森のなかの描写もありますし、昼でも建物の中なんかは古代のことですから光源もなく、えらく暗いんですよね。そこの色合いとか、色彩設定もすごく悩んでやっていましたね。80分の間に朝・昼・晩が何回も来るのですが、それを単調に見えないように、例えば夕景のシチュエーションもできるだけ差を出すように、色指定や美術さんもいろいろやっていました。

――音楽も聴き応えがありました。パート1よりも、音楽の存在感があったように思います。

小村: 基本的なフレーズはパート1と同じなんですけど、シーンに合わせた使い方が出来たと思います。とにかく、長い旅の描写を退屈しないように、眠たくならないように、と……。転調や、入り方なんかすごく良い感じにしていただいて。サウンドトラックのCDが出たら欲しいなと思います。
 パート1からちょっと変えたところとしては、ちょうど大島さんがアジアの方をいろいろご旅行なさって、演奏活動やらなにやらでいろいろ楽器やネタを取材されてきたそうで、それを活かしたい、とおっしゃったから、じゃあどんどんやってください、と。
 だから、音楽撮りの時に珍しい楽器がいっぱい見られた、と言ってボグダンが喜んでましたね。「こんなの使うんだ!」って。


――対象年齢としては、広めにお考えだ、ということですが。

小村: 初めは、中心のターゲット層は中高生あたりだと思っていましたから、お子様向けじゃないと思ってやっていたんですが、ある日聞いてみたら、「お子様も見るよ」って言われて。「あれ? そうなの?」ってなりましたね。分かってもらえるかな、と。
 原作自体、お子様向けというより、もう少し大人になった人が読む漫画だと思うんです。マンガであれば、じっくり時間をかけて読むことも出来るからいいけど、80分の中で『ブッダ』のお話を子供に理解させるのは難しいですね。
 表現的にも、アッサジが食べられるシーンなんかは、もう少し控えめな感じになるようにシルエットにしたんですよね。あのシーンは食べられたという事実だけでも十分ショッキングですからね。でも、担当の作画の人が上手い人で、けっこうリアルなカンジになってました。
 まあ、そういうのをことさらに見せ場にするような描き方をしなければ大丈夫だとは思うんですけれどもね。この作品の場合、アッサジが死ぬのにも意味があるわけですから。
 映画ではシッダールタに命がすべてつながっている、ということを教えるために食べられた、ということになっていますし、セリフでもそう言っていますが、そういう概念はさすがにちょっと難しいかもしれない、と。いったい何歳以上からなら解るのか、ぎりぎり、小学校高学年ぐらいだったら分かるかな、と思っていますが……。
 『プリキュア』シリーズなどですと、難しいシチュエーションは噛み砕いて説明しちゃうんですよね。『ブッダ』は親子連れも見るかもしれない。とすればかなり小さい子供も見るかもしれませんね。でも、あまり言葉で説明しちゃうのも説明臭くなっちゃうから、『ブッダ』では、どこまで説明するのかは原作を基準にしました。それでも、シッダールタが悟るシーンや、マーヤ天のセリフなどは、難しいかも知れません。
 親子連れでご覧になる方は、お父さんかお母さんが説明してあげてくれると、嬉しいです。


●80分におさめる!!

――今回はパート1と比べても短めの80分の作品ですが、本編では、原作の印象的なエピソードも、かなり思い切って切られていましたね。長者の娘の、ヴィサーカーの話などは、結構重要なエピソードのように思ったのですが。

小村: 本当は、残したいところでもあったんですけれどね。コンテもけっこう一生懸命、描いていたんですよ。ヴィサーカーのエピソードはやはり長くなっちゃうから、そのあたりのエピソードは端折ってしまったんですが、町の門番に、「この前にマガダ国があるからそっちにいけ」とか言われて、一行が門前払いを食らうシーンがあったんですが、そこも含めてばっさり切っています。まあ、初めから街の中には入らないことにはなっていたのですが。それでも、何か1シーンが無いと寂しい感じはしたんですよ。夕焼けの砂漠とか、光源もちゃんと決めてけっこうきれいに描いていたんですが、街まで描いてしまうとまたそこに意味が出てきちゃうから、ということでばっさりと。あとで考えたら夕景は後のシーンでもいっぱい出てくるからいいかな、という気もしたんですけど、あれは惜しかったですね。
シナリオの段階では、ビンビサーラ王のエピソードもなくしちゃおうか、という声もあったんですよ。「そこが長いんじゃないの?」って。でも、3部を作ることを考えると、ビンビサーラ王の話まで省いちゃうと、いろいろ差し障りがありますからね。


――他にはなにか、泣く泣く切ったシーンやエピソードはありますか?

小村: いま、お話が出たビンビサーラ王のシーンの中なのですが、アッサジの予言能力を試してやろうとした王が、天井からコブラを落としてくる、というあのシーンでも、細かく描写を省いています。コブラがどういうトリックで落ちてくるか、設定をちゃんと作ってもらっていたんですよ。天井に幕のようなものが張ってあって、そこにコブラが隠されていて、従者が紐を引っ張ることでその幕がとれ、蛇が落ちてくる、という設定です。
 で、初めにアッサジの頭上にその天幕があるようなレイアウトで描いていたんですが、それも切るしかなくなって。でも、見返してみるとやっぱりここがないと、よく分からないんですよね。元のアイディアは王様が指で合図をして、この家来が紐をひっぱるから落ちてくる、というような感じなのに、本編ではこの描写が省かれたので、なんかわかりづらくなっちゃったんじゃないかな、と思っています。
 流れで見れば、王様が合図をしたから蛇が落ちてきたんだ、というところまでは分かるとは思うんですが、先に天井を見せると「ネタバレになるんじゃない?」という意見もあったので。

――蛇が落ちてくる描写そのものは、原作よりダイナミックな感じがしました。

小村: このシーンも一悶着があって。剣を構えているだけでそう簡単に落ちてきた蛇が切れるもんかな、と。ちょうど槍を持っている家来がいるから、そちらを使うことにしました。
 それから、王様が数を数えるスピードも、難しかったです。あまり自然に、早く数えてしまうと、いろいろな描写が出来ないじゃないですか。だから、あえてゆーっくり、数えてもらって(笑)。王様が数えている間に、アッサジが兵隊をジェスチャーで呼びますが、それだけだと解りにくいかな、と思ってアフレコの段階で、「こっちくるにゃ!」ってアドリブで入れてもらったりしました。さらにダビングの時にそこの声を目立つように立ててもらうまでしています。アッサジが兵隊を呼ばないと、予言で危機を回避したことにはならないじゃないですか。これでも分かるかどうか、ちょっと不安ではあります。
 それから、ヤタラの過去や、ルリ王子のお母さんのエピソードも、もっと描きたかったですね。特に、ルリ王子のお母さんの身の上は、パート1でも説明できていないので、ちょっと困ったところです。てっきりパート1でやってたと思っていたので「ここでパート1のシーンをバンクで入れましょう」って言ったら、「そんなのないです」って。
 ちなみに、タッタとシッダールタも、面識がないことになってる。実はパート2が初対面なんです。だから、「タッタなんかよそよそしいな」って言うわけじゃないので…(笑)。長いストーリーをつづめるため、作品をまたいでつじつまあわせは必要でしたね。
 尺の問題でいうと、逆に苦行林までの道のりなどは尺をはしょらないでキープしています。「道のりの遠い感じを出したい」という森下さんの意向もありましたね。


●キャラクターの魅力

――つぎにキャラクターですが、シッダールタはパート2では、叫ぶシーンがけっこうありましたね。先ほど、「悟り」についての声の演技のお話もでましたが。

小村: 吉岡さんには、とにかく思いっきりやってください、とお願いしました。もう、役者ご本人が思っている以上に大袈裟というか、ガーンと行かないと、アニメの場合、不思議なことに、声を絵に載せてしまうと思ったより控えめに、パワー不足に聞こえちゃうんですよね。だから、顔出しの役者さんがドラマとか映画で演技をしているより、すごく大袈裟にやらないといけないんです。なので、感情表現も「普通以上にお願いします」というような、ちょっと無茶なお願いをしました。
 すると、吉岡さんもすごい演ってくれるんですよね。アッサジが亡くなった直後の芝居とかも、あそこまで叫んでくれるとは思わなかったから、僕も逆に、驚かされるところがありました。
シッダールタ自身に、ショッキングなシチュエーションが振りかかることが多いから、パート2は前に比べてエキサイティングな芝居が必要になってくるんですが、吉岡さんここまでやってくれるんだ、って思いました。パート1はずっと繊細な演技でしたからね。

――役者としての吉岡さんでもなかなか見られないようなお芝居かもしれないですね。

小村: 今回は喜怒哀楽の表現が、前にもまして激しいかもしれないですね。それでも、普通の人間よりは抑え目の芝居にしてくれ、という森下さんからの依頼もあって。やり過ぎるとシッダールタのキャラクターが崩れてしまいそうで怖いんだ、っていう話は再三出ました。

――絵の面でも、シッダールタはすごくやせてしまったり、髪型もめまぐるしく変わったりします。

小村: キャラクター表も、いったんOKにしたものを、作り直したりもしたんですよ。あまり、目なんかも鋭い線で描いてしまうと、シッダールタじゃなくなるんだ、とか。(眉のラインなどを描きながら)こんなふうにきつくはしないこと、とか。……作画監督の浅沼昭弘くんと僕とで試行錯誤していくと、どんどん原作に似ていってしまうんですよね。で、最終的に完成してみると、なんかけっこう原作によっちゃったね、なんていう話もありましたね。
 最初は、頬のこけているラインとか、目の感じも厳しい感じにしたり、目の下にも影を入れたり… 苦行してたら痩せちゃうよね、とか言っていたら、「どうしてもそれ、別のキャラにみえてしまうんだよね」という意見があって。
 原作では、苦行中でも若干ふっくらした部分をたしかに残してあるんですよね。それで、できるだけ、痩せているように見えても頬のこけたラインはないようにしてくれないか、というリクエストも有り、ものすごく難しかったですよね。
 あとのキャラクターは、たとえばタッタとかは、もっと喜怒哀楽があってもいいし、デーパもクールな感じでやってもらえばいいから、やりやすかったんですけどね。


――今回特に重要なキャラクターとして、アッサジは印象的なキャラクターでした。

小村: アッサジをもっと元気な子どもにしちゃったほうがいいかもね、という意見もあったので、じゃ、余計な事をする子供にしよう、と思いましたね。子供ってほうっておくと、意味不明な事をするじゃないですか。やっちゃいけない所で大騒ぎをしたり、落ち着きが無かったりするような感じを、シナリオにない芝居もどんどん追加しました。王様が大事な話をしているシーンでもなんか落ち着きがなかったり、かならずキョロキョロ見回すようにしたり。しかも常に笑顔で。周囲の人が怒っていたりしていても笑顔なんだよね。
 アッサジが亡くなる晩に兎に呼ばれて行くシーンも、コンテ上は割合シリアスな顔で描いていたんですよ。あと、シッダールタに「人間を超えた存在になる」って言うところもすごく落ち着いた、悟りを開いたような顔になってて。もっと笑顔にして、子どもっぽくしないと駄目だね、ということで、ああいう、葉っぱを追いかけてるような芝居にしたんですよね。声優さんにも、隙あらばアドリブを入れてください、と頼みました。ちょっとでもこっち向いたら、全部声入れてください、「にゃっ」って言います、といって。そういう子どもが人間を超えた存在になるんだ、とかそういうことを言うほうが印象的になるんじゃないかと思って。
 ただ、オオカミに食べられる直前に、オオカミの子どもに話しかけるところだけは、ちょっと神がかったしゃべり方にしてもいいかなと。声優さんもすこし悩んでいましたけど、うまくやってくれました。いままでふざけていたような子が、すごく優しくオオカミの子どもに語りかけるんですよね。そこだけは、味わい深い感じになるようにしたいなと思いました。
 沢城みゆきさんは本当に上手い声優さんですよね。アッサジはずっと鼻が詰まったようなしゃべり方をするんですが、キャラクターの設定画を見て、「アッサジは鼻水が出ているから、鼻が詰まったようなしゃべりかたをするんじゃないでしょうか」と言って、そういうふうにやってくださったんですよね。そういう風につくってきてくださったんだ、と思って、それは逆に助かりました。
 ただ、最期のシーンでは鼻づまりぎみもやめて、しっとりしたしゃべり方になるようにしてもらいました。80分の尺の中でキャラクターに変化をもたせるには、役者さんの力もずいぶん助けになりましたね。


――アッサジもそうですが、タッタやヤタラなど、ムードメーカーも出てきます。

小村: タッタは、絵の方もがんばってくださったんですが、松山ケンイチさんも原作が御好きなだけあり、いろいろがんばってくださいました。アフレコのときも、いろんなテイストで言い方を変えたりして、工夫をされていましたね。本人はアニメのアフレコなんて、そんなに頻繁にやるものでもないので、あまり自信がないんですよね、なんておっしゃっていました。でも不慣れとおっしゃる割には、アクションのシーンの演技など、ぴったりタイミングがあったりするんですよね。この人は何か、勘がいいんだろうな、と。
 普段の松山さんは方言でしゃべるじゃないですか。そういう感じもあいまって、きさくなタッタのキャラクターにはよくあっていたのかもしれませんね。ちょっとユーモラスなところもあったりして。
 タッタは、両親の恨みを起爆剤にして生きているのか、といえばそれだけでもないような気もするし、深みのあるキャラクターですよね。ただ、今回のお話では、ミゲーラのことをすごく大事にしているんですよね。原作だと、ミゲーラもタッタの盗賊団の中心人物っぽかったですよね。気が強くて。タッタはミゲーラのことをすきなんだけど、おそらくミゲーラと行動をともにするあいだに、彼女から、シッダールタが好きだっていうことをずっと聞いていたんだと思うんですよね。だから、どうも表立って「好きだ」という感じにはならない。そういう裏設定は持っていました。けれども、すごく大事にしているんだよ、ということを松山さんにも説明して。松山さんもまあ、原作読んでるから「わかってます」っておっしゃってました。

――今回は、シッダールタに恋をする女性キャラクターがあまり出てこなかったですね。原作では、スジャータやヴィサーカーがいますが。

小村: 本当は、スジャータも重要な女性キャラとして出てくるはずだったんですよね。ブッダが悟りを開くきっかけの人でもあるし。でも、スジャータのエピソードをやると、また長くなっちゃう。
 まあ、アッサジのところに乗っけられたから上手くまとまりましたが、本当は、スジャータを助けるときに、あの精神世界みたいなところに行って、魂の塊みたいなものに出会う、という流れでしたよね。スジャータの話が出来たほうが、いろいろ説明は楽だったかもしれないですね。あの、洗濯物みたいな、光の人モドキみたいなやつがいっぱい固まっているものの説明が、スジャータの話をやると出来るんですよね。結局、一切説明する隙間がなかったんです。だから、光っているあれはなんなんだろう? という疑問が残るかもしれません。


――ちなみに、原作の『ブッダ』の中で好きなキャラクターはいますか?

小村: 終わりのほうで出てくる、アナンダとかがけっこう好きです。パート2の範囲だと、やっぱりアッサジですね。マンガ読んでるときは、三つ目がとおる、みたいにしか見ていなかったけど。

――どんなところが魅力的ですか?

小村: キャラクターそのものの魅力でしょうね。アッサジは初登場のときはいかにもうすのろみたいで、目つきもぼんやりしているじゃないですか。それなのにシッダールタにしつこくついてくるんですよね。あのあたりからだんだん、キャラクターが立って来るんですよね。自主性がなさそうだけど、しぶとい。印象にのこるキャラですよね。

――アナンダの魅力は?

小村: 彼は、ナンバー2みたいな感じなのに、ブッダからずっと過酷な仕打ちを受けているんですよね。だけど、最後には自分の力で悟りを開いていく。そこが良いなと思う。もともと盗賊のやつが改心して、ああなっていく、っていうところがね。ヤタラも好きなんですけど、ヤタラの流れとも似てるんですよね。手塚治虫さんの原作によくあるキャラクターなんですけど、最初に悪人だったり人殺しだったりする人が、しぶとく生きながらえた結果、最後には何かを見出したり。手塚先生の視線は、悪人を突き放しているようで暖かいですよね。
 アナンダは人間的な悩みを引きずりつづけてて、常に悪魔に、誘惑されていますよね。しかもずっと、貧乏くじを引いてる。そういう人って、いるよなと。ちょっと自分と重ねちゃうところもあります。

――最終的には、仏弟子の中でも最も凄い人になりますよね。

小村: ぼくはぜんぜん、そんなんじゃないんだけど、ひどい目にあってるところだけ、よく似てます(笑)。


●アニメーションのお仕事

――今後、もし手塚作品をアニメ化するのであれば、やってみたい作品はありますか?

小村: 『どろろ』とか、子どものころはアニメでよく見ていたんですよね。『どろろ』は実写の映画も観に行きました。コミックスも昔持っていました。

――この世界に入るきっかけになったアニメーションはありましたか?

小村: なんだったんでしょうね……。僕らの世代でよく見てたのは、やっぱり宮崎アニメとか、杉野さんとか。出崎さんがやっていた『宝島』や、『ガンバの冒険』とか、そういうところですね。杉野さんの絵、すぐ見分けられますよ。手塚プロから上がってきた原画を見て「あ、杉野さんだ」って分かるぐらいです。

――現場で日々働いていて、「コレがあるからやめられない」というような楽しさはあるのでしょうか? 東映アニメーションでは、子どもの熱狂的な支持を得るような作品を多く作られています。

小村: ここに入る以前は、深夜の大人向けの作品なども作っていましたが、子供向けのほうが何だかほっとしますね。高年齢向けのアニメって、ジャパニメーションとか言われて海外でも受けてるそうですけど、やっぱり、僕が糧にして育ったのは子供向けのマンガ映画なんですよね。それこそ、東映の「長靴を履いた猫」を見た、とかそういうのが子ども体験であるから、やっぱり、子供向けのほうがしっくりくるんですよね。リアルなアニメも見ている分には面白いと思うけど、作るとなると、まあ、僕のスキルの問題もあるけど、やっぱり子供向けのほうがスッキリしますね。自分が子どもの頃見て、熱狂していたようなものを作ろうと思っています。


――今後挑戦したいことは?

小村: うーん…。もう、ぼくも50を超えましたからね。今は普通に仕事ができるのが幸せだと思います。
 あえて言えばですね、最近、全編ギャグみたいな作品がアニメ市場でも全体的に減ってきてますよね。久しぶりに戦わないアニメが撮りたいかな。必ずバトルが入ってくる作品ばかり撮っていたので、今度は必殺技なんかが出ない作品も撮ってみたいなあと。
 『ブッダ』もそうですけど、キャラクター同士のドラマだけで進行していくようなやつがいいですね。バトルものにも当然そういう要素はあるんですが。日常ギャグとか、2頭身のキャラが出てくるようなものとかもやりたいですね。

――ほっとするような子供向けのギャグ作品、昔はたくさんあったのに、最近は減っていますよね。ぜひ見てみたいです! いろいろお話をいただき、ありがとうございました。




『BUDDHA2 手犲C遒離屮奪澄 十わりなき旅―』はいよいよ2月8日、公開予定です!


(C)2014「手塚治虫のブッダ2」製作委員会



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